{
 "meta": {
  "題": "徒然草 全244段 現代語訳つき正本データ",
  "底本": "烏丸光広本『徒然草』校訂本文（やたがらすナビ・CC BY-SA 4.0）",
  "ライセンス": "CC BY-SA 4.0（底本に準拠して継承）",
  "総段数": 244,
  "総息数": 3438,
  "生成日": "2026-09-01",
  "備考": "訳はAI生成。スターター10段の一言でいうとは既存訳（translations.json）を流用"
 },
 "sections": [
  {
   "番号": 0,
   "題": "つれづれなるままに日暮らし",
   "一言でいうと": "退屈まぎれに心に浮かぶことを書き散らしていたら、自分でも変な気分になってきた。",
   "現代語訳": "することもなく退屈なまま、一日中硯に向かって、心に浮かんでは消えていくとりとめのないことをあてもなく書きつけていると、妙に、狂おしい気分になってくる。",
   "息つぎ": [
    "つれづれなるままに、日暮らし、硯〔すずり〕に向ひて、",
    "心にうつりゆくよしなしごとを、",
    "そこはかとなく書き付くれば、",
    "あやしうこそ、ものぐるほしけれ。"
   ],
   "字数": 66,
   "息数": 4
  },
  {
   "番号": 1,
   "題": "いでやこの世に生まれては願はしかるべきことこそ多かめれ",
   "一言でいうと": "人に望みたいのは、家柄や見栄より、姿と心と教養が調和した品のよさだ。",
   "現代語訳": "さて、この世に生まれたからには、望ましく思うことがたくさんあるようだ。天皇のお位は、あまりにも恐れ多い。皇子や皇孫の末々に至るまで、人間の種とは思えないほど尊い。摂政・関白のご様子は言うまでもない。普通の貴族でも、舎人（近侍）などを朝廷から賜るほどの身分は立派に見える。その子や孫までは、落ちぶれていても、なおどこか上品である。それより下の身分では、それぞれの立場で時運に恵まれ、得意顔をしている者も、自分では大したものだと思っているのだろうが、実に残念である。僧ほど、うらやましくないものはないだろう。清少納言が「人から木の切れ端のように思われるものだ」と書いたのも、本当にそのとおりである。勢い盛んに世間でもてはやされても、それで立派には見えない。増賀上人が言ったというように、名声を求める姿は見苦しく、仏の教えにも背いているように思われる。ひたすら世を捨てた人なら、かえって望ましいところもあるだろう。人は、容姿や立ち居振る舞いがすぐれているのが理想である。話しぶりが耳障りでなく、愛嬌があり、口数の少ない人とは、いつまでも向き合っていたい。立派だと思っていた人の、期待に反する本性が見えてしまうのは残念なことだ。身分や容姿は生まれつきのものだろう。しかし心なら、賢い人を手本にして、さらに賢い方へ移ろうとすれば移れないはずがない。容姿も心もよい人でも、学問や芸能の素養がないと品格が下がり、顔つきのよくない人たちに交じって、相手にもされず圧倒されるのは不本意なことだ。身につけたいのは、本格的な漢学、漢詩、和歌、音楽の道である。また、故実に通じ、朝廷の儀式や政務の方面でも人の手本となるなら、実にすばらしい。字も下手ではなくさらさらと書き、声がよくて拍子を取り、勧められれば辞退するように見せながらも、まったく酒が飲めないわけではない。そんな男がよい。",
   "息つぎ": [
    "いでや、この世に生(む)まれては、",
    "願はしかるべきことこそ多かめれ。",
    "御門〔みかど〕の御位〔みくらゐ〕は、いともかしこし。",
    "竹の園生〔そのふ〕の末葉〔すゑば〕まで、",
    "人間の種ならぬぞ、やんごとなき。",
    "一の人の御有様はさらなり。",
    "ただ人も、舎人〔とねり〕など、給〔たま〕はるきはは、ゆゆしと見ゆ。",
    "その子・孫(むまご)までは、はふれにたれど、なほなまめかし。",
    "それより下(しも)つ方は、ほどにつけつつ、時にあひ、",
    "したり顔なるも、みづからは「いみじ」と思ふらめど、",
    "いと口惜し。",
    "法師ばかりうらやましからぬものはあらじ。",
    "「人には木の端(はし)のやうに思はるるよ」と、",
    "清少納言〔せいせうなごん〕が書けるも、げにさることぞかし。",
    "勢ひ猛(まう)に、ののしりたるにつけて、いみじとは見えず、",
    "増賀聖〔ぞうがひじり〕の言ひけんやうに、名聞〔みゃうもん〕ぐるしく、",
    "仏の御教へにたがふらんとぞ思ゆる。",
    "ひたぶるの世捨て人は、",
    "なかなかあらまほしきかたもありなん。",
    "人は、",
    "形(かたち)・ありさまの優れたらんこそ、あらまほしかるべけれ。",
    "ものうち言ひたる、聞きにくからず、愛敬〔あいぎゃう〕ありて、",
    "言葉多からぬこそ、飽〔あ〕かず向はまほしけれ。",
    "めでたしと見る人の、",
    "心劣りせらるる本性見〔ほんじゃうみ〕えんこそ、口惜しかるべけれ。",
    "品(しな)・形(かたち)こそ生まれつきたらめ。",
    "心はなどか、賢きより賢きにも移さば移らざらん。",
    "形・心ざま良き人も、才(ざえ)なくなりぬれば品下り、",
    "顔憎さげなる人にも立ち交りて、",
    "かけずけおさるるこそ、本意(ほい)なきわざなれ。",
    "ありたきことは、",
    "まことしき文の道・作文・和歌・管絃〔くわんげん〕の道。",
    "また、有職〔いうそく〕に公事〔くじ〕の方、",
    "人の鏡ならんこそ、いみじかるべけれ。",
    "手など、つたなからず走り書き、声をかしくて、",
    "拍子取〔ひゃうしと〕り、いたましうするものから、",
    "下戸〔げこ〕ならぬこそ、男(をのこ)はよけれ。"
   ],
   "字数": 650,
   "息数": 37
  },
  {
   "番号": 2,
   "題": "いにしへのひじりの御代の政をも忘れ",
   "一言でいうと": "国や民を顧みず、身の回りを豪華に飾って得意になる人は、思慮がない。",
   "現代語訳": "昔の賢い天皇たちの時代の政治を忘れ、民の苦しみや国が損なわれていることも知らず、何事にもぜいたくの限りを尽くして、それを「すばらしい」と思い、あたりを圧するように仰々しく振る舞う人は、実に嫌なもので、何も考えていないように見える。「衣冠から馬や車に至るまで、あり合わせのものをそのまま使いなさい。華美なものを求めてはならない」と、九条殿の遺誡にもある。順徳院が宮中のさまざまな決まりをお書きになったものにも、「天皇のお召し物は、質素なものをよしとする」とある。",
   "息つぎ": [
    "いにしへの、ひじりの御代の政(まつりごと)をも忘れ、民の愁〔うれ〕へ、",
    "国の損(そこな)はるるをも知らず、よろづにきよらを尽して、",
    "「いみじ」と思ひ、",
    "所狭(ところせ)きさましたる人こそ、うたて、",
    "思ふところなく見ゆれ。",
    "「衣冠〔いくわん〕より、馬・車に至るまで、",
    "あるにしたがひて用ゐよ。",
    "美麗〔びれい〕を求むることなかれ」とぞ、",
    "九条殿〔くでうどの〕の遺誡〔ゆいかい〕にも侍〔はべ〕る。",
    "順徳院〔じゅんとくゐん〕の禁中〔きんちゅう〕の事ども書かせ給〔たま〕へるにも、",
    "「おほやけの奉り物は、おろそかなるをもてよしとす」とこそ侍れ。"
   ],
   "字数": 195,
   "息数": 11
  },
  {
   "番号": 3,
   "題": "よろづにいみじくとも色好まざらん男はいとさうざうしく",
   "一言でいうと": "どれほど立派でも、恋をしない男は、底のない美しい杯のように物足りない。",
   "現代語訳": "何事においてもどれほどすぐれていても、恋をしない男は、ひどく物足りなく、玉でできた杯に底がないような感じがするだろう。露や霜に濡れながら、行く先も定めずさまよい歩き、親のいさめや世間の非難を避けようとして心の休まる暇もなく、あれこれと思い乱れ、それでいて独り寝することが多く、安らかにまどろむ夜もないというのが面白い。だからといって、ひたすら浮ついた好色者になるのではなく、女性から簡単には手に入らない人だと思われるのが、望ましいことである。",
   "息つぎ": [
    "よろづにいみじくとも、色好〔いろごの〕まざらん男は、",
    "いとさうざうしく、玉の巵(さかづき)の当(そこ)なき心地ぞすべき。",
    "露霜〔つゆじも〕にしほたれて、所定めずまどひ歩(あり)き、親のいさめ、",
    "世のそしりをつつむに、心のいとまなく、",
    "あふさきるさに思ひ乱れ、さるは独寝(ひとりね)がちに、",
    "まどろむ夜なきこそをかしけれ。",
    "さりとて、ひたすらたはれたる方(かた)にはあらで、",
    "女にたやすからず思はれんこそ、あらまほしかるべきわざなれ。"
   ],
   "字数": 175,
   "息数": 8
  },
  {
   "番号": 4,
   "題": "後の世のこと心に忘れず仏の道うとからぬこころにくし",
   "一言でいうと": "死後の世を忘れず、仏の道に親しんでいる人には、奥ゆかしさがある。",
   "現代語訳": "死後の世のことを心から忘れず、仏の道にもよく親しんでいる人は、奥ゆかしい。",
   "息つぎ": [
    "後(のち)の世のこと、心に忘れず、仏の道うとからぬ、",
    "こころにくし。"
   ],
   "字数": 29,
   "息数": 2
  },
  {
   "番号": 5,
   "題": "不幸に愁へに沈める人の頭おろしなど",
   "一言でいうと": "悲しみから衝動的に出家するより、ひっそり閉じこもって暮らす姿に心ひかれる。",
   "現代語訳": "不幸にあって悲しみに沈んだ人が、衝動的に思い立って髪を下ろし出家するのではなく、いるかいないかわからないほどひっそりと門を閉ざし、何かを待つこともなく日々を明かし暮らしている。そういうあり方こそ望ましい。顕基中納言が言ったという、「罪を犯さずに流刑の地の月を眺めたい」という言葉も、まったくそのように思われる。",
   "息つぎ": [
    "不幸に愁〔うれ〕へに沈める人の、頭(かしら)おろしなど、",
    "ふつつかに思ひ取りたるにはあらで、",
    "あるかなきかに門さしこめて、",
    "待つこともなく明かし暮らしたる、",
    "さるかたにあらまほし。",
    "顕基中納言〔あきもとのちゅうなごん〕の言ひけん、",
    "配所〔はいしょ〕の月罪なくて見んこと、さも思えぬべし。"
   ],
   "字数": 114,
   "息数": 7
  },
  {
   "番号": 6,
   "題": "わが身のやんごとなからんにもまして数ならざらんにも子といふもの",
   "一言でいうと": "身分の高低にかかわらず、子を持たず、家系を後世に残さない方がよい。",
   "現代語訳": "自分が高貴な身分であっても、まして取るに足りない身分であっても、子というものは、ないままでよいだろう。前中書王、九条太政大臣、花園左大臣は、みな一族が絶えることを願われた。染殿大臣も、「子孫がおいでにならないのがよい。末の子孫が先祖より劣ってしまうのは、よくないことだ」と、『大鏡』で世継の翁が語っている。聖徳太子が生前にご自分の墓を造らせた時にも、「ここを切り、あそこを断ち切れ。子孫を残すまいと思うのだ」とおっしゃったとかいう。",
   "息つぎ": [
    "わが身のやんごとなからんにも、まして、",
    "数ならざらんにも、子といふもの、無くてありなん。",
    "前中書王〔さきのちゅうしょわう〕・九条太政大臣〔くでうだいじゃうだいじん〕・花園左大臣〔はなぞののさだいじん〕、",
    "みな族(ぞう)絶えんことを願ひ給〔たま〕へり。",
    "染殿大臣〔そめどののおとど〕も、",
    "「子孫〔しそん〕おはさぬぞ、良く侍〔はべ〕る。末〔すゑ〕のおくれ給へるは、",
    "悪(わろ)きことなり」とぞ、世継〔よつぎ〕の翁〔おきな〕の物語には言へる。",
    "聖徳太子〔しゃうとくたいし〕の、御墓〔みはか〕をかねて築(つ)かせ給ひける時も、",
    "「ここを切れ、かしこを断て。子孫あらせじと思ふなり」と侍りけるとかや。"
   ],
   "字数": 198,
   "息数": 9
  },
  {
   "番号": 7,
   "題": "あだし野の露消ゆる時なく",
   "一言でいうと": "命に限りがあるからこそ、世は美しい。長生きは恥を増やすだけだ。",
   "現代語訳": "あだし野の露が消える時がなく、鳥部山の煙も立ち去らずに、いつまでもこの世にとどまり続けるのが決まりなら、どれほど物のあわれがなくなることだろう。この世は定めがないからこそ、すばらしい。命あるものを見ると、人ほど長生きなものはない。かげろうには夕方まで生きるものがあり、夏の蝉には春も秋も知らないものがいる。しみじみと一年を暮らすだけでも、この上なくのんびりしたものだ。それでも足りず、命が惜しいと思うなら、千年を過ごしても一夜の夢のように感じるだろう。最後まで住み通すことのできないこの世で、醜く老いた姿をわざわざ迎えて、何になろう。命が長ければ恥も多い。長くても四十歳に届かないうちに死ぬのが、見苦しくなくてよいだろう。その年頃を過ぎると、容姿を恥じる心もなくなり、人前に出て交わりたがり、人生の夕暮れに子孫をかわいがって、その栄える将来を見届けるまで生きたいと願い、ひたすら世俗の欲をむさぼる心ばかりが深くなって、物のあわれもわからなくなる。実にあきれたことだ。",
   "息つぎ": [
    "あだし野〔の〕の露〔つゆ〕、消ゆる時なく、鳥部山〔とりべやま〕の烟(けぶり)、",
    "立ち去らでのみ住み果つる習ひならば、",
    "いかにもののあはれも無からん。",
    "世は定めなきこそ、いみじけれ。",
    "命あるものを見るに、人ばかり久しきはなし。",
    "かげろふの夕べを待ち、",
    "夏の蝉〔せみ〕の春秋〔しゅんじう〕を知らぬもあるぞかし。",
    "つくづくと一年〔ひととせ〕を暮らすほどだにも、",
    "こよなうのどけしや。",
    "飽〔あ〕かず、惜しと思はば、千年〔ちとせ〕を過ぐすとも、",
    "一夜〔ひとよ〕の夢の心地〔ここち〕こそせめ。",
    "住み果てぬ世に、みにくき姿を待ち得て、何にかはせん。",
    "命長ければ辱(はぢ)多し。",
    "長くとも、",
    "四十〔よそぢ〕に足らぬほどにて死なんこそ、めやすかるべけれ。",
    "そのほど過ぎぬれば、形(かたち)を恥づる心もなく、",
    "人に出で交(まじ)らはんことを思ひ、夕べの陽(ひ)に子孫〔しそん〕を愛して、",
    "栄(さか)ゆく末(すゑ)を見んまでの命をあらまし、",
    "ひたすら世をむさぼる心のみ深く、",
    "もののあはれも知らずなりゆくなん、あさましき。"
   ],
   "字数": 345,
   "息数": 20
  },
  {
   "番号": 8,
   "題": "世の人の心まどはすこと色欲にはしかず",
   "一言でいうと": "人の心を最も惑わせるのは色欲であり、作りものの香りにさえ心は動く。",
   "現代語訳": "世の人の心を惑わせるものとして、色欲にまさるものはない。人の心とは愚かなものだ。香りなどは一時的な作りものにすぎず、「しばらく着物に香をたきしめているのだ」と知りながら、何ともいえないよい香りには、きまって胸がときめく。久米の仙人が、洗濯をする女のすねの白さを見て神通力を失ったというのも、手足や肌などが清らかで、ふっくらとなめらかなのは作りものの色ではないのだから、無理もないことだ。",
   "息つぎ": [
    "世の人の心まどはすこと、色欲〔しきよく〕にはしかず。",
    "人の心はおろかなるものかな。",
    "匂ひなどは仮のものなるに、",
    "「しばらく衣裳〔いしゃう〕に薫〔た〕き物す」と知りながら、",
    "えならぬ匂ひには、必ず心どきめきするものなり。",
    "久米〔くめ〕の仙人〔せんにん〕の、物洗ふ女の脛(はぎ)の白きを見て、",
    "通を失ひけんは、まことに、",
    "手・足・肌(はだへ)などの清らに、肥えあぶらづきたらんは、",
    "ほかの色ならねば、さもあらんかし。"
   ],
   "字数": 167,
   "息数": 9
  },
  {
   "番号": 9,
   "題": "女は髪のめでたからんこそ人の目たつべかめれ",
   "一言でいうと": "誰も逃れにくい男女の愛欲こそ、自分で戒め、恐れ慎むべき最も深い迷いだ。",
   "現代語訳": "女性は、髪が美しいことが何より人目を引くらしい。その人の品格や心のあり方は、姿が見えなくても、話す気配からわかる。何かにつけ、何げない様子のまま人の心を惑わせる。女性が、くつろいで眠ることもせず、自分の身を大切だとも思わず、到底耐えられそうにないことにもよく耐え忍ぶのは、ただ恋愛を大切に思うためである。本当に、愛欲の道は根が深く、その源も遠い。人を迷わせる六つの感覚の欲望は多いけれど、どれも捨て去ることができる。その中で、この男女の迷い一つだけは抑えがたく、老いた人も若い人も、賢い人も愚かな人も変わりがないように見える。だから、女の髪をより合わせた綱には大きな象さえつながれ、女が履いた足駄で作った笛には秋の鹿が必ず寄ってくる、と言い伝えられている。自らを戒め、恐れ、慎まなければならないのは、この迷いである。",
   "息つぎ": [
    "女は髪のめでたからんこそ、人の目たつべかめれ。",
    "人のほど・心ばへは、",
    "もの言ひたるけはひにこそ、ものごしにも知らるれ。",
    "ことにふれて、うちあるさまにも、人の心を惑はし、",
    "すべて女の、うちとけたる寝(い)も寝(ね)ず、",
    "「身を惜し」とも思ひたらず、",
    "耐ゆべくもあらぬわざにもよく耐へ忍ぶは、",
    "ただ色を思ふがゆゑなり。",
    "まことに、愛着〔あいぢゃく〕の道、その根深く、源遠し。",
    "六塵〔ろくぢん〕の楽欲多〔げうよくおほ〕しといへども、みな厭離〔おんり〕しつべし。",
    "その中に、ただかの惑ひの、",
    "一つ止めがたきのみぞ、老たるも若きも、",
    "智あるも愚なるも、変る所なしと見ゆる。",
    "されば、女の髪筋(かみすぢ)をよれる綱には、大象〔だいざう〕もよく繋〔つな〕がれ、",
    "女の履ける足駄(あしだ)にて作れる笛には、秋の鹿、",
    "必ず寄るとぞ言ひ伝へ侍〔はべ〕る。",
    "みづから戒めて、恐るべく、慎むべきは、この惑ひなり。"
   ],
   "字数": 326,
   "息数": 17
  },
  {
   "番号": 10,
   "題": "家居のつきづきしくあらまほしきこそ",
   "一言でいうと": "住まいには人柄が出る。作り込みすぎず、自然で落ち着いた家こそ奥ゆかしい。",
   "現代語訳": "住まいがその人にふさわしく、理想的であることは、この世の一時の宿だとは思っても、やはり心ひかれるものだ。品のよい人がゆったりと住みなしている所では、差し込む月の光までひときわしみじみと見える。新しく華やかではなくても、木立には古びた趣があり、わざと植えたのではない庭の草にも風情がある。簀子や透垣の配置が面白く、何げなく置かれた道具にも昔の趣があって、落ち着いているのが奥ゆかしい。多くの職人が心を尽くして磨き上げ、中国や日本の珍しく何とも美しい道具を並べ、庭の草木まで自然のままにせず作り込んだ家は、見るのもつらく、実にうんざりする。「それにしても、いつまでここに住めるのか。やがて、ほんの一時の煙となってしまうだろうに」と、見た途端に思われる。だいたい、その人の人柄は住まいから推し量られる。後徳大寺大臣が、「寝殿に鳶を止まらせまい」と縄を張られたのを西行が見て、「鳶が止まって何が困るのだろう。この殿のお心は、その程度だったのか」と言い、その後は参上しなかったと聞く。ところが、綾小路宮がお住まいの小坂殿の棟にも、いつだったか縄が張られていたので、その話を思い出した。すると、そういえば「烏が群れて池の蛙を捕るので、ご覧になって悲しまれたためだ」と人が語ったので、「それなら、たいそう尊いことだ」と思った。徳大寺殿の場合にも、何か理由があったのだろうか。",
   "息つぎ": [
    "家居〔いへゐ〕のつきづきしく、",
    "あらまほしきこそ、仮(かり)の宿りとは思へど、",
    "興〔きょう〕あるものなれ。",
    "良き人の、のどやかに住なしたる所は、",
    "さし入りたる月の色も、",
    "ひときはしみじみと見ゆるぞかし。",
    "今めかしく、きららかならねど、木立(こだち)もの古(ふ)りて、",
    "わざとならぬ庭の草も心あるさまに、",
    "簀子(すのこ)・透垣(すいがい)のたよりをかしく、うちある調度も昔覚(むかしおぼ)えて、",
    "やすらかなるこそ、心にくしと見ゆれ。",
    "多くの匠(たくみ)の、心を尽して磨き立て、唐の大和の、",
    "めづらしく、えならぬ調度ども並べ置き、",
    "前栽(せんざい)の草木まで、心のままならず作りなせるは、",
    "見る目も苦しく、いとわびし。",
    "「さてもやは、長らへ住むべき。また、",
    "時のまの煙(けぶり)ともなりなん」とぞ、うち見るより思はるる。",
    "おほかたは、",
    "家居にこそ、ことざまは推し量らるれ。",
    "後徳大寺大臣〔ごとくだいじのおとど〕の、「寝殿〔しんでん〕に鳶居〔とびゐ〕させじ」とて、",
    "縄を張られたりけるを、西行〔さいぎゃう〕が見て、",
    "「鳶の居たらんは、何かは苦しかるべき。この殿の御心〔みこころ〕、さばかりにこそ」とて、",
    "その後(のち)は参らざりけると聞き侍〔はべ〕るに、",
    "綾小路宮〔あやのこうぢのみや〕のおはします小坂殿〔をさかどの〕の棟に、",
    "いつぞや縄を引かれたりしかば、",
    "かの例(ためし)思ひ出でられ侍りしに、まことや、",
    "「烏〔からす〕のむれ居て、池の蛙〔かはづ〕を捕りければ、",
    "御覧じ悲しませ給〔たま〕ひてなん」と人の語りしこそ、",
    "「さては、いみじくこそ」と覚えしか。",
    "徳大寺〔とくだいじ〕にも、いかなるゆゑか侍りけん。"
   ],
   "字数": 538,
   "息数": 29
  },
  {
   "番号": 11,
   "題": "神無月のころ栗栖野といふ所を過ぎて",
   "一言でいうと": "山奥のわびしい庵に感心していたら、みかんの木が厳重に囲ってあって一気に興ざめした。",
   "現代語訳": "陰暦十月のころ、栗栖野という所を通り過ぎ、ある山里に分け入って訪ねたことがあった。遠く続く苔むした細道を踏み分けていくと、ひっそりと心細げに暮らしている庵があった。落ち葉に埋もれた懸樋（水を引く樋）のしずくのほかには、少しも音を立てるものがない。閼伽棚（仏に供える水や花を置く棚）に菊や紅葉などが折って散らしてあるのは、やはり住む人がいるからなのだろう。「こんな暮らし方もできるものだなあ」としみじみ見ていると、向こうの庭に大きな柑子（みかん）の木があり、枝もたわむほど実をつけているのだが、そのまわりを厳重に囲ってあった。それには少し興ざめして、「この木さえなかったらなあ」と思われた。",
   "息つぎ": [
    "神無月〔かんなづき〕のころ、栗栖野〔くるすの〕といふ所を過ぎて、",
    "ある山里に尋ね入ること侍〔はべ〕りしに、",
    "遥〔はる〕かなる苔〔こけ〕の細道を踏み分けて、",
    "心細く住みなしたる庵〔いほり〕あり。",
    "木の葉に埋(うづ)もるる、懸樋(かけひ)のしづくならでは、",
    "つゆ音なふものなし。",
    "閼伽棚(あかだな)に、菊・紅葉(もみぢ)など折り散らしたる、",
    "さすがに住む人のあればなるべし。",
    "「かくてもあられけるよ」と、あはれに見るほどに、",
    "かなたの庭に、大きなる柑子〔かうじ〕の木の、",
    "枝もたわわになりたるが、",
    "まはりを厳しく囲(かこ)ひたりしこそ、すこしことさめて、",
    "「この木、無からましかば」と思えしか。"
   ],
   "字数": 226,
   "息数": 13
  },
  {
   "番号": 12,
   "題": "同じ心ならん人としめやかに物語して",
   "一言でいうと": "本音で語れる友がほしいが、同じすぎても違いすぎても、心の友にはなれない。",
   "現代語訳": "気の合う人としみじみ語り合い、面白いことも世の中のはかないことも、隠さず話して心を慰められたらうれしいだろう。だが、そんな人はいそうにないので、何一つ意見を違えまいとして向き合って座る相手では、一人でいるような気持ちになるだろう。互いに話す程度のことなら、「本当にそうだ」と手応えのある相づちを打ちながらも、少しは意見の違う人が、「私はそうは思わない」などと議論したり反論したり、「だから、こうなのだろう」と語り合ったりすれば、退屈も慰められると思う。しかし実際には、ちょっとした愚痴をこぼす点でも自分と同じでない人とは、どうでもよい世間話をするくらいがせいぜいで、心から信頼できる友となるには、どうしても大きな隔たりがあるだろう。それがわびしい。",
   "息つぎ": [
    "同じ心ならん人と、しめやかに物語して、",
    "をかしきことも、世のはかなきことも、",
    "うらなく言ひ慰まんこそ嬉〔うれ〕しかるべきに、",
    "さる人あるまじければ、",
    "「つゆ違(たが)はざらん」と向ひ居たらんは、",
    "一人ある心地やせん。",
    "互ひに言はんほどのことをば、",
    "「げに」と聞くかひあるものから、",
    "いささか違ふ所もあらん人こそ、「我はさやは思ふ」など、争ひ憎み、",
    "「さるから、さぞ」とも、うち語らはば、",
    "つれづれ慰まめと思へど、げには少しかこつかたも、",
    "われと等しからざらん人は、",
    "おほかたのよしなしごと言はんほどこそあらめ、",
    "まめやかの心の友には、",
    "はるかに隔たる所のありぬべきぞ、わびしきや。"
   ],
   "字数": 269,
   "息数": 15
  },
  {
   "番号": 13,
   "題": "一人灯のもとに文を広げて見ぬ世の人を友とするぞ",
   "一言でいうと": "灯の下で古典を開けば、会ったことのない昔の人を友にできる。",
   "現代語訳": "一人で灯の下に書物を広げ、会ったことのない昔の人を友とするのは、この上なく心慰められることだ。書物なら、『文選』の中でも情趣深い巻々、『白氏文集』、老子の言葉、『荘子』の篇々がよい。この国の学者たちが書いたものにも、昔のものには心にしみることが多い。",
   "息つぎ": [
    "一人、灯(ともしび)のもとに文を広げて、",
    "見ぬ世の人を友とするぞ、こよなう慰(なぐさ)むわざなる。",
    "文は文選〔もんぜん〕のあはれなる巻々〔くわんくわん〕。",
    "白氏文集〔はくしもんじふ〕。",
    "老子〔らうし〕の詞(ことば)。",
    "南華〔なんくわ〕の篇〔へん〕。",
    "この国の博士〔はかせ〕どもの書けるものも、いにしへのは、",
    "あはれなること多かり。"
   ],
   "字数": 103,
   "息数": 8
  },
  {
   "番号": 14,
   "題": "和歌こそなほをかしきものなれ",
   "一言でいうと": "古い和歌には、言葉の外に情景と余韻が立ち上がる、今の歌にない深さがある。",
   "現代語訳": "和歌はやはり面白いものだ。身分の低い庶民や山で働く人の営みも、歌に詠めば趣深くなり、恐ろしい猪も「猪の寝床」と言えば優美になる。近ごろの歌にも、一か所を面白くうまく表現したと思えるものはあるが、古い歌のように、言葉に表されていないところにまで、しみじみと情景が浮かぶものはない。紀貫之の「糸によるものならなくに」という歌は、『古今集』の中のつまらない歌だと言い伝えられているそうだが、今の世の人に詠めそうな歌とは思えない。当時の歌には、このような姿や言葉のものが多い。この歌だけがことさらに悪く言われた理由もわからない。『源氏物語』には「物とはなしに」と書かれている。『新古今集』では、「残る松さえ峰に寂しく見える」と詠んだ歌が問題にされたというが、確かに少し品格の崩れた歌に見えるのだろうか。しかしこの歌も、人々で評議して判定した時には、よい歌だとの評価があり、後にも格別にお褒めの言葉を賜ったと、源家長の日記には書かれている。歌の道だけは昔と変わらないと言う人もいるが、どうだろう。今も詠み合っている同じ言葉や歌枕であっても、昔の人が詠んだものはまるで別物である。わかりやすく素直で、姿も清らかに整い、情趣も深く見える。『梁塵秘抄』にある流行歌の言葉にも、心にしみるものが多いようだ。昔の人は、どのように何げなく言い捨てた言葉であっても、すべてすばらしく聞こえるのだろうか。",
   "息つぎ": [
    "和歌こそ、なほをかしきものなれ。",
    "あやしのしづ・山がつのしわざも、言ひ出でつれば、",
    "おもしろく、怖しき猪(ゐのしし)も、「臥す猪(ゐ)の床(とこ)」と言へば、",
    "やさしくなりぬ。",
    "このごろの歌は、",
    "一節(ひとふし)をかしく言ひかなへたりと見ゆるはあれど、",
    "古き歌どものやうに、いかにぞや、言葉の外に、",
    "あはれに気色(けしき)思ゆるはなし。",
    "貫之〔つらゆき〕が、「糸によるものならなくに」と言へるは、",
    "古今集〔こきんしふ〕の中の歌屑(うたくづ)とかや言ひ伝へたれど、",
    "今の世の人の詠みぬべきことがらとは見えず。",
    "その世の歌には、姿・言葉、このたぐひのみ多し。",
    "この歌にかぎりて、かく言ひ立てられたるも知りがたし。",
    "源氏物語〔げんじものがたり〕には、「物とはなしに」とぞ書ける。",
    "新古今〔しんこきん〕には、",
    "「残る松さへ峰にさびしき」と言へる歌をぞ言ふなるは、",
    "まことに、少しくだけたる姿にもや見ゆらん。",
    "されど、この歌も、衆議判〔しゅぎはん〕の時、",
    "よろしきよし沙汰〔さた〕ありて、後にも、",
    "ことさらに感じ仰せ下されけるよし、",
    "家長〔いへなが〕が日記には書けり。",
    "歌の道のみ、いにしへに変らぬなど言ふこともあれど、",
    "いさや、今も詠みあへる同じ詞・歌枕も、",
    "昔の人の詠めるは、さらに同じものにあらず。",
    "易く、素直にして、姿も清げに、あはれも深く見ゆ。",
    "梁塵秘抄〔りゃうじんひせう〕の郢曲(えいきょく)の言葉こそ、また、",
    "あはれなることは多かめれ。",
    "昔の人は、ただいかに言ひ捨てたることぐさも、",
    "みないみじく聞こゆるにや。"
   ],
   "字数": 550,
   "息数": 29
  },
  {
   "番号": 15,
   "題": "いづくにもあれしばし旅立ちたるこそ目覚むる心地すれ",
   "一言でいうと": "しばらく旅に出るだけで、景色も人も持ち物も新鮮に見え、心が目覚める。",
   "現代語訳": "どこへでもよいから、しばらく旅に出ると、目が覚めるような気持ちがする。そのあたりをあちこち見て歩く。田舎びた所や山里などには、見慣れないものばかりがたくさんある。都へ向かう便を探して手紙を送り、「あのことも、このことも、都合のよい時に忘れず頼む」などと言い送るのも面白い。そういう旅先にいるからこそ、何事にも自然と心が行き届く。持っている道具まで、よいものは普段以上によく見え、才能のある人や容姿のよい人も、いつもより魅力的に見える。寺や神社などに人目を避けてこもるのも面白い。",
   "息つぎ": [
    "いづくにもあれ、",
    "しばし旅立ちたるこそ、目覚むる心地すれ。",
    "そのわたり、ここかしこ見歩(あり)き。",
    "田舎びたる所、山里などは、",
    "いと目慣れぬことのみぞ多かる。",
    "都へ便り求めて文やる。",
    "「そのこと、かのこと、便宜〔びんぎ〕に、忘るな」などいひやるこそをかしけれ。",
    "さやうの所にてこそ、よろづに心づかひせらるれ。",
    "持てる調度まで、よきはよく、能ある人、形よき人も、",
    "常(つね)よりはをかしとこそ見ゆれ。",
    "寺・社などに、忍びてこもりたるもをかし。"
   ],
   "字数": 200,
   "息数": 11
  },
  {
   "番号": 16,
   "題": "神楽こそなまめかしくおもしろけれ",
   "一言でいうと": "神楽は優雅で面白い。笛と篳篥もよいが、いつも聴きたいのは琵琶と和琴だ。",
   "現代語訳": "神楽は実に優雅で面白い。楽器の音としては、笛と篳篥がよい。いつでも聴いていたいのは、琵琶と和琴である。",
   "息つぎ": [
    "神楽〔かぐら〕こそ、なまめかしく、おもしろけれ。",
    "おほかた、ものの音(ね)には、笛・篳篥(ひちりき)。",
    "常に聞きたきは、琵琶〔びは〕・和琴(わごん)。"
   ],
   "字数": 51,
   "息数": 3
  },
  {
   "番号": 17,
   "題": "山寺にかきこもりて仏に仕うまつるこそ",
   "一言でいうと": "山寺にこもって仏に仕えると、退屈を忘れ、心の濁りまで澄んでいく。",
   "現代語訳": "山寺に閉じこもって仏にお仕えしていると、退屈することもなく、心の濁りまで清らかになるように感じる。",
   "息つぎ": [
    "山寺にかきこもりて、",
    "仏に仕(つか)うまつるこそ、つれづれもなく、",
    "心の濁りも清まる心地すれ。"
   ],
   "字数": 41,
   "息数": 3
  },
  {
   "番号": 18,
   "題": "人はおのれをつづまやかにし奢りを退けて",
   "一言でいうと": "欲を捨て、質素に生きて何も持たない人こそ、心の涼しい賢者である。",
   "現代語訳": "人は自分の暮らしを質素にし、ぜいたくを退け、財産を持たず、この世の欲に執着しないのがすばらしい。昔から、賢い人が富んでいることはまれである。中国に許由という人がいた。身の回りには何の蓄えもなく、水も手ですくって飲んでいた。それを見た人が瓢箪という器を与えたので、ある時、木の枝に掛けておいたところ、風に吹かれて音が鳴った。許由は「うるさい」と言って捨て、それからはまた手ですくって水を飲んだ。心の中はどれほど涼やかだったことだろう。孫晨は、冬にも夜具がなく、藁を一束だけ持っていて、夜はそれに寝て、朝になると片づけた。中国の人々は、これをすばらしいと思ったからこそ書き記し、世に伝えたのだろう。わが国の人なら、こうした人々のことを語り伝えることさえしないだろう。",
   "息つぎ": [
    "人は、おのれをつづまやかにし、奢(おご)りを退けて、",
    "財(たから)を持たず、",
    "世をむさぼらざらんぞ、いみじかるべき。",
    "昔より、賢き人の富めるはまれなり。",
    "唐土(もろこし)に許由〔きょいう〕といひつる人は、",
    "さらに身にしたがへる貯〔たくは〕へもなくて、",
    "水をも手してささげて飲みけるを見て、",
    "なり瓢(ひさこ)といふ物を、人の得させたりければ、ある時、",
    "木の枝にかけたりけるが、風に吹かれて鳴りけるを、",
    "「かしかまし」とて捨てつ。",
    "また、",
    "手にむすびてぞ、水も飲みける。",
    "いかばかり、心のうち、凉〔すず〕しかりけん。",
    "孫晨〔そんしん〕は、冬月〔とうげつ〕に衾(ふすま)なくて、藁一束〔わらひとたば〕ありけるを、",
    "夕べにはこれに臥し、朝には納めけり。",
    "唐土の人は、",
    "これをいみじと思へばこそ、記し留めて、",
    "世にも伝へけめ。",
    "これらの人は、語りも伝ふべからず。"
   ],
   "字数": 305,
   "息数": 19
  },
  {
   "番号": 19,
   "題": "折節の移り変るこそものごとにあはれなれ",
   "一言でいうと": "春夏秋冬、それぞれの移ろいに心が動く。季節は尽きない物語である。",
   "現代語訳": "季節が移り変わることは、何につけても心にしみる。「物のあわれは秋がまさる」と誰もが言うようだが、それはそうとして、ひときわ心が浮き立つのは春の景色であるらしい。鳥の声も格別に春めき、のどかな日差しの中で垣根の草が芽を出すころから、しだいに春が深まり、あたり一面がかすみ、桜も少しずつ咲きそうになる。ところがちょうどその時、雨や風が続き、落ち着かないうちに花は散り去ってしまう。青葉になるまで、何かにつけて心を悩ませる。橘の花は、昔の人を思い出させる花として名高い。だがやはり梅の香りにこそ、昔のことがよみがえり、恋しく思い出される。山吹の清らかさ、藤の花の頼りなげな姿など、どれも心から捨てがたい。「釈迦の誕生を祝うころや賀茂祭のころ、若葉の梢が涼しげに茂っていく時期こそ、世の中への感慨も人恋しさも深まる」と、ある方がおっしゃったのは、本当にそのとおりだ。五月、菖蒲を屋根にふくころ、早苗を植えるころ、水鶏が戸をたたくように鳴くころも、心細く感じないだろうか。六月ごろ、粗末な家に夕顔の白い花が見え、蚊遣り火がくすぶっているのもしみじみとする。六月の大祓も面白い。七夕を祭るのは優美である。しだいに夜が寒くなり、雁が鳴いて渡ってくるころ、萩の下葉が色づくころ、早稲を刈って干す風景など、さまざまな趣が集まっているのは秋が一番多い。また、台風が通り過ぎた朝の景色は面白い。こう言い続ければ、すべて『源氏物語』や『枕草子』などで言い古されているけれど、同じことだから今さら言うまいというわけでもない。思っていることを言わないのは腹にたまって苦しいので、筆に任せて書いている。つまらない気晴らしであり、書くそばから破り捨てるはずのものだから、人が見るものでもない。さて、冬枯れの景色も、秋に決して劣らない。水辺の草に紅葉が散り残り、その上に霜が真っ白に降りた朝、庭の遣水から湯気が立つのは面白い。年も暮れきり、誰もが慌ただしく支度をするころは、またとなく心にしみる。寂しいものとされ、見る人もいない、冷たく澄んだ二十日過ぎの月が浮かぶ空は、何とも心細い。御仏名（年末の仏事）や荷前の使いが出発する儀式などは、しみじみと尊い。宮中の行事が多く、春を迎える準備と重なって、次々と催される様子は実に盛んである。追儺（大みそかの鬼払い）から元日の四方拝へと続くのも面白い。大みそかの夜、たいそう暗い中で松明をともした人々が、夜中過ぎまで家々の門をたたいて走り回り、何のためなのか、大声で騒いで足も地につかないほど駆け回る。それが明け方になると、さすがに静まり返るところに、去っていく年の名残が心細く感じられる。「亡き人が帰ってくる夜」だとして魂を祭る習慣は、近ごろ都にはないが、東国ではなお行われていたのが心にしみた。こうして明けていく空は、昨日と変わったようには見えないのに、うってかわって新鮮な気持ちがする。大通りに門松がずっと立ち並び、華やかでうれしそうな様子なのも、また心にしみる。",
   "息つぎ": [
    "折節〔をりふし〕の移り変〔かは〕るこそ、ものごとにあはれなれ。",
    "「もののあはれは、秋こそまされ」と人ごとに言ふめれど、",
    "それもさるものにて、今、ひときは心も浮き立つものは、",
    "春の気色〔けしき〕にこそあめれ。",
    "鳥の声なども、ことのほかに春めきて、",
    "のどやかなる日影に、垣根の草もえ出づるころより、",
    "やや春深く、霞〔かす〕み渡りて、",
    "花もやうやう気色だつほどこそあれ、折しも、",
    "雨風うち続きて、心あはたたしく散り過ぎぬ。",
    "青葉になりゆくまで、よろづに、ただ心をのみぞ悩ます。",
    "花橘(はなたちばな)は名にこそ負へれ。",
    "なほ、",
    "梅に匂ひにぞ、いにしへのことも立ちかへり恋しう思ひ出でらるる。",
    "山吹の清げに、藤のおぼつかなきさましたる、すべて、",
    "思ひ捨てがたきこと多し。",
    "「灌仏〔くわんぶつ〕のころ、祭のころ、若葉の梢〔こずゑ〕、",
    "凉〔すず〕しげに茂りゆくほどこそ、世のあはれも、",
    "人の恋しさもまされ」と、",
    "人の仰せられしこそ、げにさるものなれ。",
    "五月〔さつき〕、菖蒲(あやめ)ふくころ、早苗とるころ、水鶏(くひな)の叩くなど、",
    "心細からぬかは。",
    "六月〔みなづき〕のころ、あやしき家に夕顔の白く見えて、",
    "蚊遣火(かやりび)ふすぶるもあはれなり。",
    "六月祓(みなつきばらへ)、またをおかし。",
    "七夕祭〔たなばたまつ〕るこそ、なまめかしけれ。",
    "やうやう夜寒になるほど、雁鳴〔かりな〕きて来るころ、",
    "萩〔はぎ〕の下葉色づくほど、早稲田(わさだ)刈り干すなど、",
    "取り集めたることは、秋のみぞ多かる。",
    "また、",
    "野分の朝(あした)こそ、をかしけれ。",
    "言ひ続くれば、みな『源氏物語〔げんじものがたり〕』・『枕草子〔まくらのさうし〕』などに、",
    "ことふりにたれど、同じこと、",
    "また今さらに言はじとにもあらず。",
    "おぼしきこと言はぬは、腹ふくるるわざなれば、",
    "筆にまかせつつ、あぢきなきすさびにて、",
    "かつ破(や)り捨つべきものなれば、人の見るべきにもあらず。",
    "さて、",
    "冬枯れの気色こそ、秋にはをさをさおとるまじけれ。",
    "汀(みぎは)の草に紅葉の散りとどまりて、霜いと白うおける朝。",
    "遣水(やりみづ)より煙の立つこそ、をかしけれ。",
    "年の暮れはてて、",
    "人ごとに急ぎあへるころぞ、またなくあはれなる。",
    "すさまじきものにして、見る人もなき、",
    "月の寒けく澄める二十日あまりの空こそ、心細きものなれ。",
    "御仏名〔おぶつみゃう〕・荷前(のさき)の使立つなどぞ、あはれにやんごとなき。",
    "公事どもしげく、春の急ぎにとり重ねて、",
    "催〔もよほ〕し行なはるるさまぞ、いみじきや。",
    "追儺(ついな)より、",
    "四方拝〔しはうはい〕に続くこそ、面白けれ。",
    "晦日(つごもり)の夜、いたう暗きに、松ども灯して、",
    "夜半過〔よはす〕ぐるまで、人の門叩〔かどたた〕き走りありきて、",
    "何ごとにかあらん、ことことしくののしりて、",
    "足を空(そら)にまどふが、暁〔あかつき〕がたより、",
    "さすがに音なくなりぬるこそ、年の名残も心細けれ。",
    "「亡き人の来る夜」とて、魂(たま)祀るわざは、",
    "このごろ都にはなきを、東(あづま)の方には、",
    "なほすることにてありしこそ、あはれなりしか。",
    "かくて明けゆく空の気色、昨日〔きのふ〕に変りたりとは見えねど、",
    "ひきかへめづらしき心地ぞする。",
    "大路のさま、松立てわたして、",
    "華〔はな〕やかに嬉〔うれ〕しげなるこそ、またあはれなれ。"
   ],
   "字数": 1117,
   "息数": 61
  },
  {
   "番号": 20,
   "題": "なにがしとかやいひし世捨人の",
   "一言でいうと": "世を捨て、何の未練もない人でさえ、死を前にすれば空との別れだけは惜しむ。",
   "現代語訳": "何某とかいった世捨て人が、「この世に何のしがらみも持たない身だが、ただ、この空との別れだけが惜しい」と言ったのは、本当にそのように感じられる言葉である。",
   "息つぎ": [
    "なにがしとかやいひし世捨人〔よすてびと〕の、",
    "「この世のほだし持(も)たらぬ身に、",
    "ただ空の名残のみぞ惜しき」と言ひしこそ、",
    "まことにさも思えぬべけれ。"
   ],
   "字数": 63,
   "息数": 4
  },
  {
   "番号": 21,
   "題": "よろづのことは月見るにこそ慰むものなれ",
   "一言でいうと": "月も露も風も水も、折にふれれば心を慰める。自然に勝る気晴らしはない。",
   "現代語訳": "どんなことも、月を眺めれば心が慰められる。ある人が「月ほど趣深いものはないだろう」と言うと、もう一人が「いや、露こそ心にしみる」と言い争ったのが面白かった。季節や折にかなえば、何一つ心にしみないものがあるだろうか。月と花は言うまでもない。風だけは、人にもの思いをさせるようだ。岩に砕けながら清らかに流れる水の景色は、季節を問わずすばらしい。「沅水と湘水は昼も夜も東へ流れ去り、悲しむ人のために少しの間もとどまらない」という詩を見た時は、心にしみた。嵇康も、「山や沢に遊び、魚や鳥を見ると心が楽しくなる」と言っている。人里から遠く離れ、水も草も清らかな所をさまよい歩くことほど、心の慰めになるものはないだろう。",
   "息つぎ": [
    "よろづのことは、",
    "月見るにこそ、慰むものなれ。",
    "ある人の、",
    "「月ばかりおもしろきものはあらじ」と言ひしに、",
    "また一人、",
    "「露こそあはれなれ」と争ひしこそ、をかしけれ。",
    "折にふれば、何かはあはれならざらん。",
    "月・花はさらなり。",
    "風のみこそ、人に心はつくめれ。",
    "岩に砕けて清く流るる水の気色こそ、時をも分かずめでたけれ。",
    "「沅〔げん〕・湘〔しゃう〕、日夜東〔にちやひがし〕に流れ去る。愁人〔しうじん〕のために留まること、",
    "少時(しばらく)もせず」といへる詩を見侍りしこそ、",
    "あはれなりしか。",
    "嵇康〔けいかう〕も、",
    "「山沢〔さんたく〕に遊びて、魚鳥〔ぎょてう〕を見れば、心楽しぶ」と言へり。",
    "人遠(どほ)く、水草清き所にさまよひ歩(あり)きたるばかり、",
    "心慰むことはあらじ。"
   ],
   "字数": 265,
   "息数": 17
  },
  {
   "番号": 22,
   "題": "何事も古き世のみぞしたはしき",
   "一言でいうと": "器も文章も日常の言葉も、昔のものほど品があり、今風になるほど俗になっていく。",
   "現代語訳": "何事につけても、昔の世ばかりが慕わしい。今風のものは、ひどく下品になっていくようだ。木工の名匠が作った美しい器物も、古い時代の姿をしたものこそ趣深く見える。文章の言葉なども、昔の書き損じの紙に残るものはすばらしい。普段口にする言葉まで、しだいに残念なものになっていく。「昔は、『車を上げよ』『火を高く掲げよ』と言ったのに、今の人は『持ち上げよ』『かき上げよ』と言う。『主殿寮の役人よ、人数をそろえよ』と言うべきところを、『松明を明るくせよ』と言い、最勝講の御聴聞所を『ごこうのろ』と言うところを『こうろ』と言う。残念なことだ」と、昔を知る人はおっしゃった。",
   "息つぎ": [
    "何事〔なにごと〕も古き世のみぞしたはしき。",
    "今様(いまやう)は無下にいやしくこそ、なりゆくめれ。",
    "かの木の道の匠(たくみ)の作れる、美しき器物(うつはもの)も、",
    "古代〔こたい〕の姿こそ、をかしと見ゆれ。",
    "文の詞(ことば)などぞ、昔の反古〔ほぐ〕どもはいみじき。",
    "ただ言ふ言葉も、口惜しうこそなりもてゆくなれ。",
    "「いにしへは、『車もたげよ』、",
    "『火かかげよ』とこそ言ひしを、今様の人は、",
    "『もてあげよ』、『かきあげよ』と言ふ。",
    "『主殿寮人〔とのもりづかさびと〕、人数だて』と言ふべきを、",
    "『たちあかし、しろくせよ』と言ひ、",
    "最勝講御聴聞所〔さいしょうかうごちゃうもんじょ〕なるをば、『ごかうのろ』とこそ言ふを、",
    "『かうろ』と言ふ。口惜し」とぞ、古き人は仰せられし。"
   ],
   "字数": 255,
   "息数": 13
  },
  {
   "番号": 23,
   "題": "おとろへたる末の世とはいへど",
   "一言でいうと": "衰えた世でも、宮中の古い建物や作法や言葉には、俗世を離れた尊さが残る。",
   "現代語訳": "衰えた末の世とはいっても、やはり宮中の古式ゆかしい様子は世俗離れしていて、すばらしい。露台、朝餉、何々殿、何々門などという名は、立派なものと聞こえて当然だろう。粗末な場所にもありそうな小蔀、小板敷、高遣戸などという言葉まで、すばらしく聞こえる。「陣の間に夜の準備をせよ」と言うのも立派である。天皇の寝所の灯火について、「灯心をかき立てて、早くともせ」などと言うのも、またすばらしい。公卿が詰める陣の座で政務が行われる様子は、言うまでもない。各役所の下役たちが、得意そうに仕事に慣れているのも面白い。ひどく寒い夜、一晩中あちこちで居眠りしている姿も面白い。「内侍所の御鈴の音はすばらしく、優雅なものだ」と、徳大寺太政大臣はおっしゃった。",
   "息つぎ": [
    "おとろへたる末の世とはいへど、なほ、",
    "九重〔ここのへ〕の神さびたるありさまこそ、世づかず、",
    "めでたきものなれ。",
    "露台(ろだい)・朝餉(あさがれひ)・何殿(なにでん)・何門(なにもん)などは、いみじとも聞こゆべし。",
    "あやしの所にもありぬべき、",
    "小蔀(こじとみ)・小板敷(こいたじき)・高遣戸(たかやりど)なども、めでたくこそ聞こゆれ。",
    "「陣に夜の設(まうけ)せよ」と言ふこそ、いみじけれ。",
    "夜の御殿のをば、「かいともし、とうよ」など言ふ、",
    "まためでたし。",
    "上卿〔しゃうけい〕の陣にて、こと行へるさまはさらなり。",
    "諸司〔しょし〕の下人どもの、したり顔に慣れたるもをかし。",
    "さばかり寒き夜もすがら、",
    "ここかしこに睡(ねぶ)り居たるこそ、おかしけれ。",
    "「内侍所〔ないしどころ〕の御鈴の音は、めでたく、",
    "優なるものなり」とぞ、",
    "徳大寺太政大臣〔とくだいじのだいじゃうだいじん〕は仰せられける。"
   ],
   "字数": 287,
   "息数": 16
  },
  {
   "番号": 24,
   "題": "斎王の野宮におはしますありさまこそ",
   "一言でいうと": "斎王の野宮や古びた神社には、仏教とは違う清らかで優美な趣がある。",
   "現代語訳": "斎王が野宮にいらっしゃる様子は、優美で趣深いことの極みだと思われた。仏教の経典や仏を忌み言葉として避け、それぞれ「中子」「染紙」などと言い換えるそうなのも面白い。総じて神社は、捨てがたい優美さを持つものだ。古びた森の景色も並々ではないうえ、玉垣をめぐらし、榊に木綿を掛けた様子など、すばらしくないはずがない。特に趣深いのは、伊勢、賀茂、春日、平野、住吉、三輪、貴布禰、吉田、大原野、松尾、梅宮の各社である。",
   "息つぎ": [
    "斎王〔さいわう〕の、",
    "野宮(ののみや)におはしますありさまこそ、やさしく、",
    "おもしろきことのかぎりとは思えしか。",
    "経・仏など忌〔い〕みて、",
    "「中子(なかご)」・「染紙(そめがみ)」など言ふなるもをかし。",
    "すべて、",
    "神の社こそ、捨てがたくなまめかしきものなれや。",
    "もの古りたる森の気色もただならぬに、玉垣〔たまがき〕しわたして、",
    "榊(さかき)に木綿(ゆふ)かけたるなど、いみじからぬかは。",
    "ことにをかしきは、",
    "伊勢〔いせ〕・賀茂〔かも〕・春日〔かすが〕・平野〔ひらの〕・住吉〔すみよし〕・三輪〔みわ〕・貴布禰〔きふね〕・吉田〔よしだ〕・大原野〔おほはらの〕・松尾〔まつのを〕・梅宮〔うめのみや〕。"
   ],
   "字数": 191,
   "息数": 11
  },
  {
   "番号": 25,
   "題": "飛鳥川の淵瀬常ならぬ世にしあれば",
   "一言でいうと": "どれほど栄華を極めた場所も人も移ろい、未来永劫を見越した企てほどはかない。",
   "現代語訳": "飛鳥川の淵と瀬が絶えず入れ替わるように、この世も常に変わるものなので、時は移り、物事は過ぎ去り、喜びと悲しみが行き交う。かつて華やかだった場所も人の住まない野原となり、変わらず残る家でも住む人は入れ替わってしまう。桃や李はものを言わないのだから、誰と昔を語ればよいのだろう。まして、自分が見たこともない昔の高貴な人々の遺跡だけが残っているのは、まことにはかない。京極殿や法成寺などを見ると、創建した人の志だけは残っているのに、すっかり様子が変わってしまったことがしみじみと感じられる。御堂殿が立派に造営し、多くの荘園を寄進させ、「わが一族だけが天皇の後見となり、世を支え、末永く栄えるように」と願っておかれた時、どのような世になろうとも、これほど荒れ果てるとはお思いになっただろうか。大門や金堂などは近年まであったが、正和年間に南門は焼けた。金堂はその後、倒れたままで、建て直そうとする動きもない。無量寿院だけが、当時の姿を伝えるものとして残っている。丈六（約一丈六尺）の仏像九体が、たいそう尊く並んでいらっしゃる。行成大納言が書いた額や、兼行が文字を書いた扉が、今も鮮やかに見えるのが心にしみる。法華堂などもまだ残っているようだが、これもいつまであるのだろう。これほどの名残さえない場所では、自然と礎石だけが残っていることもあるが、何の跡かを確かに知る人もいない。だから、何事につけても、自分が見ることのできない遠い将来まで続くようにと企てておくことこそ、はかないのである。",
   "息つぎ": [
    "飛鳥川〔あすかがは〕の淵瀬〔ふちせ〕、常ならぬ世にしあれば、時移り事(こと)去り、",
    "楽しび悲しび、行きかひて、花やかなりしあたりも、",
    "人住まぬ野らとなり、変〔かは〕らぬ住処(すみか)は、人改まりぬ。",
    "桃李〔たうり〕、もの言はねば、誰とともにか昔を語らん。",
    "まして、",
    "見ぬいにしへのやんごとなかりけん跡のみぞ、いとはかなき。",
    "京極殿〔きゃうごくどの〕・法成寺〔ほふじゃうじ〕など見るこそ、志とどまり、",
    "こと変じにけるさまはあはれなれ。",
    "御堂殿〔みだうどの〕の作り磨かせ給〔たま〕ひて、荘園多〔しゃうゑんおほ〕く寄せられ、",
    "「わが御族(おんぞう)のみ、御門の御後見(おんうしろみ)、世のかためにて、行く末まで」と思し置きし時、",
    "いかならん世にも、かばかりあせはてんとは思してんや。",
    "大門〔だいもん〕・金堂〔こんだう〕など、近くまでありしかど、正和〔しゃうわ〕のころ、",
    "南門は焼けぬ。",
    "金堂はその後(のち)倒(たふ)れ伏したるままにて、",
    "とり立つるわざもなし。",
    "無量寿院〔むりゃうじゅゐん〕ばかりぞ、その形(かた)とて残りたる。",
    "丈六〔ぢゃうろく〕の仏九体、いと貴くて、並びおはします。",
    "行成大納言〔かうぜいのだいなごん〕の額、兼行〔かねゆき〕が書ける扉、",
    "鮮かに見ゆるぞあはれなる。",
    "法華堂〔ほっけだう〕なども、いまだ侍〔はべ〕るめり。",
    "これもまた、いつまでかあらん。",
    "かばかりの名残だになき所々は、",
    "おのづから礎(いしずゑ)ばかり残るもあれど、",
    "さだかに知れる人もなし。",
    "されば、",
    "よろづに見ざらん世までを思ひ置きてんこそ、はかなかるべけれ。"
   ],
   "字数": 495,
   "息数": 26
  },
  {
   "番号": 26,
   "題": "風も吹きあへずうつろふ人の心の花に慣れにし年月を思へば",
   "一言でいうと": "心変わりした人と生きながら別れる悲しみは、死別よりも深く胸に残る。",
   "現代語訳": "風が吹く間もなく散ってしまう花のように、人の心はたちまち変わる。その人と親しく過ごした年月を思うと、しみじみ心に響いた言葉の一つ一つを忘れられないまま、相手が自分とは別の世界の人になっていくことが、亡くなった人との別れ以上に悲しい。だからこそ、白い糸がさまざまな色に染まることを悲しみ、道が分かれる岐路を嘆いた人もいたのだろう。堀川院の百首の歌に、「昔会った愛しい人の家の垣根は荒れ果て、茅花にまじって菫だけが咲いている」とある。その寂しい景色には、きっと深い事情があったのだろう。",
   "息つぎ": [
    "風も吹きあへずうつろふ人の心の花に、",
    "慣れにし年月を思へば、",
    "あはれと聞きし言の葉ごとに忘れぬものから、",
    "わが世の外（ほか）になりゆく習ひこそ、亡き人の別れよりもまさりて、悲しきものなれ。",
    "されば、白き糸の染まんことを悲しび、",
    "路のちまたの分かれんことを歎〔なげ〕く人もありけんかし。",
    "堀川院〔ほりかはゐん〕の百首〔ひゃくしゅ〕の歌の中に、",
    "昔見し妹(いも)が垣根は荒れにけりつばなまじりの菫(すみれ)のみして",
    "さびしき気色、さること侍〔はべ〕りけん。"
   ],
   "字数": 190,
   "息数": 9
  },
  {
   "番号": 27,
   "題": "御国譲りの節会行はれて",
   "一言でいうと": "天皇が退位した時こそ、それまで仕えた人々の本心がはっきり表れる。",
   "現代語訳": "天皇が位を譲る儀式が行われ、三種の神器である剣と璽、内侍所（神鏡）が新帝へお渡しされる時ほど、限りなく心細いものはない。新院が退位なさった後の春にお詠みになったという歌がある。「殿守の役人もよそのこととして掃かなくなった庭に、花が散り敷いている」。今の世の中は慌ただしいことに紛れて、院のもとを訪れる人もなく、寂しそうである。このような時にこそ、人の本心は表れるものだ。",
   "息つぎ": [
    "御国譲〔みくにゆづ〕りの節会行〔せちゑおこな〕はれて、剣璽〔けんじ〕、",
    "内侍所渡〔ないしどころわた〕し奉らるるほどこそ、かぎりなう心細けれ。",
    "新院〔しんゐん〕のおりさせ給〔たま〕ひての春、詠ませ給ひけるとかや",
    "殿守(とのもり)のとものみやつこよそにしてはらはぬ庭に花ぞ散りしく",
    "今の世の、ことしげきにまぎれて、",
    "院には参る人もなきぞ、さびしげなる。",
    "かかる折にぞ、人のこころもあらはれぬべき。"
   ],
   "字数": 150,
   "息数": 7
  },
  {
   "番号": 28,
   "題": "諒闇の年ばかりあはれなることはあらじ",
   "一言でいうと": "天皇が親の喪に服す一年ほど、宮中全体が深い悲しみに包まれる時はない。",
   "現代語訳": "天皇が父母の喪に服す諒闇の一年ほど、しみじみと悲しさを感じる時はない。仮の喪屋である倚廬の御所は、床板を低くし、葦の御簾を掛け、粗末な麻布の幕を張り、調度品も簡素にしてある。人々の装束や太刀、太刀を帯びる平緒に至るまで、普段とはまるで違うのが、厳粛で畏れ多い。",
   "息つぎ": [
    "諒闇〔りゃうあん〕の年ばかり、あはれなることはあらじ。",
    "倚廬(いろ)の御所のさまなど、板敷を下げ、葦の御簾〔みす〕をかけて、",
    "布の帽額(もかう)あらあらしく、御調度どもおろそかに、",
    "皆人の装束(さうぞく)・太刀・平緒(ひらを)まで、ことやうなるぞゆゆしき。"
   ],
   "字数": 95,
   "息数": 4
  },
  {
   "番号": 29,
   "題": "静かに思へばよろづに過ぎにしかたの恋しさのみぞせんかたなき",
   "一言でいうと": "古い手紙や道具に触れると、過ぎた日々がその時のまま立ち現れて胸を締めつける。",
   "現代語訳": "静かに物思いをすると、何につけても過ぎ去った昔が恋しくてたまらなくなる。人が寝静まった後、長い夜の気晴らしに、何ということもない身の回りの品を整理し、「残しておくまい」と思う古い紙などを破り捨てていると、その中から亡くなった人の書きつけや、気ままに描いた絵が見つかることがある。その時は、まるでその人が生きていた当時に戻ったような気持ちになる。今も生きている人からの手紙でさえ、長くしまってあったものを見ると、「これはどんな時、何年のものだっただろう」と思い、感慨深い。使い慣れた道具なども、心を持たないまま、昔と変わらず長く残っている。それがひどく悲しい。",
   "息つぎ": [
    "静かに思へば、",
    "よろづに過ぎにしかたの恋しさのみぞ、せんかたなき。",
    "人しづまりて後、長き夜のすさびに、",
    "何となき具足とりしたため、",
    "「残し置かじ」と思ふ反古〔ほぐ〕など、破り捨つる中に、",
    "亡き人の手習ひ、絵描きすさびたる、",
    "見出でたるこそ、ただその折の心地すれ。",
    "このごろある人の文だに、久しくなりて、",
    "「いかなる折、いつの年なりけん」と思ふは、",
    "あはれなるぞかし。",
    "手なれし具足なども、心もなくて、変〔かは〕らず久しき。",
    "いとかなし。"
   ],
   "字数": 201,
   "息数": 12
  },
  {
   "番号": 30,
   "題": "人の亡きあとばかり悲しきはなし",
   "一言でいうと": "死者の痕跡は人の記憶からも墓の形からも薄れ、最後には跡形さえなくなる。",
   "現代語訳": "人が亡くなった後ほど悲しいものはない。四十九日までの中陰の間、山里などへ移り、勝手が悪く狭い場所に大勢で集まり、供養のあれこれを営むので、気持ちは落ち着かない。その日数があっという間に過ぎることは、ほかにたとえようもない。忌明けの日になると、実にそっけなく、互いに言葉を交わすこともなく、それぞれが自分だけは心得ているように道具を片づけ、散り散りに立ち去ってしまう。もとの住まいに帰れば、いっそう悲しいことが多いだろう。「これこれのことは、決してしてはいけない。亡き人のために忌むものだ」などと言うのを聞くと、「これほど悲しんでいる最中に、そんな細かなことまで気にするのか」と、やはり人の心が情けなく思われる。年月がたってもまったく忘れるわけではないが、「去る者は日々に疎し」という言葉どおり、そうは言っても、亡くなった直後ほどには思わなくなるのだろう。つまらないことを話して、笑うようにもなる。遺骨は人里離れた山中に納め、決まった日だけ墓参りしてみれば、ほどなく卒塔婆には苔が生え、木の葉が降り積もる。夕方の嵐と夜の月だけが、死者に語りかけるよすがとなる。思い出して偲ぶ人がいる間はまだよいが、その人もやがて亡くなり、話に聞くだけとなった後の子孫は、しみじみ悲しいと思うだろうか。墓を訪れることさえ絶えれば、誰の墓なのか名前すら分からなくなる。毎年生える春草だけを、情趣を解する人なら哀れと見るだろう。最後には、かつて嵐に悲しげな音を立てた松も、千年を待たず薪に砕かれ、古い墓は掘り返されて田になる。その形さえなくなってしまうのが悲しい。",
   "息つぎ": [
    "人の亡きあとばかり、悲しきはなし。",
    "中陰〔ちゅういん〕のほど、山里などに移ろひて、",
    "便悪(びんあ)しく狭(せば)き所にあまたあひ居て、",
    "後のわざども営みあへる、心あはただし。",
    "日数の早く過ぐるほどぞ、ものにも似ぬ。",
    "果ての日は、いと情なう、互ひに言ふこともなく、",
    "われ賢げにものひきしたため、ちりぢりに行あかれぬ。",
    "もとの住処(すみか)に帰りてぞ、さらに悲しきことは多かるべき。",
    "「しかしかのことは、あなかしこ、",
    "あとのため忌むなることぞ」など言へるこそ、",
    "「かばかりの中に何かは」と、人の心は、",
    "なほうたて思ゆれ。",
    "年月経ても、つゆ忘るるにはあらねど、",
    "「去る者は日々に踈〔うと〕し」と言へることなれば、",
    "さはいへど、その際(きは)ばかりは思えぬにや、",
    "よしなしごと言ひて、うちも笑ひぬ。",
    "骸(から)はけうとき山の中に納めて、",
    "さるべき日ばかり詣でつつ見れば、",
    "ほどなく卒都婆〔そとば〕も苔むし、木の葉降り埋(うづ)みて、夕の嵐、",
    "夜の月のみぞ、こと問ふよすがなりける。",
    "思ひ出でて偲〔しの〕ぶ人あらんほどこそあらめ、そもまた、",
    "ほどなく失せて、聞伝ふるばかりの末々は、",
    "あはれとやは思ふ。",
    "さるは、跡問ふわざも絶えぬれば、",
    "いづれの人と名をだに知らず。",
    "年々の春の草のみぞ、心あらん人はあはれと見るべきを、",
    "果ては、嵐にむせびし松も千年〔ちとせ〕を待たで薪〔たきぎ〕に砕かれ、",
    "古墳〔こふん〕はすかれて田となりぬ。",
    "その形(かた)だになくなりぬるぞ悲しき。"
   ],
   "字数": 542,
   "息数": 29
  },
  {
   "番号": 31,
   "題": "雪のおもしろう降りたりし朝人のがり言ふべきことありて",
   "一言でいうと": "用件だけでなく雪の美しさにも触れよとたしなめた人の感性が、忘れがたい。",
   "現代語訳": "美しく雪の降った朝、ある人に用事があって手紙を送ったところ、雪について何も書かなかったことへの返事に、こうあった。「『この雪をどうご覧になりますか』と一筆もお書きにならない、そんな風情のない方のおっしゃることなど、聞き入れられるでしょうか。まったく情けないお心です」。そう言ってきたのが面白かった。その人は今では亡くなっているので、この程度のささやかな出来事さえ忘れがたい。",
   "息つぎ": [
    "雪のおもしろう降りたりし朝(あした)、",
    "人のがり言ふべきことありて、文をやるとて、",
    "雪のこと何とも言はざりし返り事に、",
    "「『この雪いかが見る』と、一筆のたまはせぬほどの、",
    "ひがひがしからん人の仰せらるること、",
    "聞き入るべきかは。",
    "かへすがへす口惜しき御心〔みこころ〕なり」と言ひたりしこそ、",
    "をかしかりしか。",
    "今は亡き人なれば、かばかりのことも忘れがたし。"
   ],
   "字数": 160,
   "息数": 9
  },
  {
   "番号": 32,
   "題": "九月二十日のころある人に誘はれ奉りて",
   "一言でいうと": "誰も見ていない時にも月を眺める、そのさりげない心づかいに人柄の美しさが表れる。",
   "現代語訳": "九月二十日ごろ、ある高貴な方に誘われ、夜が明けるまで月を眺めて歩いたことがあった。その方は思い出のある場所に立ち寄り、取り次ぎをさせて中へ入っていった。荒れた庭には露が深く、わざとたいたのではない香りがしっとりと漂い、人目を避けて暮らす気配が、たいそう心にしみた。ほどよいところでその方は出てこられたが、なおも家の様子が優雅に思われたので、物陰からしばらく見ていると、家の人が妻戸をもう少し押し開け、月を眺める様子だった。そのまますぐ戸を閉めて奥へ入ってしまったなら、残念だっただろう。帰った後まで見ている者がいるとは、どうして知り得よう。このような振る舞いは、日ごろからの心がけによるものなのだ。その人はほどなく亡くなったと聞いた。",
   "息つぎ": [
    "九月二十日〔ながつきはつか〕のころ、ある人に誘はれ奉りて、明くるまで、",
    "月見歩(あり)くこと侍〔はべ〕りしに、思し出づる所ありて、",
    "案内(あない)せさせて入り給〔たま〕ひぬ。",
    "荒れたる庭の露しげきに、わざとならぬ匂ひ、",
    "しめやかにうち香りて、忍びたる気配、",
    "いとものあはれなり。",
    "よきほどにて出で給ひぬれど、",
    "なほことざまの優(いう)に思えて、ものの隠れより、",
    "しばし見ゐたるに、妻戸をいま少し押し開けて、",
    "月見る気色なり。",
    "やがてかけこもらましかば、口惜しからまし。",
    "跡まで見る人ありとは、いかでか知らん。",
    "かやうのことは、ただ朝夕の心づかひによるべし。",
    "その人、ほどなく失せにけりと聞き侍りし。"
   ],
   "字数": 259,
   "息数": 14
  },
  {
   "番号": 33,
   "題": "今の内裏作り出だされて有職の人々に見せられけるに",
   "一言でいうと": "専門家が見逃した宮殿の誤りを、昔を知る女性の記憶が正した。",
   "現代語訳": "新しい内裏が完成し、儀式や故実に詳しい人々に見せたところ、皆が「どこにも問題はない」と言い、天皇が移られる日も間近になっていた。ところが玄輝門院がご覧になり、「閑院殿の櫛形の穴は丸く、縁もなかった」とおっしゃったのは、実に見事なことだった。新しいものは穴の先が尖っており、木の縁まで付けてあったので、それが誤りだとして直された。",
   "息つぎ": [
    "今の内裏作〔だいりつく〕り出だされて、有職(いうそく)の人々に見せられけるに、",
    "「いづくも難なし」とて、",
    "すでに遷幸〔せんかう〕の日近くなりけるに、玄輝門院御覧〔げんきもんゐんごらん〕じて、",
    "「閑院殿〔かんゐんどの〕の櫛形(くしがた)の穴は、まろく、縁(ふち)もなくてぞありし」と仰せられける、",
    "いみじかりけり。",
    "これは葉(えふ)の入りて、木にて縁をしたりければ、",
    "誤りにて直されにけり。"
   ],
   "字数": 138,
   "息数": 7
  },
  {
   "番号": 34,
   "題": "甲香は法螺貝のやうなるが",
   "一言でいうと": "香に使う貝のふたは、武蔵国金沢では「へなたり」と呼ばれていた。",
   "現代語訳": "甲香（香の材料にする貝のふた）は、法螺貝に似た小さな貝の、口のあたりが細長く突き出したふたである。武蔵国の金沢という浦にあったものを、その土地の人は「へなたりと申します」と言っていた。",
   "息つぎ": [
    "甲香(かひかう)は法螺貝〔ほらがひ〕のやうなるが、小さくて、",
    "口のほどの細長(ほそなが)にして出でたる貝の蓋(ふた)なり。",
    "武蔵国金沢〔むさしのくにかねさは〕といふ浦〔うら〕にありしを、所の者は、",
    "「へなたりと申し侍〔はべ〕る」とぞ言ひし。"
   ],
   "字数": 76,
   "息数": 4
  },
  {
   "番号": 35,
   "題": "手のわろき人のはばからず文書き散らすはよし",
   "一言でいうと": "字が下手でも自分で書けばよい。体裁を気にして人に書かせるほうが嫌味だ。",
   "現代語訳": "字の下手な人が、気兼ねせず自分で手紙をどんどん書くのはよい。「見苦しいから」と人に代筆させるのは、かえってわずらわしく、嫌味である。",
   "息つぎ": [
    "手のわろき人の、はばからず文書き散らすはよし。",
    "「見苦し」とて、人に書かするはうるさし。"
   ],
   "字数": 43,
   "息数": 2
  },
  {
   "番号": 36,
   "題": "久しく訪れぬころいかばかり恨むらんと",
   "一言でいうと": "こちらの不義理を責めず、さりげなく頼み事をしてくれる人の心づかいがうれしい。",
   "現代語訳": "「長い間訪ねずにいるころ、『どれほど恨んでいるだろう』と自分の怠慢を思い知らされ、何と言えばよいか分からずにいると、女性のほうから『雑役に使える者はいますか。一人お願いしたいのですが』などと言ってよこした。それがめったにないほどありがたく、うれしかった。そのような心ばえの人はよい」と、ある人が申していた。まったくそのとおりである。",
   "息つぎ": [
    "「久しく訪れぬころ、『いかばかり恨むらん』と、",
    "わが怠り思ひ知られて、言葉なき心地するに、",
    "女のかたより、『仕丁〔じちゃう〕やある。一人』など、",
    "言ひおこせたるこそ、ありがたく嬉しけれ。",
    "さる心ざましたる人ぞよき」と、",
    "人の申し侍〔はべ〕りし、さもあるべきことなり。"
   ],
   "字数": 118,
   "息数": 6
  },
  {
   "番号": 37,
   "題": "朝夕隔てなく慣れたる人の",
   "一言でいうと": "親しい相手への礼儀も、疎い相手への打ち解けた言葉も、人柄のよさを感じさせる。",
   "現代語訳": "朝夕いつも隔てなく親しくしている人が、何かの折にこちらに気を配り、身なりや態度をきちんと整えているように見えると、「今さらそんなによそよそしくすることはないのに」と言う人もいるだろう。だがやはり、「いかにも誠実で、立派な人だ」と思われる。反対に、あまり親しくない人が打ち解けた話などをしてくれるのも、また感じがよいと思うものだ。",
   "息つぎ": [
    "朝夕隔てなく慣れたる人の、ともある時、われに心おき、",
    "ひきつくろへるさまに見ゆるこそ、",
    "「今さらかくやは」など言ふ人もありぬべけれど、なほ、",
    "「げにげにしく、よき人かな」とぞ思ゆる。",
    "うとき人の、うちとけたることなど言ひたる、また、",
    "よしと思ひつきぬべし。"
   ],
   "字数": 124,
   "息数": 6
  },
  {
   "番号": 38,
   "題": "名利に使はれてしづかなるいとまなく一生を苦しむるこそ愚かなれ",
   "一言でいうと": "富も地位も名声も知恵さえも追えば迷いになる。真実はその評価の外にある。",
   "現代語訳": "名誉や利益に振り回され、心静かに過ごす暇もなく一生を苦しんでいるのは愚かである。財産が多ければ、わが身を守るのに手薄になる。財産は災いを買い、面倒を招く仲立ちになる。死後に北斗七星を支えるほどの黄金を残したところで、残された人が困るだけだ。愚かな人が見た目を喜ばせる楽しみも、むなしい。大きな車、太った馬、金銀宝石の飾りなども、物の分かる人なら「なんと嫌な、愚かなことだ」と見るだろう。金は山に捨て、宝玉は淵に投げ捨てるがよい。利益に惑う者はとりわけ愚かである。それなら、いつまでも埋もれない名声を後世に残すことが望ましいのか。高い官位に就き、身分が尊いからといって、すぐれた人とは限らない。愚かで未熟な人でも、よい家柄に生まれ、時勢に恵まれれば、高位に上ってぜいたくの限りを尽くすことがある。かつての立派な賢人や聖人が低い身分に甘んじ、時に恵まれないまま生涯を終えた例も多い。ただ高い官職や位を望むのも、利益を求めることに次いで愚かである。それなら知恵と心を磨き、世にすぐれた名声を残したいものだと思うかもしれない。だがよく考えれば、名声を愛するとは、人から評判を聞くことを喜ぶだけである。褒める人もそしる人も、ともにいつまでもこの世にはいない。それを伝え聞く人も、またすぐに去っていく。いったい誰を恥じ、誰に知られることを願うのか。名声は非難を生むもとにもなる。死後に名が残っても、何の役にも立たない。それを願うのも、官位を望むことに次いで愚かである。さらに、何としても知恵を求め、賢くなろうとする人のために言えば、知恵が現れると偽りも生じる。才能とは、煩悩が増大したものだ。人から聞き伝え、学んで知ることは、本当の知恵ではない。では、何を知恵というのか。よいとすることと、よくないとすることは、もとは一つである。何を善というのか。真実の人には、知恵も徳も功績も名もない。誰がその人を知り、誰が伝えるだろう。これは徳を隠し、愚かさを装って守るということではない。もともと賢いか愚かか、得か損かという区別の中にいないのである。迷いの心で名誉や利益の要点を求めれば、以上のようになる。あらゆることはみな間違いであり、論じるにも願うにも値しない。",
   "息つぎ": [
    "名利〔みゃうり〕に使はれて、しづかなるいとまなく、",
    "一生を苦しむるこそ、愚かなれ。",
    "財(たから)多ければ、身を守るにまどし。",
    "害を買ひ、累〔わづらひ〕を招くなかだちなり。",
    "身の後(のち)には、金(こがね)をして北斗〔ほくと〕をささふとも、",
    "人のためにぞ、わづらはるべき。",
    "愚かなる人の、目を喜ばしむる楽しみ、また、",
    "あぢきなし。",
    "大きなる車、肥えたる馬、金玉〔きんぎょく〕の飾りも、心あらん人は、",
    "「うたて、愚かなり」とぞ見るべき。",
    "金は山に捨て、玉は淵〔ふち〕に投ぐべし。",
    "利にまどふは、すぐれて愚かなる人なり。",
    "埋(うづ)もれぬ名を、",
    "長き世に残さんこそ、あらまほしかるべけれ。",
    "位(くらゐ)高く、やんごとなきをしも、",
    "すぐれたる人とやはいふべき。",
    "愚かにつたなき人も、家に生まれ、時にあへば、",
    "高位〔かうゐ〕に昇り、奢りを極むるもあり。",
    "いみじかりし賢人〔けんじん〕・聖人〔せいじん〕、みづから賤しき位に居(を)り、",
    "時にあはずしてやみぬる、また多し。",
    "ひとへに高き官(つかさ)・位を望むも、次に愚かなり。",
    "智恵〔ちゑ〕と心とこそ、世にすぐれたる誉れも残さまほしきを、",
    "つらつら思へば、誉れを愛するは、人の聞きを喜ぶなり。",
    "誉(ほ)むる人、謗(そし)る人、ともに世にととまらず。",
    "伝へ聞かん人、またまたすみやかに去るべし。",
    "誰をか恥ぢ、誰にか知られんことを願はん。",
    "誉れはまた毀(そし)りのもとなり。",
    "身の後の名、残りてさらに益(やく)なし。",
    "これを願ふも、次に愚かなり。",
    "ただし、しひて智を求め、賢を願ふ人のために言はば、",
    "智恵出でては偽〔いつは〕りあり。",
    "才能は煩悩〔ぼんなう〕の増長〔ぞうぢゃう〕せるなり。",
    "伝へて聞き、学びて知るは、まことの智にあらず。",
    "いかなるをか、智といふべき。",
    "可・不可は一条〔いちでう〕なり。",
    "いかなるをか、善といふ。",
    "まことの人は、智もなく、徳もなく、功もなく、",
    "名もなし。",
    "誰か知り、誰か伝へん。",
    "これ、徳を隠し、愚を守るにはあらず。",
    "もとより、賢愚得失〔けんぐとくしつ〕の境(さかひ)に居(を)らざればなり。",
    "迷ひの心をもちて、名利の要を求むるに、かくのごとし。",
    "万事は、みな非なり。",
    "言ふに足らず、願ふに足らず。"
   ],
   "字数": 758,
   "息数": 44
  },
  {
   "番号": 39,
   "題": "ある人法然上人に",
   "一言でいうと": "できない自分を責め尽くすより、できる時に続け、疑いながらでも一歩を重ねればよい。",
   "現代語訳": "ある人が法然上人に、「念仏を唱えている時、眠気に負けて修行を怠ってしまいます。どうすれば、この妨げをなくせるでしょうか」と尋ねると、上人は「目が覚めている間に念仏をなさい」と答えられた。実に尊いお答えである。また、「極楽往生できると確信すれば確実となり、できないかもしれないと思えば不確かになる」とも言われた。これも尊い。また、「疑いを持ちながらでも念仏を唱えれば、極楽往生できる」とも言われた。これもまた尊い。",
   "息つぎ": [
    "ある人、法然上人〔ほふねんしゃうにん〕に、",
    "「念仏の時、睡(ねぶ)りにをかされて、行を怠り侍〔はべ〕ること、",
    "いかがして、この障(さは)りを止(や)め侍らん」と申しければ、",
    "「目の覚めたらんほど、念仏し給〔たま〕へ」と答へられたりける。",
    "いと貴かりけり。",
    "また、",
    "「往生は、一定〔いちぢゃう〕と思へば一定、不定〔ふぢゃう〕と思へば不定なり」と言はれけり。",
    "これも貴し。",
    "また、",
    "「疑ひながらも念仏すれば、往生す」とも言はれけり。",
    "これもまた貴し。"
   ],
   "字数": 173,
   "息数": 11
  },
  {
   "番号": 40,
   "題": "因幡国に何の入道とかやいふ者の娘",
   "一言でいうと": "美人と評判の娘も、栗しか食べない変わった食性のため、父親が結婚を許さなかった。",
   "現代語訳": "因幡国に、何とかいう入道の娘がいた。美しいという評判を聞き、多くの男が結婚を申し込んだが、この娘は栗ばかり食べ、米の類をまったく食べなかった。そのため父親は、「このように変わった者を人の妻にするわけにはいかない」と言って、結婚を許さなかった。",
   "息つぎ": [
    "因幡国〔いなばのくに〕に、何の入道とかやいふ者の娘、形良しと聞きて、",
    "人あまた言ひわたりけれども、この娘、",
    "ただ栗をのみ食ひて、さらに米(よね)の類(たぐひ)を食はざりければ、",
    "「かかる異様(ことやう)の者、人に見ゆべきにあらず」とて、親、",
    "許さざりけり。"
   ],
   "字数": 101,
   "息数": 5
  },
  {
   "番号": 41,
   "題": "五月五日賀茂の競馬を見侍りしに",
   "一言でいうと": "他人の危うさを笑う私たちも、目前の死を忘れて見物に夢中になる同じ愚か者である。",
   "現代語訳": "五月五日、賀茂の競馬を見に行った時、車の前を大勢の庶民が立ちふさいで見えなかったので、皆で車を降り、競馬場の柵ぎわへ寄った。しかし、とりわけ人が多く立て込んでいて、分け入る余地もない。そんな時、向かいにある楝の木に一人の法師が登り、木の股に腰掛けて見物していた。木につかまりながらひどく居眠りし、落ちそうになるたびに目を覚ますことを何度も繰り返す。それを見た人々はあざけり、あきれて、「なんという愚か者だ。こんな危険な枝の上で、よく安心して眠れるものだ」と言った。そこで私が、ふと心に浮かんだまま、「私たちにも生死の時が、今すぐ訪れるかもしれない。それを忘れ、見物をして一日を暮らす愚かさは、あの法師以上ではないか」と言うと、前にいた人々は、「本当にそのとおりです。実に愚かなことです」と言い、皆こちらを振り返って、「ここへお入りください」と場所を空け、私を呼び入れてくれた。この程度の道理は誰でも思いつくはずだが、その場で思いがけず耳にして胸に響いたのだろう。人は木や石ではないので、時と場合によっては心を動かされないわけではない。",
   "息つぎ": [
    "五月五日〔さつきいつか〕、賀茂〔かも〕の競馬(くらべうま)を見侍りしに、",
    "車の前に雑人立〔ざふにんた〕ち隔てて、見えざりしかば、",
    "おのおの降りて、埒(らち)の際(きは)に寄りたれど、",
    "ことに人多く立ち込みて、分け入りぬべきやうもなし。",
    "かかる折に、向かひなる楝(あふち)の木に、法師の登りて、",
    "木の股についゐて、物見るあり。",
    "取り付きながら、いたう睡(ねぶ)りて、",
    "落ちぬべき時に目を覚ますこと、たびたびなり。",
    "これを見る人、嘲(あざけ)りあさみて、",
    "「世の痴れ者かな。かく危ふき枝の上にて、安き心ありて睡るらんよ」と言ふに、",
    "わが心にふと思ひしままに、",
    "「われらが生死(しやうじ)の到来、ただ今にもやあらん。",
    "それを忘れて、物見て日を暮らす、愚かなることは、",
    "なほまさりたるものを」と言ひたれば、",
    "前なる人ども、",
    "「まことに、さにこそ候ひけれ。もつとも愚かに候ふ」と言ひて、",
    "みな、後ろを見返りて、「ここへ入らせ給〔たま〕へ」とて、",
    "所を去りて、呼び入れ侍〔はべ〕りにき。",
    "かほどのことわり、誰かは思ひよらざらんなれども、",
    "折からの思ひかけぬ心地して、胸に当りけるにや、人、",
    "木石〔ぼくせき〕にあらねば、時にとりて、",
    "ものに感ずることなきにあらず。"
   ],
   "字数": 439,
   "息数": 22
  },
  {
   "番号": 42,
   "題": "唐橋中将といふ人の子に行雅僧都とて教相の人の師する僧ありけり",
   "一言でいうと": "高僧の顔が長い病で鬼のように変わり、人目を避けて暮らした末に亡くなった。",
   "現代語訳": "唐橋中将という人の子に、行雅僧都といって、仏教の教理を学ぶ人々が師と仰ぐ僧がいた。気が上にのぼる病気を患い、年を取るにつれて鼻の中がふさがって息をするのも難しくなった。さまざまな治療をしたが、症状はいっそうひどくなり、目や眉、額などもむやみに腫れて覆いかぶさったため、物も見えなくなった。二の舞の仮面のように見えた顔は、ただ恐ろしく、ついには鬼の顔のようになった。目は頭のてっぺん近くへ移り、額のあたりが鼻になるなどして、その後は寺の中の人にも顔を見せず、閉じこもって長年を過ごした。やがてさらに病が重くなり、亡くなった。このような病気も世にはあるのだ。",
   "息つぎ": [
    "唐橋中将〔からはしのちゅうじゃう〕といふ人の子に、行雅僧都〔ぎゃうがそうづ〕とて、",
    "教相〔けうさう〕の人の師する僧ありけり。",
    "気(け)の上る病ありて、年のやうやうたくるほどに、",
    "鼻の中ふたがりて、息も出でがたかりければ、",
    "さまざまにつくろひけれど、わづらはしくなりて、",
    "目・眉〔まゆ〕・額なども腫〔は〕れまどひて、うち覆ひければ、",
    "ものも見えず、二の舞の面のやうに見えけるが、",
    "ただ怖しく、鬼の顔になりて、目は頂(いただき)のかたに付き、",
    "額のほど鼻になりなどして、",
    "後(のち)は坊の内の人にも見えずこもりゐて、年久しくありて、",
    "なほわづらはしくなりて、死ににけり。",
    "かかる病もあることにこそありけれ。"
   ],
   "字数": 246,
   "息数": 12
  },
  {
   "番号": 43,
   "題": "春の暮れつかたのどやかに艶なる空に",
   "一言でいうと": "春の終わり、古びた家で静かに書物を読む美青年を見かけ、その正体を知りたくなった。",
   "現代語訳": "春も暮れようとするころ、のどかで美しい空の下に、身分の低くない人の家があった。奥深く、木立も古び、庭に散ってしおれた花が、見過ごしがたい風情だったので中へ入ってみた。南向きの部屋の格子はすべて下ろされ、寂しそうだったが、東を向いた妻戸がほどよく開いていた。その御簾の破れから見ると、顔立ちの清らかな二十歳ほどの男がいた。くつろいだ姿ながら品があり、ゆったりとした様子で、机の上に書物を広げて読んでいた。いったいどのような人だったのだろう。尋ねて聞いてみたい。",
   "息つぎ": [
    "春の暮れつかた、のどやかに艶〔えん〕なる空に、",
    "いやしからぬ家の、奥深く、木立ちもの古りて、",
    "庭に散りしをれたる花見過ぐしがたきを、",
    "さし入りて見れば、南面(みなみおもて)の格子(かうし)みな下して、",
    "さびしげなるに、東に向きて、",
    "妻戸のよきほどに開きたる、御簾〔みす〕の破れより見れば、",
    "形清げなる男の、年二十(はたち)ばかりにて、うちとけたれど、",
    "心にくく、のどやかなるさまして、",
    "机の上に文を繰り広げて、見居たり。",
    "いかなる人なりけん。",
    "尋ね聞かまほし。"
   ],
   "字数": 195,
   "息数": 11
  },
  {
   "番号": 44,
   "題": "あやしの竹の編戸の内よりいと若き男の",
   "一言でいうと": "月夜に笛の音を追ってたどり着いた山里には、都に劣らぬ優雅な暮らしが息づいていた。",
   "現代語訳": "粗末な竹の編み戸の中から、たいそう若い男が出てきた。月明かりなので色合いははっきりしなかったが、つややかな狩衣に濃い色の指貫を着け、たいそう品のある姿だった。小さな童を一人連れ、遠くまで続く田の中の細道を、稲葉の露に濡れながら分け進み、なんともいえないほど見事に笛を吹いていた。「この情趣を聞き分ける人もいないだろう」と思うと、どこへ行くのか知りたくなり、見送りながらついて行った。やがて男は笛を吹きやめ、山ぎわに総門のある屋敷へ入った。踏み台に轅を載せて止めてある牛車が見えるのも、都で見るより目を引く感じがした。下働きの者に尋ねると、「これこれの宮が滞在しておられる時期で、ご法事などがあるのでしょうか」と言う。御堂のほうには法師たちが参集していた。夜の冷たい風に運ばれてくる、どこからともない薫物の香りも身にしみる。寝殿から御堂の廊下へ通う女房たちは、移り香を漂わせる心づかいなど、人目のない山里だからと気を抜かず、身だしなみに注意していた。思うままに生い茂った秋の野は、置ききれないほどの露に埋もれ、虫の音は恨みを訴えるように響き、遣水の音はゆったりと聞こえる。都の空より雲の行き来も速いように感じられ、月が晴れたり曇ったりする様子は定まらなかった。",
   "息つぎ": [
    "あやしの竹の編戸(あみど)の内より、いと若き男の、",
    "月影に色あひさだかならねど、つややかなる狩衣〔かりぎぬ〕に、",
    "濃き指貫(さしぬき)、いとゆゑづきたるさまにて、",
    "ささやかなる童一人を具して、遥かなる田の中の細道を、",
    "稲葉〔いなば〕の露にそぼちつつ分け行くほど、",
    "笛をえならず吹きすさびたる、",
    "「あはれと、聞き知るべき人もあらじ」と思ふに、",
    "行かん方知らまほしくて、見送りつつ行けば、",
    "笛を吹きやみて、山の際(きは)に惣門のある内に入りぬ。",
    "榻(しぢ)に立てたる車の見ゆるも、都よりは目とまる心地して、",
    "下人に問へば、",
    "「しかしかの宮のおはしますころにて、御仏事〔ごぶつじ〕など候ふにや」と言ふ。",
    "御堂〔みだう〕の方に、法師ども参りたり。",
    "夜寒(よさむ)の風にさそはれ来る、そら薫物(だきもの)の匂ひも、",
    "身にしむ心地す。",
    "寝殿より御堂の廊に通ふ女房〔にょうばう〕の、追風用意(おひかぜようい)など、",
    "人目なき山里ともいはず、心づかひしたり。",
    "心のままに茂れる秋の野らは、置きあまる露に埋(うづ)もて、",
    "虫の音(ね)かごとがましく、遣水(やりみづ)の音のどやかなり。",
    "都の空よりは雲の往来(ゆきき)も早き心地して、",
    "月の晴れ曇ること定めがたし。"
   ],
   "字数": 419,
   "息数": 21
  },
  {
   "番号": 45,
   "題": "公世の二位のせうとに良覚僧正と聞こえしは極めて腹あしき人なりけり",
   "一言でいうと": "あだ名の原因を怒って取り除くたび、僧正には新しいあだ名がついた。",
   "現代語訳": "公世の二位の兄弟に、良覚僧正と呼ばれる人がいて、たいへん短気な人だった。僧坊のそばに大きな榎の木があったので、人々は彼を「榎木僧正」と呼んだ。僧正は「この名はけしからん」と言って、その木を切らせた。すると根株が残ったので、今度は「切り株の僧正」と呼ばれた。ますます腹を立てて切り株を掘り捨てると、その跡が大きな堀のようになったので、ついには「堀池僧正」と呼ばれるようになった。",
   "息つぎ": [
    "公世〔きんよ〕の二位〔にゐ〕のせうとに、良覚僧正〔りゃうがくそうじゃう〕と聞こえしは、",
    "極めて腹あしき人なりけり。",
    "坊の傍らに、大きなる榎(え)の木のありければ、人、",
    "「榎木僧正(えのきのそうじやう)」とぞ言ひける。",
    "「この名、しかるべからず」とて、",
    "かの木を切られにけり。",
    "その根のありければ、「きりくひの僧正」と言ひけり。",
    "いよいよ腹立ちて、きりくひを掘り捨てたりければ、",
    "その跡、大きなる堀(ほり)にてありければ、",
    "堀池僧正(ほりけのそうじやう)とぞ言ひける。"
   ],
   "字数": 179,
   "息数": 10
  },
  {
   "番号": 46,
   "題": "柳原の辺に強盗法印と号する僧ありけり",
   "一言でいうと": "「強盗法印」は強盗をする僧ではなく、何度も強盗に遭った僧のあだ名だった。",
   "現代語訳": "柳原のあたりに、「強盗法印」というあだ名の僧がいた。何度も強盗に遭ったため、この名が付いたという。",
   "息つぎ": [
    "柳原〔やなぎはら〕の辺に、強盗法印〔がうたうほふいん〕と号する僧ありけり。",
    "たびたび強盗にあひたるゆゑに、",
    "この名を付けにけるとぞ。"
   ],
   "字数": 48,
   "息数": 3
  },
  {
   "番号": 47,
   "題": "ある人清水へ参りけるに老いたる尼の行きつれたりけるが",
   "一言でいうと": "遠く離れた養い子がくしゃみをするたび無事を祈り続ける、老尼の深い愛情。",
   "現代語訳": "ある人が清水寺へ参詣した時、年老いた尼が連れ立って歩いていた。その尼が道中ずっと「くさめ、くさめ」と言い続けるので、「尼さま、どうしてそのようなことをおっしゃるのですか」と尋ねたが、返事もせず、なおも言うのをやめなかった。何度も尋ねられると、尼は腹を立てて言った。「ええい、人がくしゃみをした時、こうしてまじないをしなければ死ぬと言うではありませんか。私が育てた若君が比叡山で稚児をしていらっしゃるので、『今この時にも、くしゃみをなさっているかもしれない』と思い、こう唱えているのです」。めったにないほど深い愛情だったのだろう。",
   "息つぎ": [
    "ある人、清水〔きよみづ〕へ参りけるに、",
    "老いたる尼の行きつれたりけるが、道すがら、",
    "「くさめ、くさめ」と言ひもてゆきければ、",
    "「尼御前、何事をかくはのたまふぞ」と問ひけれども、",
    "いらへもせず、なほ言ひやまざりけるを、",
    "たびたび問はれて、うち腹立ちて、",
    "「やや、鼻ひたる時、",
    "かくまじなはねば死ぬるなりと申せば、養君(やしなひぎみ)の、",
    "比叡山〔ひえいざん〕に児〔ちご〕にておはしますが、",
    "『ただ今もや、鼻ひ給〔たま〕はん』と思へば、",
    "かく申すぞかし」と言ひけり。",
    "ありがたき志なりけんかし。"
   ],
   "字数": 210,
   "息数": 12
  },
  {
   "番号": 48,
   "題": "光親卿院の最勝講奉行してさぶらひけるを",
   "一言でいうと": "食べ終えた膳を御簾の中へ戻す古式の作法は、知らない者には無作法に見えた。",
   "現代語訳": "光親卿が院の最勝講（法華経を講じる法会）の運営を務めていた時、院の御前に召され、食事を出され、それをいただいた。食べ終わると、食べ散らかしたままの衝重（食器を載せる膳）を御簾の中へ差し入れ、退出してしまった。女房たちが、「まあ汚い。いったい誰に片づけろというのか」などと言い合ったところ、院は「あれこそ儀式や作法に通じた者の振る舞いであり、尊ぶべきことだ」と、何度も感心なさったという。",
   "息つぎ": [
    "光親卿〔みつちかきゃう〕、院の最勝講奉行〔さいしょうかうぶぎゃう〕してさぶらひけるを、",
    "御前〔おまへ〕へ召されて、供御〔くご〕を出だされて、食はせられけり。",
    "さて、食ひ散らしたる衝重(ついがさね)を、御簾〔みす〕の中へさし入れて、",
    "まかり出でにけり。",
    "女房〔にょうばう〕、",
    "「あなきたな。誰にとれとてか」など申し合はれければ、",
    "「有職〔いうそく〕の振舞、やんごとなきことなり」と、",
    "かへすがへす感ぜさせ給〔たま〕けるとぞ。"
   ],
   "字数": 150,
   "息数": 8
  },
  {
   "番号": 49,
   "題": "老来たりてはじめて道を行ぜんと待つことなかれ",
   "一言でいうと": "老いてから始めようと思うな。死は若者にも迫るから、なすべきことは今すぐなせ。",
   "現代語訳": "年老いてから初めて仏道を修めようなどと、待っていてはならない。古い墓に眠る人の多くは、若くして亡くなった人である。思いがけず病気になり、たちまちこの世を去ろうとする時になって、初めてこれまでの生き方の誤りに気づくものだ。その誤りとは、ほかでもない。急いですべきことをのんびり先延ばしにし、ゆっくりしてよいことを急いでしまったため、過ぎた日々を悔やむことである。その時になって後悔しても、何の役に立つだろう。人はただ、無常がわが身に迫っていることを心にしっかり留め、ほんのしばらくも忘れてはならない。そうすれば、どうしてこの世の濁りに染まる心が薄れず、仏道に励む心が真剣にならないことがあろう。『昔のある聖は、人が訪ねてきて、自分や他人にとって大切な用事を話す時にも、「今、差し迫った急用があり、すでに朝夕に迫っている」と答え、耳をふさいで念仏を続け、ついに極楽往生を遂げた』と、『禅林の十因』に記されている。心戒という聖は、この世があまりにも仮のものだと考え、落ち着いて腰を下ろすことすらなく、いつもうずくまってばかりいた。",
   "息つぎ": [
    "老来〔おいき〕たりて、はじめて道を行ぜんと待つことなかれ。",
    "古き墳(つか)、多くはこれ少年〔せうねん〕の人なり。",
    "はからざるに病を受けて、",
    "たちまちにこの世を去らんとする時にこそ、",
    "はじめて過ぎぬる方(かた)の誤れることは知らるなれ。",
    "誤りといふは、他のことにあらず。",
    "速(すみや)かにすべきことを緩(ゆる)くし、緩くすべきことを急ぎて、",
    "過ぎにしことの悔やしきなり。",
    "その時悔ゆとも、かひあらんや。",
    "人はただ、無常〔むじゃう〕の身に迫りぬることを心にひしとかけて、",
    "つかの間も忘るまじきなり。",
    "さらば、などか、この世の濁りも薄く、",
    "仏道を勤むる心もまめやかならざらん。",
    "「昔ありける聖(ひじり)は、人来たりて、自他の要事を言ふ時、",
    "答へていはく、",
    "『今、火急のことありて、すでに朝夕に迫れり』とて、",
    "耳をふたぎて、念仏して、つひに往生〔わうじゃう〕を遂げけり」と、",
    "禅林〔ぜんりん〕の十因〔じふいん〕に侍〔はべ〕り。",
    "心戒〔しんかい〕といひける聖は、",
    "あまりにこの世のかりそめなることを思ひて、",
    "静かについゐけることだになく、",
    "常はうずくまりてのみぞありける。"
   ],
   "字数": 401,
   "息数": 22
  },
  {
   "番号": 50,
   "題": "応長のころ伊勢国より女の鬼になりたるを率て上りたるといふことありて",
   "一言でいうと": "誰も見ていない鬼の噂に都中が熱狂し、最後には群衆同士の争いまで起きた。",
   "現代語訳": "応長年間のころ、伊勢国から、鬼になった女を連れて都へ上ったという話が広まり、その後二十日ほど、京や白川の人々は毎日「鬼を見に行く」と言って右往左往した。「昨日は西園寺へ参ったそうだ」「今日は上皇の御所へ参るらしい」「今はどこそこにいる」などと口々に言い合った。しかし、「確かに見た」と言う人もなく、かといって「嘘だ」と言う人もいない。身分の上下を問わず、ただ鬼の話ばかりをいつまでもしていた。そのころ、私が東山から安居院のあたりへ出かけたところ、四条より北にいる人々が皆、北を目指して走っていた。「一条室町に鬼がいる」と大声で騒ぎ合っている。今出川のあたりから眺めると、上皇の観覧席のあたりは、まったく通れそうもないほど人が立ち混んでいた。「これはもう、まるきり根も葉もない話ではなさそうだ」と思い、人をやって見に行かせたが、鬼に会った者などまったくいなかった。人々は日が暮れるまでこうして立ち騒ぎ、最後にはけんかまで始まって、あきれ果てるような出来事がいくつも起きた。そのころ、世間では二、三日ほど病む人が相次いだので、「あの鬼についての作り話は、この病の前触れを示していたのだ」と言う人までいた。",
   "息つぎ": [
    "応長〔おうちゃう〕のころ、伊勢国〔いせのくに〕より、",
    "女の鬼になりたるを率(ゐ)て上りたるといふことありて、",
    "そのころ二十日ばかり、日ごとに京・白川〔しらかは〕の人、",
    "「鬼見に」とて出でまどふ。",
    "「昨日〔きのふ〕は西園寺〔さいをんじ〕に参りたりし」、",
    "「今日は院へ参るべし」、",
    "「ただ今はそこそこに」など言ひあへり。",
    "「まさしく見たり」と言ふ人もなく、",
    "「虚言(そらごと)」と言ふ人もなし。",
    "上下、ただ鬼のことのみ言ひやまず。",
    "そのころ東山〔ひがしやま〕より、安居院〔あぐゐ〕の辺へまかり侍〔はべ〕りしに、",
    "四条〔しでう〕よりかみさまの人、みな北をさして走る。",
    "「一条室町〔いちでうむろまち〕に鬼あり」と、ののしりあへり。",
    "今出川〔いまでがは〕の辺より見やれば、院の御桟敷のあたり、",
    "さらに通り得(う)べうもあらず立ち混みたり。",
    "「はやく、跡なきことにはあらざめり」とて、",
    "人をやりて見するに、おほかた会へる者なし。",
    "暮るるまでかく立ち騒ぎて、はては闘諍〔とうじやう〕おこりて、",
    "あさましきことどもありけり。",
    "そのころ、おしなべて、",
    "二三日人〔にさんにちひと〕のわづらふること侍りしをぞ、",
    "「かの鬼の虚言(そらごと)は、",
    "このしるしを示すなりけり」といふ人も侍りし。"
   ],
   "字数": 410,
   "息数": 23
  },
  {
   "番号": 51,
   "題": "亀山殿の御池に大井川の水をまかせられんとて",
   "一言でいうと": "その道を知る職人は、金や試行錯誤では代えられないほど尊い。",
   "現代語訳": "亀山殿の池へ大井川の水を引き入れようとして、大井の土地の者たちに命じ、水車を作らせた。多額の金を与え、何日もかけて作り上げて据え付けたが、まるで回らなかった。あれこれ直しても、とうとう回らず、役にも立たないまま立っていた。そこで宇治の里人を呼び寄せて作らせると、難なく組み立てて差し出した水車が思いどおりに回り、見事に水を汲み入れた。何事につけても、その道を知っている者は尊いものである。",
   "息つぎ": [
    "亀山殿〔かめやまどの〕の御池に、大井川〔おほゐがは〕の水をまかせられんとて、",
    "大井〔おほゐ〕の土民〔どみん〕に仰せて、水車を作らせられけり。",
    "多くの銭(あし)を給〔たま〕ひて、数日に営み出だして、",
    "かけたりけるに、おほかた廻(めぐ)らざりければ、",
    "とかく直しけれども、つひに回らで、",
    "いたづらに立てりけり。",
    "さて、宇治〔うぢ〕の里人を召して、こしらへさせければ、",
    "やすらかにゆひて参らせたりけるが、思ふやうに廻りて、",
    "水を汲み入るることめでたかりけり。",
    "よろづに、その道を知れる者は、やんごとなきものなり。"
   ],
   "字数": 207,
   "息数": 10
  },
  {
   "番号": 52,
   "題": "仁和寺にある法師年寄るまで石清水を拝まざりければ",
   "一言でいうと": "念願の石清水参りで、法師は麓だけ拝んで山上の本殿を見ずに帰ってきた。案内役は要る。",
   "現代語訳": "仁和寺にいたある僧が、年を取るまで石清水八幡宮に参拝したことがなかったので、それを残念に思い、ある時思い立って、たった一人で歩いて参詣した。山のふもとにある極楽寺や高良神社などを拝み、「石清水とはこのくらいのものなのだ」と思い込んで帰ってしまった。その後、仲間に会って、「長年願っていたことを、とうとう果たしました。聞いていた以上に、まことに尊い所でした。それにしても、参拝に来た人が皆、山へ登っていったのは、何があったのでしょう。私も知りたかったのですが、『神様へ参ることこそ本来の目的だ』と思って、山までは見ませんでした」と言ったという。ちょっとしたことにも、案内役はいてほしいものである。",
   "息つぎ": [
    "仁和寺〔にんなじ〕にある法師、年寄るまで、",
    "石清水〔いはしみづ〕を拝まざりければ、心憂く思えて、ある時、",
    "思ひ立ちて、ただ一人、徒歩(かち)より詣でけり。",
    "極楽寺〔ごくらくじ〕・高良(かうら)などを拝みて、「かばかり」と心得て、",
    "帰りにけり。",
    "さて、かたへの人に会ひて、",
    "「年ごろ思ひつること、果し侍〔はべ〕りぬ。聞きしにも過ぎて、",
    "貴くこそおはしけれ。そも、",
    "参りたる人ごとに山へ登りしは、何事かありけん。",
    "ゆかしかりしかど、『神へ参るこそ本意(ほい)なれ』と思ひて、",
    "山までは見ず」とぞ言ひける。",
    "少しのことにも、先達(せんだち)はあらまほしきことなり。"
   ],
   "字数": 227,
   "息数": 12
  },
  {
   "番号": 53,
   "題": "これも仁和寺の法師童の法師にならんとする名残とて",
   "一言でいうと": "酔った勢いで頭にかぶった鼎が抜けなくなり、笑い話が命がけの惨事に変わった。",
   "現代語訳": "これも仁和寺の僧の話である。稚児が僧になる別れの名残に、皆で遊び楽しむ宴があった。ある僧が酔い、面白さに夢中になるあまり、そばにあった足鼎（脚のついた鍋）を取って頭にかぶった。つかえそうになると、鼻を押しつぶして顔を中へ差し入れ、そのまま舞い出たので、その場の一同はこの上なく面白がった。しばらく音楽に合わせて舞ったあと、鼎を抜こうとしたが、まるで抜けない。酒宴の興も冷め、皆は「どうしたらよいのか」と途方に暮れた。あれこれするうちに首の周りは傷ついて血が垂れ、ひどく腫れ上がって息まで詰まってきた。鼎を打ち割ろうとしても簡単には割れず、音が頭に響いて耐えられないので、それもできなかった。ほかに方法もなく、三本の脚が角のように突き出した頭の上から帷子（ひとえの着物）をかけ、手を引き、杖をつかせて、京にいる医師のもとへ連れていった。道中、人々が不思議そうに見ることといったらなかった。医師のところへ入り、その姿で向かい合って座った様子は、さぞ異様だっただろう。話しても、声が鼎の中にこもって響き、聞き取れない。医師が「このような症例は書物にもなく、伝えられた治療法もない」と言うので、また仁和寺へ帰った。親しい者や年老いた母などが枕元に寄り添って泣き悲しんだが、本人に聞こえているようにも見えない。そうするうち、ある者が「たとえ耳や鼻がちぎれてなくなっても、命だけは助からないことがあろうか。ともかく力いっぱい引いてみなさい」と言った。そこで藁しべを首の周りに差し入れ、肌と金属の間に当てて、首までちぎれそうなほど引っ張ると、耳と鼻が欠けて穴のあいたような状態になりながらも、鼎は抜けた。危ういところで命を拾い、その後長いこと病みついていた。",
   "息つぎ": [
    "これも仁和寺〔にんなじ〕の法師、童〔わらは〕の法師にならんとする名残とて、",
    "おのおの遊ぶことありけるに、酔(ゑ)ひて、興〔きょう〕に入るあまり、",
    "傍らなる足鼎(あしがなへ)を取りて、頭にかづきたれば、",
    "つまるやうにするを、鼻を押し平(ひら)めて、",
    "顔をさし入れて舞ひ出でたるに、満座〔まんざ〕、",
    "興に入ることかぎりなし。",
    "しばしかなでて後、抜かんとするに、おほかた抜かれず。",
    "酒宴〔しゅえん〕ことさめて、「いかがはせん」とまどひけり。",
    "とかくすれば、頸〔くび〕のまはり欠けて血垂り、",
    "ただ腫〔は〕れに腫れ満ちて、息もつまりければ、",
    "打ち割らんとすれど、たやすく割れず。",
    "響きて耐へがたかりければ、かなはで、",
    "すべきやうなくて、三足(みつあし)なる角(つの)の上に、",
    "帷子(かたびら)をうちかけて、手を引き、杖を突かせて、",
    "京〔きゃう〕なる医師(くすし)のがり率(ゐ)て行きける。",
    "道すがら、人の怪しみ見ることかぎりなし。",
    "医師〔くすし〕のもとにさし入りて、向ひ居たりけんありさま、",
    "さこそ異様(ことやう)なりけめ。",
    "ものを言ふも、くぐもり声に響きて聞こえず。",
    "「かかることは、文にも見えず、伝へたる教へもなし」と言へば、",
    "また仁和寺へ帰りて、親しき者、老いたる母など、",
    "枕上〔まくらがみ〕に寄り居て、泣き悲しめども、聞くらんとも思えず。",
    "かかるほどに、ある者の言ふやう、",
    "「たとひ、耳鼻〔みみはな〕こそ切れ失すとも、",
    "命ばかりはなどか生きざらん。",
    "ただ力を立てて引き給〔たま〕へ」とて、",
    "藁のしべをまはりにさし入れて、金(かね)を隔てて、",
    "頸(くび)もちぎるばかり引きたるに、",
    "耳鼻欠けうげながら抜けにけり。",
    "からき命まうけて、久しく病みゐたりけり。"
   ],
   "字数": 588,
   "息数": 30
  },
  {
   "番号": 54,
   "題": "御室にいみじき児のありけるをいかで誘ひ出だして遊ばんと",
   "一言でいうと": "面白さを狙いすぎた仕掛けは、たいてい思いもよらない形でしらけて終わる。",
   "現代語訳": "仁和寺にたいそう美しい稚児がいたので、「何とか誘い出して一緒に遊ぼう」と企む僧たちがいた。芸達者な僧たちも仲間に引き入れ、風流な折詰弁当のようなものを心を込めて用意し、箱のような物に収め、双の岡の都合のよい場所に埋めておいた。その上に紅葉を散らすなど、誰も思いつかないように見せかけてから御所へ参り、稚児をそそのかして連れ出した。僧たちは「うまくいった」と喜んだ。あちらこちらを遊び歩き、先ほどの苔のむしろに並んで座ると、「すっかり疲れましたね。ああ、ここで紅葉を焚いてくれる人がいればよいのに。霊験のある僧たちよ、祈ってみてください」などと言い合った。そして弁当を埋めた木の方を向き、数珠を激しくすり合わせ、仰々しく印を結ぶなど、もったいぶって振る舞った。ところが木の葉をかきのけても、何一つ見つからない。「場所を間違えたのだろうか」と、掘らない所がないほど山中を探し回ったが、なかったのである。埋めるところを誰かが見ていて、僧たちが御所へ行っている間に盗んでしまったのだった。僧たちは言葉もなく、聞き苦しいほど言い争い、腹を立てて帰っていった。あまり面白くしようとすることは、決まってつまらない結果になるものだ。",
   "息つぎ": [
    "御室〔おむろ〕に、いみじき児〔ちご〕のありけるを、",
    "「いかで誘ひ出だして遊ばん」と、",
    "たくむ法師どもありて、",
    "能ある遊び法師どもなどかたらひて、",
    "風流〔ふりう〕の破子(わりご)やうのもの、ねんごろにいとなみ出でて、",
    "箱風情〔はこふぜい〕の物にしたため入れて、",
    "双(ならび)の岡の便(びん)よき所に埋(うづ)み置きて、",
    "紅葉散らしかけなど、思よらぬさまにして、",
    "御所〔ごしょ〕へ参りて、児をそそのかし出でにけり。",
    "「うれし」と思ひて。",
    "ここかしこ遊びめぐりて、",
    "ありつる苔〔こけ〕のむしろに並み居て、",
    "「いたうこそごうじにたれ。あはれ、",
    "紅葉を焚〔た〕かん人もがな。験〔しるし〕あらん僧達〔そうたち〕、",
    "祈りこころみられよ」など言ひしろひて、",
    "埋めつる木のもとに向きて、数珠押〔ずずお〕し擦り、",
    "印ことごとしく結び出でなどして、いらなくふるまひて、",
    "木の葉をかきのけたれど、つやつや物も見えず。",
    "「所の違(たが)ひたるにや」とて、",
    "掘らぬ所もなく山をあされども、なかりけり。",
    "埋みけるを、人の見おきて、",
    "御所へ参りたる間(ま)に盗めるなりけり。",
    "法師ども、言の葉なくて、聞きにくく諍(いさか)ひ、",
    "腹立ちて帰りにけり。",
    "あまりに興あらんとすることは、必ずあいなきものなり。"
   ],
   "字数": 439,
   "息数": 25
  },
  {
   "番号": 55,
   "題": "家の作りやうは夏をむねとすべし",
   "一言でいうと": "家は夏の過ごしやすさを第一にし、余白のある造りにするのがよい。",
   "現代語訳": "家の造りは、夏を第一に考えるべきである。冬ならどんな所にも住めるが、暑い季節に具合の悪い住まいは耐えがたい。深い水は涼しそうに見えない。浅く流れている水の方が、ずっと涼しげである。細かな物を見るには、引き戸のある部屋の方が、蔀戸（上下に開閉する板戸）のある部屋より明るい。天井が高いと冬は寒く、灯火も暗い。家の造作には、これといった用途のない場所を設けるのが、見ても面白く、いろいろな用途にも使えてよいと、人々が評し合っていた。",
   "息つぎ": [
    "家の作りやうは、夏をむねとすべし。",
    "冬はいかなる所にも住まる。",
    "暑きころ悪(わろ)き住居(すまひ)は耐へがたきことなり。",
    "深き水は凉〔すず〕しげなし。",
    "浅くて流れたる、はるかに凉し。",
    "細かなるものを見るに、遣戸(やりど)は蔀(しとみ)の間よりも明かし。",
    "天井の高きは、冬寒く、灯暗し。",
    "造作は用なき所を作りたる。",
    "見るも面白く、",
    "よろづの用にも立ちてよしとぞ、人の定めあひ侍〔はべ〕りし。"
   ],
   "字数": 160,
   "息数": 10
  },
  {
   "番号": 56,
   "題": "久しく隔たりて会ひたる人の",
   "一言でいうと": "品のある人は、話す内容よりも、誰にどう話し、どう笑うかでわかる。",
   "現代語訳": "長く会わずにいて再会した人が、自分の身にあったことを一つ残らず延々と語り続けるのは、実につまらない。隔てなく親しくなった相手でさえ、しばらくたって会えば、少し気恥ずかしくないはずがない。身分や品格がそれほどでもない人は、ほんの少し外へ出ただけでも、「今日こんなことがあって」と、息をつく間もなく面白がって語るものだ。品のある人が話をする時は、大勢がその場にいても一人に向かって語り、ほかの人は自然とそれを聞く。品のない人は誰に向けるでもなく、大勢の中で話を切り出し、まるで目の前に見えるように大げさに語るので、皆が一斉に笑い騒ぐ。ひどく騒々しい。面白いことを言ってもさほど面白がらないのと、つまらないことを言ってもよく笑うのとで、その人の品格のほどが推し量られるだろう。人の容姿のよしあしや、学問のある人について、皆でその評価を話し合っている時に、自分のことを引き合いに出して話し始めるのは、まことにみっともない。",
   "息つぎ": [
    "久しく隔たりて会ひたる人の、わが方にありつること、",
    "かずかずに残りなく語り続くるこそ、あいなけれ。",
    "隔てなく馴れぬる人も、",
    "ほど経て見るは恥かしからぬかは。",
    "つぎざまの人は、あからさまに立ち出でても、",
    "「今日ありつること」とて、",
    "息もつぎあへず語り興するぞかし。",
    "良き人の物語するは、人あまたあれど、",
    "一人に向きて言ふを、おのづから人も聞くにこそあれ。",
    "良からぬ人は、誰ともなく、あまたの中にうち出でて、",
    "見ることのやうに語りなせば、みな同じく笑ひののしる。",
    "いとらうがはし。",
    "をかしきことを言ひてもいたく興ぜぬと、",
    "興なきことを言ひてもよく笑ふにぞ、品(しな)のほど、",
    "はかられぬべき。",
    "人のみざまの良し悪し、才(ざえ)ある人は、",
    "そのことなど定めあへるに、",
    "己(おの)がことを引きかけて言ひ出でたる、いとわびし。"
   ],
   "字数": 333,
   "息数": 18
  },
  {
   "番号": 57,
   "題": "人の語り出でたる歌物語の歌の悪きこそ本意なけれ",
   "一言でいうと": "よく知らない分野を得意げに語ると、聞く側にはその無知まで伝わってしまう。",
   "現代語訳": "人が語り出した歌物語で、肝心の歌が下手なのは残念なものだ。少しでも歌の道を知る人なら、それをすばらしいと思って語ったりはしないだろう。そもそも、まるで知らない分野について語るのは、そばで聞いていて気恥ずかしく、聞き苦しい。",
   "息つぎ": [
    "人の語り出でたる歌物語の、歌の悪(わろ)きこそ本意(ほい)なけれ。",
    "少しその道知らん人は、いみじと思ひては語らじ。",
    "すべていとも知らぬ道の物語したる。",
    "かたはらいたく、聞きにくし。"
   ],
   "字数": 80,
   "息数": 4
  },
  {
   "番号": 58,
   "題": "道心あらば住む所にしもよらじ",
   "一言でいうと": "本気で仏道を求めるなら、世間の中で済ませず、まず執着から距離を取るべきだ。",
   "現代語訳": "「仏道を求める心さえあれば、住む場所には左右されない。家に住み、人と交わっていても、来世の救いを願うことが難しいはずはない」と言う者は、来世のことをまるで知らない人である。本当にこの世をはかないと思い、「必ず生死の迷いを離れよう」と願うなら、何が面白くて朝夕主君に仕え、家のことに心を砕く暮らしに励めるだろう。心は周囲の縁に引かれて移ろうものだから、静かな環境でなければ仏道の修行は難しい。しかも今の人の器量は、昔の人には及ばない。山林に入っても、飢えをしのぎ、風雨を防ぐ手立てなしには生きられないので、成り行きによっては世の利益をむさぼるのに似た行いをすることも、どうしてないと言えよう。しかし、だからといって「世を捨てた甲斐がない。それほどのことなら、なぜ世を捨てたのか」などと言うのは、あまりにひどい話である。それでも一度仏道に入り、この世を厭う人は、たとえ欲が残っていても、権勢のある人の強い貪欲と同じではない。紙の夜具、麻の衣、一つの鉢、あかざの汁物ほどのものが、人にどれほどの負担をかけるだろう。求める物は手に入りやすく、その心もすぐ満ち足りるはずだ。出家した姿に恥じる気持ちもあるので、そうはいっても悪から遠ざかり、善へ近づくことの方が多い。人として生まれた証しには、どのようにしてでも俗世を離れることこそ望ましい。ひたすら欲を満たすことに励み、悟りへ向かわないなら、あらゆる獣と何も変わらないのではないか。",
   "息つぎ": [
    "「道心あらば、住む所にしもよらじ。家にあり、",
    "人に交はるとも、後世を願はんに、",
    "かたかるべきかは」と言ふは、",
    "さらに後世知らぬ人なり。",
    "げには、この世をはかなみ、",
    "「必ず生死〔しゃうじ〕を出でん」と思はんに、何の興ありてか、",
    "朝夕君に仕へ、家をかへりみる営みのいさましからん。",
    "心は縁に引かれて移るものなれば、閑(しづ)かならでは、",
    "道は行じがたし。",
    "そのうつはもの、昔の人に及ばず。",
    "山林に入りても、餓〔う〕ゑを助け、嵐を防ぐよすがなくては、",
    "あられぬわざなれば、",
    "おのづから世を貪(むさぼ)るに似たることも、",
    "たよりにふればなどかなからん。",
    "さればとて、",
    "「そむけるかひなし。さばかりならば、なじかはすてし」など言はんは、",
    "無下〔むげ〕のことなり。",
    "さすがに、一度(ひとたび)道に入りて、世を厭(いと)はん人、",
    "たとひ望みありとも、",
    "いきほひある人の貪欲多〔とんよくおほ〕きに似るべからず。",
    "紙の衾(ふすま)・麻の衣(ころも)・一鉢のまうけ・藜(あかざ)の羹(あつもの)、",
    "いくばくか人の費(つい)えをなさん。",
    "求むる所はやすく、その心早く足りぬべし。",
    "形に恥づる所もあれば、さはいへど、悪にはうとく、",
    "善には近付くことのみぞ多き。",
    "人と生れたらんしるしには、",
    "いかにもして世を遁(のが)れんことこそ、あらまほしけれ。",
    "ひとへに貪ることをつとめて、菩提〔ぼだい〕におもむかざらんは、",
    "よろづの畜類〔ちくるい〕に変〔かは〕るところあるまじくや。"
   ],
   "字数": 515,
   "息数": 29
  },
  {
   "番号": 59,
   "題": "大事を思ひ立たん人は",
   "一言でいうと": "本当に大切なことを始めるなら、片づけてからではなく、未練ごと今すぐ捨てて動く。",
   "現代語訳": "大切なことを決意した人は、離れがたく気にかかることをやり遂げようとせず、そのまますべて捨てるべきである。「ひとまず、これを終えてから」「どうせなら、あのことも処理しておいてから」「これこれのことをしておかないと、人に笑われないだろうか。将来困らないよう準備してから」「長年こうしてきたのだから、あのことが済むまで待とう。たいして時間はかからない。騒ぎにならないようにしてから」などと思っていると、避けられない用事ばかりがますます重なり、用事が尽きることもなく、決心を実行する日は来ない。だいたい世間の人を見ると、少し分別のある者は皆、このような心づもりのまま一生を過ごすようだ。すぐ近くの火事から逃げる人が、「少し待とう」などと言うだろうか。自分の命を助けようとすれば、恥も気にせず、財産も捨てて逃げ去るものだ。命の終わりが人を待ってくれるだろうか。無常が迫る速さは、水や火が襲ってくるよりも速く、逃れがたい。その時になって、老いた親、幼い子、主君から受けた恩、人から受けた情けを捨てがたいからといって、捨てずにいられるだろうか。",
   "息つぎ": [
    "大事を思ひ立たん人は、",
    "去りがたく心にかからんことの本意(ほい)を遂げずして、",
    "さながら捨つべきなり。",
    "「しばし、このこと果てて」、",
    "「同じくは、かのこと沙汰〔さた〕しおきて」、",
    "「しかしかのこと、人の嘲(あざけ)りやあらん。行く末難なくしたためまうけて」、",
    "「年ごろもあればこそあれ、そのこと待たん。",
    "ほどあらじ。物騒がしからぬやうに」など思はんには、",
    "えさらぬことのみいとど重なりて、",
    "ことの尽くる限りもなく、思ひ立つ日もあるべからず。",
    "おほやう、人を見るに、少し心ある際(きは)は、",
    "みなこのあらましにてぞ、一期〔いちご〕は過ぐめる。",
    "近き火などに逃ぐる人は、「しばし」とやいふ。",
    "身を助けんとすれば、恥をもかへり見ず、財をも捨てて、",
    "逃(のが)れ去るぞかし。",
    "命は人を待つものかは。",
    "無常〔むじゃう〕の来たることは、",
    "水火〔すゐくわ〕の攻むるよりも速(すみや)かに逃れがたきものを、その時、",
    "老いたる親・いときなき子・君の恩・人の情け、",
    "捨てがたしとて、捨てざらんや。"
   ],
   "字数": 380,
   "息数": 20
  },
  {
   "番号": 60,
   "題": "真乗院に盛親僧都とてやんごとなき智者ありけり",
   "一言でいうと": "盛親僧都は、学徳も食欲も自由さも桁外れで、型破りなのに誰からも許された。",
   "現代語訳": "真乗院に、盛親僧都というたいそう優れた学僧がいた。芋頭というものが好きで、たくさん食べた。説法の席でも、大きな鉢にうず高く盛って膝元に置き、食べながら経文を読むほどだった。病気になると、七日や十四日ほど「治療だ」と言って閉じこもり、思う存分よい芋頭を選んで、いつも以上にたくさん食べ、どんな病気も治した。人には食べさせず、ただ一人で食べた。非常に貧しかったが、師匠が死ぬ時、銭二百貫と僧坊一つを譲った。僧坊を百貫で売り、合わせて三百貫を芋頭代と決めて京の人に預け、十貫ずつ取り寄せては、芋頭に不自由しないよう食べ続けた。ほかの用途にはまったく使わず、その金をすべて使い切った。「貧しい身で三百貫もの財産を得ながら、このように使い道を定めたとは、本当にめったにいないほど信念のある仏道者だ」と人々は言った。この僧都は、ある僧を見て「しろうるり」というあだ名を付けた。「しろうるりとは何ですか」と人が尋ねると、「そんな物を私も知らない。もし存在するなら、この僧の顔に似ているだろう」と答えた。この僧都は容姿がよく、力が強く、大食で、書にもすぐれた学者であり、弁舌も人に勝っていた。宗派の教えを継ぐ高僧なので寺中でも重んじられていたが、世間を何とも思わない変わり者で、何事も思いのままにし、だいたい人に従うことがなかった。公式の席に出てごちそうをいただく時も、全員の前に膳が並ぶのを待たず、自分の前に置かれるとすぐ一人で食べ、帰りたくなれば一人でさっと立って帰った。決められた食事の時間にも人と同じようには食べない。自分が食べたい時に、夜中でも明け方でも食べ、眠ければ昼間でも閉じこもって、どれほど大事な用があっても人の言うことを聞き入れなかった。目が覚めている時には幾晩も眠らず、心を澄ませて詩歌を口ずさみながら歩き回るなど、普通ではない振る舞いだった。それでも人に嫌われず、何をしても許された。徳を究めた人だったからだろうか。",
   "息つぎ": [
    "真乗院〔しんじょうゐん〕に、盛親僧都〔じゃうしんそうづ〕とて、やんごとなき智者〔ちしゃ〕ありけり。",
    "芋頭(いもがしら)といふ物を好みて、多く食ひけり。",
    "談義〔だんぎ〕の座にても、大きなる鉢〔はち〕にうづ高く盛りて、",
    "膝〔ひざ〕もとに置きつつ、食ひながら文をも読みけり。",
    "わづらふことあるには、七日〔なぬか〕、二七日〔ふたなぬか〕など、",
    "「療治〔れうぢ〕」とて、こもり居て、",
    "思ふやうに良き芋頭を選びて、ことに多く食ひて、",
    "よろづの病を癒(いや)しけり。",
    "人に食はすることなし。",
    "ただ一人のみぞ食ひける。",
    "きはめて貧しかりけるに、師匠、死にざまに、",
    "銭二百貫〔ぜににひゃくくわん〕と坊一つを譲〔ゆづ〕りたりけるを、坊を百貫に売りて、",
    "かれこれ三万疋(ぴき)を芋頭の銭(あし)と定めて、",
    "京なる人に預け置きて、十貫づつ取り寄せて、",
    "芋頭を乏(とも)しからず召しけるほどに、",
    "またこと用にもちふることなくて、その銭(あし)、",
    "みなになりにけり。",
    "「三百貫〔さんびゃくくわん〕の物を貧しき身にまうけて、かくはからひける、",
    "まことにありがたき道心者〔だうしんじゃ〕なり」とぞ、人申しける。",
    "この僧都、ある法師を見て、",
    "「しろうるり」といふ名を付けたりけり。",
    "「とは、何物ぞ」と、人の問ひければ、",
    "「さる物をわれも知らず。もしあらましかば、この僧の顔に似てん」とぞ言ひける。",
    "この僧都、みめよく、力強く、大食〔たいしょく〕にて、",
    "能書〔のうしょ〕・学匠〔がくしゃう〕・弁説〔べんぜつ〕、人にすぐれて、宗の法灯〔ほふとう〕なれば、",
    "寺中〔じちゅう〕にも重く思はれたりけれども、",
    "世を軽(かろ)く思ひたる曲者(くせもの)にて、よろづ自由にして、",
    "おほかた人に従ふといふことなし。",
    "出仕〔しゅっし〕して饗膳(きやうぜん)などにつく時も、",
    "みな人の前据(す)ゑわたすを待たず、わが前に据ゑぬれば、",
    "やがて一人うち食ひて、帰りたければ、",
    "一人つい立ちて行きけり。",
    "斎(とき)・非時(ひじ)も、人にひとしく定めて食はず。",
    "わが食ひたき時、夜中〔よなか〕にも暁〔あかつき〕にも食ひて、眠(ねぶ)たければ、",
    "昼もかきこもりて、",
    "いかなる大事あれども人の言ふこと聞き入れず、",
    "目覚めぬれば、幾夜〔いくよ〕も寝(い)ねず、",
    "心を澄ましてうそぶきありきなど、",
    "尋常〔よのつね〕ならぬさまなれども、人に厭(いと)はれず、",
    "よろづ許されけり。",
    "徳の至れりけるにや。"
   ],
   "字数": 763,
   "息数": 41
  },
  {
   "番号": 61,
   "題": "御産の時甑落すことは定まれることにはあらず",
   "一言でいうと": "出産時に甑を落とすのは決まった儀式ではなく、難産の時だけ行う民間のまじないだ。",
   "現代語訳": "高貴な方の出産の時に甑（米などを蒸す器）を落とすのは、必ず行う決まりではない。胎盤が出ずに滞った時のまじないである。滞りなくお産みになれば、この行いはしない。身分の低い人々の間から始まったことで、これといった根拠となる説もない。大原の里から甑を取り寄せるのである。古い宝物庫にある絵にも、身分の低い人が子を産んでいる所で甑を落とす様子が描かれている。",
   "息つぎ": [
    "御産(ごさん)の時、甑(こしき)落すことは、定まれることにはあらず。",
    "御胞衣(おんえな)とどこほるときのまじなひなり。",
    "とどこほらせ給〔たま〕はねば、このことなし。",
    "下ざまよりことおこりて、させる本説なし。",
    "大原〔おほはら〕の里の甑を召すなり。",
    "古き宝蔵〔はうざう〕の絵に、賤〔いや〕しき人の子産みたる所に、",
    "甑落したるを書きたり。"
   ],
   "字数": 125,
   "息数": 7
  },
  {
   "番号": 62,
   "題": "延政門院いときなくおはしましける時院へ参る人に御ことづてとて",
   "一言でいうと": "幼い延政門院は、文字の形を並べた暗号の歌で「恋しく思っています」と伝えた。",
   "現代語訳": "延政門院がまだ幼くいらした時、上皇の御所へ参る人に「おことづてです」と言って託された歌がある。「二つの文字、牛の角のような文字、まっすぐな文字、曲がった文字、そのようにあなたのことを思っています」。文字の形を言い表して「こ・い・し・く」と読ませ、「恋しくお思い申し上げています」という意味である。",
   "息つぎ": [
    "延政門院〔えんせいもんゐん〕、いときなくおはしましける時、",
    "院へ参る人に、「御ことづて」とて、",
    "申させ給〔たま〕ひける御歌〔みうた〕。",
    "ふたつ文字牛の角(つの)文字すぐな文字ゆがみ文字とぞ君はおぼゆる",
    "「こいしく」思ひ参らせ給ふとなり。"
   ],
   "字数": 97,
   "息数": 5
  },
  {
   "番号": 63,
   "題": "後七日の阿闍梨武者を集むること",
   "一言でいうと": "年初の祈祷に武士を並べる物々しさは、行事の意味にも一年の兆しにもふさわしくない。",
   "現代語訳": "宮中で正月に行う後七日の御修法で、導師の阿闍梨が武士を集めるようになったのは、いつのことだったか、盗賊に襲われたのがきっかけだった。それ以来、宿直の警護役ということで、こんなに物々しくなったのである。一年の吉凶の兆しは、この修法の期間中の様子に現れるというのだから、武力を用いるのは穏やかでないことである。",
   "息つぎ": [
    "後七日〔ごしちにち〕の阿闍梨〔あざり〕、武者〔むしや〕を集むること、いつとかや、",
    "盗人にあひにけるより、宿直人(とのゐびと)とて、",
    "かくことことしくなりにけり。",
    "一年の相は、この修中〔しゆちゆう〕のありさまにこそ見ゆなれば、",
    "兵を用ゐんこと、穏〔おだや〕かならぬことなり。"
   ],
   "字数": 99,
   "息数": 5
  },
  {
   "番号": 64,
   "題": "車の五緒は必ず人によらず",
   "一言でいうと": "五つ緒の牛車は特定の家柄だけのものではなく、官位が相応なら乗ってよい。",
   "現代語訳": "「簾を五筋の緒で掛けた五つ緒の牛車は、必ずしも家柄によって乗るものではない。その人の身分に応じて、その家柄で極められる最高の官職や位にまで達すれば乗るものである」と、ある方がおっしゃった。",
   "息つぎ": [
    "「車の五緒(いつつを)は、必ず人によらず、ほどにつけて、",
    "きはむる官(つかさ)・位に至りぬれば、乗るものなり」とぞ、",
    "ある人、仰せられし。"
   ],
   "字数": 56,
   "息数": 3
  },
  {
   "番号": 65,
   "題": "このごろの冠は昔よりははるかに高くなりたるなり",
   "一言でいうと": "当時の冠は昔より高くなり、古い冠箱も縁を継ぎ足して使われていた。",
   "現代語訳": "近ごろの冠は、昔のものよりはるかに高くなっている。昔の冠を入れる箱を持っている人は、箱の縁を継ぎ足して高くし、今も使っている。",
   "息つぎ": [
    "このごろの冠〔かうぶり〕は、昔よりははるかに高くなりたるなり。",
    "古代の冠桶〔かぶりをけ〕を持ちたる人は、はたを継ぎて、",
    "今用ゐるなり。"
   ],
   "字数": 52,
   "息数": 3
  },
  {
   "番号": 66,
   "題": "岡本関白殿盛りなる紅梅の枝に鳥一双をそへてこの枝に付けて参らすべきよし",
   "一言でいうと": "専門の作法には細部まで理由があり、風流な思いつきだけでは動かせない。",
   "現代語訳": "岡本関白殿が、満開の紅梅の枝に一つがいの鳥を添え、この枝に結び付けて献上するよう、鷹飼いの下毛野武勝に命じた。すると武勝は、「花の咲いた枝に鳥を付ける方法は存じません。一枝に二羽を付ける作法も存じません」と申し上げた。関白殿は料理役に尋ね、人々にも問わせたうえで、再び武勝に「それなら、お前がよいと思う方法で付けて献上せよ」と命じた。そこで武勝は、花のない梅の枝に一羽だけ付けて献上した。武勝の説明はこうだった。「鳥は柴の枝や梅の枝で、つぼみの時か花が散った時のものに付けます。五葉松などにも付けます。枝の長さは七尺、あるいは六尺です。切り口には返し刀（反対側からの切り込み）を五分ほど入れ、枝の中ほどに鳥を付けます。鳥を付ける枝と、足を踏ませる枝があります。まだ割っていない縮れ藤で二か所を結びます。藤の先は、鳥の火打ち羽（翼の付け根の短い羽）の長さに合わせて切り、牛の角のように曲げます。初雪の朝、枝を肩に掛け、中門から正式な作法で参上します。庭先の敷石を伝って歩き、雪に足跡を付けず、鳥の雨覆いの羽を少しむしり散らして、二棟の御所の高欄に枝を立て掛けます。褒美の衣をお出しになったら、それを肩に掛け、拝礼して退出します。初雪であっても、履物の先が隠れないほど浅い雪なら参上しません。雨覆いの羽を散らすのは、鷹は鳥の腰の弱い所をつかむものなので、御鷹が捕らえた鳥であると示すためでしょう」。花のある枝に鳥を付けないのは、どのような理由なのだろう。九月ごろ、梅の造花の枝に雉を付けて、「あなたのために折る花は、季節さえ選ばない」と詠んだ話が『伊勢物語』にある。造花なら差し支えないのだろうか。",
   "息つぎ": [
    "岡本関白殿〔をかもとのくわんぱくどの〕、盛りなる紅梅〔こうばい〕の枝に、鳥一双〔とりいつさう〕をそへて、",
    "この枝に付けて参らすべきよし、",
    "御鷹飼(おんたかがひ)下毛野武勝(しもつけのたけかつ)に仰せられたりけるに、",
    "「花に鳥付くるすべ、知り候はず。",
    "一枝に二つ付くることも存知候はず」と申しければ、",
    "膳部(ぜんぶ)に尋ねられ、人々に問はせ給〔たま〕ひて、また武勝に、",
    "「さらば、おのれが思はんやうに付けて参らせよ」と仰せられたりければ、",
    "花もなき梅の枝に、一つを付けて参らせけり。",
    "武勝が申し侍〔はべ〕りしは、",
    "「柴の枝、梅の枝、つぼみたると散りたるとに付く。",
    "五葉〔ごえふ〕などにも付く。枝の長さ七尺、あるいは六尺。",
    "返し刀五分に切る。枝の半ばに鳥を付く。付くる枝、",
    "踏まする枝あり。しじら藤の割らぬにて、",
    "二ところ付くべし。藤の先は、",
    "ひうち羽の長(たけ)に比べて切りて、",
    "牛の角のやうにたわむべし。初雪の朝(あした)、枝を肩にかけて、",
    "中門〔ちゆうもん〕よりふるまひて参る。大砌(おほみぎり)の石を伝ひて、",
    "雪に跡を付けず、",
    "あまおほひの毛を少しかなぐり散らして、",
    "二棟の御所の高欄〔かうらん〕に寄せかく。禄〔ろく〕を出ださるれば、",
    "肩にかけて、拝して退く。初雪といへども、",
    "沓〔くつ〕のはなの隠れぬほどの雪には参らず。",
    "あまおほひの毛を散らすことは、",
    "鷹はよわ腰を取ることなれば、",
    "御鷹の取りたるよしなるべし」と申しき。",
    "花に鳥付けずとは、いかなるゆゑにかありけん。",
    "長月〔ながつき〕ばかりに、梅の作り枝に雉を付けて、",
    "「君がためにと折る花は時しも分かぬ」といへること、",
    "伊勢物語〔いせものがたり〕に見えたり。",
    "作り花は苦しからぬにや。"
   ],
   "字数": 584,
   "息数": 30
  },
  {
   "番号": 67,
   "題": "賀茂の岩本橋本は業平実方なり",
   "一言でいうと": "確かな知識を持つ人ほど、相手を立てながら慎重に答える。",
   "現代語訳": "賀茂神社の末社である岩本社と橋本社は、それぞれ在原業平と藤原実方を祭っている。人がいつもその対応を言い間違えるので、ある年参詣した時、通りかかった年老いた神職を呼び止めて尋ねた。すると、「『実方は御手洗川の水に姿が映った所に祭られた』といいますので、橋本社の方が、やはり水に近いからそうなのだろうと思います。吉水和尚が『月を愛し花を眺めた昔の風流人は、ここにいる在原業平である』とお詠みになったのは、岩本社のことだと聞いております。ただ、私どもより、かえってあなた様の方がよくご存じかもしれません」と、たいそう丁重に言ったのが、実に感心に思われた。今出川院近衛と呼ばれ、多くの歌集に歌が載っている女性は、若いころ、いつも百首の歌を詠み、この二つの社の御前の水を使って書き、奉納した。まことに高い評判があり、人々によく知られた歌も多い。漢文や漢詩の序なども、たいそう上手に書く人である。",
   "息つぎ": [
    "賀茂〔かも〕の岩本〔いはもと〕・橋本〔はしもと〕は業平〔なりひら〕・実方〔さねかた〕なり。",
    "人の常に言ひまがへ侍〔はべ〕れば、一年(ひととせ)参りたりしに、",
    "老いたる宮司(みやづかさ)の過ぎしを呼びとどめて尋ね侍りしに、",
    "「『実方は、御手洗(みたらし)に影の映りける所』と侍れば、",
    "橋本や、なほ水の近ければと思え侍る。吉水和尚〔よしみづくわしやう〕、",
    "月をめで花をながめしいにしへのやさしき人はここにありはら",
    "とよみ給〔たま〕ひけるは、岩本の社とこそ承り置き侍れど、",
    "おのれらよりは、なかなか御存知などもこそ候はめ」と、",
    "いとうやうやしく言ひたりしこそ、いみじく思えしか。",
    "今出川院近衛〔いまでがはゐんのこのゑ〕とて、集どもにあまた入りたる人は、",
    "若かりける時、常に百首の歌を詠みて、",
    "かの二つの社の御前の水にて書て、手向けられけり。",
    "まことにやんごとなき誉ありて、人の口にある歌多し。",
    "作文〔さくもん〕・詩序〔しじよ〕など、いみじく書く人なり。"
   ],
   "字数": 332,
   "息数": 14
  },
  {
   "番号": 68,
   "題": "筑紫になにがしの押領使などいふやうなる者のありけるが",
   "一言でいうと": "長年信じて食べ続けた二本の大根が、いざという時には武士となって恩を返した。",
   "現代語訳": "筑紫に、何某という押領使（治安維持を担う地方の役人）のような者がいた。その人は大根を「あらゆることによく効くすばらしい薬だ」と言って、毎朝二本ずつ焼いて食べており、それが長年の習慣になっていた。ある時、館の中に人がいない隙を狙って敵が襲来し、周囲を囲んで攻めた。すると館の中から二人の武士が現れ、命を惜しまず戦って、敵をすべて追い返してしまった。主人はたいそう不思議に思い、「普段ここにいらっしゃるとも見えない方々が、このように戦ってくださった。いったいどなたですか」と尋ねた。二人は「長年頼りにして、毎朝お召し上がりになった大根どもでございます」と言って、姿を消した。深く信じ抜けば、このような御利益もあるのだろう。",
   "息つぎ": [
    "筑紫〔つくし〕に、",
    "なにがしの押領使(あふりやうし)などいふやうなる者のありけるが、",
    "土大根(つちおほね)を、「よろづにいみじき薬」とて、",
    "朝ごとに二つづつ焼きて食ひけること、年久しくなりぬ。",
    "ある時、館の内に、人も無かりける隙(ひま)をはかりて、",
    "敵(かたき)襲ひ来たりて、囲み責めけるに、館の内に、",
    "兵(つはもの)二人出で来て、命を惜しまず戦ひて、",
    "みな追ひ返してげり。",
    "いと不思議〔ふしぎ〕に思えて、",
    "「日ごろここにものし給〔たま〕ふとも見ぬ人々の、",
    "かく戦ひし給ふは、いかなる人ぞ」と問ひければ、",
    "「年ごろたのみて、朝な朝な召しつる土大根らに候ふ」と言ひて失せにけり。",
    "深く信をいたしぬれば、かかる徳もありけるにこそ。"
   ],
   "字数": 260,
   "息数": 13
  },
  {
   "番号": 69,
   "題": "書写の上人は法華読誦の功積もりて六根浄にかなへる人なりけり",
   "一言でいうと": "悟り澄んだ耳には、煮られる豆と燃やされる豆殻の嘆き合う声まで聞こえた。",
   "現代語訳": "書写山の上人は、長年『法華経』を読誦した功徳によって、六根清浄（心身の感覚が清らかになる境地）に達した人だった。旅先の仮小屋へ立ち寄った時、豆殻を燃やして豆を煮ていた。その豆がぶつぶつと鳴る音を聞くと、「ほかならぬ身近な仲間のお前たちが、恨めしいことに私を煮て、つらい目に遭わせるのだな」と言っている。燃やされている豆殻がぱらぱらと鳴る音は、「私が望んでしていることだろうか。焼かれるのはどれほど耐えがたいことか、それでもどうすることもできないのだ。このように恨まないでおくれ」と言っているように聞こえた。",
   "息つぎ": [
    "書写〔しよしや〕の上人は、法華読誦〔ほけどくじゆ〕の功積もりて、",
    "六根浄〔ろくこんじやう〕にかなへる人なりけり。",
    "旅の仮屋(かりや)に立ち入られけるに、豆の殻(から)を焚きて、",
    "豆を煮ける音の、つぶつぶと鳴るを聞き給〔たま〕ひければ、",
    "「踈(うと)からぬおのれらしも、恨めしく、われをば煮て、",
    "からき目を見するものかな」と言ひけり。",
    "焚かるる豆殻(まめがら)の、はらはらと鳴る音は、",
    "「わが心よりすることかは。焼かるるは、",
    "いかばかり堪(た)へがたけれども、力なきことなり。",
    "かくな恨み給ひそ」とぞ聞こえける。"
   ],
   "字数": 201,
   "息数": 10
  },
  {
   "番号": 70,
   "題": "元応の清暑堂の御遊に玄上は失せにしころ菊亭大臣牧馬を弾じ給ひけるに",
   "一言でいうと": "演奏直前に琵琶を壊されても、名手は手早く直して何事もなかったように弾いた。",
   "現代語訳": "元応年間、清暑堂で管弦の御遊が開かれた時、名器の琵琶「玄上」が失われていたころだったので、菊亭大臣が「牧馬」という琵琶をお弾きになった。席に着き、まず弦を支える柱を確かめられると、一つが取れて落ちてしまった。懐に続飯（米粒を練った接着剤）をお持ちだったので、それで付け直すと、神への供物が運ばれてくる間によく乾き、演奏には何の支障もなかった。どのような恨みがあったのだろうか。見物していた、衣を頭からかぶった女が近寄って柱を外し、元どおりに置いていたのだという。",
   "息つぎ": [
    "元応〔げんおう〕の清暑堂〔せいしよだう〕の御遊〔ぎよいう〕に、玄上〔げんじやう〕は失せにしころ、",
    "菊亭大臣〔きくていのおとど〕、牧馬〔ぼくば〕を弾じ給〔たま〕ひけるに、座に着きて、",
    "まづ、柱(じう)を探られたりければ、一つ落ちにけり。",
    "御懐(おんふところ)にそくひを持ち給ひたるにて、付けられにければ、",
    "神供(じんぐ)の参るほどによく干(ひ)て、ことゆゑなかりけり。",
    "いかなる意趣〔いしゆ〕かありけん、物見ける衣かづきの、",
    "寄りて放ちて、もとのやうに置きたりけるとぞ。"
   ],
   "字数": 165,
   "息数": 7
  },
  {
   "番号": 71,
   "題": "名を聞くよりやがて面影は推し量らるる心地するを",
   "一言でいうと": "人の顔も昔の情景も、想像どおりではないのに、時おり不思議な既視感だけが訪れる。",
   "現代語訳": "人の名を聞くと、すぐにその人の顔立ちまで想像できるような気がするのに、実際に会ってみると、前もって思い描いたとおりの顔をした人などいない。昔の物語を聞いても、「今のあの人の家がある、あの辺りで起きたのだろう」と思われ、登場人物も今目にする人々の中の誰かに重ねて想像される。これは誰もがそのように感じるのだろうか。また、いつのこととも知れないが、たった今人が話していることも、目に見えているものも、自分の心の動きも、「これと同じことが、いつだったかあった」と思われることがある。いつかは思い出せないのに、確かにあったという気がするのは、私だけがこう感じるのだろうか。",
   "息つぎ": [
    "名を聞くより、やがて面影〔おもかげ〕は推し量らるる心地〔ここち〕するを、",
    "見る時は、",
    "またかねて思ひつるままの顔したる人こそなけれ。",
    "昔物語を聞きても、",
    "「このごろの人の家の、そこほどにてぞありけん」と思えて、",
    "人も今見る人の中に思ひよそへらるるは、",
    "誰もかく思ゆるにや。",
    "また、",
    "いかなる折ぞ、ただ今、人の言ふことも、",
    "目に見ゆるものも、わが心の内も、",
    "「かかることのいつぞやありしか」と思えて、",
    "いつとは思ひ出でねども、まさしくありし心地のするは、",
    "わればかりかく思ふにや。"
   ],
   "字数": 217,
   "息数": 13
  },
  {
   "番号": 72,
   "題": "賤げなるもの",
   "一言でいうと": "何でも多く並べればよいわけではなく、過剰さは人も物も品を下げる。",
   "現代語訳": "品がなく見えるもの。座っている辺りに道具が多いこと。硯に筆が多いこと。仏間に仏像が多いこと。庭に石や草木が多いこと。家の中に子や孫が多いこと。人に会って言葉数が多いこと。願文に、自分が行った善行をたくさん書き並べてあること。多くても見苦しくないのは、書物を運ぶ車に積んだ書物と、ごみ捨て場のごみである。",
   "息つぎ": [
    "賤(いやし)げなるもの。",
    "居たるあたりに調度の多き。",
    "硯〔すずり〕に筆の多き。",
    "持仏堂〔ぢぶつだう〕に仏の多き。",
    "前栽(せんざい)に石・草木の多き。",
    "家の内に子孫(こうまご)の多き。",
    "人にあひて詞(ことば)の多き。",
    "願文〔ぐわんもん〕に作善(さぜん)多く書き載せたる。",
    "多くて見苦しからぬは、文車(ふぐるま)の文、塵塚(ちりづか)の塵。"
   ],
   "字数": 103,
   "息数": 9
  },
  {
   "番号": 73,
   "題": "世に語り伝ふることまことはあいなきにや多くはみな虚言なり",
   "一言でいうと": "噂は盛られ、書かれ、皆に喜ばれるうちに、誰も見ていない嘘が事実へ変わる。",
   "現代語訳": "世間で語り継がれる話は、真実のままでは面白くないのだろうか、多くが皆、作り話である。人は実際以上に話を膨らませるうえ、まして年月が過ぎ、土地も遠く隔たれば、言いたいままに語り替える。それが文章にまで書き留められると、その内容がそのまま定説になってしまう。さまざまな道の名人がどれほどすごいかという話も、その道を知らない頑固な人はむやみに神のように褒めたたえるが、その道に通じた人はまったく信じない。評判に聞くのと、実際に見るのとでは、何事も違うものだ。すぐ嘘とばれることも気にせず、口に任せて言い散らす話は、たちまち根拠のないものだとわかる。また、自分でも本当らしくないと思いながら、人から聞いたとおりに、鼻をうごめかせ得意げに話す場合は、その人自身がついた嘘ではない。もっともらしく所々で口ごもり、よく知らないふりをしながら、それでもつじつまを合わせて語る嘘は恐ろしい。自分の名誉になるように言ってくれた嘘には、人はあまり強く反論しない。皆が面白がる嘘なら、一人だけが「そんなことはなかった」と言っても仕方がないので黙って聞いているうちに、その人まで証人にされ、ますます事実として固まってしまう。何にせよ、嘘の多い世の中である。何事も、いつもある珍しくないこととして受け止めていれば、大きく見当を外すことはない。身分や教養の低い人の話には、耳を疑うようなことばかり出てくる。品のある人は、怪しげな話をしない。ただし、こうは言っても、仏や神の霊験、すぐれた高僧の伝記まで、まったく信じてはならないということではない。こうした話を、世俗の作り話と同じように本気で信じるのも愚かだが、「まさか、そんなことはない」などと言い立てても仕方がない。だいたいは本当らしく話を合わせつつ、すべてを信じ込まず、また疑ってあざ笑いもしないのがよい。",
   "息つぎ": [
    "世に語り伝ふること、まことはあいなきにや、",
    "多くはみな虚言(そらごと)なり。",
    "あるにも過ぎて、人はものを言ひなすに、",
    "まして年月過ぎ、境も隔たりぬれば、",
    "言ひたきままに語りなして、筆にも書きとどめぬれば、",
    "やがてまた定りぬ。",
    "道々〔みちみち〕の物の上手〔じやうず〕のいみじきことなど、かたくななる人の、",
    "その道知らぬは、そぞろに神のごとくに言へども、",
    "道知れる人は、さらに信もおこさず。",
    "音に聞くと、見る時とは、何ごとも変るものなり。",
    "かつあらはるるをもかへりみず、",
    "口にまかせて言ひ散らすは、",
    "やがて浮きたることと聞こゆ。",
    "また、われも、まことしからずは思ひながら、",
    "人の言ひしままに、鼻のほどおごめきて言ふは、",
    "その人の虚言にはあらず。",
    "げにげにしく所々(ところどころ)うちおぼめき、よく知らぬよしして、",
    "さりながら、つまづま合はせて語る虚言は、",
    "恐しきことなり。",
    "わがため、面目あるやうに言はれぬる虚言は、人、",
    "いたくあらがはず。",
    "みな人の興ずる虚言は、一人、",
    "「さもなかりしものを」と言はんも詮(せん)なくて、",
    "聞き居たるほどに、証人〔しようにん〕にさへなされて、",
    "いとど定りぬべし。",
    "とにもかくにも、虚言多き世なり。",
    "たた常にある、珍しからぬことのままに心得たらん、",
    "よろづたがふべからず。",
    "下ざまの人の物語は、耳驚くことのみあり。",
    "よき人は、あやしきことを語らず。",
    "かくは言へど、仏神の奇特〔きどく〕・権者〔ごんじや〕の伝記、",
    "さのみ信ぜざるべきにもあらず。",
    "これは、世俗の虚言を、",
    "ねんごろに信じたるもをこがましく、",
    "「よもあらじ」など言ふも詮なければ、",
    "おほかたはまことしくあひしらひて、ひとへに信ぜず、",
    "また、疑ひ嘲(あざけ)るべからず。"
   ],
   "字数": 644,
   "息数": 37
  },
  {
   "番号": 74,
   "題": "蟻のごとくに集まりて東西に急ぎ南北に走る",
   "一言でいうと": "人は老いと死へ急ぎながら、目先の生と利益を追うことに一日中追われている。",
   "現代語訳": "人々は蟻のように群がり集まり、東へ西へと急ぎ、南へ北へと走り回る。身分の高い者も、低い者もいる。老人も、若者もいる。出かける者も、家へ帰る者もいる。夕方に寝て、朝には起きる。そうまでして励んでいるのは、いったい何のためなのか。命に執着し、利益を求めて、休む時もない。身体を養って、何を待っているというのか。待ち受けているのは、ただ老いと死だけである。それらはたちまちやって来て、一瞬一瞬もとどまらない。それを待つ間に、どんな楽しみがあるというのか。迷っている者は、これを恐れない。名誉と利益に溺れ、人生の終わりが近いことを顧みないからである。愚かな人は、反対にこれを悲しむ。いつまでも変わらずにいられることを願い、すべてが移り変わる道理を知らないからである。",
   "息つぎ": [
    "蟻〔あり〕のごとくに集まりて、東西に急ぎ、南北に走(わし)る。",
    "高きあり、賤きあり。",
    "老いたるあり、若きあり。",
    "行く所あり、帰家あり。",
    "夕に寝(い)ねて、朝に起く。",
    "いとなむところ、何ごとぞや。",
    "生(しやう)をむさぼり、利を求めて、やむ時なし。",
    "身を養ひて、何ごとをか待つ。",
    "期(ご)するところ、ただ老と死とにあり。",
    "その来たること、すみやかにして、",
    "念々〔ねんねん〕の間にとどまらず。",
    "これを待つ間、何の楽しびかあらん。",
    "惑へる者はこれを恐れず。",
    "名利(みやうり)におぼれて、先途(せんど)の近きことをかへりみねばなり。",
    "愚かなる人は、またこれを悲しぶ。",
    "常住〔じやうぢゆう〕ならんことを思ひて、変化(へんげ)の理(ことわり)を知らねばなり。"
   ],
   "字数": 253,
   "息数": 16
  },
  {
   "番号": 75,
   "題": "つれづれわぶる人はいかなる心ならん",
   "一言でいうと": "孤独を退屈がるより、世間の雑事から離れて静かに心を休めるほうがよい。",
   "現代語訳": "何もすることがなくてつらいという人は、いったいどんな心なのだろう。気を紛らわせるものもなく、ただ一人でいるのがよい。世間に合わせれば、心は外の俗事に奪われて迷いやすい。人と交われば、言葉は他人の受け取り方に左右され、まったく本心のままではいられない。人とふざけ、物事を争い、ある時は恨み、ある時は喜ぶ。その心は少しも定まらない。分別がむやみに起こり、損得への思いがやむ時もない。迷いの上に酔い、酔いの中で夢を見る。走り回ってせわしくしながら、ぼんやりして大切なことを忘れている。人はみなこのようなものだ。まだ本当の道を知らなくても、さまざまな縁を離れて身を静かにし、物事に関わらず心を安らかにすることこそ、ひとまず楽しみといってよい。「暮らし・人づきあい・技能・学問など、あらゆる縁をやめよ」と『摩訶止観』にもある。",
   "息つぎ": [
    "つれづれわぶる人は、いかなる心ならん。",
    "まぎるるかたなく、ただ一人あるのみこそよけれ。",
    "世に従へば、心、外(ほか)の塵に奪はれて惑ひやすく。",
    "人にまじはれば、言葉、よその聞きに随(したが)ひて、",
    "さながら心にあらず。",
    "人に戯(たはぶ)れ、物に争ひ、一度は恨み、一度は喜ぶ。",
    "そのこと、定れることなし。",
    "分別〔ふんべつ〕みだりに起りて、得失〔とくしつ〕やむ時なし。",
    "惑ひの上に酔(ゑ)へり、酔(ゑ)ひの中に夢をなす。",
    "走りて急がはしく、呆(ほ)れて忘れたること、人、",
    "みなかくのごとし。",
    "いまだまことの道を知らずとも、縁を離れて、",
    "身を閑(しづ)かにし、事にあづからずして、",
    "心をやすくせんこそ、しばらく楽しぶとも言ひつべけれ。",
    "「生活(しやうくわつ)・人事(にんじ)・伎能(ぎのう)・学問等〔がくもんとう〕の諸縁〔しよえん〕をやめよ」とこそ、摩訶止観〔まかしくわん〕にも侍〔はべ〕れ。"
   ],
   "字数": 298,
   "息数": 15
  },
  {
   "番号": 76,
   "題": "世のおぼえ花やかなるあたりに",
   "一言でいうと": "華やかな人の喜怒哀楽に、世捨て人まで顔を出す必要はない。",
   "現代語訳": "世間で評判の華やかな人の周辺に悲しいことや喜ばしいことがあり、多くの人が見舞いや祝いに出入りしているところへ、世を捨てた僧まで交じって、取り次ぎを頼みながら立っているのは、そこまでしなくてもよいのにと思われる。やむを得ない理由があったとしても、僧は人との交際を薄くしているのがよい。",
   "息つぎ": [
    "世のおぼえ、花やかなるあたりに、歎〔なげ〕きも喜びもありて、",
    "人多く行きとぶらふ中に、聖法師(ひじりほふし)の交りて、",
    "言ひ入れたたずみたるこそ、さらずともと見ゆれ。",
    "さるべきゆゑありとも、法師は人にうとくてありなん。"
   ],
   "字数": 95,
   "息数": 4
  },
  {
   "番号": 77,
   "題": "世の中にそのころ人のもてあつかひぐさに言ひあへること",
   "一言でいうと": "自分に関係のない世間話を得意げに語る人は、見苦しい。",
   "現代語訳": "世間でそのころ話題になって皆が取り沙汰していることを、本来口を挟む立場でもない人が詳しく知り、人にも語って聞かせたり、さらに尋ね回ったりするのは感心できない。とりわけ、片田舎にいる世捨て人の僧などが、世間の人の身の上を自分のことのように聞き回り、「どうしてこれほど知ることができたのだろう」と思うほどまで言いふらしているようだ。",
   "息つぎ": [
    "世の中に、",
    "そのころ人のもてあつかひぐさに言ひあへること、",
    "いろふべきにはあらぬ人の、よく案内(あない)知りて、",
    "人にも語り聞かせ、",
    "問ひ聞きたるこそ、うけられね。",
    "ことに、",
    "かたほとりなる聖法師(ひじりほふし)などぞ、世の人の上は、",
    "わがごとく尋ね聞き、",
    "「いかで、かばかりは知りけん」と思ゆるまでぞ、言ひ散らすめる。"
   ],
   "字数": 140,
   "息数": 9
  },
  {
   "番号": 78,
   "題": "今様のことどもの珍しきを言ひ広めもてなすこそまたうけられね",
   "一言でいうと": "新しい流行を知らない人を仲間内で笑うのは、むしろ野暮で品がない。",
   "現代語訳": "当世風の新しい物事を珍しがって、言い広めてもてはやすのも感心できない。世間で古びてしまうほどになるまでそれを知らない人には、かえって奥ゆかしさがある。新参の人などが居合わせた時、このあたりだけで使われる言い回しや物の名などを、事情を知る者同士が端々だけ言い交わし、目を見合わせて笑うなどして、事情を知らない人にわけがわからないと思わせることは、世慣れず品のない人が必ずすることである。",
   "息つぎ": [
    "今様(いまやう)のことどもの珍しきを、",
    "言ひ広めもてなすこそ、またうけられね。",
    "世に、こと古りたるまで知らぬ人は、心にくし。",
    "いまさらの人などのある時、",
    "ここもとに言ひつけたることぐさ、物の名など、",
    "心得たる同志(どち)、かたはし言ひかはし、目見合せ、",
    "笑ひなどして、心知らぬ人に心得ず思はすること、",
    "世なれず、よからぬ人の、必ずあることなり。"
   ],
   "字数": 156,
   "息数": 8
  },
  {
   "番号": 79,
   "題": "何ごとも入りたたぬさましたるぞよき",
   "一言でいうと": "本当にわかっている人ほど、聞かれないことを知った顔で語らない。",
   "現代語訳": "何事にも深く入り込んでいないように振る舞うのがよい。教養のある人は、知っていることだからといって、そう何でも知った顔で話すだろうか。片田舎から出てきた人に限って、あらゆる分野を心得ているように口を挟むものだ。そのため、聞くこちらが気後れするほど立派に思える面もあるのだが、自分を「たいしたものだ」と思っている様子は見苦しい。よくわきまえている分野については必ず口が重く、聞かれないかぎり言わない人こそ立派である。",
   "息つぎ": [
    "何ごとも入りたたぬさましたるぞよき。",
    "よき人は、知りたることとて、さのみ知り顔にやは言ふ。",
    "片田舎〔かたゐなか〕よりさし出でたる人こそ、よろづの道に心得たるよしの、さしいらへはすれ。",
    "されば、世に恥づかしきかたもあれど、みづからも、",
    "「いみじ」と思へる気色(けしき)、かたくななり。",
    "よくわきまへたる道には、必ず口重く、",
    "問はぬ限りは言はぬこそいみじけれ。"
   ],
   "字数": 163,
   "息数": 7
  },
  {
   "番号": 80,
   "題": "人ごとにわが身にうときことをのみぞ好める",
   "一言でいうと": "人は本業より縁遠いことを好むが、武勇は命がけで初めて定まる道である。",
   "現代語訳": "人は誰でも、自分の本分から縁遠いことばかり好む。僧は武芸を論じ、武士は弓の引き方も知らないのに、仏法を知っている顔をし、連歌を詠み、音楽をたしなみ合う。しかしそれでは、自分の本来の道に疎いこと以上に、人から軽蔑されるだろう。僧に限らず、公卿や殿上人といった上流の人々に至るまで、身分を問わず武芸を好む人が多い。百回戦って百回勝っても、まだ武勇の名は定めがたい。運に乗って敵を打ち破る時には、誰もが勇者と呼ばれるからだ。味方の兵が尽き、矢もなくなって、それでも最後まで敵に降らず、死をものともせずに戦った後で、初めて名が現れる道である。生きている間は武勇を誇ってはならない。人の道から遠く、鳥や獣に近い振る舞いなのだから、武士の家柄でない者が好んでも役に立たないことである。",
   "息つぎ": [
    "人ごとに、わが身にうときことをのみぞ好める。",
    "法師は兵の道を立て、夷(えびす)は弓引くすべ知らず、",
    "仏法知りたる気色(きそく)し、連歌し、管絃〔くわんげん〕をたしなみあへり。",
    "されど、おろかなるおのれが道よりは、",
    "なほ人に思ひ侮られぬべし。",
    "法師のみにもあらず、上達部〔かんだちめ〕・殿上人〔てんじやうびと〕、",
    "かみざままでおしなべて、武を好む人多かり。",
    "百度(ももたび)戦ひて百度勝つとも、いまだ武勇(ぶよう)の名を定めがたし。",
    "そのゆゑは、運に乗じてあたを砕く時、",
    "勇者にあらずといふ人なし。",
    "兵(つはもの)尽き、矢きはまりて、つひに敵に降らず。",
    "死をやすくして後、始めて名をあらはすべき道なり。",
    "生けらんほどは武に誇るべからず。",
    "人倫〔じんりん〕に遠く、禽獣〔きんじう〕に近きふるまひ、その家にあらずは、",
    "好みて益(やく)なきことなり。"
   ],
   "字数": 293,
   "息数": 15
  },
  {
   "番号": 81,
   "題": "屏風・障子などの絵も文字もかたくななる筆やうして書きたるが",
   "一言でいうと": "持ち物は豪華さより、古風で飾らず、安くても質のよいものがよい。",
   "現代語訳": "屏風や障子などの絵や文字が、稚拙な筆づかいで書かれていると、そのものが見苦しい以上に、家の主人まで教養がないように思われる。おおむね、持っている道具によって、その人にがっかりさせられることはあるものだ。だからといって、ひたすら上等な物を持つべきだというのではない。「傷まないように」と品なく見苦しい作りにしたり、「珍しいものにしよう」と不要な仕掛けを加えたりして、わずらわしいほど凝った物にすることをいうのである。古風な様子で、ひどく仰々しくなく、費用もかからず、それでいて材質のよい物がよい。",
   "息つぎ": [
    "屏風〔びやうぶ〕・障子〔しやうじ〕などの絵も文字も、",
    "かたくななる筆やうして書きたるが、見にくきよりも、",
    "宿の主(あるじ)のつたなく思ゆるなり。",
    "おほかた、持てる調度〔てうど〕にても、",
    "心劣りせらるることはありぬべし。",
    "さのみ良き物を持つべしとにもあらず。",
    "「損ぜざらんため」とて、品(しな)なく見にくきさまにしなし、",
    "「珍しからん」とて、用なきことどもし添へ、",
    "わづらはしく好みなせるを言ふなり。",
    "古めかしきやうにて、いたくことことしからず、",
    "費えもなくて、物がらの良きがよきなり。"
   ],
   "字数": 208,
   "息数": 11
  },
  {
   "番号": 82,
   "題": "羅の表紙はとく損ずるがわびしきと人の言ひしに",
   "一言でいうと": "何もかも完璧にそろえるより、傷や欠けや未完成があるほうが味わい深い。",
   "現代語訳": "「薄絹の表紙はすぐ傷むのが残念だ」と人が言ったところ、頓阿が「薄絹は上下がほつれ、螺鈿の巻物の軸は貝が落ちてからこそすばらしい」と申したのは、聞いていっそう心を引かれた。一揃いの草子などで、各冊の姿が同じでないのを見苦しいというけれど、弘融僧都が「物を必ず一式そろえようとするのは、未熟な者のすることだ。そろっていないのがよい」と言ったのも、まことにすばらしく思われた。「総じて何事も、すべて整いきっているのはよくない。やり残したところをそのまま置いてあるのは面白く、これから先も続く感じがする。宮中を造営する時にも、必ず完成させない場所を残すものだ」と、ある人が申した。昔の賢人が著した仏教書やその他の書物にも、章や段の欠けたものばかりがある。",
   "息つぎ": [
    "「羅(うすもの)の表紙は、とく損ずるがわびしき」と人の言ひしに、",
    "頓阿〔とんあ〕が、",
    "「羅は上下(かみしも)はつれ、螺鈿〔らでん〕の軸は貝落ちて後こそいみじけれ」と申し侍〔はべ〕りしこそ。",
    "心まさりて思えしか。",
    "一部とある草子などの、同じやうにもあらぬを、",
    "見にくしといへど、弘融僧都〔こうゆうそうづ〕が、",
    "「物を必ず一具〔いちぐ〕にととのへんとするは、",
    "つたなき者のすることなり。",
    "不具なるこそよけれ」と言ひしも、",
    "いみじく思えしなり。",
    "「すべて、何もみな、",
    "ことのととのほりたるは悪しきことなり。し残したるを、",
    "さてうち置きたるは、おもしろく、生き延ぶるわざなり。",
    "内裏造〔だいりつく〕らるるにも、",
    "必ず作り果てぬ所を残すことなり」と、",
    "ある人申し侍りしなり。",
    "先賢〔せんけん〕の作れる内外(ないげ)の文にも、",
    "章段〔しやうだん〕の欠けたることのみこそ侍れ。"
   ],
   "字数": 302,
   "息数": 18
  },
  {
   "番号": 83,
   "題": "竹林院入道左大臣殿太政大臣にあがり給はんに",
   "一言でいうと": "頂点まで登りつめず余地を残すことが、破滅を避ける道である。",
   "現代語訳": "竹林院入道左大臣殿は、太政大臣に昇進するのに何の妨げもなかったのだが、「それでは珍しくもない。左大臣の首席のままで終わろう」と言って出家なさった。洞院左大臣殿もこの振る舞いに感心されて、太政大臣になる望みをお持ちにならなかった。「高く昇りきった竜には後悔がある」という言葉があるそうだ。月は満ちれば欠け、物事は盛りを迎えれば衰える。何事も、その先に進む余地がなくなれば、破滅に近づく道なのである。",
   "息つぎ": [
    "竹林院入道左大臣殿〔ちくりんゐんにふだうさだいじんどの〕、太政大臣〔だいじやうだいじん〕にあがり給〔たま〕はんに、",
    "なにのとどこほりかおはせんなれども、",
    "「珍しげなし。一上(いちのかみ)にてやみなん」とて、",
    "出家し給ひにけり。",
    "洞院左大臣殿〔とうゐんさだいじんどの〕、このことを甘心(かんしん)し給ひて、",
    "相国〔しやうこく〕の望みおはせざりけり。",
    "「亢竜〔かうりよう〕の悔いあり」とかやいふこと侍〔はべ〕るなり。",
    "月、満ちては欠け、もの、盛りにしては衰ふ。",
    "よろづのこと、先のつまりたるは、破に近き道なり。"
   ],
   "字数": 177,
   "息数": 9
  },
  {
   "番号": 84,
   "題": "法顕三蔵の天竺に渡りて",
   "一言でいうと": "故郷を恋しがる弱さを、人間らしい情けとして受け取れる人は奥ゆかしい。",
   "現代語訳": "法顕三蔵がインドへ渡り、故郷の扇を見ては悲しみ、病に伏しては中国の食べ物を望まれたという話を聞いて、ある人が「それほど立派な人が、外国でまったく情けないほど心弱い様子をお見せになったのだな」と言った。すると弘融僧都は、「なんと優雅で、人情のある三蔵だろう」と言った。その言葉は、いかにも僧らしい型にはまったものではなく、奥ゆかしく思われた。",
   "息つぎ": [
    "法顕三蔵(ほつけんさんざう)の、天竺〔てんぢく〕に渡りて、故郷〔ふるさと〕の扇を見ては悲しび、",
    "病に臥しては漢の食を願ひ給〔たま〕ひけることを聞きて、",
    "「さばかりの人の、無下にこそ、",
    "こころ弱き気色を人の国にて見え給ひけれ」と人の言ひしに、",
    "弘融僧都〔こうゆうそうづ〕、",
    "「優(いう)に情けありける三蔵なか」と言ひたりしこそ、",
    "法師のやうにもあらず、心にくく思えしか。"
   ],
   "字数": 139,
   "息数": 7
  },
  {
   "番号": 85,
   "題": "人の心素直ならねば偽りなきにしもあらず",
   "一言でいうと": "たとえ真似からでも賢者の行いを実践する人は、すでに賢者の仲間である。",
   "現代語訳": "人の心は素直ではないから、偽りがないわけではない。それでも、生まれつき正直な人がどうしていないことがあろうか。自分は素直でなくても、他人の賢さを見てうらやむのは普通のことである。極端に愚かな人は、たまたま賢い人を見ると、その人を憎む。「大きな利益を得るために小さな利益を受け取らず、偽って体裁を飾り、名声を得ようとしているのだ」と悪く言う。自分の心と違うためにこんなあざけりをすることでわかる。この人は最低の愚か者で、その性質は変えられず、偽りでさえ小さな利益を断ることも、仮にでも賢者を見習うこともできない。狂人の真似をして大通りを走れば、その人はもう狂人である。悪人の真似だと言って人を殺せば、悪人である。名馬をまねるものは名馬の仲間であり、聖天子の舜をまねるものは舜の仲間である。たとえ偽りからでも賢者を見習う人を、賢者といってよい。",
   "息つぎ": [
    "人の心、素直(すなほ)ならねば、偽りなきにしもあらず。",
    "されども、おのづから正直〔しやうぢき〕の人、などかなからん。",
    "おのれ素直ならねど、人の賢を見て羨(うらや)むは尋常(よのつね)なり。",
    "至りて愚かなる人は、たまたま賢なる人を見て、",
    "これを憎む。",
    "「大きなる利を得んがために、少しきの利を受けず、",
    "偽り飾りて、名を立てんとす」と謗(そし)る。",
    "おのれが心にたがへるによりて、",
    "この嘲(あざけ)りをなすにて知りぬ、",
    "この人は下愚〔かぐ〕の性移るべからず、",
    "偽りて小利をも辞すべからず、仮にも賢を学ぶべからず。",
    "狂人の真似(まね)もて大路を走らば、すなはち狂人なり。",
    "悪人の真似とて人を殺さば、悪人なり。",
    "驥〔き〕を学ぶは驥のたぐひ、舜〔しゆん〕を学ぶは舜の徒(ともがら)なり。",
    "偽りても賢を学ばんを、賢と言ふべし。"
   ],
   "字数": 292,
   "息数": 15
  },
  {
   "番号": 86,
   "題": "惟継中納言は風月の才に富める人なり",
   "一言でいうと": "寺を失った寺法師を、ただの法師と呼んだ機転のきいた冗談。",
   "現代語訳": "惟継中納言は、詩歌や風雅の才能に富んだ人である。生涯肉食を断ち、読経をして過ごし、三井寺の寺法師である円伊僧正と同宿していた。文保年間に三井寺が焼かれた時、円伊僧正と会って、「あなたをこれまでは寺法師と申してきましたが、寺がなくなったので、今後はただの法師とお呼びしましょう」と言った。実に見事な機知の言葉であった。",
   "息つぎ": [
    "惟継中納言〔これつぐちゆうなごん〕は、風月の才に富める人なり。",
    "一生精進〔いつしやうしやうじん〕にて、読経〔どきやう〕うちして、",
    "寺法師の円伊僧正〔ゑんいそうじやう〕と同宿して侍〔はべ〕りけるに、",
    "文保〔ぶんぱう〕に三井寺焼〔みゐでらや〕かれし時、坊主にあひて、",
    "「御坊(ごばう)をば寺法師とこそ申しつれど、寺はなければ、",
    "今よりは法師とこそ申さめ」と言はれけり。",
    "いみじき秀句なりけり。"
   ],
   "字数": 135,
   "息数": 7
  },
  {
   "番号": 87,
   "題": "下部に酒飲ますることは心すべきことなり",
   "一言でいうと": "酒は人を無謀にし、取り返しのつかない惨事を引き起こす。",
   "現代語訳": "身分の低い従者に酒を飲ませることは、よく注意すべきである。宇治に住んでいた男には、京に具覚房という上品な世捨て人の僧である妻の兄弟がいて、いつも親しく行き来していた。ある時、具覚房を迎えるため馬を送ると、「道のりが遠い。まず馬の口取りの男に一杯飲ませよ」と酒を出したので、口取りの男は杯を受けては重ね、たっぷり飲んだ。太刀を帯びてきびきびしていたので、頼もしく思って連れて行った。木幡のあたりで、奈良の僧が大勢の兵を連れて来るのに出会うと、この男は立ちはだかり、「日暮れの山中で怪しい者だ。止まれ」と言って太刀を抜いた。相手も皆、太刀を抜き、矢をつがえるなどした。具覚房が手を合わせて、「正気をなくすほど酔った者でございます。どうかお許しください」と頼むと、一同はあざ笑って通り過ぎた。男は具覚房に向かい、「坊さんは残念なことをしてくれた。私は酔ってなどいない。手柄を立てようとしたのに、抜いた太刀をむだにさせた」と怒り、具覚房をむやみに斬りつけた。それから「山賊が出た」と大声で騒いだので、里人が一斉に出てくると、「俺こそ山賊だ」と言って走りかかり、斬り回った。大勢がかりで手傷を負わせ、打ち倒して縛り上げた。血のついた馬は、宇治大路の家へ走って帰った。家では驚いて大勢の男を走らせたところ、具覚房がくちなし原でうめきながら倒れているのを見つけ、抱えて連れ帰った。かろうじて命は助かったが、腰を斬り損なわれて身体が不自由になってしまった。",
   "息つぎ": [
    "下部(しもべ)に酒飲ますることは、心すべきことなり。",
    "宇治〔うぢ〕に住み侍〔はべ〕けるをのこ、京に、",
    "具覚房〔ぐかくばう〕とてなまめきたる遁世〔とんせい〕の僧を、小舅(こじうと)なりければ、",
    "常に申しむつびけり。",
    "ある時、迎へに馬をつかはしたりければ、",
    "「遥かなるほどなり。口づきのをのこに、まづ一度せさせよ」とて、",
    "酒を出だしたれば、さし受けさし受け、よよと飲みぬ。",
    "太刀うちはきて、かひがひしげなれば、頼もしく思えて、",
    "召し具して行くほどに、木幡(こはた)のほどにて、奈良法師〔ならほふし〕の、",
    "兵士(ひやうじ)あまた具してあひたるに、この男、立ち向ひて、",
    "「日暮れにたる山中に怪しきぞ。止まり候へ」と言ひて、",
    "太刀を引き抜きければ、人もみな、太刀抜き、",
    "矢〔や〕はげなどしけるを、具覚房、手を摺りて、",
    "「現(うつ)し心なく酔(ゑ)ひたる者に候ふ。まげて許し給〔たま〕はらん」と言ひければ、",
    "おのおの嘲りて過ぎぬ。",
    "この男(おとこ)、具覚房にあひて、",
    "「御房は口惜しきことし給ひつるものかな。",
    "をのれ酔ひたること侍らず。高名(かうみやう)仕らんとするを、",
    "抜ける太刀、むなしくなし給ひつること」と怒りて、",
    "ひた切りに切り落しつ。",
    "さて、「山だちあり」とののしりければ、",
    "里人おこりて出であへば、",
    "「われこそ山だちよ」と言ひて、",
    "走りかかりつつ切り回りけるを、あまたして手おほせ、",
    "打ち伏せて、縛りけり。",
    "馬は血付きて、宇治大路〔うぢおほぢ〕の家に走り入りたり。",
    "あさましくて、をのこども、あまた走らかしたれば、",
    "具覚房はくちなし原にによひ臥したるを、求め出でて、",
    "かき持て来つ。",
    "からき命生きたれど、腰切り損ぜられて、",
    "かたはになりにけり。"
   ],
   "字数": 616,
   "息数": 31
  },
  {
   "番号": 88,
   "題": "ある者小野道風の書ける和漢朗詠集とて持ちたりけるを",
   "一言でいうと": "偽物の疑いを指摘されても、それを希少さの証拠だと思い込む人がいる。",
   "現代語訳": "ある人が、小野道風の筆による『和漢朗詠集』だというものを持っていた。別の人が、「代々伝わった由来は根拠のないものではないでしょうが、四条大納言が選んだ書物を小野道風が書いたというのは、時代が食い違っているのではありませんか。どうも疑わしいことです」と言った。すると持ち主は、「そうであるからこそ、世にも珍しいものなのです」と言って、ますます大切にしまい込んだ。",
   "息つぎ": [
    "ある者、",
    "小野道風〔をののたうふう〕の書ける和漢朗詠集〔わかんらうえいしふ〕とて持ちたりけるを、",
    "ある人、",
    "「御相伝、浮けることには侍〔はべ〕らじなれども、",
    "四条大納言撰〔しでうのだいなごんえら〕ばれたるものを、道風書かんこと、",
    "時代やたがひ侍らん。おぼつかなくこそ」と言ひければ、",
    "「さ候へばこそ、世にありがたきものには侍りけれ」とて、",
    "いよいよ秘蔵(ひさう)しけり。"
   ],
   "字数": 138,
   "息数": 8
  },
  {
   "番号": 89,
   "題": "奥山に猫またといふものありて人を食ふなると人の言ひけるに",
   "一言でいうと": "恐怖にとらわれると、飼い犬まで人食いの化け猫に見えてしまう。",
   "現代語訳": "「奥山には猫またという化け物がいて、人を食うそうだ」と人が言うと、別の者が「山でなくても、このあたりにも、年を取った猫が猫またになって人を捕らえることがあるそうだ」と言った。何阿弥陀仏とかいう連歌を詠む僧で、行願寺の近くにいた者がそれを聞き、「一人歩きをする身としては用心しなければ」と思っていた、ちょうどそのころのことだった。ある所で夜更けまで連歌をして、一人で帰る途中、小川のほとりで、噂に聞いた猫またが狙いたがわず足もとへ突然寄ってきて、そのまま飛びつき、首のあたりに食いつこうとした。僧は肝も心も失い、防ごうにも力が出ず、足も立たないまま小川へ転げ落ちた。「助けてくれ、猫まただ、助けてくれ」と叫ぶと、家々から人々が松明をともして走り寄った。見ると、このあたりで顔を知られた僧である。「これはどうした」と川の中から抱き起こしたところ、連歌の賞品として受け取った扇や小箱など、懐に入れていた物も水に浸かってしまった。僧は、奇跡的に助かったという様子で、這うようにして家に入った。実は、飼っていた犬が、暗闇の中でも主人だとわかって飛びついただけだったという。",
   "息つぎ": [
    "「奥山に、猫またといふものありて、人を食(くら)ふなる」と、",
    "人の言ひけるに、",
    "「山ならねども、これらにも、猫の経(へ)あがりて、",
    "猫またになりて、",
    "人捕ることはあなるものを」と言ふ者ありけるを、",
    "何阿弥陀仏〔なにあみだぶつ〕とかや、連歌しける法師の、",
    "行願寺〔ぎやうぐわんじ〕の辺にありけるが聞きて、",
    "「一人歩(あり)かん身は、心すべきことにこそ」と思ひけるころしも、",
    "ある所にて、夜更くるまで連歌して、",
    "ただ一人帰りけるに、小川(こがは)の端(はた)にて、音に聞きし猫また、",
    "あやまたず足もとへふと寄り来て、",
    "やがてかきつくままに、頸(くび)のほどを食はんとす。",
    "肝心(きもこころ)も失せて、防がんとするに、力もなく足も立たず、",
    "小川へ転び入りて、",
    "「助けよや、猫また、よやよや」と叫べば、家々より、",
    "松ども灯して走り寄りて、見れば、",
    "このわたりに見知れる僧なり。",
    "「こはいかに」とて、川の中より抱(いだ)き起したれば、",
    "連歌の懸物(かけもの)取りて、扇・小箱〔こばこ〕など懐(ふところ)に持ちたりけるも、",
    "水に入りぬ。",
    "希有(けう)にして助かりたるさまにて、",
    "這ふ這ふ家に入りにけり。",
    "飼ひける犬の、暗けれど、主(ぬし)を知りて、",
    "飛び付きたりけるとぞ。"
   ],
   "字数": 432,
   "息数": 24
  },
  {
   "番号": 90,
   "題": "大納言法印の召し使ひし乙鶴丸やすら殿といふ者を知りて",
   "一言でいうと": "相手の頭を見ていないから、男か僧かわからないという、とぼけた返事。",
   "現代語訳": "大納言法印が召し使っていた乙鶴丸は、やすら殿という者と知り合いで、いつもそのもとへ通っていた。ある時、出かけて帰ってくると、法印が「どこへ行っていたのか」と尋ねたので、「やすら殿のところへ参っておりました」と答えた。「そのやすら殿は男なのか、それとも僧なのか」と重ねて問われると、乙鶴丸は袖をかき合わせてかしこまり、「どちらでございましょう。頭は見ておりません」と答え申し上げた。どうして頭だけが見えなかったのだろう。",
   "息つぎ": [
    "大納言法印〔だいなごんほふいん〕の召し使ひし乙鶴丸(おとづるまる)、",
    "やすら殿といふ者を知りて、常に行き通ひしに、ある時、",
    "出でて帰り来たるを、法印、",
    "「いづくへ行きつるぞ」と問ひしかば、",
    "「やすら殿のがり、まかりて候ふ」と言ふ。",
    "「そのやすら殿は、男か法師か」と、また問はれて、",
    "袖かき合はせて、",
    "「いかが候ふらん。頭(かしら)をば見候はず」と答へ申しき。",
    "などか、頭ばかりの見えざりけん。"
   ],
   "字数": 166,
   "息数": 9
  },
  {
   "番号": 91,
   "題": "赤舌日といふこと陰陽道には沙汰なきことなり",
   "一言でいうと": "吉凶は日取りで決まるのではなく、その人の行いによって決まる。",
   "現代語訳": "赤舌日というものは、陰陽道では問題にされていない。昔の人は、この日を避けなかった。近ごろ誰が言い出して、避け始めたのだろうか。「この日に始めたことは最後までうまくいかない」と言い、その日に言ったことやしたことはかなわず、手に入れた物は失い、計画したことは実現しないというのは愚かである。吉日を選んで行ったことのうち、最後までうまくいかなかったものを数えてみても、同じくらいあるだろう。なぜなら、すべてが絶えず移り変わるこの世では、存在するように見えるものも存続せず、始まりのあることにも終わりがない。志は遂げられず、望みは尽きず、人の心は定まらない。すべてのものは幻のように変化する。何がほんのしばらくでも同じ状態にとどまるだろうか。この道理を知らないのである。「吉日に悪事をすれば必ず凶となり、悪日に善を行えば必ず吉となる」という。吉凶は人によるのであって、日によるのではない。",
   "息つぎ": [
    "赤舌日(しやくぜちにち)といふこと、陰陽道〔おんやうだう〕には沙汰〔さた〕なきことなり。",
    "昔の人、これを忌まず。",
    "このごろ何者の言ひ出でて、忌み始めけるにか。",
    "「この日あること、末(すゑ)通らず」と言ひて、その日、",
    "言ひたりしこと、したりしことかなはず、",
    "得たりし物は失ひつ、企てたりしことならずと言ふ、",
    "愚かなり。",
    "吉日を選びてなしたるわざの、末通らぬを数へてみんも、",
    "また等しかるべし。",
    "そのゆゑは、無常変易〔むじやうへんやく〕の境(さかひ)、有りと見るものも存ぜず、",
    "始あることも終りなし。",
    "志は遂げず、望みは絶えず、人の心、不定(ふぢやう)なり。",
    "ものみな幻化(げんけ)なり。",
    "何ごとか、しばらくも住(ぢゆう)する。",
    "この理(ことわり)を知らざるなり。",
    "「吉日に悪をなすに、必ず凶なり。悪日に善を行ふに、必ず吉なり」といへり。",
    "吉凶〔きつきよう〕は人によりて日によらず。"
   ],
   "字数": 306,
   "息数": 17
  },
  {
   "番号": 92,
   "題": "ある人弓射ることを習ふにもろ矢をたばさみて的に向ふ",
   "一言でいうと": "「二本目があるから」と思った瞬間、一本目が雑になる。今この一射に決めよ。",
   "現代語訳": "ある人が弓を習う時、二本の矢を手に挟んで的に向かった。師匠が言った。「初心者は二本の矢を持ってはならない。後の矢を頼みにして、最初の矢をおろそかにする心が生じる。射るたびにただ、『成功も失敗もなく、この一本で決める』と思いなさい」。たった二本の矢なのだから、師匠の前で一本をおろそかにしようと思うはずがあるだろうか。それでも、怠ける心を本人は自覚していなくても、師匠にはわかるのである。この戒めは、あらゆることに通じる。仏道を学ぶ人は、夕方には明日の朝があると思い、朝には夕方があると思って、後でもう一度、心を込めて修行しようと予定する。まして、一瞬のうちに怠ける心が生じていることに、どうして気づけるだろう。今この瞬間の思いのまま、すぐに実行することは、なんと難しいことか。",
   "息つぎ": [
    "ある人、弓射〔ゆみい〕ることを習ふに、",
    "もろ矢をたばさみて的に向ふ。",
    "師のいはく、",
    "「初心の人、二つの矢を持つことなかれ。",
    "後の矢を頼みて、はじめの矢に等閑(なほざり)の心あり。毎度ただ、",
    "『得失なく、この一矢に定むべし』と思へ」と言ふ。",
    "わづかに二つの矢、師の前にて、",
    "一つをおろかにせんと思はんや。",
    "懈怠(けだい)の心、みづから知らずといへども、師、これを知る。",
    "この戒め、万事〔ばんじ〕にわたるべし。",
    "道を学する人、夕(ゆふべ)には朝(あした)あらんことを思ひ、",
    "朝には夕あらんことを思ひて、",
    "重ねてねんごろに修(しゆ)せんことを期(ご)す。",
    "いはんや、一刹那〔いつせつな〕のうちにおいて、",
    "懈怠の心あることを知らんや。",
    "なんぞ、ただ今の一念〔いちねん〕において、ただちにすることの、",
    "はなはだ難(かた)き。"
   ],
   "字数": 288,
   "息数": 17
  },
  {
   "番号": 93,
   "題": "牛を売る者あり",
   "一言でいうと": "生きている今日の価値を忘れ、ほかの幸せを追うから、人の望みは満たされない。",
   "現代語訳": "ある人がこう語った。「牛を売る者がいた。買い手は『明日、代金を渡して牛を引き取ろう』と言ったが、その夜のうちに牛が死んだ。買おうとした人には利益があり、売ろうとした人には損がある」。これを聞いて、そばにいた者が言った。「牛の飼い主には確かに損があったが、大きな利益もあった。命あるものは死が近いことを知らない。牛はまさにそうだったし、人も同じである。思いがけず牛は死に、思いがけず飼い主は生き残った。一日の命は万金より重く、牛の値段は鵞鳥の毛より軽い。万金を得て一銭を失った人を、損したとはいえない」。皆はこれをあざ笑い、「その道理は牛の飼い主だけに限らない」と言った。するとその者はまた言った。「だから、人が死を嫌うなら、生きることを愛するべきだ。命がある喜びを、毎日楽しまないでよいものか。愚かな人はこの楽しみを忘れ、むやみに別の楽しみを求め、この宝を忘れて危険を冒し、ほかの宝を欲しがるので、望みが満たされることがない。生きている間に生を楽しまないまま、死を前にして死を恐れるのは道理に合わない。人が皆、生を楽しまないのは、死を恐れないからである。とはいえ、死を恐れないというわけではなく、死が近いことを忘れているのだ。もしまた、生と死という現象にとらわれないというのであれば、それこそ真理を悟ったといえる」。人々はますますあざ笑った。",
   "息つぎ": [
    "「牛を売る者あり。買ふ人、",
    "『明日、その値(あたひ)をやりて、牛を取らん』と言ふ。",
    "夜の間(ま)に、牛死ぬ。買はんとする人に利あり。",
    "売らんとする人に損あり」と語る人あり。",
    "これを聞きて、かたへなる者のいはく、",
    "「牛の主(ぬし)、まことに損ありといへども、",
    "また大きなる利あり。そのゆゑは、生あるもの、",
    "死の近きことを知らざること、牛すでにしかなり。人、",
    "また同じ。はからざるに牛は死し、",
    "はからざるに主は存ぜり。一日の命、万金〔ばんきん〕よりも重し。",
    "牛の値、鵞毛〔がまう〕よりも軽し。万金を得て一銭〔いつせん〕を失はん人、",
    "損ありと言ふべからず」と言ふに、",
    "みな人嘲(あざけ)りて、",
    "「その理(ことわり)は、牛の主に限るべからず」と言ふ。",
    "またいはく、",
    "「されば、人、死を憎まば、生(しやう)を愛すべし。存命の喜び、",
    "日々に楽しまざらんや。愚かなる人、",
    "この楽しびを忘れて、いたづがはしく、",
    "ほかの楽しびを求め、この財(たから)を忘れて、",
    "あやうく他の財をむさぼるには、志満つことなし。",
    "生ける間、生を楽しまずして、死に臨みて、死を恐れば、",
    "この理あるべからず。人みな生を楽しまざるは、",
    "死を恐れざるゆゑなり。死を恐れざるにはあらず。",
    "死の近きことを忘るるなり。もしまた、",
    "生死(しやうじ)の相にあづからずといはば、",
    "まことの理を得たりと言ふべし」と言ふに、",
    "人いよいよ嘲る。"
   ],
   "字数": 511,
   "息数": 27
  },
  {
   "番号": 94,
   "題": "常磐井相国出仕し給ひけるに勅書を持ちたる北面あひ奉りて",
   "一言でいうと": "天皇の命令を携える者は、自分より高位の人にも礼を譲ってはならない。",
   "現代語訳": "常磐井相国が宮中へ出仕なさる途中、天皇の命令書を持った北面の武士が行き会い、馬から降りた。相国は後になって、「北面の何某は、勅書を持ちながら私に会って下馬した者である。この程度の者が、どうして天皇にお仕えできようか」と申し上げたので、その北面の武士は職を解かれた。「勅書は馬上のまま高く掲げて私に見せるべきであり、下馬してはならなかった」ということである。",
   "息つぎ": [
    "常磐井相国(ときはゐのしやうこく)、出仕〔しゆつし〕し給〔たま〕ひけるに、",
    "勅書〔ちよくしよ〕を持ちたる北面(ほくめん)あひ奉りて、馬より下りたりけるを、",
    "相国、後に、",
    "「北面なにがしは、",
    "勅書を持ちながら下馬〔げば〕し侍〔はべ〕りし者なり。かほどの者、",
    "いかでか君に仕(つか)うまつり候ふべき」と申されければ、",
    "北面を放たれにけり。",
    "「勅書を馬の上ながら、ささげて見せ奉るべし。下るべからず」とぞ。"
   ],
   "字数": 149,
   "息数": 8
  },
  {
   "番号": 95,
   "題": "箱のくりかたに緒を付くることいづかたに付け侍るべきぞ",
   "一言でいうと": "箱のひもの付け方には二つの作法があり、どちらでも間違いではない。",
   "現代語訳": "「箱のくり形（ひもを通すための金具）にひもを付ける時、どちら側に付けるべきでしょうか」と、儀式や作法に詳しい人に尋ねたところ、「軸の側に付ける説と表紙の側に付ける説の二つがあるので、どちらでも差し支えない。手紙を入れる文箱では、多くは右側に付ける。手箱では軸の側に付けるのも普通のことである」とおっしゃった。",
   "息つぎ": [
    "「箱のくりかたに緒を付くること、いづかたに付け侍〔はべ〕るべきぞ」と、",
    "ある有職(いうそく)の人に尋ね申し侍りしかば、",
    "「軸に付け、表紙に付くること、両説〔りやうせつ〕なれば、",
    "いづれも難なし。文(ふみ)の箱は多くは右に付く。",
    "手箱には軸に付くるも常のことなり」と仰せられき。"
   ],
   "字数": 113,
   "息数": 5
  },
  {
   "番号": 96,
   "題": "めなもみといふ草あり",
   "一言でいうと": "蛇にかまれた時に使える、めなもみという薬草を覚えておくとよい。",
   "現代語訳": "めなもみという草がある。まむしにかまれた人が、その草を揉んで傷口に付けると、すぐ治るという。見分けられるよう覚えておくとよい。",
   "息つぎ": [
    "めなもみといふ草あり。",
    "くちはみに刺されたる人、かの草を揉みて付けぬれば、",
    "すなはち癒〔い〕ゆとなん。",
    "見知りておくべし。"
   ],
   "字数": 55,
   "息数": 4
  },
  {
   "番号": 97,
   "題": "その物に付きてその物を費し損ふ物数を知らずあり",
   "一言でいうと": "物には、それ自身に取りついて消耗させるものが数限りなくある。",
   "現代語訳": "その物に取りつき、その物を消耗させ、損なうものは数えきれないほどある。身体には虱がいる。家には鼠がいる。国には賊がいる。つまらない人には財産がある。立派な人物には仁義がある。僧には仏法がある。",
   "息つぎ": [
    "その物に付きて、その物を費(つひや)し、損(そこな)ふ物、",
    "数を知らずあり。",
    "身に虱(しらみ)あり。",
    "家に鼠〔ねずみ〕あり。",
    "国に賊〔ぞく〕あり小人に財あり。",
    "君子に仁義〔じんぎ〕あり。",
    "僧に法あり。"
   ],
   "字数": 65,
   "息数": 7
  },
  {
   "番号": 98,
   "題": "尊き聖の言ひ置けることを書き付けて一言芳談とかや名付けたる",
   "一言でいうと": "高僧たちの短い教えを集めた書物には、心にかなう言葉がいくつもあった。",
   "現代語訳": "尊い高僧たちが言い残したことを書き留め、『一言芳談』とか名づけた冊子を見たところ、私の心にかなうと思われた言葉がいくつもあった。このほかにもあったが、覚えていない。",
   "息つぎ": [
    "尊き聖(ひじり)の言ひ置けることを書き付けて、",
    "一言芳談〔いちごんはうだん〕とかや名付けたる草子を見侍りしに、",
    "心にあひて思えしことども。",
    "このほかもありしことども、覚えず。"
   ],
   "字数": 70,
   "息数": 4
  },
  {
   "番号": 99,
   "題": "堀河相国は美男のたのしき人にてそのこととなく過差を好み給ひけり",
   "一言でいうと": "古くから受け継がれた公の品は、傷みさえも由緒として軽々しく改めない。",
   "現代語訳": "堀河相国は美男子で、裕福な人であり、何かにつけて度を越した華美を好まれた。子の基俊卿を検非違使別当（警察・裁判をつかさどる役所の長官）にして役所の仕事を行わせた時、「役所の唐櫃が見苦しい」と言い、立派に作り直すよう命じられた。しかしこの唐櫃は大昔から伝わり、いつ作られたかもわからず、数百年を経たものだった。代々伝わる公の品は、古び傷んでいることを格式の証しとするので、簡単には改められないと、先例に詳しい役人たちが申し上げたため、作り直す話は取りやめになった。",
   "息つぎ": [
    "堀河相国〔ほりかはのしやうこく〕は、美男のたのしき人にて、",
    "そのこととなく過差〔くわさ〕を好み給〔たま〕ひけり。",
    "御子基俊卿〔おんこもととしのきやう〕を大理〔だいり〕になして、庁務行〔ちやうむおこな〕はれけるに、",
    "「庁屋〔ちやうや〕の唐櫃(からびつ)見苦し」とて、",
    "めでたく作り改めらるべきよし、仰せられけるに、",
    "この唐櫃は、上古より伝はりて、その始めを知らず。",
    "数百年を経たり。",
    "累代〔るいだい〕の公物〔くもつ〕、古弊〔こへい〕をもちて規模とす。",
    "たやすく改められがたきよし、故実〔こじつ〕の諸官ら申しければ、",
    "そのことやみにけり。"
   ],
   "字数": 184,
   "息数": 10
  },
  {
   "番号": 100,
   "題": "久我相国は殿上にて水を召しけるに",
   "一言でいうと": "久我相国は、素焼きの杯ではなく、まがりという器で水を飲んだ。",
   "現代語訳": "久我相国が殿上で水をお求めになると、主殿司（宮中の雑務を担う役人）が素焼きの杯を差し出した。相国は「まがりを持ってこい」と言い、まがりという器で水をお飲みになった。",
   "息つぎ": [
    "久我相国〔こがのしやうこく〕は、殿上〔てんじやう〕にて水を召しけるに、主殿司(とのもづかさ)、",
    "土器(かはらけ)を奉りければ、「まがりを参らせよ」とて、",
    "まがりしてぞ召しける。"
   ],
   "字数": 57,
   "息数": 3
  },
  {
   "番号": 101,
   "題": "ある人任大臣の節会の内弁を勤められけるに",
   "一言でいうと": "取り返しのつかない忘れ物を、機転の利く役人が人知れず救った。",
   "現代語訳": "ある人が、大臣任命の祝宴で内弁（儀式を取り仕切る役）を務めた時、内記が持っていた宣命（天皇のお言葉を記した文書）を受け取らないまま、殿上へ上がってしまった。これ以上ない失礼だが、今さら引き返して取りに行くこともできない。どうしたものかと思い悩んでいると、六位の外記（文書を扱う役人）である康綱が、衣を頭からかぶった女房に頼み、その宣命を持たせて、そっと本人に差し出させた。実に見事な働きであった。",
   "息つぎ": [
    "ある人、任大臣〔にんだいじん〕の節会〔せちゑ〕の内弁〔ないべん〕を勤められけるに、",
    "内記〔ないき〕の持ちたる宣命〔せんみやう〕を取らずして、堂上〔だうじやう〕せられにけり。",
    "きはまりなき失礼なれども、",
    "立ち帰り取るべきにもあらず。",
    "思ひわづらはれけるに、六位外記康綱〔ろくゐのげきやすつな〕、",
    "衣かづきの女房〔にょうばう〕を語らひて、かの宣命を持たせて、",
    "忍びやかに奉らせけり。",
    "いみじかりけり。"
   ],
   "字数": 140,
   "息数": 8
  },
  {
   "番号": 102,
   "題": "尹大納言光忠入道追儺の上卿を勤められけるに",
   "一言でいうと": "儀式の実務は、身分の高い人より、現場を知り尽くした者に教わるのがよい。",
   "現代語訳": "尹大納言光忠入道が、追儺（大みそかに鬼を払う儀式）の上卿（責任者）を務めた時、洞院右大臣殿に式の手順を尋ねた。すると右大臣殿は、「又五郎という男を師匠にするほか、よい考えはありますまい」とおっしゃった。その又五郎は年老いた衛士で、朝廷の儀式や実務にたいへん慣れた者だった。近衛殿が着陣（役人の座に着くこと）なさった時、軾（ひざをつく敷物）を忘れて外記をお呼びになったところ、火を焚いて控えていた又五郎が、「まず、軾をお求めになるところではございませんか」と小声でつぶやいた。実に面白いことであった。",
   "息つぎ": [
    "尹大納言光忠入道〔いんのだいなごんみつただにふだう〕、追儺(ついな)の上卿(しやうけい)を勤められけるに、",
    "洞院右大臣殿〔とうゐんうだいじんどの〕に次第を申し請けられければ、",
    "「又五郎男〔またごらうをのこ〕を師とするより外の才覚候はじ」とぞのたまひける。",
    "かの又五郎は、老いたる衛士(ゑじ)の、",
    "よく公事(くじ)になれたる者にてぞありける。",
    "近衛殿〔このゑどの〕、着陣〔ちやくぢん〕し給〔たま〕ひける時、軾(しき・ひざつき)を忘れて、",
    "外記を召されければ、火焚きて候ひけるが、",
    "「まづ、軾を召さるべくや候らん」と忍びやかにつぶやきける。",
    "いとをかしかりけり。"
   ],
   "字数": 190,
   "息数": 9
  },
  {
   "番号": 103,
   "題": "大覚寺殿にて近習の人どもなぞなぞを作りて解かれけるところへ",
   "一言でいうと": "人を題にした意地悪ななぞなぞが見事に解かれ、当人だけが腹を立てた。",
   "現代語訳": "大覚寺殿で、側近の人々がなぞなぞを作って解いていたところへ、医師の忠守が参上した。すると侍従大納言公明卿が、忠守を指して「わが国の者とも見えない忠守だな」と、なぞなぞになさった。それを人々が「唐瓶子（中国風の徳利）」と解いて笑い合ったので、忠守は腹を立てて退出してしまった。",
   "息つぎ": [
    "大覚寺殿〔だいかくじどの〕にて、近習〔きんじゆ〕の人ども、",
    "なぞなぞを作りて解かれけるところへ、",
    "医師忠守(くすしただもり)参りたりけるに、侍従大納言公明卿(きんあきらのきやう)、",
    "「わが朝の者とも見えぬ忠守かな」と、",
    "なぞなぞにせられにけるを、「唐瓶子(からへいじ)」と解きて、",
    "笑ひ合はれければ、腹立ちてまかり出でにけり。"
   ],
   "字数": 122,
   "息数": 6
  },
  {
   "番号": 104,
   "題": "荒れたる宿の人目なきに女のはばかることあるころにて",
   "一言でいうと": "人目を忍ぶ一夜の訪れは、慎ましい住まいと卯月の曙まで忘れがたい記憶になった。",
   "現代語訳": "荒れた、人目につかない家に、ある事情で外に出にくい時期の女が、所在なく閉じこもっていた。ある人が「お見舞いしよう」と思い、夕月の光もおぼろな頃、忍んで訪ねて行った。すると犬が大げさに吠え立てたので、身分の低い女が出てきて「どちらからですか」と尋ねた。その女にすぐ案内させて、中へ入った。女の心細そうな暮らしぶりを見て、「どうやって過ごしているのだろう」と、たいそう気の毒に思った。粗末な板敷きにしばらく立っていると、落ち着いた様子ながら若々しい声で「こちらへ」と言う人がいたので、立てつけが悪く窮屈そうな引き戸から中へ入った。室内の様子は、さほど殺風景ではない。奥ゆかしく、灯火は向こうにほのかに見えるだけだったが、調度のきらめきなども見え、急に焚いたのではない香りが漂い、親しみ深く住みなしていた。「門をしっかり閉めて。雨が降るかもしれない。お車は門の下へ。お供の人はそれぞれそこに」と言うと、「今夜こそ安心して眠れそうだ」とささやき合う声も、忍んではいるが近いのでかすかに聞こえた。さて男が、このところの出来事を細やかにお話しになるうちに、夜更けを告げる鳥が鳴いた。過ぎたことから先のことまで、心を込めて語り合っていると、今度は鳥が明るい声でしきりに鳴いた。「もう夜が明けるのか」と耳を澄ませたが、夜のうちに急いで帰らなければならない場所でもなかったので、少し気を緩めているうち、戸の隙間が白んできた。忘れがたい言葉などを交わして外へ出ると、梢も庭も一面にみずみずしく青くなった、四月頃の曙であった。その優美な美しさを思い出し、姿が大きな桂の木の陰に隠れるまで、今も見送っていらっしゃるという。",
   "息つぎ": [
    "荒れたる宿の人目なきに、",
    "女のはばかることあるころにて、",
    "つれづれとこもり居たるを、ある人、",
    "「とぶらひ給〔たま〕はん」とて、夕月夜(ゆふづくよ)のおぼつかなきほどに、",
    "忍びて尋ねおはしたるに、犬のことことしくとがむれば、",
    "下衆女(げすをんな)の出でて、「いづくよりぞ」といふに、",
    "やがて案内(あない)せさせて、入り給ひぬ。",
    "心細げなるありさま、「いかで過ぐすらん」と、",
    "いと心苦し。",
    "あやしき板敷〔いたじき〕に、しばし立ち給へるを、",
    "もてしづめたるけはひの若やかなるして、",
    "「こなた」といふ人あれば、",
    "たて開け所狭(ところせ)げなる遣戸〔やりど〕よりぞ入り給ひぬる。",
    "内のさまは、いたくすさまじからず。",
    "心にくく、火はあなたにほのかなれど、",
    "もののきらなど見えて、にはかにしもあらぬ匂ひ、",
    "いとなつかしう住みなしたり。",
    "「門よくさしてよ。雨もぞ降る。御車は門の下に。御供の人はそこそこに」と言へば、",
    "「今宵〔こよひ〕ぞ、安き寝(い)は寝(ぬ)べかめる」と、うちささめくも、",
    "忍びたれど、ほどなければ、ほの聞こゆ。",
    "さて、このほどのことども、細やかに聞こえ給ふに、",
    "夜深き鳥も鳴きぬ。",
    "来し方行末かけて、まめやかなる御物語に、この度(たび)は、",
    "鳥も花やかなる声にうちしきれば、",
    "「明けはなるるにや」と聞き給へど、",
    "夜深く急ぐべき所のさまにもあらねば、",
    "少したゆみ給へるに、隙(ひま)白くなれば、",
    "忘れがたきことなど言ひて、立ち出で給ふに、",
    "梢(こずゑ)も庭もめづらしく青みわたりたる、卯月〔うづき〕ばかりの曙(あけぼの)、",
    "艶(えん)にをかしかりしを思し出でて、",
    "桂の木の大きなるが隠るるまで、今も見送り給ふとぞ。"
   ],
   "字数": 603,
   "息数": 31
  },
  {
   "番号": 105,
   "題": "北の屋かげに消え残りたる雪のいたう凍りたるに",
   "一言でいうと": "凍る雪と有明の月の下、人けのない御堂で語り合う男女の姿は、尽きぬ物語を思わせる。",
   "現代語訳": "北側の建物の陰に消え残った雪がひどく凍り、近くに寄せた牛車の轅にも霜がきらきらと光っている。有明の月は澄んでいるが、あたり一面を照らすほどではない。そんな中、人けのない御堂の廊下で、並の身分ではないと見える男が女と長押に腰をかけ、語り合っている。その様子を見ると、いったい何を話しているのだろう、話は尽きそうにないと思われる。男の装いや顔かたちなどもたいそう立派に見え、何とも言えない香りが、さっと漂ってくるのも風情がある。二人の様子や声が途切れ途切れに聞こえるのも、その先を知りたくさせる。",
   "息つぎ": [
    "北の屋かげに消え残りたる雪の、いたう凍りたるに、",
    "さし寄せたる車の轅(ながえ)も、霜いたくきらめきて、",
    "有明〔ありあけ〕の月さやかなれども、くまなくはあらぬに、",
    "人離れなる御堂〔みだう〕の廊(らう)に、なみなみにはあらずと見ゆる男、",
    "女と長押(なげし)に尻かけて、",
    "物語するさまこそ、何事にかあらん、尽きすまじけれ。",
    "かぶし・形など、いとよしと見えて、えもいはぬ匂ひの、",
    "さと香りたるこそをかしけれ。",
    "けはひなど、はつれはつれ聞こえたるもゆかし。"
   ],
   "字数": 191,
   "息数": 9
  },
  {
   "番号": 106,
   "題": "高野の証空上人京へ上りけるに",
   "一言でいうと": "難しい仏教用語で怒鳴っても通じず、高僧は言いすぎたと気づいて逃げてしまった。",
   "現代語訳": "高野山の証空上人が京へ上る途中、細い道で馬に乗った女と行き合った。その馬を引く男が手綱をうまく扱えず、上人の馬を堀へ落としてしまった。上人はひどく腹を立てて責め、「これは何という、とんでもない乱暴だ。仏の四種の弟子はな、比丘（男性の出家者）より比丘尼（女性の出家者）が下であり、比丘尼より優婆塞（男性の在家信者）が下、優婆塞より優婆夷（女性の在家信者）が下なのだ。そのような優婆夷の身でありながら、比丘を堀へ蹴り落とさせるとは、前代未聞の悪行である」と言った。馬を引いていた男が「何をおっしゃっているのか、さっぱりわかりません」と言うと、上人はいっそう息巻き、「何を言うか、この、学びも修行もしていない男め」と荒々しく言った。しかし、自分でも「この上なくひどい暴言を吐いてしまった」と思った様子で、馬を引き返し、逃げてしまった。まことに尊い口論だったというべきだろう。",
   "息つぎ": [
    "高野〔かうや〕の証空上人〔しようくうしやうにん〕、京へ上りけるに、細道にて、",
    "馬に乗りたる女の行き合ひたりけるが、口引きける男、",
    "悪しく引きて、聖の馬を堀へ落してげり。",
    "聖、いと腹悪しくとがめて、",
    "「こは、希有(けう)の狼藉(らうぜき)かな。四部の弟子はよな、",
    "比丘(びく)よりは比丘尼は劣り、比丘尼より優婆塞(うばそく)は劣り、",
    "優婆塞より優婆夷(うばい)は劣れり。",
    "かくのごとくの優婆夷などの身にて、",
    "比丘を堀へ蹴入れさする、",
    "未曾有〔みぞう〕の悪行なり」と言はれければ、",
    "口引きの男、",
    "「いかに仰せらるるやらん。えこそ聞き知らね」と言ふに、",
    "上人、なほ息まきて、",
    "「何といふぞ、非修非学〔ひしゆひがく〕の男」と荒らかに言ひて、",
    "「きはまりなき放言〔はうげん〕しつ」と思ひける気色にて、",
    "馬引き返して、逃げられにけり。",
    "尊かりける諍(いさか)ひなるべし。"
   ],
   "字数": 299,
   "息数": 17
  },
  {
   "番号": 107,
   "題": "女のもの言ひかけたる返事とりあへずよきほどにする男はありがたきものぞとて",
   "一言でいうと": "男は女の目を意識して身を整えるが、女の心に迎合することまでよしとしてはならない。",
   "現代語訳": "「女がふいに話しかけた時、すぐに気の利いた返事のできる男はめったにいない」といって、亀山院の御代、ふざけ好きの女房たちが、若い男が参上するたびに「ほととぎすの声をお聞きになりましたか」と尋ね、試したことがあった。ある大納言は「取るに足りない私などには、聞くことができませんでした」と答えた。堀川内大臣殿は「岩倉で聞いたように思います」とお答えになったので、女房たちは「こちらは難がない。『取るに足りない私』という返事は、くどくて気に入らない」などと評し合った。とにかく男は、女に笑われないように育てるべきだという。「浄土寺前関白殿は、幼い頃に安喜門院がよくお教えになったので、言葉遣いなどがよいのだ」と、ある人がおっしゃったそうだ。山階左大臣殿は、「身分の低い下女が私を見ている時でさえ、たいそう恥ずかしく、自然と気を配ってしまう」とおっしゃった。もし女のいない世の中だったなら、衣服の着こなしも冠のかぶり方もどうでもよくなり、身なりを整える人などいないだろう。「こうして人に恥ずかしいと思わせる女とは、どれほどすばらしいものだろう」と考える一方で、女の性質はみな素直でない。自分への執着が強く、欲も深く、物事の道理を知らない。ただ迷いの方へ心がすぐ移り、言葉は巧みで、差し支えのないことでも尋ねられると言わず、慎み深いのかと思えば、今度はあきれるようなことまで、聞かれもしないのに話し出す。深く考えて取り繕うことは、男の知恵にも勝るかと思われるが、あとでその企みが明るみに出ることには気づかない。素直でなく、愚かなものが女である。その心に従って気に入られようとするのは、嘆かわしいことだ。そうであるなら、どうして女を恥ずかしがる必要があろうか。もし賢い女がいたとしても、それはそれで近寄りがたく、興ざめなものになるだろう。ただ、迷いそのものを主人と見て、それに従う時にこそ、女は優美にも面白くも感じられるのである。",
   "息つぎ": [
    "「女のもの言ひかけたる返事(かへりごと)、とりあへず、",
    "よきほどにする男はありがたきものぞ」とて、",
    "亀山院〔かめやまゐん〕の御時、しれたる女房〔にょうばう〕ども、",
    "若き男たちの参らるるごとに、",
    "「郭公(ほととぎす)や聞き給〔たま〕へる」と問ひて、こころみられけるに、",
    "なにがしの大納言とかやは、",
    "「数ならぬ身は、え聞き候はず」と答へられけり。",
    "堀川内大臣殿〔ほりかはないだいじんどの〕は、",
    "「岩倉〔いはくら〕にて聞きて候ひしやらん」と仰せられたりけるを、",
    "「これは難なし。『数ならぬ身』、むつかし」など、",
    "さだめあはれけり。",
    "すべて、男(をのこ)をば、",
    "女に笑はれぬやうにおほしたつべしとぞ。",
    "「浄土寺前関白殿〔じやうどじのさきのくわんぱくどの〕は、",
    "幼くて安喜門院〔あんきもんゐん〕のよく教へ参らせさせ給ひけるゆゑに、",
    "御言葉などのよきぞ」と、",
    "人の仰せられけるとかや。",
    "山階左大臣殿〔やましなさだいじんどの〕は、",
    "「あやしの下女の見奉るも、いと恥かしく、心づかひせらるる」とこそ仰せられけれ。",
    "女の無き世なりせば、衣文(えもん)も冠(かうぶり)も、いかにもあれ、",
    "ひき繕ろふ人も侍〔はべ〕らじ。",
    "「かく、人に恥ぢらるる女、いかばかりいみじきものぞ」と思ふに、",
    "女の性(しやう)はみなひがめり。",
    "人我(にんが)の相深く、貪欲(とんよく)はなはだしく、物の理(ことわり)を知らず、",
    "ただ迷ひの方に心も早く移り、言葉もたくみに、",
    "苦しからぬことをも問ふ時は言はず、",
    "用意あるかと見れば、また、あさましきことまで、",
    "問はず語りに言ひ出だす。",
    "深くたばかり飾れることは、",
    "男の智恵〔ちゑ〕にも勝りたるかと思へば、そのこと、",
    "あとより現はるるを知らず。",
    "素直ならずして拙きものは女なり。",
    "その心にしたがひて、よく思はれんことは、",
    "心憂かるべし。",
    "されば、何かは女の恥かしからん。",
    "もし、賢女〔けんぢよ〕あらば、それもものうとく、",
    "すさまじかりなん。",
    "ただ迷ひを主(あるじ)として、かれにしたがふ時、やさしくも、",
    "おもしろくも思ゆべきことなり。"
   ],
   "字数": 693,
   "息数": 39
  },
  {
   "番号": 108,
   "題": "寸陰惜しむ人なしこれよく知れるか愚かなるか",
   "一言でいうと": "惜しむべきは長い年月ではなく、今この一瞬をむなしく過ごすことである。",
   "現代語訳": "わずかな時間を惜しむ人はいない。これは時間のことをよくわかっているからなのか、それとも愚かだからなのか。愚かで怠ける人のために言うなら、一銭はわずかな額でも、積み重ねれば貧しい人を富んだ人にする。だから商人が一銭を惜しむ心は切実である。一瞬一瞬は意識できないほど短くても、それが絶えず積み重なれば、命の終わる時はたちまちやって来る。だから仏道を修める人は、遠い先までの日や月を惜しむのではない。ただ今の一念をむなしく過ごすことを惜しむべきだ。もし人が来て、「あなたの命は明日必ず失われる」と知らせたなら、今日が暮れるまでの間、何をあてにし、何をしようとするだろう。私たちが生きている今日という日は、その時と何が違うのか。一日のうち、飲食、排泄、睡眠、会話、歩行など、やむを得ないことで多くの時間を失う。残ったわずかな暇にも、無益なことをし、無益なことを言い、無益なことを考えて時を費やす。そればかりか、日を重ね、月を越して、ついには一生を送ってしまう。まことに愚かである。謝霊運は『法華経』の翻訳を書き取る役を務めたが、心にはいつも世俗の栄達を求める思いがあったため、慧遠は白蓮社の仲間に加えることを許さなかった。この仏道を求める心が少しの間でもなくなれば、死人と同じである。では、何のために時間を惜しむのか。それは、心の内に余計な思いを持たず、外では世間の雑事に関わらず、やめるべき人はやめ、修行する人は修行せよ、というためである。",
   "息つぎ": [
    "寸陰惜〔すんいんを〕しむ人なし。",
    "これよく知れるか、愚かなるか。",
    "愚かにして怠る人のために言はば、一銭軽(かろ)しといへども、",
    "これを重ぬれば、貧しき人を富める人となす。",
    "されば、商人の一銭を惜しむ心、切なり。",
    "刹那覚〔せつなおぼ〕えずといへども、これを運びて止(や)まざれば、",
    "命を終ふる期(ご)、たちまちに至る。",
    "されば、道人(だうにん)は、遠く日月を惜しむべからず。",
    "ただ今の一念、むなしく過ぐることを惜しむべし。",
    "もし、人来たりて、",
    "「わが命、明日は必ず失はるべし」と告げ知らせたらんに、",
    "今日の暮るる間、何ごとをか頼み、何ごとをか営ままん。",
    "われらが生ける今日の日、何ぞその時節に異らん。",
    "一日のうちに、飲食(おんじき)・便利(べんり)・睡眠(すいめん)・言語(ごんご)・行歩(ぎやうぶ)、",
    "やむことを得ずして、多くの時を失ふ。",
    "その余りの暇、いくばくならぬうちに、",
    "無益のことをなし、無益のことを言ひ、",
    "無益のことを思惟(しゆい)して、時を移すのみならず、日を消し、",
    "月をわたりて、一生を送る。",
    "もつとも愚かなり。",
    "謝霊運〔しやれいうん〕は法華〔ほけ〕の筆受〔ひつじゆ〕なりしかども、",
    "心常(こころつね)に風雲〔ふううん〕の思ひを観ぜしかば、恵遠〔ゑをん〕、",
    "白蓮〔びやくれん〕の交はりを許さざりき。",
    "しばらくもこれなき時は死人に同じ。",
    "光陰〔くわういん〕、何のためにか惜しむとならば、内に思慮〔しりよ〕なく、",
    "外に世事〔せじ〕なくして、止(や)まん人は止み、",
    "修せん人は修せよとなり。"
   ],
   "字数": 505,
   "息数": 27
  },
  {
   "番号": 109,
   "題": "高名の木登りといひし男",
   "一言でいうと": "木登り名人は、危ない高所では黙り、あと少しの低さで初めて「気をつけろ」と言った。",
   "現代語訳": "木登りの名人と呼ばれた男が、人に指図して高い木へ登らせ、梢を切らせたことがあった。ひどく危なそうに見える間は何も言わず、その人が降りてきて、軒の高さほどになった時に、「失敗するな。気をつけて降りろ」と声をかけた。そこで私が、「これほどの高さなら、飛び降りても降りられるでしょう。どうして今になってそんなことを言うのですか」と尋ねると、男は「そこなのです。目がくらみ、枝が危ない高さでは、本人が怖がっているので、私は何も言いません。失敗は、たやすい場所まで来てから、必ずするものなのです」と言った。身分の低い者ではあるが、その言葉は聖人の戒めにもかなっている。蹴鞠でも、難しい球を蹴り返したあと、もう大丈夫だと思うと必ず落としてしまうというではないか。",
   "息つぎ": [
    "高名(かうみやう)の木登りといひし男(をのこ)、人をおきてて、",
    "高き木に登(のぼ)せて、梢(こずゑ)を切らせしに、",
    "いと危ふく見えしほどは言ふこともなくて、降るる時に、",
    "軒長(のきたけ)ばかりになりて、",
    "「誤ちすな。心して降りよ」と言葉をかけ侍〔はべ〕りしを、",
    "「かばかりになりては、飛び降るるとも降りなん。",
    "いかにかく言ふぞ」と申し侍りしかば、",
    "「そのことに候ふ。目くるめき、枝危ふきほどは、",
    "おのれが恐れ侍れば申さず。誤ちは、やすき所になりて、",
    "かならず仕(つかまつ)ることに候ふ」と言ふ。",
    "あやしき下臈〔げらふ〕なれども、聖人の戒めにかなへり。",
    "鞠〔まり〕も、かたき所を蹴出だして後、やすく思へば、",
    "かならず落つと侍るやらん。"
   ],
   "字数": 259,
   "息数": 13
  },
  {
   "番号": 110,
   "題": "双六の上手といひし人にその行を問ひ侍りしかば",
   "一言でいうと": "勝とうと急ぐより、負けにつながる手を避け続けるほうが、最後に残る。",
   "現代語訳": "双六の名人と呼ばれた人に、その勝負の方法を尋ねたところ、こう言った。「勝とうと思って打ってはいけない。負けまいと思って打つべきだ。どの手を選べば早く負けてしまうかを考え、その手を使わず、たとえ一目でも負けるのが遅くなる手を選ぶのがよい」。道をよく知る者のこの教えは、自分の身を治め、国を保つ道にも、そのまま当てはまる。",
   "息つぎ": [
    "双六〔すごろく〕の上手といひし人に、その行(てだて)を問ひ侍〔はべ〕りしかば、",
    "「『勝たん』と打つべからず。",
    "『負けじ』と打つべきなり。",
    "『いづれの手か、とく負ぬべき』と案じて、",
    "その手を使はずして、",
    "一目なりとも遅く負くべき手につくべし」と言ふ。",
    "道を知れる教へ、身を治め、国を保たん道も、",
    "またしかなり。"
   ],
   "字数": 133,
   "息数": 8
  },
  {
   "番号": 111,
   "題": "囲碁双六好みて明かし暮らす人は四重五逆にもまされる悪事とぞ思ふ",
   "一言でいうと": "遊びに夢中になって一日を費やすことを、ある僧はこの上ない悪事だと戒めた。",
   "現代語訳": "「囲碁や双六を好み、朝から晩までそればかりして過ごす人は、四重五逆（仏教で最も重い罪）にもまさる悪事をしていると思う」と、ある高僧が言った。その言葉が耳に残り、まことに心にしみて感じられる。",
   "息つぎ": [
    "「囲碁〔ゐご〕・双六好〔すごろくこの〕みて明かし暮らす人は、四重五逆(しぢゆうごぎやく)にもまされる悪事とぞ思ふ」と、",
    "ある聖(ひじり)の申ししこと、耳にとどまりて、",
    "いみじく思え侍〔はべ〕る。"
   ],
   "字数": 64,
   "息数": 3
  },
  {
   "番号": 112,
   "題": "明日は遠国へ赴くべしと聞かん人に",
   "一言でいうと": "人生の残りが少ないと知ったなら、世間の義理を捨て、なすべきことに心を向けるべきだ。",
   "現代語訳": "明日は遠い国へ旅立つとわかっている人に、心静かにしなければならない仕事を、誰が頼むだろうか。急な大事に取り組み、切実に嘆くことのある人は、ほかのことを聞き入れず、人の悲しみや喜びにもかまわない。だからといって、「なぜ気にかけてくれないのか」と恨む人もいない。それなら、年も次第に老い、病にも悩まされ、まして世を捨てた人も、これと同じであるべきだ。世間の儀礼で、どうしても捨てられないものなどあるだろうか。世間の、黙って済ませられないしきたりに従い、どれも欠かせないものと思えば、望みは増え、身は苦しく、心の暇もなくなり、一生はこまごまとした雑事に妨げられて、むなしく暮れてしまう。日は暮れかかっているのに、道はまだ遠い。私の人生は、すでに多くをむなしく過ごしてしまった。あらゆる縁を捨て去るべき時である。約束も守るまい。礼儀も気にするまい。この心を理解できない人は、私を狂人とでも言えばよい。正気でない、情け知らずだと思えばよい。そしられても気にせず、ほめられても耳を貸すまい。",
   "息つぎ": [
    "明日は遠国〔をんごく〕へ赴〔おもむ〕くべしと聞かん人に、",
    "心閑(しづ)かになすべからんわざをば、人言ひかけてんや。",
    "にはかの大事をも営み、切(せち)に歎くこともある人は、",
    "他のことを聞き入れず、人の愁〔うれ〕へ喜びをも問はず。",
    "問はずとて、「などや」と恨むる人もなし。",
    "さらば、年もやうやうたけ、病(やまひ)にもまつはれ、いはんや、",
    "世をも遁れたらん人、またこれに同じかるべし。",
    "人間の儀式〔ぎしき〕、いづれのことか、去りがたからぬ。",
    "世俗の黙(もだ)しがたきにしたがひて、これを必ずとせば、",
    "願ひも多く、身も苦しく、心の暇(いとま)もなく、",
    "一生は雑事〔ざふじ〕の小節〔せうせつ〕に障(さ)へられて、むなしく暮れなん。",
    "日暮れ塗(みち)遠し。",
    "わが生、すでに蹉跎(さだ)たり。",
    "諸縁を放下(はうげ)すべき時なり。",
    "信をも守らじ。",
    "礼儀をも思はじ。",
    "この心をも得ざらん人は、物狂ひとも言へ。",
    "うつつなし、情なしとも思へ。",
    "毀(そし)るとも苦しまじ。",
    "誉(ほ)むとも聞き入れじ。"
   ],
   "字数": 347,
   "息数": 20
  },
  {
   "番号": 113,
   "題": "四十にも余りぬる人の色めきたる方",
   "一言でいうと": "年齢や身のほどに合わない振る舞いを得意げに見せるのは、見苦しい。",
   "現代語訳": "四十歳を過ぎた人が色恋に心を動かすのは、自然に起こることとして人知れずしているなら仕方がない。だが、口に出して男女のことや他人の恋愛を面白おかしく話すのは、年齢に似つかわしくなく、見苦しい。ほかにも、たいてい聞き苦しく見苦しいのは、老人が若者に交じり、面白い人だと思われようとしてしゃべり続けること、取るに足りない身分なのに、世間で評判の高い人を親しい間柄であるかのように語ること、貧しい家なのに宴会を好み、「客をもてなそう」と華やかに振る舞うことである。",
   "息つぎ": [
    "四十〔よそぢ〕にも余りぬる人の、色めきたる方、",
    "おのづから忍びてあらんはいかがはせん、",
    "言(こと)にうち出でて、男女のこと、",
    "人の上をも言ひたはぶるこそ、にげなく、見苦しけれ。",
    "おほかた、聞きにくく見苦しきこと、",
    "老人の若き人に交はりて、興あらんともの言ひゐたる。",
    "数ならぬ身にて、世のおぼえある人を、",
    "隔てなきさまに言ひたる。",
    "貧しき所に酒宴好〔しゆえんこの〕み、「客人に饗応〔きやうおう〕せん」と、",
    "きらめきたる。"
   ],
   "字数": 177,
   "息数": 10
  },
  {
   "番号": 114,
   "題": "今出川の大臣殿嵯峨へおはしけるに",
   "一言でいうと": "その道の熟練者を、事情も知らない者が軽々しく責めてはならない。",
   "現代語訳": "今出川の大臣殿が嵯峨へお出かけになった時、有栖川のあたりで水の流れる場所に差しかかった。そこで賽王丸が牛を追ったため、牛の足がはねた水が牛車の前板までさっとかかった。車の後ろに控えていた為則が、「とんでもない童だ。こんな所で牛を追う者があるか」と言ったところ、大臣殿は機嫌を悪くなさり、「おまえは、車を進めることについて賽王丸よりよく知っているわけではあるまい。とんでもない男だ」と言って、為則の頭を牛車に打ちつけなさった。この名高い賽王丸は、太秦殿に仕え、公用の牛を扱う牛飼いであった。なお、この太秦殿に仕えていた女房たちには、一人に「ひささち」、一人に「ことつち」、一人に「はふはら」、もう一人に「をとうし」という名が付けられていた。",
   "息つぎ": [
    "今出川〔いまでがは〕の大臣殿(おほいどの)、嵯峨〔さが〕へおはしけるに、",
    "有栖川〔ありすがは〕のわたりに、水の流れたる所にて、賽王丸(さいわうまる)、",
    "御牛を追ひたりければ、あがきの水、前板まで、",
    "ささとかかりけるを、為則〔ためのり〕、御車のしりに候ひけるが、",
    "「希有の童(わらは)かな。かかる所にて、御牛をば追ふものか」と言ひたりければ、",
    "大臣殿、御気色悪しくなりて、",
    "「おのれ、車やらん事、賽王丸にまさりてえ知らじ。希有の男なり」とて、",
    "御車に頭を打ち当てられにけり。",
    "この高名の賽王丸は、太秦殿〔うづまさどの〕の男、料の御牛飼ぞかし。",
    "この太秦殿に侍〔はべ〕りける女房〔にょうばう〕の名ども、",
    "一人は「ひささち」、一人は「ことつち」、",
    "一人は「はふはら」。",
    "一人は「をとうし」と付けられけり。"
   ],
   "字数": 277,
   "息数": 13
  },
  {
   "番号": 115,
   "題": "宿河原といふ所にてぼろぼろ多く集まりて九品の念仏を申しけるに",
   "一言でいうと": "世を捨てた者同士が執念で刺し違えたが、死を恐れぬ潔さだけは心に残った。",
   "現代語訳": "宿河原という所で、ぼろぼろと呼ばれる放浪の僧たちが大勢集まり、九品の念仏を唱えていた。そこへ外から来た一人のぼろぼろが、「この中に、いろおし房という方はいらっしゃいますか」と尋ねた。中から「いろおしならここにいる。そうおっしゃるあなたは誰ですか」と答えると、その男は「しら梵字という者です。私の師であった某という人が東国で、いろおしというぼろに殺されたと聞きましたので、その人にお会いして恨みを申し上げたいと思い、訪ねてきたのです」と言った。いろおしは、「よくぞ訪ねてこられた。確かにそのようなことがあった。ここでお相手すれば道場を汚すことになるので、前の河原で会おう。くれぐれも皆さん、どちらにも味方をしないでください。大勢を巻き込む争いになれば、仏事の妨げになる」と取り決めた。そして二人は河原へ出て向かい合い、思う存分に互いを刀で刺し貫き、二人とも死んだ。ぼろぼろという者は、昔はいなかったのだろうか。近頃、「ぼろんじ」「梵字」「漢字」などと呼ばれた者たちが、その始まりだったという。世を捨てたように見えて我執が深く、仏道を願うように見えて争いを事としている。勝手気ままで恥を知らぬ生き方ではあるが、死を軽く見て少しも執着しないところは潔いと思われ、人が語ったとおりに書きつけたのである。",
   "息つぎ": [
    "宿河原〔しゆくがはら〕といふ所にて、ぼろぼろ多く集まりて、",
    "九品〔くほん〕の念仏を申しけるに、外(ほか)より入り来たるぼろぼろの、",
    "「もし、この御中に、いろおし房と申すぼろやおはします」と尋ねければ、",
    "その中より、",
    "「いろをし、ここに候ふ。かくのたまふは誰」と答ふれば、",
    "「しら梵字と申す者なり。おのれが師、",
    "なにがしと申しし人、東国〔とうごく〕にて、",
    "いろをしと申すぼろに殺されけりと承りしかば、",
    "『その人に会ひ奉りて、恨み申さばや』と思ひて、",
    "尋ね申すなりといふ。",
    "いろをし、",
    "「ゆゆしくも尋ねおはしたり。さること侍〔はべ〕りき。",
    "ここにて対面し奉らば、道場〔だうぢやう〕をけがし侍るべし。",
    "前の河原へ参り合はん。あなかしこ、脇さしたち、",
    "いづかたをもみつぎ給〔たま〕ふな。あまたのわづらひにならば、",
    "仏事の妨げに侍るべし」と言ひ定めて、",
    "二人、河原へ出で合ひて、心行くばかりに貫き合ひて、",
    "ともに死ににけり。",
    "ぼろぼろといふ者、昔はなかりけるにや。",
    "近き世に、「ぼろんじ」、「梵字」、",
    "「漢字」などいひける者、その始めなりけるとかや。",
    "世を捨てたるに似て、我執深〔がしふふか〕く、仏道〔ぶつだう〕を願ふに似て、",
    "闘諍(とうじやう)をこととす。",
    "放逸無慙(はういつむざん)のありさまなれども、死を軽くして、",
    "少しもなづまざるかたの、いさぎよく思えて、",
    "人の語りしままに書き付け侍るなり。"
   ],
   "字数": 506,
   "息数": 26
  },
  {
   "番号": 116,
   "題": "寺院の号さらぬよろづの物にも名を付くること昔の人は少しも求めず",
   "一言でいうと": "奇抜な名前や珍説で才気を見せたがるのは、かえって浅さを表してしまう。",
   "現代語訳": "寺院の名をはじめ、あらゆる物に名を付ける時、昔の人は少しも凝ったりせず、ありのままに、わかりやすい名を付けたものである。近頃の名は、深く考え抜いて、才気を示そうとしているように聞こえる。実にわずらわしい。人の名にも、見慣れない漢字を付けようとするのは、何の役にも立たない。何事につけても珍しいものを求め、変わった説を好むのは、学の浅い人が必ずすることだという。",
   "息つぎ": [
    "寺院〔じゐん〕の号、さらぬよろづの物にも、名を付くること、",
    "昔の人は、少しも求めず、ただありのままに、",
    "やすく付けけるなり。",
    "このごろは、深く案じ、",
    "才覚〔さいかく〕をあらはさんとしたるやうに聞こゆる。",
    "いとむつかし。",
    "人の名も、目慣れぬ文字を付かんとする、",
    "益なきことなり。",
    "何事も、めづらしきことを求め、異説〔いせつ〕を好むは、",
    "浅才〔せんさい〕の人の必ずあることなりとぞ。"
   ],
   "字数": 160,
   "息数": 10
  },
  {
   "番号": 117,
   "題": "友とするに悪き者七つあり",
   "一言でいうと": "友を選ぶなら、欲や虚勢の強い人を避け、助けや知恵を与えてくれる人を選ぶ。",
   "現代語訳": "友にするのに悪い者は七種類ある。一つ目は、身分が高く高貴な人。二つ目は、若い人。三つ目は、病気をせず体の丈夫な人。四つ目は、酒を好む人。五つ目は、気が強く血気盛んな武士。六つ目は、うそをつく人。七つ目は、欲深い人である。よい友は三種類ある。一つ目は、物をくれる友。二つ目は、医師。三つ目は、知恵のある友である。",
   "息つぎ": [
    "友とするに悪き者、七つあり。",
    "一つには高くやんごとなき人。",
    "二つには若き人。",
    "三つには病なく身強き人。",
    "四つには酒を好む人。",
    "五には武(たけ)く勇める兵(つはもの)。",
    "六つには虚言(そらごと)する人。",
    "七つには欲深き人。",
    "良き友、三つあり。",
    "一つには物くるる友。",
    "二には医師(くすし)。",
    "三つには智恵〔ちゑ〕ある友。"
   ],
   "字数": 123,
   "息数": 12
  },
  {
   "番号": 118,
   "題": "鯉の羹食ひたる日は鬢そそけずとなん",
   "一言でいうと": "高貴な食材にも、宮中での扱い方には守るべき品位と作法がある。",
   "現代語訳": "鯉の吸い物を食べた日は、髪の生え際がほつれないという。鯉は膠の材料にもなる魚だから、粘りがあるのだろう。魚の中で鯉だけは、天皇の御前でも料理人が切ることを許されているので、高貴な魚である。鳥では雉が比べるもののないほどすぐれている。雉や松茸などなら、御湯殿（天皇の食事を整える所）の上に掛けてあっても差し支えない。そのほかの物では不都合である。中宮のお住まいの御湯殿の上にある黒御棚に、雁が丸ごと置いてあるのを北山入道殿がご覧になった。お帰りになると、すぐ手紙で、「このような物が、そのままの姿で御棚に置かれていたのは見たことがなく、見苦しいことです。しっかりした人がそばに仕えていないからでしょう」などと申し上げられた。",
   "息つぎ": [
    "鯉の羹(あつもの)食ひたる日は、鬢(びん)そそけずとなん。",
    "膠(にかは)にも作るものなれば粘りたるものにこそ。",
    "鯉ばかりこそ、御前にても切らるるものなれば、",
    "やんごとなき魚なり。",
    "鳥には雉(きじ)、双(さう)なきものなり。",
    "雉・松茸〔まつたけ〕などは、御湯殿(みゆどの)の上にかかりたるも苦しからず。",
    "その外(ほか)は心憂きことなり。",
    "中宮〔ちゆうぐう〕の御方の御湯殿の上の黒御棚(くろみだな)に、",
    "雁〔かり〕の見えつるを、北山入道殿〔きたやまにふだうどの〕の御覧じて、",
    "帰らせ給〔たま〕ひて、やがて御文にて、",
    "「かやうの物、",
    "さながらその姿にて御棚にゐて候ひしこと、見ならはず、",
    "さま悪しきことなり。",
    "はかばかしき人のさぶらはぬゆゑにこそ」など、",
    "申されたりけり。"
   ],
   "字数": 252,
   "息数": 15
  },
  {
   "番号": 119,
   "題": "鎌倉の海に鰹といふ魚はかの境には双なきものにて",
   "一言でいうと": "今では珍重される鰹も、昔は身分ある人に出せない下等な魚だった。",
   "現代語訳": "鎌倉の海で獲れる鰹という魚は、あの土地では並ぶもののない名物として、近頃はもてはやされている。けれども鎌倉の老人が話したところでは、「この魚は、私たちが若かった頃までは、きちんとした身分の人の前に出すことなどありませんでした。頭は召使いさえ食べず、切り捨てていたものです」とのことだった。このような物まで、末の世になると、上流の人々のところへ入り込むものなのである。",
   "息つぎ": [
    "鎌倉〔かまくら〕の海に、鰹(かつを)といふ魚は、かの境(さかひ)には、",
    "双(さう)なきものにて、このごろもてなすものなり。",
    "それも、鎌倉の年寄りの申し侍〔はべ〕りしは、",
    "「この魚、おのれら若かりし世までは、",
    "はかばかしき人の前へ出づること侍らざりき。",
    "頭(かしら)は下部(しもべ)も食はず。切り捨て侍りしものなり」と申しき。",
    "かやうのものも、世の末になれば、",
    "上(かみ)ざままでも入りたつわざにこそ侍れ。"
   ],
   "字数": 159,
   "息数": 8
  },
  {
   "番号": 120,
   "題": "唐の物は薬のほかは無くともこと欠くまじ",
   "一言でいうと": "遠い国の珍品をありがたがり、危険を冒して不要な物まで運ぶのは愚かである。",
   "現代語訳": "中国から来る品物は、薬以外なら、なくても困らないだろう。書物はすでにこの国に多く広まっているので、必要なら書き写せばよい。中国へ渡る船が、たやすくはない航路を通り、役に立たない品ばかりを積み込んで、場所もないほど持ち帰ってくるのは、実に愚かである。「遠方の物を宝としてはいけない」とも、「手に入りにくい財宝を尊んではいけない」とも、書物にあるという。",
   "息つぎ": [
    "唐(から)の物は、薬のほかは無くともこと欠くまじ。",
    "書(ふみ)どもは、この国に多く広まりぬれば、書きも写してん。",
    "もろこし舟の、たやすからぬ道に、",
    "無用の物どものみ取り積みて、所狭(せ)く渡し持て来る、",
    "いと愚かなり。",
    "「遠き物を宝とせず」とも、",
    "また「得がたき貨(たから)を貴まず」ともと、文にも侍〔はべ〕るとかや。"
   ],
   "字数": 135,
   "息数": 7
  },
  {
   "番号": 121,
   "題": "養ひ飼ふものは馬牛",
   "一言でいうと": "人の目を楽しませるために生き物の自由を奪うのは、残酷な心である。",
   "現代語訳": "飼ってよいものは馬と牛である。つないで苦しめるのは気の毒だが、なくては暮らしが成り立たないので、仕方がない。犬は家を守り、危険を防ぐ働きが人にもまさるので、必ずいるべきだ。ただし、どの家にもいるものだから、わざわざ探し求めて飼わなくてもよいだろう。そのほかの鳥や獣は、すべて役に立たない。地を走る獣は檻に閉じ込められ、鎖につながれ、空を飛ぶ鳥は翼を切られて籠に入れられ、雲を恋しがり、野山を思って悲しむことが絶えない。その苦しみを自分の身に置き換えて、もし耐えられないと思うなら、心ある人がどうしてこれを楽しめるだろう。生き物を苦しめて自分の目を喜ばせるのは、暴君の桀や紂と同じ心である。王子猷が鳥を愛したのは、鳥が林で楽しむ姿を見て、そぞろ歩きの友としたからであり、捕らえて苦しめたのではない。「そもそも、珍しい鳥や怪しい獣を国の中で飼育しない」と、書物にもあるそうだ。",
   "息つぎ": [
    "養ひ飼ふものは、馬・牛。",
    "つなぎ苦しむるこそ痛ましけれど、",
    "なくてかなはぬものなれば、いかがはせん。",
    "犬は守り防ぐつとめ、人にもまさりたれば、",
    "必ずあるべし。",
    "されど、家ごとにあるものなれば、",
    "ことさらに求め飼はずともありなん。",
    "そのほかの鳥獣〔てうじう〕、すべて用なきものなり。",
    "走る獣(けだもの)は檻〔をり〕に籠〔こ〕め、鎖〔くさり〕をさされ、飛ぶ鳥は翅(つばさ)を切り、",
    "籠(こ)に入れられて、雲を恋ひ、野山を思ふ愁〔うれ〕へ、",
    "やむときなし。",
    "その思ひ、わが身にあたりて忍びがたくは、心あらん人、",
    "これを楽しまんや。",
    "生を苦しめて、目を喜ばしむるは、桀(けつ)・紂(ちう)が心なり。",
    "王子猷〔わうしいう〕が鳥を愛せし、林に楽しぶを見て、",
    "逍遥〔せうえう〕の友としき。",
    "捕へ苦しめたるにあらず。",
    "「およそ、珍しき禽(とり)、あやしき獣、国に育(やしな)はず」とこそ、文にも侍〔はべ〕るなれ。"
   ],
   "字数": 316,
   "息数": 18
  },
  {
   "番号": 122,
   "題": "人の才能は文あきらかにして聖の教へを知れるを第一とす",
   "一言でいうと": "華やかな芸より、学問・医術・武芸・食・細工のように実際に役立つ力を身につけるべきだ。",
   "現代語訳": "人の才能として第一なのは、書物に明るく、聖人の教えを知っていることである。次には文字を書くことを学ぶべきだ。それを本職にするつもりがなくても、学問に役立つから習うのがよい。次には医術を学ぶべきである。自分の身を養い、人を助け、主君への忠義や親への孝行を果たすにも、医術がなくては成り立たない。次に弓を射ることと馬に乗ることは、六芸（君子が身につけるべき六種の技芸）にも含まれている。必ず心得ておくべきだ。学問、武芸、医術の道は、まことに一つも欠かせない。これらを学ぶ人を、世の役に立たない者と言ってはならない。次に、食は人の命を支えるものである。味をよく整えることを知る人は、大きな徳を持つと考えるべきだ。その次は細工である。さまざまな場面で必要になる。このほかのことまで数多く身につけるのは、君子が恥じるところである。詩歌に巧みで、音楽にすぐれていることは、奥深い風雅の道であり、君主も臣下も重んじるものだが、今の世では、それによって世を治めようとするのは、次第に愚かなことのようになっている。金は鉄より貴重だが、役に立つことの多さでは鉄に及ばないのと同じである。",
   "息つぎ": [
    "人の才能〔さいのう〕は、文あきらかにして、",
    "聖の教へを知れるを第一とす。",
    "次には手書くこと、むねとすることはなくとも、",
    "これを習ふべし。",
    "学問に便あらんためなり。",
    "次に医術〔いじゅつ〕を習ふべし。",
    "身を養ひ、人を助け、忠孝〔ちゅうかう〕のつとめも、",
    "医にあらずはあるべからず。",
    "次に弓射(ゆみい)、馬に乗ること、六芸〔りくげい〕に出だせり。",
    "必ずこれをうかがふべし。",
    "文・武・医の道、まことに欠けてはあるべからず。",
    "これを学ばんをば、いたづらなる人と言ふべからず。",
    "次に食は人の命なり。",
    "よく味を調(ととの)へ知れる人、大きなる徳とすべし。",
    "次に、細工。",
    "よろづの要多し。",
    "このほかのことども、多能〔たのう〕は君子〔くんし〕の恥づるところなり。",
    "詩歌に巧みに、糸竹〔しちく〕に妙なるは、幽玄〔いうげん〕の道、",
    "君臣〔くんしん〕これを重くすといへども、今の世には、",
    "これをもちて世を治むること、",
    "やうやく愚かなるに似たり。",
    "金(こがね)はすぐれたれども、鉄(くろがね)の益(やく)多きにしかざるがごとし。"
   ],
   "字数": 362,
   "息数": 22
  },
  {
   "番号": 123,
   "題": "無益のことをなして時を移すを愚かなる人とも僻事する人とも言ふべし",
   "一言でいうと": "食・衣・住・医療が足りれば人は富んでいる。それ以上を求め続けるのはおごりである。",
   "現代語訳": "役に立たないことをして時間を費やす人は、愚かな人とも、道に外れたことをする人ともいうべきだ。国のため、主君のために、やむを得ずしなければならないことは多い。そのため、残る暇はいくらもない。考えてみれば、人が生きるうえで、どうしても営まなければならないものは、第一に食べ物、第二に着る物、第三に住む所である。人間にとっての大事は、この三つを超えない。飢えず、寒さに苦しまず、風雨にさらされることなく、静かに暮らすのを楽しみとする。ただし、人は誰でも病気になる。病に侵されると、その苦しみは耐えがたい。だから医療を忘れてはならない。この三つに薬を加えた四つを手に入れられないことを、貧しいという。この四つが欠けていないことを、富んでいるという。この四つのほかまで求め、手に入れようとするのを、おごりという。四つのことをつつましく整えるなら、いったい誰が足りないと感じるだろうか。",
   "息つぎ": [
    "無益〔むやく〕のことをなして時を移すを、愚かなる人とも、",
    "僻事(ひがごと)する人とも言ふべし。",
    "国のため、君のために、止(や)むことを得ずして、",
    "なすべきこと多し。",
    "その余りの暇(いとま)、いくばくならず。",
    "思ふべし、人の身に止むことを得ずして営〔いとな〕む所、",
    "第一に食ふ物、第二に着る物、第三に居る所なり。",
    "人間の大事、この三つには過ぎず。",
    "飢ゑず、寒からず、風雨〔ふうう〕に侵〔をか〕されずして、",
    "閑(しづ)かに過ぐすを楽とす。",
    "ただし、人、みな病あり。",
    "病に冒されぬれば、その愁〔うれ〕へ忍びがたし。",
    "医療〔いれう〕を忘るべからず。",
    "薬を加へて、四つのこと求め得ざるを貧しとす。",
    "この四つ、欠けざるを富めりとす。",
    "この四つのほかを求め営むを驕(おご)りとす。",
    "四つのこと倹約〔けんやく〕ならば、誰(たれ)の人か足らずとせん。"
   ],
   "字数": 292,
   "息数": 17
  },
  {
   "番号": 124,
   "題": "是法法師は浄土宗に恥ぢずといへども",
   "一言でいうと": "学者ぶらず、ただ念仏を唱えて穏やかに暮らす姿こそ、理想的である。",
   "現代語訳": "是法法師は、浄土宗の僧として恥ずかしくない学識を持っていたが、学者として人の上に立とうとはせず、ただ朝から晩まで念仏を唱え、心安らかに世を過ごしていた。そのありさまは、まことに理想的である。",
   "息つぎ": [
    "是法法師〔ぜほふほふし〕は、浄土宗〔じやうどしゅう〕に恥ぢずといへども、学匠〔がくしやう〕を立てず、",
    "ただ明け暮れ念仏〔ねんぶつ〕して、やすらかに世を過ぐすありさま、",
    "いとあらまほし。"
   ],
   "字数": 60,
   "息数": 3
  },
  {
   "番号": 125,
   "題": "人におくれて四十九日の仏事にある聖を請じ侍りしに",
   "一言でいうと": "感動的な説法も、妙な顔の評判ひとつで台無しになる。",
   "現代語訳": "ある人に先立たれ、その四十九日の法要に、ある高僧を招いたところ、説法が実にすばらしく、皆が涙を流した。僧が帰ったあと、説法を聞いた人々が「いつにも増して、今日は特にありがたく感じました」と口々に感想を述べていると、ある者が「何といっても、あれほど唐の犬に似ていらっしゃるのですから」と言ったので、感動もさめてしまい、おかしかった。そんな僧の褒め方があるものか。またその者は、「人に酒を勧めようとして、自分がまず飲み、それから相手に無理強いするのは、剣で人を斬ろうとするようなものだ。剣は両側に刃がついているので、持ち上げるとまず自分の首を斬ってしまい、人を斬ることができない。自分が先に酔って寝てしまえば、相手はまさかお飲みにならないだろう」とも言った。本当に剣で斬って試したことでもあったのだろうか。実におかしかった。",
   "息つぎ": [
    "人におくれて、四十九日〔しじふくにち〕の仏事〔ぶつじ〕に、",
    "ある聖を請〔しやう〕じ侍〔はべ〕りしに、説法〔せつぽふ〕いみじくして、みな人、",
    "涙〔なみだ〕を流しけり。",
    "導師帰〔だうしかへ〕りて後、聴聞(ちやうもん)の人ども、",
    "「いつよりも、ことに今日は尊く思え侍りつる」と感じあへりし返りごとに、",
    "ある者のいはく、",
    "「何とも候へ、あれほど唐(から)の狗(いぬ)に似候ひなんうへは」と言ひたりしに、",
    "あはれもさめてをかしかりけり。",
    "さる導師〔だうし〕の讃〔ほ〕めやうやはあるべき。",
    "また、",
    "「人に酒勧〔さけすす〕むるとて、おのれまづたべて、",
    "人にしひ奉〔たてまつ〕らんとするは、",
    "剣〔つるぎ〕にて人を斬〔き〕らんとするに似たることなり。",
    "二方(ふたかた)に刃付〔はつ〕きたるものなれば、持たぐる時、",
    "まづわが頸〔くび〕を斬るゆゑに、人をばえ斬らぬなり。",
    "おのれまづ酔(ゑ)ひて臥〔ふ〕しなば、人はよも召さじ」と申しき。",
    "剣にて斬り試みたりけるにや。",
    "いとをかしかりき。"
   ],
   "字数": 313,
   "息数": 18
  },
  {
   "番号": 126,
   "題": "博奕の負け極まりて残りなく打ち入れんとせんにあひては打つべからず",
   "一言でいうと": "負けが極まった相手とは勝負するな。相手が盛り返す時機を見抜くのが勝負上手だ。",
   "現代語訳": "ある者がこう言った。「賭け事で負けが極まり、残ったものをすべて賭けようとする相手とは、勝負をしてはいけない。流れが逆転して、その相手が続けて勝つ時が来たのだと知るべきだ。その時機を見抜く者を、勝負上手というのである」",
   "息つぎ": [
    "「博奕(ばくち)の負〔ま〕け極〔きは〕まりて、",
    "残りなく打ち入れんとせんにあひては、打つべからず。",
    "たち返り、続きて勝つべき時の至〔いた〕れると知るべし。",
    "その時を知るを、良き博奕といふなり」と、",
    "ある者申しき。"
   ],
   "字数": 86,
   "息数": 5
  },
  {
   "番号": 127,
   "題": "改めて益なきことは改めぬをよしとするなり",
   "一言でいうと": "変えても得にならないことは、変えないほうがよい。",
   "現代語訳": "改めたところで何の利益もないことは、改めずにおくのがよい。",
   "息つぎ": [
    "改めて益(やく)なきことは、改めぬをよしとするなり。"
   ],
   "字数": 22,
   "息数": 1
  },
  {
   "番号": 128,
   "題": "雅房大納言は才かしこくよき人にて",
   "一言でいうと": "生き物を苦しめて楽しむ者に、慈悲ある人間の心はない。",
   "現代語訳": "雅房大納言は才知に優れた立派な人で、院が「大将にも任じたい」とお考えになっていたころ、院の側近が「たった今、とんでもないものを見ました」と申し上げた。院が「何事だ」とお尋ねになると、「雅房卿が鷹の餌にしようと、生きた犬の足を切るところを、中垣の穴から見ました」と答えた。院は雅房を疎ましく憎くお思いになり、それまでとはご機嫌も変わって、昇進もおさせにならなかった。それほどの人物が鷹を飼っていたというのも意外だが、犬の足を切ったという話は根も葉もないことである。嘘を言われた雅房は気の毒だが、そのような話を聞いて雅房を憎まれた院のお心は、実に尊い。そもそも、生き物を殺し、傷つけ、戦わせて遊び楽しむ人は、畜生をむごく扱う者の仲間である。あらゆる鳥や獣、ほんの小さな虫まで、心を留めてその様子を見れば、子を思い、親を慕い、つがいで連れ添い、嫉妬し、怒り、欲を持ち、自分の身を愛し、命を惜しんでいる。それはひたすら愚かであるために、人間以上に激しい。その生き物に苦しみを与え、命を奪うことを、どうして痛ましく思わずにいられよう。すべての命あるものを見ても慈悲の心を持たない者は、人間ではない。",
   "息つぎ": [
    "雅房大納言〔まさふさだいなごん〕は、才かしこく、よき人にて、",
    "「大将にもなさばや」と思しけるころ、院の近習(きんじゆ)なる人、",
    "「ただ今、あさましきことを見侍りつ」と申されければ、",
    "「何事ぞ」と問はせ給〔たま〕ひけるに、",
    "「雅房卿〔まさふさきやう〕、鷹〔たか〕に飼はんとて、",
    "生きたる犬の足を切り侍〔はべ〕りつるを、",
    "中垣の穴より見侍りつ」と申されけるに、",
    "うとましく憎く思し召して、日ごろの御気色(みけしき)もたがひ、",
    "昇進〔しようしん〕もし給はざりけり。",
    "さばかりの人、鷹を持たれたりけるは思はずなれど、",
    "犬の足はあとなきことなり。",
    "虚言(そらごと)は不便(ふびん)なれども、かかることを聞かせ給ひて、",
    "憎ませ給ひける君の御心〔みこころ〕は、いと尊きことなり。",
    "おほかた、生ける物を殺し、いため、",
    "戦はしめて遊び楽しまん人は、畜生残害(ちくしやうざんがい)のたぐひなり。",
    "よろづの鳥獣〔てうじう〕、小さき虫までも、",
    "心をとめてありさまを見るに、子を思ひ、",
    "親をなつかしくし、夫婦をともなひ、妬〔ねた〕み、怒り、",
    "欲多く、身を愛し、命を惜しめること、",
    "ひとへに愚痴なるゆゑに、人よりもまさりてはなはだし。",
    "かれに苦しみを与へ、命を奪〔うば〕はんこと、",
    "いかでかいたましからざらん。",
    "すべて一切の有情(うじやう)を見て、慈悲〔じひ〕の心なからんは、",
    "人倫〔じんりん〕にあらず。"
   ],
   "字数": 461,
   "息数": 24
  },
  {
   "番号": 129,
   "題": "顔回は志人に労をほどこさじとなり",
   "一言でいうと": "人の心を傷つけることは、身体を傷つける以上に深刻である。",
   "現代語訳": "顔回の願いは、人に苦労をかけまいということだった。どんな場合でも人を苦しめ、物を虐げてはならず、身分の低い民の望みさえ奪ってはならない。また、幼い子をだまし、脅し、恥ずかしいことを言って面白がることがある。大人は本当のことではないから何でもないと思うが、幼い心には身にしみて恐ろしく、恥ずかしく、情けない思いが、本当に切実であるに違いない。子どもを悩ませて面白がるのは、慈悲の心ではない。大人の喜びや怒り、悲しみや楽しみも、すべて実体のない迷いではあるが、誰がそれを現実のものと思わずにいられるだろうか。身体を傷つけるよりも心を痛めるほうが、人を損なうことはいっそう甚だしい。病気になるのも、多くは心から起こり、外から来る病は少ない。薬を飲んで汗を出そうとしても効かないことがあるのに、ひとたび恥ずかしい思いや恐ろしい思いをすれば必ず汗を流す。それが心の働きだと知るべきである。高楼「凌雲台」の額を書いた緊張のため、髪が白くなった人の例もないわけではない。",
   "息つぎ": [
    "顔回〔がんくわい〕は、志、人に労〔らう〕をほどこさじとなり。",
    "すべて人を苦しめ、物を虐(しへた)ぐること、賤〔いや〕しき民の志をも、",
    "奪〔うば〕ふべからず。",
    "また、いときなき子を、すかし脅〔おど〕し、言ひ恥づかしめて。",
    "興〔きよう〕ずる事あり。",
    "おとなしき人は、まことならねば、",
    "ことにもあらず思へど、幼き心には、",
    "身にしみて恐ろしく、恥づかしく、あさましき思ひ、",
    "まことに切(せち)なるべし。",
    "これを悩まして興ずること、慈悲〔じひ〕の心にあらず。",
    "おとなしき人の、喜び、怒り、悲しび、楽しぶも、",
    "みな虚妄なれども、誰か実有(じつう)の相に着(ぢやく)せざる。",
    "身をやぶるよりも、心をいたましむるは、",
    "人をそこなふこと、なほはなはだし。",
    "病を受くることも、多くは心より受く。",
    "外(ほか)より来たる病は少なし。",
    "薬を飲みて、汗を求むるには、しるしなきことあれども、",
    "一旦恥〔いつたんは〕ぢ恐るることあれば、必ず汗を流すは、",
    "心のしわざなりといふことを知るべし。",
    "凌雲〔りよううん〕の額を書きて、白頭(はくとう)の人となりし例(ためし)、なきにあらず。"
   ],
   "字数": 378,
   "息数": 20
  },
  {
   "番号": 130,
   "題": "物に争はずおのれを枉げて人に従ひわが身を後にして人を先にするにはしかず",
   "一言でいうと": "争わず、自分を抑えて人を先にすることに勝るふるまいはない。",
   "現代語訳": "何事にも争わず、自分を抑えて人に従い、自分を後にして人を先にするのが何よりよい。どんな遊びでも勝ち負けを好む人は、勝って楽しみたいからであり、自分の技が優れていることを喜ぶ。それなら、負ければ面白くないと思うこともわかる。「自分が負けて相手を喜ばせよう」と思って遊ぶなら、まったく面白くないだろう。相手を不本意な気持ちにさせて自分の心を満たすのは、徳に背く。親しい仲でふざける時にも、相手をたばかり欺いて、自分の知恵が勝ったことを面白がる。これも礼に外れている。そのため、初めは楽しい宴から始まったのに、長く残る恨みを結ぶ例が多い。これらはすべて、争いを好むことの過ちである。人より優れたいと思うなら、ただ学問をして、知恵で人に勝とうと思うべきだ。道を学べば、善い行いを誇らず、仲間と争ってはならないと知るからである。高い官職さえ辞退し、利益さえ捨てられるのは、ただ学問の力による。",
   "息つぎ": [
    "物に争はず、おのれを枉(ま)げて人に従ひ、",
    "わが身を後(のち)にして、人を先にするにはしかず。",
    "よろづの遊びにも、勝ち負けを好む人は、",
    "勝ちて興〔きよう〕あらんためなり。",
    "おのれが芸の勝(まさ)りたることを喜ぶ。",
    "されば、負けて興なく思ゆべきこと、また知られたり。",
    "「われ負けて、人を喜ばしめん」と思はば、",
    "さらに遊びの興なかるべし。",
    "人に本意(ほい)なく思はせて、わが心を慰まんこと、",
    "徳にそむけり。",
    "むつましき中に戯(たは)ぶるるも、人を謀〔はか〕り欺〔あざむ〕きて、",
    "おのれが智の勝りたることを興とす。",
    "これまた礼にあらず。",
    "されば、はじめ興宴〔きようえん〕よりおこりて、",
    "長き恨みを結ぶたぐひ多し。",
    "これみな、争ひを好む失なり。",
    "人に勝らんことを思はば、ただ学問して、",
    "その智を人に勝らんと思ふべし。",
    "道を学ぶとならば、善にほこらず、",
    "ともがらに争ふべからずといふことを知るべきゆゑなり。",
    "大きなる職をも辞〔じ〕し、利をも捨つるは、",
    "ただ学問の力なり。"
   ],
   "字数": 369,
   "息数": 22
  },
  {
   "番号": 131,
   "題": "貧しき者は財をもて礼とし老いたる者は力をもて礼とす",
   "一言でいうと": "自分の限界を知り、及ばないときにすぐやめるのが知恵である。",
   "現代語訳": "貧しい者は財物を贈ることで礼を尽くそうとし、老いた者は体力を使うことで礼を尽くそうとする。自分の分限を知り、力が及ばない時にはすぐやめるのを知恵というべきだ。それを許さないのは相手の過ちであり、自分の限界を知らず無理に励むのは自分の過ちである。貧しいのに分限を知らなければ盗みをし、力が衰えたのに限界を知らなければ病気になる。",
   "息つぎ": [
    "貧しき者は財(たから)をもて礼とし、",
    "老いたる者は力をもて礼とす。",
    "おのが分を知りて、及ばざる時は、",
    "すみやかに止むを智といふべし。",
    "許さざらんは、人の誤りなり。",
    "分を知らずして、しひて励〔はげ〕むは、おのれが誤なり。",
    "貧しくて分を知らざれば盗み、",
    "力衰〔ちからおとろ〕へて分を知らざれば病を受く。"
   ],
   "字数": 127,
   "息数": 8
  },
  {
   "番号": 132,
   "題": "鳥羽の作道は鳥羽殿建てられて後の号にはあらず",
   "一言でいうと": "鳥羽の作道という名は、鳥羽殿が建つ前からあった。",
   "現代語訳": "鳥羽の作道という名は、鳥羽殿が建てられた後についたものではなく、昔からの名である。元良親王が元日に奏上した祝賀の声はたいそう見事で、大極殿から鳥羽の作道まで聞こえたという話が、李部王の日記にあるそうだ。",
   "息つぎ": [
    "鳥羽の作道(つくりみち)は、鳥羽殿建てられて後の号にはあらず。",
    "昔よりの名なり。",
    "元良親王〔もとよししんわう〕、元日〔ぐわんじつ〕の奏賀〔そうが〕の声、はなはだ殊勝〔しゆしよう〕にして、",
    "大極殿〔だいごくでん〕より鳥羽の作道まで聞こえけるよし、",
    "李部王〔りほうわう〕の記に侍〔はべ〕るとかや。"
   ],
   "字数": 90,
   "息数": 5
  },
  {
   "番号": 133,
   "題": "夜の御殿は東御枕なり",
   "一言でいうと": "寝る方角には習わしがあるが、伊勢神宮は真南ではない。",
   "現代語訳": "天皇の寝室では東を枕にする。一般にも、東を枕にして陽の気を受けるのがよいからである。孔子も東枕でお休みになった。寝殿のしつらえによっては南枕にするのも普通である。白河院は北枕でお休みになった。「北枕は忌むものです。また、伊勢は南にあります。太神宮の方角に足を向けてお休みになるのはいかがなものでしょう」と、ある人が申し上げた。ただし、太神宮を遠くから拝む時は南東を向かれる。南ではない。",
   "息つぎ": [
    "夜の御殿(おとど)は東御枕(ひがしみまくら)なり。",
    "おほかた、東を枕として、陽気〔やうき〕を受くべきゆゑに。",
    "孔子〔こうし〕も東首〔とうしゆ〕し給〔たま〕へり。",
    "寝殿〔しんでん〕のしつらひ、あるいは南枕〔みなみまくら〕、常のことなり。",
    "白河院〔しらかはのゐん〕は、北首に御寝(きよしん)なりけり。",
    "「北は忌むることなり。また、伊勢〔いせ〕は南なり。",
    "太神宮〔だいじんぐう〕の御方を御跡(おんあと)にせさせ給ふこと、いかが」と、",
    "人申しけり。",
    "ただし、太神宮の遥拝〔えうはい〕は巽(たつみ)に向はせ給ふ。",
    "南にはあらず。"
   ],
   "字数": 164,
   "息数": 10
  },
  {
   "番号": 134,
   "題": "高倉院の法華堂の三昧僧なにがしの律師とかやいふ者ある時鏡を取りて",
   "一言でいうと": "自分を知り、分に合わない欲を退ける者こそ、本当に物を知る人である。",
   "現代語訳": "高倉院の法華堂に仕える三昧僧で、何某律師とかいう者が、ある時鏡を手に取り、自分の顔をつくづく見た。自分の姿があまりに醜く情けないのがひどくつらく思われ、鏡まで疎ましく感じたので、それ以後は長く鏡を恐れて手にも取らず、まったく人と交わらなかった。御堂での勤めに出るだけで、あとは閉じこもっていたと聞き、私はめったにない立派なことだと思った。賢そうな人でも他人のことばかり判断し、自分を知らない。自分を知らずに他人を知るという道理はない。だから、自分を知る者を物のわかった人というべきだ。姿が醜いことを知らず、心が愚かなことも、芸がつたないことも、取るに足りない身であることも知らない。年老いたことも、病に侵されていることも、死が近いことも、修行が不十分なことも知らない。自分の欠点を知らないのだから、まして他人からの非難を知るはずもない。ただ、姿は鏡で見え、年齢は数えればわかる。自分のことを知らないのではないが、どうしようもないため、知らないのと同じだと言うべきなのだろう。姿を変え、年齢を若返らせよというのではない。自分の未熟さを知ったなら、どうしてすぐ退かないのか。老いたと知ったなら、どうして静かに身を楽にしないのか。修行が愚かだと知ったなら、どうしてそのことを絶えず心に留めておかないのか。そもそも、人に好かれてもいないのに大勢の中に交わるのは恥である。醜く鈍いのに宮仕えをし、無知なのに優れた才人と交わり、未熟な芸しかないのに名人の席に連なり、白髪の頭で盛りの若者と並ぶ。まして、手の届かないことを望み、かなわないことを嘆き、来るはずのないものを待ち、人を恐れ、人に媚びるのは、他人に与えられた恥ではない。欲に引かれ、自分で自分の身を辱めているのである。欲が止まらないのは、命が終わるという大事が今まさにここへ来ていると、はっきり知らないからである。",
   "息つぎ": [
    "高倉院〔たかくらのゐん〕の法華堂〔ほつけだう〕の三昧僧〔さんまいそう〕、なにがしの律師〔りつし〕とかやいふ者、",
    "ある時、鏡を取りて、顔をつくづくと見て、",
    "わが形の醜(みにく)く浅ましきことを、あまりに心憂く思えて、",
    "鏡さへうとましき心地しければ、その後、",
    "長く鏡を恐れて、手にだに取らず、",
    "さらに人に交はることなし。",
    "御堂の勤めばかりにあひて籠〔こも〕り居たりと聞き侍〔はべ〕りしこそ、ありがたく思えしか。",
    "賢(かしこ)げなる人も、人の上をのみはかりて、",
    "おのれをば知らざるなり。",
    "われを知らずして、ほかを知るといふ理(ことはり)、あるべからず。",
    "されば、おのれを知るを、物知れる人と言ふべし。",
    "形醜けれども知らず、心の愚かなるをも知らず、",
    "芸の拙(つたな)きをもしらず、数ならぬをも知らず、",
    "年の老いぬるをも知らず、病のをかすをも知らず、",
    "死の近きことをも知らず、行ふ道の至らざるをも知らず、",
    "身の上の非を知らねば、まして、ほかのそしりを知らず。",
    "ただ、形は鏡に見ゆ。",
    "年は数へて知る。",
    "わが身のこと知らぬにはあらねど、",
    "すべきかたのなければ、知らぬに似たりとぞ言はまし。",
    "形を改め、齢(よはひ)を若くせよとにはあらず。",
    "拙きを知らば、なんぞやがて退〔しりぞ〕かざる。",
    "老いぬと知らば、なんぞしづかに身をやすくせざる。",
    "行ひ愚かなりと知らば、",
    "なんぞ茲(これ)を念(おも)ふこと茲(これ)にあらざる。",
    "すべて、人に愛楽(あいげう)せられずして、衆〔しゆう〕に交はるは恥なり。",
    "形醜く心おくれにして、出で仕へ、",
    "無智〔むち〕にして大才に交はり、",
    "不堪(ふかん)の芸をもちて堪能(かんのう)の座につらなり、",
    "雪の頭(かしら)をいただきて、盛りなる人に並び、いはんや、",
    "及ばざることを望み、かなはぬことを憂へ、",
    "来たらざることを待ち、人に恐れ、人に媚〔こ〕ぶるは、",
    "人の与ふる恥にあらず。",
    "貪(むさぼ)る心に引かれて、みづから身を恥づかしむるなり。",
    "貪ることの止まざるは、命を終ふる大事、",
    "今ここに来たれりと、確かに知らざればなり。"
   ],
   "字数": 716,
   "息数": 36
  },
  {
   "番号": 135,
   "題": "資季大納言入道とかや聞えける人具氏宰相中将にあひて",
   "一言でいうと": "何でも答えると豪語した物知りが、意味のない言葉に負けた。",
   "現代語訳": "資季大納言入道とかいう人が、具氏宰相中将に会って、「あなたが尋ねる程度のことなら、何であろうと答えてみせよう」と言った。具氏が「どうでしょうか」とためらうと、「それなら勝負なさい」と言われたので、「私はきちんとした学問を少しも学び知っておりませんから、それをお尋ねするまでもありません。何でもないたわごとの中で、意味のわからないことをお尋ねしましょう」と申し上げた。入道が「まして、このあたりの浅いことなら、何でも明らかにしてみせよう」と言うと、側近や女房たちも「面白い勝負です。同じことなら帝の御前で争うべきです。負けた人が御膳を用意することにしましょう」と決め、御前に二人をお呼び合わせになった。そこで具氏が、「幼いころから聞き慣れていますが、意味のわからない言葉があります。『むまのきつりやうきつにのをかなかくぼれいりくれんとう』というのは、どのような意味でしょう。教えてください」と言った。大納言入道はすっかり詰まり、「これはたわごとだから、語るほどのことではない」と答えた。具氏が「初めから深い学問については存じません。『たわごとをお尋ねする』と取り決めました」と言ったので、大納言入道の負けとなり、立派な負担の品を用意させられたという。",
   "息つぎ": [
    "資季(すけすゑ)大納言入道とかや聞えける人、",
    "具氏(ともうぢ)宰相中将〔さいしやうちゆうじやう〕にあひて、",
    "「わぬしの問はれんほどのこと、何ごとなりとも、",
    "答へ申さざらんや」と言はれければ、",
    "具氏、「いかが侍〔はべ〕らん」と申されけるを、",
    "「さらば、あらがひ給〔たま〕へ」と言はれて、",
    "「はかばかしきことは、片端(かたはし)も学(まね)び知り侍らねば、",
    "尋〔たづ〕ね申すまでもなし。何となきそぞろごとの中に、",
    "おぼつかなきことをこそ問ひ奉らめ」と申されけり。",
    "「まして、ここもとの浅きことは、何ごとなりとも、明らめ申さん」と言はれければ、",
    "近習(きんじふ)の人々、女房〔にょうばう〕なども、興あるあらがひなり。",
    "同じくは、御前にて争はるべし。",
    "負けたらん人は、供御(ぐご)をまうけらるべし」と定〔さだ〕めて、",
    "御前にて召し合はせられたりけるに、具氏、",
    "「幼くより聞きならひ侍れど、その心知らぬこと侍り。",
    "『むまのきつりやうきつにのをかなかくぼれいりくれんとう』と申すことは、",
    "いかなる心にか侍らん。承〔うけたまは〕らん」と申されけるに、",
    "大納言入道、はたとつまりて、",
    "「これはそぞろごとなれば、言ふにも足らず」と言はれけるを、",
    "「もとより深き道は知り侍らず。",
    "『そぞろごとを尋ね奉らん』と定め申しつ」と申されければ、",
    "大納言入道、負〔まけ〕になりて。",
    "所課(しよくわ)いかめしくせられたりけるとぞ。"
   ],
   "字数": 497,
   "息数": 23
  },
  {
   "番号": 136,
   "題": "医師篤成故法皇の御前にさぶらひて",
   "一言でいうと": "博識を誇った医師は、「塩」の字ひとつで無知を見抜かれた。",
   "現代語訳": "医師の篤成が亡き法皇の御前に控えていた時、御膳が運ばれてきた。篤成は、「今お出ししているさまざまな食物について、漢字も効能もお尋ねください。私が何も見ずにお答えしますので、本草書と照らし合わせてご覧ください。一つも答えを誤りません」と申し上げた。ちょうどその時、六条の亡き内大臣が参上し、「この有房も、ついでにものを習いましょう」と言って、「まず、『しお』という字は、何偏でしょうか」と尋ねた。篤成が「土偏でございます」と答えると、内大臣は「学才のほどは、もう明らかになった。今日はこれくらいにしましょう。もう知りたいところはありません」と言った。人々はどっと笑い、篤成は退出してしまった。",
   "息つぎ": [
    "医師篤成(くすしあつしげ)、故法皇〔こほふわう〕の御前にさぶらひて、",
    "供御(ぐご)の参りけるに、",
    "「今、参り侍〔はべ〕る供御の色々を、",
    "文字も功能(くのう)も尋ね下されて、そらに申し侍らば、",
    "本草〔ほんざう〕に御覧じ合はせられ侍れかし。",
    "一つも申し誤り侍らじ」と申しける時しも、",
    "六条故内府〔ろくでうこのだいふ〕、参り給〔たま〕ひて、",
    "「有房〔ありふさ〕、ついでにもの習ひ侍らん」とて、",
    "「まづ、『しほ』といふ文字はいづれのへんにか侍らん」と問はれたりけるに、",
    "「土偏(どへん)に候ふ」と申したりければ、",
    "「才のほど、すでにあらはれにたり。",
    "今はさばかりにて候へ。",
    "ゆかしきところなし」と申されけるに、",
    "どよみになりて、まかり出でにけり。"
   ],
   "字数": 251,
   "息数": 14
  },
  {
   "番号": 137,
   "題": "花は盛りに月はくまなきをのみ見るものかは",
   "一言でいうと": "満開や満月だけでなく、始まりと終わり、不在と余韻にこそ深い味わいがある。",
   "現代語訳": "桜は満開の時だけ、月は雲ひとつなく照る時だけを見るものだろうか。雨に向かって見えない月を恋しく思い、簾を垂らして家にこもり、春が過ぎてゆくのを知らずにいるのも、やはりしみじみとして情趣が深い。今にも咲きそうな梢や、花が散ってしおれた庭にこそ、見所が多い。歌の詞書にも、「花見に出かけたところ、すでに散り過ぎていたので」とか、「差し支えがあって出かけずに」などと書いてあるのは、「花を見て」とあるものに劣るだろうか。花が散り、月が西に傾くのを惜しむのは当然だが、とりわけ物のわからない人は、「この枝もあの枝も散ってしまった。もう見所はない」などと言うようだ。何事も、始まりと終わりにこそ味わいがある。男女の恋も、ただ実際に逢うことだけをいうのだろうか。逢えないまま終わったつらさを思い、あてにならない約束を恨み、長い夜を一人で明かし、遠く離れた人を思いやり、草の茂る荒れた家で昔をしのぶことこそ、恋の情趣を知るというものだろう。満月が澄み渡っているのを遠くまで眺めるより、夜明け近くまで待ってようやく出た月が、奥深く青みを帯びて、深山の杉の梢に見える姿、木の間から漏れる光、さっと時雨を降らせた群雲に隠れている姿のほうが、この上なく心にしみる。椎や白樫などの濡れたような葉の上に月光がきらめくのは身にしみて、「この風情をわかる友がいてほしい」と都が恋しく思われる。そもそも月や花は、ただ目で見るものだろうか。春は家を出なくても、月夜は寝室の中にいても、心に思い浮かべることこそ、心豊かで趣深い。教養ある人は、ひたすら風流に夢中な様子も見せず、楽しむ様子もあっさりしている。田舎者ほど何事にも大げさに夢中になる。花の下では、にじり寄って立ち寄り、わき目もふらず見つめ、酒を飲み、連歌をし、しまいには太い枝を無造作に折り取る。泉には手足を浸し、雪には降り立って足跡をつけるなど、何でも少し離れて眺めることがない。そういう人が祭を見物する様子は、実に珍しいものだった。「行列が来るのはずいぶん遅い。それまでは桟敷は要らない」と言い、奥の部屋で酒を飲み、物を食べ、囲碁や双六をして遊び、桟敷に見張りの者を置いておく。「お通りです」と知らせると、皆が仰天したように争って駆け上がり、落ちそうなほど簾から身を乗り出し、押し合いながら、「一つも見逃すまい」と見守り、「ああだ、こうだ」と一つ一つ口にする。行列が通り過ぎると、「また通るまで」と言って下へ降りてしまう。ただ目の前の物だけを見ようとしているのだろう。都の人で重々しい身分の者は、居眠りしてほとんど見ない。若い人や身分の低い者は、立ったり座ったりして主人に仕え、人の後ろに控え、行儀悪く身を乗り出すこともなく、無理に見ようとする人もいない。あたり一面に葵を掛け渡して優美なところへ、まだ夜が明けきらないうちに人目を忍んで寄ってくる牛車が、誰の車だろうと気になる。あの方か、この方かと思い当てようとすると、牛飼いや従者の中には見知った顔もある。風情のある車も華やかな車も、さまざまに行き交い、眺めていて退屈しない。夕暮れになると、あれほど立ち並んでいた車も、隙間なく群がっていた人々も、どこへ行ったのか、たちまちまばらになる。車の騒がしさも静まり、簾や畳も取り払われ、目の前が寂しくなってゆく様子には、この世のありさまも思い知らされ、しみじみとする。大路を見たことこそ、祭を見たということなのだ。あの桟敷の前を行き交う大勢の中に、見知った人がたくさんいるのでわかる。世の中の人の数も、それほど多くはないのだ。この人々が皆死んだあとに自分が死ぬと決まっていたとしても、その順番はほどなく回ってくるだろう。大きな器に水を入れ、細い穴を開けたなら、一滴ずつはわずかでも、休みなく漏れ続ければ、やがて尽きてしまう。都に大勢の人がいても、誰も死なない日はない。一日に一人や二人だけだろうか。鳥部野や舟岡、そのほかの野山にも、葬送の多い日はあっても、一件もない日はない。だから棺を売る者には、作って置いておく暇もない。若いかどうかにも、丈夫かどうかにもかかわらず、思いがけず訪れるのが死期である。今日まで死を免れてきたことは、めったにない不思議である。ほんのしばらくでも、この世をのんびりしたものと思ってよいだろうか。「継子立て」という遊びでは、双六の石を立て並べている間は、どの石が取られるかわからない。数を数えて一つを取ると、ほかの石は助かったように見えるが、また数えれば、あれもこれも所々抜かれてゆき、結局どれも逃れられない。人が戦に出る時は、死が近いと知って家も自分の身も忘れる。ところが世を捨てた草庵では、静かに山水を楽しみ、死を自分とは無関係なもののように聞いている。それは実にはかない。静かな山奥にも、無常という敵が競って攻めてこないことがあろうか。死に直面していることは、戦場の陣へ進んでいるのと同じである。",
   "息つぎ": [
    "花は盛りに、月はくまなきをのみ、見るものかは。",
    "雨に向ひて月を恋ひ、たれこめて春の行方(ゆくへ)知らぬも、",
    "なほあはれに情深〔なさけぶか〕し。",
    "咲きぬべきほどの梢(こずゑ)、",
    "散りしをれたる庭などこそ、見所おほけれ。",
    "歌の詞書(ことばがき)にも、",
    "「花見にまかれけるに、はやく散り過ぎにければ」とも、",
    "「さはることありて、まからで」なども書けるは、",
    "「花を見て」と言へるに、劣れることかは。",
    "花の散り、月の傾(かたぶ)くを慕ふならひはさることなれど、",
    "ことにかたくななる人ぞ、「この枝、かの枝、",
    "散りにけり。今は見所なし」などは言ふめる。",
    "よろづのことも、始終〔しじゆう〕こそをかしけれ。",
    "男女〔なんによ〕の情けも、ひとへに逢ひ見るをばいふものかは。",
    "逢はでやみにし憂さを思ひ、あだなる契りをかこち、",
    "長き夜を一人明かし、遠き雲井(くもゐ)を思ひやり、",
    "浅茅(あさぢ)が宿に昔をしのぶこそ、色好むとは言はめ。",
    "望月のくまなきを、千里の外(ほか)まで眺めたるよりも、",
    "暁近〔あかつきちか〕くなりて待ち出でたるが、",
    "いと心深う青みたるやうにて、",
    "深き山の杉の梢に見えたる、木の間の影、",
    "うちしぐれたる村雲隠〔むらくもがく〕れのほど、またなくあはれなり。",
    "椎柴(しひしば)・白樫(しらかし)などの、",
    "濡れたるやうなる柴の上にきらめきたるこそ、",
    "身にしみて、「心あらん友もがな」と、都恋しう思ゆれ。",
    "すべて、月・花をば、さのみ目にて見るものかは。",
    "春は家を立ち去らでも、",
    "月の夜は閨(ねや)の内ながらも思へるこそ、いとたのもしうをかしけれ。",
    "よき人は、ひとへに好けるさまにも見えず、",
    "興ずるさまもなほざりなり。",
    "片田舎(かたゐなか)の人こそ、色こくよろづはもて興ずれ。",
    "花のもとには、ねぢ寄り立ち寄り、",
    "あからめもせずまもりて、酒飲み、連歌〔れんが〕して、",
    "果ては大きなる枝、心なく折り取りぬ。",
    "泉には手足さしひたして、雪には下り立ちて跡付けなど、",
    "よろづの物、よそながら見ることなし。",
    "さやうの人の祭見しさま、いと珍らかなりき。",
    "「見ごと、いと遅し。そのほどは桟敷不用〔さじきふよう〕なり」とて、",
    "奥なる屋にて、酒飲み、物食ひ、囲碁〔ゐご〕・双六〔すぐろく〕など遊びて、",
    "桟敷には人を置きたれば、「渡り候ふ」と言ふ時に、",
    "おのおの肝〔きも〕つぶるるやうに争ひ走り上りて、",
    "落ちぬべきまで簾(すだれ)張り出でて、押し合ひつつ、",
    "「一事も見漏らさじ」とまぼりて、",
    "「とあり、かかり」と物ごとに言ひて、渡り過ぎぬれば、",
    "「また渡らんまで」と言ひて下りぬ。",
    "ただ、物をのみ見んとするなるべし。",
    "都の人のゆゆしげなるは、睡(ねぶ)りていとも見ず。",
    "若く末々(すゑずゑ)なるは、宮仕へに立ち居、",
    "人の後ろにさぶらふは、さま悪しくも及びかからず、",
    "わりなく見んとする人もなし。",
    "何となく葵(あふひ)かけわたしてなまめかしきに、",
    "明けはなれぬほど、忍びて寄する車どものゆかしきを、",
    "それか、かれか、など思ひ寄すれば、",
    "牛飼・下部(しもべ)などの見知れるもあり。",
    "をかしくも、きらきらしくも、さまざまに行き交ふ。",
    "見るもつれづれならず。",
    "暮るるほどには、立て並べつる車ども、",
    "所なく並みゐつる人も、いづ方へか行きつらん、",
    "ほどなくまれになりて、",
    "車どものらうがはしさもすみぬれば、簾・畳も取り払ひ、",
    "目の前に寂しげになりゆくこそ、世の例(ためし)も思ひ知られてあはれなれ。",
    "大路見たるこそ、祭見たるにてはあれ。",
    "かの桟敷の前を、ここら行き交ふ人の、",
    "見知れるがあまたあるにて知りぬ。",
    "世の人数も、さのみは多からぬにこそ。",
    "この人、みな失せなん後(のち)、",
    "わが身死ぬべきに定まりたりとも、",
    "ほどなく待ちつけぬべし。",
    "大きなる器(うつはもの)に水を入れて、細き穴を開けたらんに、",
    "しただること少なしといふとも、",
    "おこたる間なく漏りゆかば、やがて尽きぬべし。",
    "都の中に多き人、死なざる日はあるべからず。",
    "一日(ひとひ)に一人・二人のみならんや。",
    "鳥部野(とりべの)・舟岡(ふなをか)、さらぬ野山にも、",
    "送る数多かる日はあれど、送らぬ日はなし。",
    "されば、棺〔ひつぎ〕をひさぐ者、作りてうち置くほどなし。",
    "若きにもよらず、強きにもよらず、",
    "思ひがけぬは死期(しご)なり。",
    "今日まで逃(のが)れ来にけるは、ありがたき不思議なり。",
    "しばしも、世をのどかには思ひなんや。",
    "継子立(ままこだて)といふものを、双六(すぐろく)の石にて作りて、",
    "立て並べたるほどは、取られんこと、",
    "いづれの石とも知らねども、",
    "数へ当てて一つを取りぬれば、",
    "そのほかは逃れぬと見れど、またまた数ふれば、",
    "かれこれ間抜き行くほどに、いづれも逃れざるに似たり。",
    "兵の軍(いくさ)に出づるは、死に近きことを知りて、家をも忘れ、",
    "身をも忘る。",
    "世をそむける草の庵には、閑(しづ)かに水石(すいせき)をもてあそびて、",
    "これをよそに聞くと思へるは、いとはかなし。",
    "閑かなる山の奥、無常の敵(かたき)、競(きほ)ひ来たらざらんや。",
    "その死にのぞめること、軍(いくさ)の陣に進めるに同じ。"
   ],
   "字数": 1792,
   "息数": 92
  },
  {
   "番号": 138,
   "題": "祭過ぎぬれば後の葵不用なりとて",
   "一言でいうと": "季節が過ぎても、葵や菖蒲の枯れた姿には忘れがたい余韻が残る。",
   "現代語訳": "「祭が過ぎれば、その後の葵はもう要らない」と言って、ある人が御簾に掛けてあった葵をすべて取り除かせたのが、風情なく思われた。「教養ある方のなさることだから、それでよいのだろうか」と思ったけれど、周防内侍が「掛けてもかいのないものは、私と同じように御簾に掛かったまま枯れてしまった葵の葉だった」と詠んだ歌も、母屋の御簾に掛かった葵の枯葉を詠んだものだと、その家集に書いてある。古い歌の詞書にも、「枯れた葵に添えて贈った」とある。『枕草子』にも「過ぎ去ったころが恋しいもの、枯れた葵」と書いてあるのは、実にしみじみと懐かしく思いついたものだ。鴨長明の『四季物語』にも、「美しい簾に、祭の後の葵が残っていた」と書いてある。自然に枯れるだけでも趣があるのに、どうして跡形もなく取り捨ててよいだろう。御帳に掛けた薬玉も、九月九日に菊と取り替えるというのなら、端午の菖蒲は菊の節句までは残しておくべきである。枇杷皇太后宮がお亡くなりになった後、古い御帳の中に菖蒲や薬玉などが枯れて残っているのを見て、弁の乳母が「季節外れの根を、それでも掛けてあった」と言った。その返事として江侍従が「あやめの草はそのまま残っているのに」と詠んだのである。",
   "息つぎ": [
    "「祭過ぎぬれば、後(のち)の葵(あふひ)不用(ふよう)なり」とて、ある人の、",
    "御簾(みす)なるをみな取らせられ侍〔はべ〕りしが、",
    "色もなく思え侍りしを、",
    "「よき人のし給〔たま〕ふことなれば、さるべきにや」と思ひしかど、",
    "周防内侍〔すはうのないし〕が、",
    "かくれどもかひなき物はもろともにみすの葵のかれ葉なりけり",
    "と詠めるも、母屋の御簾〔みす〕に、",
    "葵のかかりたる枯葉を詠めるよし、家の集に書けり。",
    "古き歌の詞書(ことばがき)に、",
    "「枯れたる葵にさしてつかはしける」とも侍り。",
    "枕草子〔まくらのさうし〕にも、",
    "「来しかた恋しき物、枯れたる葵」と書けるこそ、いみじくなつかしう思ひ寄りたれ。",
    "鴨長明〔かものちやうめい〕が四季物語〔しきものがたり〕にも、",
    "「玉垂(たまだれ)に後(のち)の葵はとまりけり」とぞ書ける。",
    "おのれと枯るるだにこそあるを、名残なく、",
    "いかが取り捨つべき。",
    "御帳〔みちやう〕にかかれる薬玉(くすだま)も、九月九日〔くぐわつここのか〕、",
    "菊に取り替へらるると言へば、",
    "菖蒲(さうぶ)は菊の折までもあるべきにこそ。",
    "枇杷皇太后宮〔びはのくわうたいごうぐう〕、かくれ給ひて後(のち)、古き御帳の内に、",
    "菖蒲・薬玉などの枯れたるが侍りけるを見て、",
    "「折ならぬ根(ね)をなほぞかけつる」と、",
    "弁の乳母の言へる返りごとに、",
    "「あやめの草はありながら」とも、",
    "江侍従〔がうじじゆう〕が詠みしぞかし。"
   ],
   "字数": 451,
   "息数": 25
  },
  {
   "番号": 139,
   "題": "家にありたき木は松桜",
   "一言でいうと": "庭には見慣れた素朴な草木がよく、珍奇なものをありがたがる必要はない。",
   "現代語訳": "家に植えておきたい木は、松と桜である。松は五葉松もよい。桜の花は一重がよい。八重桜は昔は奈良の都にだけあったが、近ごろは世間に多くなったらしい。吉野の桜も左近の桜も、すべて一重である。八重桜は異様で、ひどく大げさでねじけている。植えなくてもよいだろう。遅咲きの桜も興ざめである。虫のついた桜も不快だ。梅は白梅と薄紅梅がよい。一重の花が早く咲いたものも、花びらの重なった紅梅の香りがすばらしいものも、どちらも趣がある。遅咲きの梅は桜と同時に咲くため見劣りし、桜に圧倒されて、花が枝にしぼんだままついているのがつらい。「一重の梅が真っ先に咲いて散るのは、気持ちよく趣がある」と言って、京極入道中納言は、やはり一重の梅を軒近くに植えておられた。京極の屋敷の南向きの所に、今も二本あるらしい。柳もまた趣がある。四月ごろの若楓は、すべての花や紅葉にも勝って見事なものだ。橘と桂は、どちらも古びた大木がよい。草は山吹、藤、杜若、撫子。池には蓮。秋の草は荻、薄、桔梗、萩、女郎花、藤袴、紫苑、吾亦紅、苅萱、竜胆、菊。黄菊もよい。蔦、葛、朝顔は、どれもあまり高くない小さな垣に、繁りすぎない程度に生えているのがよい。このほかの、世にも珍しいものや、中国風で名が耳慣れず、花も見慣れないものなどは、あまり親しみが持てない。だいたい、何でも珍しくめったにないものは、品のない人が喜びもてはやすものである。そのようなものは、なくてもよいだろう。",
   "息つぎ": [
    "家にありたき木は、松・桜。",
    "松は五葉(ごえふ)もよし。",
    "花は一重(ひとへ)なるよし。",
    "八重桜〔やへざくら〕は奈良〔なら〕の都にのみありけるを、",
    "このごろぞ世に多くなり侍〔はべ〕るなる。",
    "吉野〔よしの〕の花、左近〔さこん〕の桜、みな一重にてこそあれ。",
    "八重桜は異様(ことやう)のものなり。",
    "いとこちたくねぢけたり。",
    "植ゑずともありなん。",
    "遅桜(おそざくら)、またすさまじ。",
    "虫の付きたるもむつかし。",
    "梅は白き・薄紅梅(うすこうばい)。",
    "一重なるがとく咲きたるも、",
    "重なりたる紅梅の匂ひめでたきも、みなをかし。",
    "遅き梅は、桜に咲き合ひて、覚え劣り、けおされて、",
    "枝にしぼみ付きたる、心憂し。",
    "「一重なるが、まづ咲きて散りたるは、心とく、をかし」とて、",
    "京極入道中納言〔きやうごくにふだうちゆうなごん〕は、なほ一重梅をなん、",
    "軒近く植ゑられたりける。",
    "京極〔きやうごく〕の屋の南向きに、今も二本侍るめり。",
    "柳、またをかし。",
    "卯月〔うづき〕ばかりの若楓(わかかへで)、",
    "すべてよろづの花・紅葉〔もみぢ〕にもまさりて、",
    "めでたきものなり。",
    "橘(たちばな)・桂(かつら)、いづれも木はもの古り大きなるよし。",
    "草は山吹・藤・杜若(かきつばた)・撫子(なでしこ)。",
    "池には蓮(はちす)。",
    "秋の草は荻(をぎ)・薄(すすき)・桔梗(きちかう)・萩(はぎ)・女郎花(をみなへし)・藤袴(ふぢばかま)・紫苑(しをに)・吾亦紅(われもかう)・苅萱(かるかや)・竜胆(りんだう)・菊。",
    "黄菊(きぎく)も。",
    "蔦(つた)・葛(くず)・朝顔、いづれも、いと高からず、",
    "ささやかなる垣にしげからぬ、よし。",
    "このほかの、世にまれなる物、唐(から)めきたる名の、",
    "聞きにくく、花も見なれぬなど、いとなつかしからず。",
    "おほかた、何も珍しくありがたきものは、",
    "よからぬ人のもて興ずるものなり。",
    "さやうのもの、無くてありなん。"
   ],
   "字数": 562,
   "息数": 36
  },
  {
   "番号": 140,
   "題": "身死して財残ることは智者のせざるところなり",
   "一言でいうと": "死後に財産を残して争わせるより、生きているうちに譲るべきだ。",
   "現代語訳": "自分が死んだあとに財産を残すことは、知恵ある人のしないことである。つまらない物を貯めておくのも愚かだし、よい物なら「ずいぶん執着していたのだろう」と感じられてむなしい。やたらと多く残すのは、なおさら残念である。「自分こそがもらおう」などと言う者たちが現れ、死後に争う姿は見苦しい。後には誰にと考えている物があるなら、生きているうちに譲るべきだ。朝夕の生活になくてはならない物はともかく、そのほかは何も持たずにいたいものである。",
   "息つぎ": [
    "身死して財(たから)残ることは、智者のせざるところなり。",
    "よからぬ物、貯へ置きたるもつたなく、よき物は、",
    "「心をとめけん」とはかなし。",
    "こちたく多かる、まして口惜〔くちを〕し。",
    "「われこそ得め」など言ふ者どもありて、",
    "あとに争ひたる、さま悪し。",
    "後は誰(たれ)にと心ざす物あらば、生けらんうちにぞ譲〔ゆづ〕るべき。",
    "朝夕、無くてかなはざらん物こそあらめ、そのほかは、",
    "何も持たでぞあらまほしき。"
   ],
   "字数": 173,
   "息数": 9
  },
  {
   "番号": 141,
   "題": "悲田院の尭蓮上人は俗姓は三浦の某とかや双なき武者なり",
   "一言でいうと": "都人の曖昧な返事は不実ではなく、情の深さと暮らしの苦しさから生まれる。",
   "現代語訳": "悲田院の尭蓮上人は、俗人だった時の姓を三浦何某といい、並ぶ者のない武者だった。故郷の人が訪ねてきて話をする中で、「東国の人は、口にしたことを信用できます。都の人は返事だけはよいが、実行が伴いません」と言った。上人は、「あなたはそうお思いでしょうが、私は都に長く住み、慣れ親しんで見てきたところ、都人の心が劣っているとは思いません。総じて心が柔らかく情があるので、相手から言われたことをきっぱり断れず、何事も言い切ることができません。気が弱いため引き受けてしまうのです。『だましてやろう』とは思わないけれど、貧しくて実行できない人ばかりなので、自然と思いどおりにならないことが多いのでしょう。東国の人は私の同郷ですが、実際には愛想がなく、情も乏しく、ひたすら実直な者なので、初めから『嫌だ』と言って終わります。暮らしが豊かなので、人から信用されるのです」と説明された。この上人は、声に訛りがあって荒々しく、「仏典の細やかな道理など、あまり理解していないのではないか」と思っていた。しかし、この一言を聞いてから奥ゆかしく感じられ、大勢の中で寺の住職にもなっておられるのは、「このような柔らかな心があり、その徳もあるからだろう」と思われた。",
   "息つぎ": [
    "悲田院〔ひでんゐん〕の尭蓮上人〔げうれんしやうにん〕は、俗姓(ぞくしやう)は三浦〔みうら〕の某(なにがし)とかや、",
    "双(さう)なき武者〔むしや〕なり。",
    "故郷(ふるさと)の人の来たりて、物語すとて、",
    "「吾妻人(あづまびと)こそ、言ひつることは頼まるれ。都の人は、",
    "ことうけのみよくて、実(まこと)なし」と言ひしを、",
    "聖、",
    "「それはさこそ思すらめども、",
    "おのれは都に久しく住みて、なれて見侍るに、",
    "人の心劣れりとは思ひ侍〔はべ〕らず。なべて、心柔らかに、",
    "情あるゆゑに、人の言ふほどのこと、",
    "けやけく否(いな)びがたくて、よろづえ言ひ放たず。",
    "心弱くことうけしつ。『偽りせん』とは思はねど、",
    "乏(とも)しくかなはぬ人のみあれば、",
    "おのづから本意(ほい)通らぬこと多かるべし。吾妻人は、",
    "わがかたなれど、げには、心の色なく、情おくれ、",
    "ひとへにすくよかなるものなれば、",
    "始めより『否(いな)』と言ひてやみぬ。にぎはひ豊かなれば、",
    "人には頼まるるぞかし」と、",
    "ことはられ侍りしこそ。",
    "この聖、声うちゆがみ、荒々しくて、",
    "「聖教〔しやうげう〕の細やかなることわり、いとわきまへずもや」と思ひしに、",
    "この一言の後、心にくくなりて、多かるなかに、",
    "寺をも住持〔ぢゆうぢ〕せらるるは、",
    "「かく柔らぎたる所ありて、その益もあるにこそ」と思え侍りし。"
   ],
   "字数": 448,
   "息数": 24
  },
  {
   "番号": 142,
   "題": "心なしと見ゆる者もよき一言言ふものなり",
   "一言でいうと": "罪人を罰する前に、人が罪へ追い込まれない暮らしを整えるべきだ。",
   "現代語訳": "思いやりがなさそうに見える者でも、よいことを一言は言うものだ。ある恐ろしげな東国武士が、そばにいた人に「お子様はいらっしゃいますか」と尋ねた。「一人もおりません」と答えると、「それでは、物事のしみじみとした情はおわかりにならないでしょう。情けないお心の方なのだろうと思われて、実に恐ろしい。子がいるからこそ、あらゆる物事の哀れを思い知るのです」と言った。もっともなことである。親子を愛する道によらなければ、このような者の心に慈悲が生まれるだろうか。親孝行の心がない者も、自分が子を持って初めて、親の思いを知るという。世を捨てた人が、何事にも澄ました態度でいる一方、しがらみの多い人が何事にもへつらい、欲深く振る舞うのを見て、ひどく見下すのは間違いである。その人の立場になって考えれば、本当に愛しい親や妻子のためには、恥を忘れ、盗みさえするかもしれない。だから、盗人を戒め、悪事だけを罰するより、世の人が飢えず寒さに苦しまないように世を治めたいものだ。人は安定した生業がなければ、安定した心を保てない。追い詰められて盗みをする。世の中が治まらず、凍え飢える苦しみがあるなら、罪人が絶えることはない。人を苦しめ、法を犯すように仕向けておきながら、その人を罰するのは気の毒なやり方だ。それでは、どうすれば人を恵めるのか。支配者がぜいたくに費やすことをやめ、民を慈しみ、農業を奨励すれば、下の者に利益があることは疑いない。衣食が人並みに足りているのに悪事を働く者こそ、本当の盗人というべきである。",
   "息つぎ": [
    "心なしと見ゆる者も、よき一言(ひとこと)言ふものなり。",
    "ある荒夷(あらえびす)の恐ろしげなるが、かたへにあひて、",
    "「御子はおはすや」と問ひしに、",
    "「一人も持ち侍〔はべ〕らず」と答へしかば、",
    "「さては、もののあはれは知り給〔たま〕はじ。",
    "情けなき御心〔みこころ〕にぞものし給ふらんと、いと恐ろし。",
    "子ゆゑにこそ、",
    "よろづのあはれは思ひ知らるれ」と言ひたりし、",
    "さもありぬべきことなり。",
    "恩愛〔おんあい〕の道ならでは、かかる者の心に慈悲ありなんや。",
    "孝養〔けうやう〕の心なき者も、",
    "子持ちてこそ、親の志は思ひ知るなれ。",
    "世を捨てたる人の、よろづにするすみなるが、",
    "なべてほだし多かる人の、よろづにへつらひ、",
    "望み深きを見て、無下に思ひ下すは僻事(ひがごと)なり。",
    "その人の志になりて思へば、",
    "まことにかなしからん親のため、妻子のためには、",
    "恥をも忘れ、盗みもしつべきことなり。",
    "されば、盗人〔ぬすびと〕を戒め、僻事をのみ罪せんよりは、",
    "世の人の、飢ゑず、寒からぬやうに、",
    "世をば行はまほしきなり。",
    "人、恒(つね)の産なきときは、恒(つね)の心なし。",
    "人きはまりて盗みす。",
    "世治まらずして、凍餒(とうたい)の苦しみあらば、",
    "科(とが)の者絶ゆべからず。",
    "人を苦しめ、法を犯さしめて、それを罪なはんこと、",
    "不便のわざなり。",
    "さて、いかがして人を恵むべきとならば、",
    "上のおごり費す所をやめ、民を撫〔な〕で、農を勧めば、",
    "下に利あらんこと、疑ひあるべからず。",
    "衣食尋常(よのつね)なる上に、",
    "僻事せん人をぞ、まことの盗人とは言ふべき。"
   ],
   "字数": 556,
   "息数": 32
  },
  {
   "番号": 143,
   "題": "人の終焉のありさまのいみじかりしことなど人の語るを聞くに",
   "一言でいうと": "立派な最期を飾って語るより、本人の信念と心の静けさを尊ぶべきだ。",
   "現代語訳": "ある人の最期がすばらしかったという話などを聞く時、ただ「静かで、心を乱さなかった」と言うなら奥ゆかしいのに、愚かな人は不思議で異様な様子を付け加えて語り、その人が口にした言葉も振る舞いも、自分の好みに合わせて褒め立てる。それを見ると、「それは故人が日ごろ望んでいたこととは違うのではないか」と思われる。この生死の大事は、仏の化身でさえ決めつけられず、博学な人にも推し量れない。自分の信念に間違いがないなら、他人の見聞や評判に左右されるべきではない。",
   "息つぎ": [
    "人の終焉〔しゆうえん〕のありさまのいみじかりしことなど、",
    "人の語るを聞くに、ただ、",
    "「閑(しづ)かにして乱れず」と言はば心にくかるべきを、",
    "愚かなる人は、あやしく、異なる相を語りつけ、",
    "言ひし言葉も、振舞ひも、",
    "おのれが好むかたに讃〔ほ〕めなすこそ、「その人の日ごろの本意にもあらずや」と思ゆれ。",
    "この大事は、権化〔ごんげ〕の人も定むべからず。",
    "博学〔はくがく〕の士もはかるべからず。",
    "おのれ違(たが)ふ所なくば、人の見聞にはよるべからず。"
   ],
   "字数": 184,
   "息数": 9
  },
  {
   "番号": 144,
   "題": "栂尾の上人道を過ぎ給ひけるに",
   "一言でいうと": "馬を追う「あしあし」の声にも、上人は仏の教えを聞いて感涙した。",
   "現代語訳": "栂尾の上人が道を通りかかった時、川で馬を洗っていた男が「あし、あし」と声をかけた。上人は立ち止まり、「ああ、尊いことだ。前世からの善い因縁が開花した人なのだな。阿字、阿字と唱えている。どなたの馬か。あまりに尊く思われる」とお尋ねになった。男が「府生殿のお馬でございます」と答えると、「これはすばらしい。阿字本不生（すべては本来、生じも滅しもしないという教え）ということなのだろう。ありがたい仏縁も結んだものだ」と言い、感動の涙をぬぐわれたという。",
   "息つぎ": [
    "栂尾(とがのを)の上人、道を過ぎ給〔たま〕ひけるに、",
    "河にて馬洗ふおのこ、「あしあし」と言ひてければ、",
    "上人、立ち止まりて、",
    "「あな尊(たふと)や。宿執開発(しゆくしふかいほつ)の人かな。阿字阿字(あじあじ)と唱〔とな〕ふるぞや。",
    "いかなる人の御馬ぞ。",
    "あまりに尊く思ゆるは」と尋ね給ひければ、",
    "「府生殿(ふしやうどの)の御馬に候ふ」と答へけり。",
    "「こは、めでたきことかな。阿字本不生〔あじほんぷしやう〕にこそあなれ。",
    "嬉しき結縁(けちえん)をもしつるかな」とて、",
    "感涙〔かんるい〕をのごはれけるとぞ。"
   ],
   "字数": 179,
   "息数": 10
  },
  {
   "番号": 145,
   "題": "御随身秦重躬北面の下野入道信願を",
   "一言でいうと": "落馬の予言は神秘ではなく、乗り手の体つきと馬の好みを見た判断だった。",
   "現代語訳": "御随身の秦重躬が、北面の武士である下野入道信願に、「あなたには落馬する人相がある。よくよく用心なさい」と言った。人々はまったく本当らしくないと思っていたが、信願は、馬から落ちて死んでしまった。人々は、「その道を究めた人の一言は、神のように正確だ」と思った。「ところで、どのような人相だったのか」と人が尋ねると、重躬は「たいへん尻が丸くて馬上が安定しないのに、荒々しく跳ねる馬を好んでいたので、この予言を申し上げたのです。私がいつ言い損なったことがありましょうか」と言った。",
   "息つぎ": [
    "御随身秦重躬(はたのしげみ)、北面の下野入道信願を、",
    "「落馬の相ある人なり。よくよく慎み給〔たま〕へ」と言ひけるを、",
    "いとまことしからず思ひけるに、信願、",
    "馬より落ちて死〔し〕ににけり。",
    "「道に長じぬる一言〔いちごん〕、神〔かみ〕のごとし」と、人、思へり。",
    "「さて、いかなる相ぞ」と人の問ひければ、",
    "「きはめて桃尻にして、沛艾(はいがい)の馬を好みしかば、",
    "この相を負(おほ)せ侍〔はべ〕りき。",
    "いつかは申し誤りたる」とぞ言ひける。"
   ],
   "字数": 170,
   "息数": 9
  },
  {
   "番号": 146,
   "題": "明雲座主相者にあひ給ひておのれもし兵仗の難やあると",
   "一言でいうと": "災難を恐れて尋ねる心そのものが、すでに災難の兆しである。",
   "現代語訳": "明雲座主が人相見に会い、「自分には、もしや武器で傷つけられる災難があるだろうか」とお尋ねになった。人相見は「確かに、その相がおありです」と答えた。「どのような相か」と尋ねると、「本来なら傷つけられる恐れなどないご身分なのに、仮にもそのようなことを思いついてお尋ねになる。それがすでに、危難の兆しです」と申し上げた。明雲座主は、果たして矢に当たって亡くなった。",
   "息つぎ": [
    "明雲座主〔めいうんざす〕、相者〔さうじや〕にあひ給〔たま〕ひて、",
    "「おのれ、もし、兵仗(ひやうぢやう)の難やある」と尋ね給ひければ、",
    "相人〔さうにん〕、「まことにその相おはします」と申す。",
    "「いかなる相ぞ」と尋ね給ひければ、",
    "「傷害〔しやうがい〕の恐れおはしますまじき御身にて、",
    "かりにもかく思し寄りて尋ね給ふ。これ、",
    "すでにその危ぶみのきざしなり」と申しけり。",
    "はたして、矢に当りて失せ給ひにけり。"
   ],
   "字数": 155,
   "息数": 8
  },
  {
   "番号": 147,
   "題": "灸治あまた所になりぬれば神事に穢れありといふこと",
   "一言でいうと": "灸を多く据えると神事の穢れになるという説に、古い根拠はない。",
   "現代語訳": "灸の治療を多くの場所に施すと、神事にかかわる穢れになるという話は、近ごろ誰かが言い出したものである。格式などの古い法令にも、そのような記述はないという。",
   "息つぎ": [
    "灸治(きうぢ)、あまた所になりぬれば、",
    "神事〔じんじ〕に穢〔けが〕れありといふこと、近く人の言ひ出だせるなり。",
    "格式(きやくしき)等にも見えずとぞ。"
   ],
   "字数": 51,
   "息数": 3
  },
  {
   "番号": 148,
   "題": "四十以後の人身に灸を加へて三里を焼かざれば上気の事あり",
   "一言でいうと": "四十歳を過ぎて灸をするなら、足三里にも必ず据えるべきだ。",
   "現代語訳": "四十歳を過ぎた人が身体に灸を据える時、足の三里というつぼを焼かなければ、のぼせることがある。必ず三里にも灸を据えるべきである。",
   "息つぎ": [
    "四十以後〔しじふいご〕の人、身に灸を加へて、三里〔さんり〕を焼かざれば、",
    "上気〔じやうき〕の事あり。",
    "必ず灸すべし。"
   ],
   "字数": 38,
   "息数": 3
  },
  {
   "番号": 149,
   "題": "鹿茸を鼻に当てて嗅ぐべからず",
   "一言でいうと": "鹿茸は鼻に当てて嗅いではならない。",
   "現代語訳": "鹿茸（鹿の若い角）を鼻に当てて嗅いではならない。小さな虫がいて、鼻から入り込み、脳を食うといわれている。",
   "息つぎ": [
    "鹿茸(ろくじよう)を鼻に当てて嗅〔か〕ぐべからず。",
    "小さき虫ありて、鼻より入りて、脳を食(は)むと言へり。"
   ],
   "字数": 39,
   "息数": 2
  },
  {
   "番号": 150,
   "題": "能をつかんとする人よくせざらんほどはなまじひに人に知られじ",
   "一言でいうと": "「うまくなってから人前に出る」と言う人は、一生うまくならない。下手なうちから交じれ。",
   "現代語訳": "何かの芸を身につけようとする人は、いつも「上手にできないうちは、むやみに人に知られないようにしよう。ひそかに十分習得してから人前に出たなら、さぞ奥ゆかしく見えるだろう」と言うものだが、こう言う人は一つの芸も身につけられない。まだまったく未熟なうちから名人たちに交じり、けなされ笑われても恥じず、平然とやり過ごして稽古を続ける人は、生まれつきその才能がなくても、途中で行き詰まらず、勝手なやり方にも走らずに年月を重ねれば、才能があっても稽古をしない人より先に、ついには名人の域に達する。その腕前が人に認められ、並ぶ者のない名声を得るのである。天下に名高い名人であっても、初めは未熟だという評判を立てられ、ひどい欠点もあった。それでも、その人がその道の決まりを正しく守り、それを重んじて勝手気ままに振る舞わなければ、やがて世の権威となり、万人の師となる。これはどの道でも変わらない。",
   "息つぎ": [
    "能をつかんとする人、",
    "「よくせざらんほどは、なまじひに人に知られじ。",
    "うちうちよく習ひ得てさし出でたらんこそ、",
    "いと心にくからめ」と常に言ふめれど、",
    "かく言ふ人、一芸も習ひ得ることなし。",
    "いまだ堅固(けんご)かたほなるより、上手の中にまじりて、",
    "毀(そし)り笑はるるにも恥ぢず、つれなく過ぎて嗜(たしな)む人、",
    "天性〔てんせい〕その骨なけれども、道になづまず、",
    "みだりにせずして、年を送れば、堪能(かんのう)の嗜まざるよりは、",
    "つひに上手の位に至り、得たけ、人に許されて、",
    "双なき名を得ることなり。",
    "天下の物の上手といへども、始めは不堪(ふかん)の聞こえもあり、",
    "無下の瑕瑾(かきん)もありき。",
    "されども、その人、道の掟(おきて)正しく、是を重くして、",
    "放埒(はうらつ)せざれば、世の博士(はかせ)にて、万人の師となること、",
    "諸道変るべからず。"
   ],
   "字数": 307,
   "息数": 16
  },
  {
   "番号": 151,
   "題": "ある人のいはく年五十になるまで上手に至らざらん芸をば捨つべきなり",
   "一言でいうと": "老いてなお欲張って世事や芸に執着せず、ほどを知って静かに手放すのがよい。",
   "現代語訳": "ある人が言った。「五十歳になるまでに上手の域へ達しなかった芸は、捨てるべきである。その先に励んで習うだけの時間もない。老人のすることは、人も思いきり笑うわけにはいかない。大勢の中に交じっている姿も、むやみに見苦しい。だいたい、さまざまな仕事をやめて暇でいるほうが、見た目にも穏やかで望ましい。世俗のことに関わり続けて一生を終えるのは、ひどく愚かな人である。興味を引かれることは、学んだり聞いたりしても、そのおおよその趣旨がわかったなら、疑問を残さない程度でやめるのがよい。そもそも何も望まずに終えるのが、何よりもよい」。",
   "息つぎ": [
    "ある人のいはく、",
    "「年五十になるまで、",
    "上手に至らざらん芸をば捨つべきなり。",
    "励み習ふべき行く末もなし。老人のことをば、",
    "人もえ笑はず。衆〔しゆう〕に交はりたるも、あいなく見苦し。",
    "おほかた、よろづのしわざは止めて、暇あるこそ、",
    "めやすくあらまほしけれ。世俗〔せぞく〕のことに携(たづさ)りて、",
    "生涯〔しやうがい〕を暮らすは、下愚〔かぐ〕の人なり。ゆかしく思えんことは、",
    "学び聞くとも、その趣〔おもむき〕を知りなば、",
    "おぼつかなからずして止むべし。もとより、",
    "望むことなくして止まんは、第一のことなり」。"
   ],
   "字数": 210,
   "息数": 11
  },
  {
   "番号": 152,
   "題": "西大寺の静然上人腰かがまり眉白くまことに徳たけたるありさまにて",
   "一言でいうと": "老いた外見をありがたがる人へ、資朝は老犬を連れてきて皮肉を突きつけた。",
   "現代語訳": "西大寺の静然上人は、腰が曲がり、眉も白く、実に徳の高そうな姿で御所へ参上した。西園寺内大臣殿が「ああ、なんと尊そうなお姿だ」と信仰心を起こした様子を見せると、資朝卿は「ただお年を召しておられるのです」と申し上げた。後日、むく犬がひどく老いぼれ、毛も抜け落ちているのを引かせて、「この姿は尊く見えます」と言い、内大臣のもとへ差し上げなさったという。",
   "息つぎ": [
    "西大寺の静然上人(じやうねんしやうにん)、腰かがまり、眉白く、",
    "まことに徳たけたるありさまにて、",
    "内裏〔だいり〕へ参られたりけるを、西園寺内大臣殿〔さいをんじないだいじんどの〕、",
    "「あな尊(たうと)のけしきや」とて、信仰の気色(きそく)ありければ、",
    "資朝卿〔すけともきやう〕、これを見て、",
    "「年の寄りらるに候ふ」と申されけり。",
    "後日に、むく犬のあさましく老いさらぼひて、",
    "毛はげたるを引かせて、",
    "「この気色、尊く見えて候ふ」とて、",
    "内府〔ないふ〕へ参らせられたりけるとぞ。"
   ],
   "字数": 178,
   "息数": 10
  },
  {
   "番号": 153,
   "題": "為兼大納言入道召し捕られて",
   "一言でいうと": "資朝は、武士に囲まれて連行される姿さえ、後世に残る晴れ舞台としてうらやんだ。",
   "現代語訳": "為兼大納言入道が逮捕され、武士たちに取り囲まれて六波羅探題へ連行されていった。資朝卿は一条あたりでこれを見て、「ああ、うらやましい。この世に生きた思い出として、私もあのようになりたいものだ」と言ったという。",
   "息つぎ": [
    "為兼大納言入道〔ためかねだいなごんにふだう〕、召し捕られて、",
    "武士〔ぶし〕どもうち囲みて、六波羅〔ろくはら〕へ率(ゐ)て行きければ、",
    "資朝卿、一条〔いちでう〕わたりにて、これを見て、",
    "「あなうらやまし。世にあらん思ひ出で、かくこそあらまほしけれ」とぞ言はれける。"
   ],
   "字数": 98,
   "息数": 4
  },
  {
   "番号": 154,
   "題": "この人東寺の門に雨宿りせられたりけるに",
   "一言でいうと": "珍しい形への好奇心は長続きせず、結局は素直で自然なものに心が戻る。",
   "現代語訳": "この資朝卿が東寺の門で雨宿りをしていると、体の不自由な人々が集まっていた。手足がねじれたり曲がったり反り返ったりして、どこもかしこも不自由で普通とは異なる姿なのを見て、「それぞれが並ぶもののないほど変わっている。大いに心を引かれる」と思い、じっと見ていた。ところが間もなく興味が尽き、見苦しく気詰まりに思えてきたので、「やはり素直で珍しくないものに及ぶものはない」と思った。帰宅してから、「このところ植木を好み、異様に曲がりくねった木を探して目を楽しませていたのは、あの人々の姿を好んでいたのと同じだったのだ」と興ざめして、鉢に植えてあった木々をすべて掘り捨ててしまった。もっともなことである。",
   "息つぎ": [
    "この人、東寺〔とうじ〕の門に雨宿りせられたりけるに、",
    "かたは者どもの集まり居たるが、手も足もねぢゆがみ、",
    "うちかへりて、いづくも不具〔ふぐ〕に異様(ことやう)なるを見て、",
    "「とりどりにたぐひなき曲者(くせもの)なり。もつとも愛するに足れり」と思ひて、",
    "まもり給〔たま〕ひけるほどに、やがて、その興尽きて、",
    "見にくくいぶせく思えければ、",
    "ただ素直(すなほ)にめづらしからぬものにはしかず」と思ひて、",
    "帰りて後、",
    "「この間(あひだ)、植木を好み、異様に曲折〔きよくせつ〕あるを求めて、",
    "目を喜ばしめつるは、かのかたわを愛するなりけり」と、",
    "興なく思えければ、鉢〔はち〕に植ゑられける木ども、",
    "みな掘り捨てられにけり。",
    "さもありぬべきことなり。"
   ],
   "字数": 263,
   "息数": 13
  },
  {
   "番号": 155,
   "題": "世にしたがはん人はまづ機嫌を知るべし",
   "一言でいうと": "四季さえ順番を待たずに入れ替わる。まして死は、前からではなく背後から来る。",
   "現代語訳": "世間に従って生きようとする人は、まず時機を知るべきである。時機の悪いことは人の耳にも逆らい、気持ちにもそぐわず、うまくいかない。そうした折をわきまえなければならない。ただし、病気になること、子を産むこと、死ぬことだけは時機を選ばず、「今は都合が悪い」といって止まることがない。生まれ、存在し、変化し、滅びるという真の大事は、激しい川が満ちあふれて流れるようなものである。少しも滞らず、ただちに進んでいく。だから仏道でも世俗のことでも、必ず成し遂げようと思うことは、時機などと言ってはならない。あれこれ準備することなく、足を止めてはならない。春が終わってから夏になり、夏が終わってから秋が来るのではない。春のうちから夏の気配が生じ、夏にはすでに秋の気配が通い、秋になるとすぐ寒くなる。十月には小春日和となって草も青くなり、梅もつぼみをつける。木の葉が落ちるのも、まず葉が落ちてから芽が出るのではない。下から芽生えの兆しが起こり、その勢いに耐えられず葉が落ちるのである。次に来るものの気配が下に用意されているため、交替の時はたいへん早い。生・老・病・死の移り変わりは、これ以上に速い。四季にはまだ決まった順序があるが、死ぬ時は順番を待たない。死は前から来るとは限らず、いつの間にか背後まで迫っている。人は皆、死があることを知っており、しかも今すぐだとは思わずに待っているのに、不意に死はやって来る。沖の干潟ははるか遠くに見えていても、足元の磯から潮が満ちてくるようなものである。",
   "息つぎ": [
    "世にしたがはん人は、まづ機嫌(きげん)を知るべし。",
    "ついで悪しきことは、人の耳にも逆(さか)ひ、心にも違(たが)ひて。",
    "そのことならず。",
    "さやうの折節〔をりふし〕を心得べきなり。",
    "ただし、病を受け、子生み、死ぬることのみ、",
    "機嫌をはからず、「ついで悪し」とて止むことなし。",
    "生住異滅〔しやうぢゆういめつ〕の移り変るまことの大事は、",
    "たけき河のみなぎり流るるがごとし。",
    "しばしも滞〔とどこほ〕らず。",
    "ただちに行ひゆくものなり。",
    "されば、真俗〔しんぞく〕につけて、必ず果し遂げんと思はんことは、",
    "機嫌を言ふべからず。",
    "とかくのもよひなく。",
    "足を踏みとどむまじきなり。",
    "春暮れてのち夏になり、夏果てて秋の来るにはあらず。",
    "春はやがて夏の気を催〔もよほ〕し、夏よりすでに秋は通ひ、",
    "秋はすなはち寒くなり、十月〔かんなづき〕は小春の天気、",
    "草も青くなり、梅もつぼみぬ。",
    "木の葉の落つるも、まづ落て芽ぐむにはあらず。",
    "下よりきざしつはるに堪へずして落つるなり。",
    "迎ふる気、下にまうけたるゆゑに、",
    "待ちとるついではなはだ早し。",
    "生老病死〔しやうらうびやうし〕の移れるころ、またこれに過ぎたり。",
    "四季はなほ定まれるついであり。",
    "死期はついでを待たず。",
    "死は前よりしも来たらず。",
    "かねて後ろに迫れり。",
    "人、みな死あることを知りて、",
    "待つことしかも急ならざるに、思えずして来たる。",
    "沖の干潟〔ひがた〕はるかなれども、磯〔いそ〕より潮の満つるがごとし。"
   ],
   "字数": 516,
   "息数": 30
  },
  {
   "番号": 156,
   "題": "大臣の大饗はさるべき所を申しうけて行ふ常のことなり",
   "一言でいうと": "大臣の大饗には、わざわざ由緒ある場所を借りて催すという古くからの作法がある。",
   "現代語訳": "大臣就任の大饗（盛大な祝宴）は、ふさわしい場所を申し受けて催すのが通例である。宇治左大臣殿は東三条殿で催された。その時、天皇が東三条殿に滞在しておられたが、左大臣が申し上げたので、天皇は別の場所へ行幸された。これといった由縁がなくても、女院のお住まいなどをお借りする。これが古くからの作法だという。",
   "息つぎ": [
    "大臣の大饗〔だいきやう〕は、さるべき所を申しうけて行ふ、",
    "常のことなり。",
    "宇治左大臣殿〔うぢのさだいじんどの〕は、東三条殿〔ひがしさんでうどの〕にて行なはる。",
    "内裏にてありけるを、申されけるによりて、",
    "他所へ行幸〔ぎやうかう〕ありけり。",
    "させることの寄せなけれども、女院〔によゐん〕の御所など借り申す。",
    "故実〔こじつ〕なりとぞ。"
   ],
   "字数": 113,
   "息数": 7
  },
  {
   "番号": 157,
   "題": "筆を取ればもの書かれ楽器を取れば音を立てんと思ふ",
   "一言でいうと": "心は触れたものに動かされるから、善い形に身を置けば、内面も自然に整っていく。",
   "現代語訳": "筆を手に取れば何かを書きたくなり、楽器を手に取れば音を出したくなる。杯を手にすれば酒を思い、さいころを手にすれば賭け事をしたくなる。心は必ず、何かに触れることで動き出す。たとえ冗談でも、よくない遊びをしてはならない。ふと仏の教えの一句を見れば、なんとなくその前後の文章も目に入る。そうした何気ないきっかけから、長年の過ちを改めることもある。もし今、この書物を開かなかったなら、どうしてこのことを知れただろうか。これこそ、ものに触れることの利益である。まったくその気が起きなくても、仏前にいて数珠や経典を手に取れば、怠けながらでも自然と善い行いが積まれる。心が乱れたままでも、禅僧の椅子に座れば、知らないうちに禅定（精神を集中した境地）が成就するだろう。行為と道理は、もともと別のものではない。外に現れる姿が道に背かなければ、内面の悟りも必ず深まる。無理に信じないと言い張るべきではない。仰ぎ見て、これを尊ぶべきである。",
   "息つぎ": [
    "筆を取ればもの書かれ、楽器を取れば音を立てんと思ふ。",
    "盃(さかづき)を取れば酒を思ひ、賽(さい)を取れば攤(だ)打たんことを思ふ。",
    "心は必ずことにふれて来たる。",
    "かりにも不善〔ふぜん〕の戯れをなすべからず。",
    "あからさまに聖教(しやうげう)の一句を見れば、",
    "何となく前後の文(もん)も見ゆ。",
    "卒爾(そつじ)にして多年〔たねん〕の非を改むることもあり。",
    "かりに、今この文を広げざらましかば、",
    "このことを知らんや。",
    "これすなはち、触るる所の益なり。",
    "心、さらに起こらずとも、仏前にありて、",
    "数珠(ずず)を取り経を取らば、怠るうちにも、",
    "善業(ぜんごふ)おのづから修せられ、散乱の心ながらも、",
    "縄床(じようしやう)に座せば、覚えずして禅定(ぜんじやう)成るべし。",
    "事理、もとより二つならず。",
    "外相〔げさう〕もしそむかざれば、内証必〔ないしようかなら〕ず熟ず。",
    "しひて不信を言ふべからず。",
    "仰ぎてこれを尊むべし。"
   ],
   "字数": 308,
   "息数": 18
  },
  {
   "番号": 158,
   "題": "盃の底を捨つることはいかが心得たるとある人の尋ねさせ給ひしに",
   "一言でいうと": "杯の酒を少し残すのは、口をつけた箇所をすすぐための酒席の作法だった。",
   "現代語訳": "「杯の底の酒を捨てるという作法を、どう理解しているのか」と、ある方がお尋ねになったので、私は「凝当というのは、底に沈んで固まったものを捨てるという意味でしょうか」と申し上げた。すると、「そうではない。魚道という作法だ。酒を少し残しておき、口をつけたところをそれですすぐのだ」とおっしゃった。",
   "息つぎ": [
    "「盃の底を捨つることは、いかが心得たる」と、",
    "ある人の尋ねさせ給〔たま〕ひしに、",
    "「凝当(ぎようたう)と申し侍〔はべ〕るは、底に凝りたるを捨つるにや候ふらん」と申し侍りしかば、",
    "「さにはあらず。魚道(ぎよだう)なり。流れを残して、",
    "口のつきたる所をすすぐなり」とぞ仰せられし。"
   ],
   "字数": 113,
   "息数": 5
  },
  {
   "番号": 159,
   "題": "みな結びと言ふは糸を結び重ねたるが蜷といふ貝に似たれば言ふ",
   "一言でいうと": "「みな結び」の名は巻貝の蜷に似た形から来ており、「にな結び」は誤りである。",
   "現代語訳": "「『みな結び』という名は、糸を何重にも結んだ形が、蜷（みな）という巻貝に似ていることから付いたのだ」と、ある高貴な方がおっしゃった。「にな」と呼ぶのは誤りである。",
   "息つぎ": [
    "「『みな結び』と言ふは、糸〔いと〕を結び重ねたるが、蜷(みな)といふ貝に似たれば言ふ」と、",
    "あるやんごとなき人、仰せられき。",
    "「にな」と言ふは誤りなり。"
   ],
   "字数": 67,
   "息数": 3
  },
  {
   "番号": 160,
   "題": "門に額かくるを打つと言ふは良からぬにや",
   "一言でいうと": "昔から普通に使われる言葉にも、実は誤った言い方が数多く紛れ込んでいる。",
   "現代語訳": "門に額を掲げることを「額を打つ」と言うのは、よくない表現なのだろう。勘解由小路二品禅門は「額を掛ける」とおっしゃった。見物用の桟敷を設けることを「桟敷を打つ」と言うのも、よくないのだろう。「平張を打つ」などは普通の言い方であるが、桟敷については「桟敷を構える」などと言うべきである。「護摩を焚く」と言うのもよくない。「護摩を修する」「護摩する」などと言う。「行法の『法』の字を濁らずに発音するのはよくない。濁って発音するものだ」と、清閑寺僧正がおっしゃった。日常使う言葉には、このような例が実に多い。",
   "息つぎ": [
    "門に額〔がく〕かくるを、「打つ」と言ふは良からぬにや。",
    "勘解由小路二品禅門〔かでのこうぢにほんぜんもん〕は、「額かくる」とのたまひき。",
    "「見物の桟敷打〔さじきう〕つ」も良からぬにや。",
    "「平張(ひらばり)打つ」などは常(つね)のことなり。",
    "「桟敷〔さじき〕かまふる」など言ふべし。",
    "「護摩焚〔ごまた〕く」と言ふも悪(わろ)し。",
    "「修する」「護摩する」など言ふなり。",
    "「行法(ぎやうぼふ)も、法の字を澄みて言ふ、悪し。濁りて言ふ」と、",
    "清閑寺僧正仰〔せいかんじそうじやうおほ〕せられき。",
    "常に言ふことに、かかることのみ多し。"
   ],
   "字数": 186,
   "息数": 10
  },
  {
   "番号": 161,
   "題": "花の盛りは冬至より百五十日とも時正の後七日とも言へど",
   "一言でいうと": "桜の満開は、立春から数えて七十五日目ごろと見れば、だいたい外れない。",
   "現代語訳": "桜が満開になる時期は、冬至から百五十日目とも、春分の日から七日後ともいうが、立春から七十五日目とすれば、たいてい間違いない。",
   "息つぎ": [
    "花の盛りは、冬至〔とうじ〕より百五十日〔ひやくごじふにち〕とも、時正(じしやう)の後、",
    "七日とも言へど、立春〔りつしゆん〕より七十五日〔しちじふごにち〕、おほやう違(たが)はず。"
   ],
   "字数": 47,
   "息数": 2
  },
  {
   "番号": 162,
   "題": "遍照寺の承仕法師池の鳥を日ごろ飼ひつけて",
   "一言でいうと": "餌で鳥をおびき寄せて大量に殺した僧は、村人に捕らえられ、鳥を首に掛けて投獄された。",
   "現代語訳": "遍照寺の雑役をする法師が、日頃から池の鳥に餌を与えて慣れさせていた。堂の中まで餌をまき、戸を一つだけ開けておくと、数えきれないほどの鳥が中へ入った。そのあと法師も中へ入り、戸を閉め切り、鳥を次々に捕らえて殺した。その騒々しい物音を草刈りの少年が聞いて人に知らせたので、村の男たちが立ち上がって堂へ入ってみた。大雁たちが互いに騒ぎ回る中に法師が交じり、押さえつけ、ねじり殺していた。そこで男たちはこの法師を捕らえ、その土地から検非違使庁（治安と裁判を担当する役所）へ突き出した。法師は殺した鳥を首に掛けさせられ、投獄された。基俊大納言が検非違使別当であった時のことである。",
   "息つぎ": [
    "遍照寺の承仕法師(じようじほふし)、池の鳥を日ごろ飼ひつけて、",
    "堂の内まで餌(ゑ)をまきて、戸一つ開けたれば、",
    "数も知らず入りこもりける後(のち)、おのれも入りて、",
    "たてこめて、捕らへつつ殺しけるよそほひ、",
    "おどろおどろしく聞こえけるを、草刈る童(わらは)聞きて、",
    "人に告げければ、村の男(をのこ)ども、起りて入りて見るに、",
    "大雁(おほがん)どもふためきあへる中に、法師まじりて、",
    "打ち伏せねぢ殺しければ、この法師を捕らへて、",
    "所より使庁〔しちやう〕へ出だしたりけり。",
    "殺すところの鳥を、頸(くび)にかけさせて、禁獄〔きんごく〕せられにけり。",
    "基俊大納言〔もととしだいなごん〕、別当〔べたう〕の時になん侍〔はべ〕りける。"
   ],
   "字数": 235,
   "息数": 11
  },
  {
   "番号": 163,
   "題": "太衝の太の字点打つ打たずといふこと陰陽のともがら相論のことありけり",
   "一言でいうと": "星の名「太衝」の「太」に点を打つかという論争は、古い自筆資料が決め手になった。",
   "現代語訳": "星の名である太衝の「太」の字に、点を打つか打たないかをめぐり、陰陽師たちの間で論争があった。盛親入道が申したところでは、「安倍吉平が自筆で書いた占いの文書の裏に記された天皇の日記が、近衛関白殿のもとにある。そこには点を打った字で書かれている」ということだった。",
   "息つぎ": [
    "太衝〔たいしよう〕の太の字、点打つ、打たずといふこと、",
    "陰陽〔おんやう〕のともがら、相論〔さうろん〕のことありけり。",
    "盛親入道〔もりちかにふだう〕、申し侍〔はべ〕りしは、",
    "「吉平(よしひら)が自筆の占文(せんもん)の裏に書かれたる御記、",
    "近衛関白殿〔このゑくわんぱくどの〕にあり。点打ちたるを書きたり」と申しき。"
   ],
   "字数": 98,
   "息数": 5
  },
  {
   "番号": 164,
   "題": "世の人あひ会ふ時暫くも黙止することなし",
   "一言でいうと": "人は顔を合わせると黙っていられず、害の多い無駄話を無駄だとも気づかず語り合う。",
   "現代語訳": "世間の人は、誰かと顔を合わせると、少しの間も黙っていられない。必ず何かを話す。その内容を聞くと、たいていは役に立たない話である。世間の根拠のない噂や、人への批評は、自分にも他人にも損が多く、得るものが少ない。それを語っている時、互いの心には「これは無駄なことだ」という自覚がない。",
   "息つぎ": [
    "世の人、あひ会ふ時、暫〔しばら〕くも黙止〔もだ〕することなし。",
    "必ず言葉あり。",
    "そのことを聞くに、多くは無益(むやく)の談なり。",
    "世間〔せけん〕の浮説(ふせつ)、人の是非〔ぜひ〕、自他のために、失多く得少なし。",
    "これを語る時、互ひの心に、",
    "「無益のことなり」といふことを知らず。"
   ],
   "字数": 107,
   "息数": 6
  },
  {
   "番号": 165,
   "題": "吾妻の人の都の人に交はり",
   "一言でいうと": "自分が育った社会を離れ、よその流儀に交じって身を立てようとする姿は見苦しい。",
   "現代語訳": "東国の人が都の人々に交じること、都の人が東国へ行って身を立てること、また、もとの寺や本山を離れた顕教・密教の僧など、総じて自分が属してきた社会を離れてよその人々に交じっている姿は、見苦しいものである。",
   "息つぎ": [
    "吾妻(あづま)の人の、都(みやこ)の人に交はり、都の人の、",
    "吾妻に行きて身を立て、",
    "また本寺〔ほんじ〕・本山〔ほんざん〕を離れぬる顕密〔けんみつ〕の僧、すべて、",
    "わが俗にあらずして、人に交はれる、見苦し。"
   ],
   "字数": 72,
   "息数": 4
  },
  {
   "番号": 166,
   "題": "人間の営みあへるわざを見るに",
   "一言でいうと": "消えかけた命の上で大事業に追われる人間は、雪仏のために豪華な堂を建てるようなものだ。",
   "現代語訳": "人々が競い合って営んでいる仕事を見ると、春の日に雪で仏像を作り、その像のために金銀や宝玉の飾りを用意し、堂まで建てようとする姿に似ている。堂の完成を待ち、雪仏を立派に安置することなどできるだろうか。人の命も、あると思って見ている間に、下のほうから雪のように消えていく。それなのに、完成を待って営んでいることは、あまりにも多い。",
   "息つぎ": [
    "人間の営みあへるわざを見るに、春の日に雪仏(ゆきぼとけ)を作りて、",
    "そのために金銀珠玉〔きんぎんしゆぎよく〕の飾りを営み、",
    "堂を建てんとするに似たり。",
    "その構へを待ちて、よく安置〔あんぢ〕してんや。",
    "人の命ありと見るほども、下より消ゆること、",
    "雪のごとくなるうちに、営みまつこと、はなはだ多し。"
   ],
   "字数": 120,
   "息数": 6
  },
  {
   "番号": 167,
   "題": "一道にたづさはる人あらぬ道の筵にのぞみて",
   "一言でいうと": "自分の優れた点を誇って人と争う慢心こそ、愚かに見え、災いを招く最大の原因である。",
   "現代語訳": "一つの道を専門にする人が、別の分野の集まりに出て、「ああ、これが自分の専門なら、こんなふうに黙って見てはいないのだが」と口にし、心でもそう思うのはよくあることだが、実に感じが悪い。知らない分野をうらやましく思うなら、「ああ、うらやましい。どうして私は習わなかったのだろう」とだけ言っていればよい。自分の知識を持ち出して人と争うのは、角のある獣が角を傾け、牙のある獣が牙をむき出すようなものだ。人は自分の長所を誇らず、他人と争わないことを徳とする。他人より優れた点があることは、大きな過ちのもとになる。身分の高さでも、才能や芸の優秀さでも、祖先の名誉でも、「自分は人より上だ」と思う人は、たとえ言葉には出さなくても、心の中に多くの罪がある。よく慎み、その思いを忘れるべきだ。愚かに見え、人から悪く言われ、災いまで招くのは、ただこの慢心のためである。一つの道に本当に熟達した人は、自分ではっきりこの過ちを知っているので、志に満足することがなく、最後まで自分を誇らない。",
   "息つぎ": [
    "一道〔いちだう〕にたづさはる人、あらぬ道の筵(むしろ)にのぞみて、",
    "「あはれ、わが道ならましかば、かくよそに見侍らじものを」と言ひ、",
    "心にも思へること、常のことなれど、",
    "よに悪(わろ)く思ゆるなり。",
    "知らぬ道のうらやましく思(おぼ)えば、",
    "「あなうらやまし。などか習はざりけん」と言ひてありなん。",
    "わが智〔ち〕を取り出でて、人に争ふは、角(つの)ある物の角を傾(かたぶ)け、",
    "牙〔きば〕ある物の牙を噛み出だすたぐひなり。",
    "人としては善に誇〔ほこ〕らず、ものと争はざるを徳とす。",
    "他にまさることのあるは、大きなる失なり。",
    "品の高さにても、才芸の優れたるにても、",
    "先祖の誉〔ほま〕れにても、「人にまされり」と思へる人は、",
    "たとひ言葉に出でてこそ言はねども、",
    "内心にそこばくの咎(とが)あり。",
    "慎しみて、これを忘るべし。",
    "をこにも見え、人にも言ひ消(け)たれ、禍ひをも招くは、",
    "ただこの慢心〔まんしん〕なり。",
    "一道にもまことに長じぬる人は、",
    "みづから明らかにこの非をしるゆゑに、志(こころざし)、",
    "常に満たずして、つひに物に誇ることなし。"
   ],
   "字数": 387,
   "息数": 20
  },
  {
   "番号": 168,
   "題": "年老いたる人の一事すぐれたる才のありて",
   "一言でいうと": "本当の専門家は知識をひけらかさず、知らないことには「知らない」と言うからこそ信頼される。",
   "現代語訳": "年老いた人が一つのことに優れた才能を持ち、「この人が亡くなった後は、いったい誰に尋ねればよいのだろう」などと言われるのは、老いの支えとなり、生きていることも無駄ではない。それでも、その才能に衰えたところが少しもないと、「一生をこのことだけで終えたのだ」と、かえってつまらなく見える。「今はもう忘れてしまった」と言っているくらいがよい。だいたいのことを知っていても、むやみにあれこれ言い散らすと、「実はそれほどの学識ではないのだろうか」と思われ、自然と誤りも出てくるだろう。「はっきりとは理解していない」などと言えば、かえって本当にその道の第一人者だと思われる。まして、自分の知らないことを、得意顔で重々しく、誰も反論できないような人が説いて聞かせるのを、「そうではない」と思いながら黙って聞いているのは、実につらいことである。",
   "息つぎ": [
    "年老〔としお〕いたる人の、一事(いちじ)すぐれたる才(ざえ)のありて、",
    "「この人の後には、誰にか問はん」など言はるるは、",
    "老〔お〕いの方人(かたうど)にて、生けるもいたづらならず。",
    "さはあれど、それもすたれたる所のなきは、",
    "「一生〔いつしやう〕、このことにて暮れにけり」と、つたなく見ゆ。",
    "「今は忘れにけり」と言ひてありなん。",
    "大方は知りたりとも、すずろに言ひ散らすは、",
    "「さばかりの才〔ざえ〕にはあらぬにや」と聞こえ、",
    "おのづから誤りもありぬべし。",
    "「さだかにも、わきまへ知らず」など言ひたれば、なほ、",
    "まことに道の主(あるじ)とも思えぬべし。",
    "まして、知らぬこと、したり顔に、おとなしく、",
    "もどきぬべくもあらぬ人の、言ひ聞かするを、",
    "「さもあらず」と思ひながら聞き居たる、いとわびし。"
   ],
   "字数": 293,
   "息数": 14
  },
  {
   "番号": 169,
   "題": "何事の式といふことは後嵯峨の御代までは言はざりけるを",
   "一言でいうと": "新しい言葉だという説も、古い文章に用例が見つかれば、簡単には信じられない。",
   "現代語訳": "ある人が、「何々の『式』という言い方は、後嵯峨天皇の御代までは使わなかったが、近頃になって使われ始めた言葉です」と申した。だが、建礼門院右京大夫は、後鳥羽院が御即位になった後、自分が再び御所に住んだことを述べた箇所で、「世のしきも変わったことはないのに」と書いている。",
   "息つぎ": [
    "「何事の式といふことは、",
    "後嵯峨〔ごさが〕の御代までは言はざりけるを、",
    "近きほどより言ふ言葉なり」と人の申し侍〔はべ〕りしに、",
    "建礼門院〔けんれいもんゐん〕の右京大夫〔うきやうのだいぶ〕、後鳥羽院御位〔ごとばのゐんみくらゐ〕ののち、",
    "また内裏住(うちず)みしたることを言ふに、",
    "「世のしきも変りたることはなきにも」と書きたり。"
   ],
   "字数": 118,
   "息数": 6
  },
  {
   "番号": 170,
   "題": "さしたることもなくて人のがり行くはよからぬことなり",
   "一言でいうと": "訪問は用が済んだら早く帰るのが基本だが、心の通う人との何気ない語らいはうれしい。",
   "現代語訳": "これといった用事もないのに人の家を訪ねるのは、よくないことである。用事があって行ったとしても、それが済んだならすぐ帰るべきだ。長居をするのはたいへんわずらわしい。人と向かい合っていると言葉が多くなり、体も疲れ、心も落ち着かない。あらゆることが妨げられて時間が過ぎ、互いのためにならない。とはいえ、迷惑そうに言うのもよくない。気に入らないことがある時は、むしろその理由を言ってしまえばよい。同じ心で向き合いたいと思う相手が、退屈していて、「もうしばらくいてください。今日はゆっくり話しましょう」などと言う場合は、話が別だろう。阮籍が好ましい人を青い目で迎えたというような親愛の情は、誰にでもあるべきものだ。これといった用事もないのに人が訪ねてきて、のんびり話をして帰っていくのは、とてもよい。また手紙も、「長らくご無沙汰しておりますので」などとだけ書いて送ってくれるのは、たいへんうれしい。",
   "息つぎ": [
    "さしたることもなくて、",
    "人のがり行くはよからぬことなり。",
    "用ありて行きたりとも、そのこと果てなば、",
    "とく帰るべし。",
    "久しく居たる、いとむつかし。",
    "人と向ひたれば、言葉多く、身もくたびれ、",
    "心もしづかならず。",
    "よろづのことさはりて、時を移す、互ひのため益(やく)なし。",
    "いとはしげに言はんも悪(わろ)し。",
    "心づきなきことあらん折は、",
    "なかなかそのよしをも言ひてん。",
    "同じ心に向かはまほしく思はん人の、つれづれにて、",
    "「いましばし。今日は心しづかに」など言はんは、",
    "この限りにはあらざるべし。",
    "阮籍〔げんせき〕が青き眼〔まなこ〕、誰もあるべきことなり。",
    "そのこととなきに、人の来たりて、",
    "のどかに物語して帰りぬる、いとよし。",
    "また文も、",
    "「久しく聞こえさせねば」などばかり言ひおこせたる、",
    "いとうれし。"
   ],
   "字数": 314,
   "息数": 20
  },
  {
   "番号": 171,
   "題": "貝を覆ふ人の我が前なるをばおきて余所を見渡して",
   "一言でいうと": "遠くを制しようとする前に、まず足元を正せば、その徳は自然と遠くまで届く。",
   "現代語訳": "貝覆いの遊びをする人が、自分の前の貝をそのままにして、よそを見回し、人の袖の陰や膝の下にまで目を配っているうちに、目の前の貝をほかの人に取られてしまう。上手に貝を取る人は、遠くの貝まで無理に取っているようには見えず、近くの貝だけを取っているようでいて、数多く取る。碁盤の隅に石を立てて別の石を弾き当てる遊びでも、向こうの石をじっと見て弾くと当たらない。自分の手元をよく見て、ここにある星の目をまっすぐ狙って弾けば、立てた石に必ず当たる。何事も、外へ目を向けて求めてはならない。ただ自分の足元を正しくするべきである。清献公の言葉に、「善い行いをして、その先の結果を問うな」とある。世を治める道も同じではないだろうか。国内を慎んで治めず、軽々しく好き勝手に振る舞って乱れたままにし、遠国が背いた時になって初めて策を求める。「風に吹かれ、湿った所に寝て病気になり、その治療を神仏に訴えるのは愚かな人である」と医書にあるのと同じだ。目の前にいる人々の苦しみをなくし、恵みを施して、正しい道で治めれば、その感化が遠くまで及ぶことを知らないのである。禹が出征して三苗を征服しようとした時も、軍を引き返して徳のある政治を広めることには及ばなかった。",
   "息つぎ": [
    "貝を覆〔おほ〕ふ人の、我が前なるをばおきて、余所(よそ)を見渡して、",
    "人の袖のかげ、膝の下まで目を配る間(ま)に、",
    "前なるをば人に覆はれぬ。",
    "よく覆ふ人は、余所までわりなく取るとは見えずして、",
    "近きばかり覆ふやうなれど、多く覆ふなり。",
    "碁盤〔ごばん〕の隅に石を立てて弾〔はじ〕くに、",
    "向ひなる石をまぼりて弾くは当たらず。",
    "わが手元をよく見て、ここなる聖目(ひじりめ)をすぐに弾けば、",
    "立てたる石、かならず当たる。",
    "よろづのこと、外(ほか)に向きて求むべからず。",
    "ただ、ここもとを正しくすべし。",
    "清献公〔せいけんこう〕が言葉に、",
    "「好事〔かうじ〕を行じて、前程〔ぜんてい〕を問ふことなかれ」と言へり。",
    "世を保たん道も、かくや侍〔はべ〕らん。",
    "内を慎しまず、軽くほしきままにして、みだりなれば、",
    "遠国(をんごく)必ずそむく時、はじめて謀(はかりこと)を求む。",
    "「風に当たり、湿に臥して、病を神霊〔しんれい〕に訴(うた)ふるは、愚かなる人なり」と、",
    "医書〔いしよ〕に言へるがごとし。",
    "目の前なる人の愁〔うれ〕へをやめ、恵みを施〔ほどこ〕して、",
    "道を正しくせば、その化(くわ)遠く流れんことを知らざるなり。",
    "禹(う)の行きて、三苗(さんべう)を征せしも、",
    "師(いくさ)を班(かへ)して徳を敷くにはしかざりき。"
   ],
   "字数": 421,
   "息数": 22
  },
  {
   "番号": 172,
   "題": "若き時は血気内に余り心物に動きて情欲多し",
   "一言でいうと": "若さは情熱ゆえに身を誤りやすく、老いは衰えゆえに心が静まり、知恵が深くなる。",
   "現代語訳": "若い時は血気が体の中にあふれ、心が物事に動かされ、欲望も多い。身を危険にさらし、たやすく破滅するさまは、珠を転がすようなものだ。美しいものを好んで財宝を使い果たしたかと思えば、それを捨てて僧衣に身をやつす。勇み立つ心が盛んで人と争い、心の中で恥じたり、うらやんだりし、好みも日ごとに定まらない。恋愛にふけり、風流に心を奪われ、思い切りよく振る舞って、一生を誤り、命まで失った先人の例に憧れ、自分が無事に長生きすることなど考えない。好きな方面へ心のままに進み、後世まで語り草にもなる。身を誤ることは、若い時の仕業である。年老いた人は精神が衰え、感覚も淡く大ざっぱになって、心を動かされるものがない。心が自然と静かなので、無益なことをせず、自分の身を守って心配なく暮らし、人に迷惑をかけないようにと思う。老いて知恵が若い頃より優れているのは、若い時の姿が老人より優れているのと同じである。",
   "息つぎ": [
    "若き時は、血気〔けつき〕、内に余り、心、物に動きて、情欲多〔じやうよくおほ〕し。",
    "身を危ぶめて、砕けやすきこと、",
    "珠〔たま〕を走らしむるに似たり。",
    "美麗〔びれい〕を好みて、宝を費〔つひ〕し、これを捨てて、",
    "苔〔こけ〕の袂(たもと)にやつれ、勇める心盛りにして、ものと争ひ、",
    "心に恥ぢうらやみ、好む所、日々に定まらず。",
    "色にふけり、情けにめで、行ひをいさぎよくして、",
    "百年(ももとせ)の身を誤り、命を失へるためし願はしくして、",
    "身の全(また)く久しからんことをば思はず。",
    "好ける方(かた)に心ひきて、永き世語りともなる。",
    "身を誤(あやま)つことは、若き時のしわざなり。",
    "老いぬる人は、精神衰〔せいしんおとろ〕へ、淡くおろそかにして、",
    "感じ動く所なし。",
    "心おのづから静かなれば、無益(むやく)のわざをなさず。",
    "身を助けて愁〔うれ〕へなく、人のわづらひなからんことを思ふ。",
    "老いて智の若き時にまされるころ、若くして、",
    "形の老いたるにまされるがごとし。"
   ],
   "字数": 335,
   "息数": 17
  },
  {
   "番号": 173,
   "題": "小野小町がこときはめて定かならず",
   "一言でいうと": "小野小町の晩年を語る文には年代の矛盾があり、作者も伝承もはっきりしない。",
   "現代語訳": "小野小町については、まったくはっきりしない。彼女が落ちぶれた姿は『玉造』という文章に書かれている。この文章は三善清行が書いたという説もあるが、弘法大師の著作目録にも入っている。ところが大師は承和年間の初めに亡くなっている。小町が美しさの盛りを迎えたのは、その後のことではないだろうか。やはり疑わしい。",
   "息つぎ": [
    "小野小町〔をののこまち〕がこと、きはめて定かならず。",
    "衰へたるさまは、玉造〔たまつくり〕といふ文に見えたり。",
    "この文、清行〔きよゆき〕が書けりといふ説あれど、",
    "高野大師〔かうやだいし〕の御作の目録に入れり。",
    "大師は、承和〔じようわ〕の始めに隠〔かく〕れ給〔たま〕へり。",
    "小町が盛りなること、その後のことにや。",
    "なほおぼつか。"
   ],
   "字数": 120,
   "息数": 7
  },
  {
   "番号": 174,
   "題": "小鷹に良き犬大鷹に使ひぬれば小鷹に悪くなると言ふ",
   "一言でいうと": "本当に道を志せば、ほかの営みは自然に捨てられる。人にも賢い犬ほどの一途さはあるはずだ。",
   "現代語訳": "小鷹狩りに適した犬を大鷹狩りに使うと、小鷹狩りには役立たなくなるという。大きなものにつき、より小さなものを捨てるという道理は、まことにそのとおりである。人の営みが数多くある中で、道を楽しむことより味わい深いものはない。これこそ本当の大事である。一度でも道を聞き、それを志した人なら、捨てられない仕事があるだろうか。ほかに何を営むというのか。愚かな人であっても、賢い犬の心に劣ることがあるだろうか。",
   "息つぎ": [
    "小鷹〔こたか〕に良き犬、大鷹〔おほたか〕に使ひぬれば、",
    "小鷹に悪(わろ)くなると言ふ。",
    "大に付き小を捨つることわり、まことにしかなり。",
    "人事(にんじ)多かる中に、道を楽しぶより気味深きはなし。",
    "これ、まことの大事なり。",
    "一度(ひとたび)、道を聞きて、これに志さん人、",
    "いづれのわざか廃〔すた〕れざらん。",
    "何ごとをか営まん。",
    "愚かなる人といふとも、賢き犬の心に劣らんや。"
   ],
   "字数": 148,
   "息数": 9
  },
  {
   "番号": 175,
   "題": "世には心得ぬことの多きなり",
   "一言でいうと": "無理に飲ませる酒は人を壊すが、気心の知れた場でほどよく飲む酒には捨てがたい味がある。",
   "現代語訳": "世の中には理解できないことが多い。何かあるたび、まず酒を勧め、無理に飲ませるのを面白がるのは、どういうわけなのかわからない。飲まされる人が耐えがたそうに眉をひそめ、人目をうかがって酒を捨てようとし、逃げようとするのを捕まえて引き止め、むやみに飲ませる。すると、端正な人もたちまち狂人のように愚かな振る舞いをし、健康な人も目の前で重病人のようになり、意識を失って倒れ伏す。祝いの日などなら、なんとも情けないことになる。翌日まで頭が痛み、物も食べず、うなりながら寝込み、別の世にいるような状態で昨日のことも覚えていない。公私の大切な用事を欠かし、周囲の迷惑にもなる。人をこんな目に遭わせるのは慈悲がなく、礼儀にも背いている。これほどつらい目に遭わされた人が、腹立たしく悔しいと思わないはずがあるだろうか。「よその国にはこんな習慣があるそうだ」と、自分たちには無関係な話として伝え聞いたなら、奇妙で信じがたいことだと思うに違いない。他人のこととして見ているだけでも気が重い。思慮深そうで奥ゆかしいと思っていた人まで、何の考えもなく大声で笑い騒ぎ、口数が増え、烏帽子はゆがみ、紐を外し、すねを高く出してだらしない姿となり、ふだんのその人とは思えなくなる。女は前髪をすっかりかき上げ、人目も気にせず顔を上げて笑い、盃を持つ手に取りすがる。品のない者は肴を取って相手の口に押し当て、自分も食べる。実に見苦しい。皆が声の限りに歌い舞い、年老いた僧が呼び出されて、黒く汚れた体の肩をはだけ、見るに堪えない身ぶりで体をよじる。それを喜んで見る人まで疎ましく憎らしい。自分がどれほど立派かを聞くに堪えない調子で語る者もいれば、酔って泣く者もいる。身分の低い者たちは罵り合い、けんかをして、あきれるほど恐ろしい。恥ずかしく情けないことばかりで、最後には許しもなく他人の物を奪い、縁側や馬や車から落ちてけがをする。乗り物を持たない者は大通りをよろめき歩き、土塀や門の下に向かって口にするのもはばかられるものをまき散らす。年老いて袈裟を着た僧が、少年の肩につかまり、聞き取れないことを言いながらよろめく姿は、なんとも痛々しい。こんなことをしても現世や来世に利益があるのなら仕方がないが、現世では過ちが増え、財産を失い、病気になる。「百薬の長」とはいっても、あらゆる病は酒から起こる。「憂いを忘れる」とはいっても、酔った人はむしろ昔のつらさまで思い出して泣くらしい。来世についても、酒は人の知恵を失わせ、善い行いの功徳を火のように焼き、悪を増し、あらゆる戒めを破らせ、地獄へ落とす。「酒を取って人に飲ませた者は、五百回生まれ変わる間、手のない者に生まれる」と仏は説いているそうだ。このように酒は疎ましいと思うものだが、自然と捨てがたく感じる時もある。月夜や雪の朝、花の下で心静かに語り合い、盃を出すのは、あらゆる風情を深める。退屈な日に思いがけず友が訪ねてきて、あり合わせで一杯やるのも心が慰む。まだ親しくない高貴な家で、御簾の中から果物や酒が、品のよい気配とともに差し出されるのも、とてもよい。冬の狭い部屋で、火で何かをあぶりながら、遠慮のない仲間同士が向かい合ってたくさん飲むのも面白い。旅先の仮小屋や野山で、「肴になるものはないか」などと言い、芝の上で飲むのも楽しい。ひどく酒を嫌う人が勧められて少しだけ飲むのもよい。身分の高い人が特別に目をかけ、「もう一杯。盃の酒が少ないぞ」などと勧めてくださるのもうれしい。親しくなりたい人が酒好きで、酒を重ねるうちにすっかり打ち解けるのも、またうれしい。そうはいっても、酒飲みはどこか愛嬌があり、酔った罪を許されるものである。酔いつぶれて朝寝している所を主人に戸を開けられ、慌てて、ぼんやりした顔のまま細い髷を突き出し、服もろくに着られず抱えて引きずりながら逃げていく。裾をからげた後ろ姿や、毛の生えた細いすねの様子は、滑稽でいかにも酒飲みらしい。",
   "息つぎ": [
    "世には心得ぬことの多きなり。",
    "ともあるごとには、まづ酒を勧めて、",
    "強ひ飲ませたるを興〔きよう〕とすること、",
    "いかなるゆゑとも心得ず。",
    "飲む人の顔、いと堪〔た〕へがたげに眉をひそめ、",
    "人目をはかりて捨てんとし、逃げんとするを捕(とら)へて、",
    "ひきとどめて、すずろに飲ませつれば、うるはしき人も、",
    "たちまちに狂人〔きやうじん〕となりて、をこがましく、息災〔そくさい〕なる人も、",
    "目の前に大事の病者となりて、前後も知らず倒(たふ)れ伏す。",
    "祝〔いは〕ふべき日などは、あさましかりぬべし。",
    "明くる日まで頭(かしら)痛く、もの食はず、によひ臥し、",
    "生を隔てたるやうにして、昨日のこと覚えず、",
    "公私(おほやけわたくし)の大事を欠きて、わづらひとなる。",
    "人をして、かかる目を見すること、慈悲もなく、",
    "礼儀〔れいぎ〕にもそむけり。",
    "かく辛(から)き目にあひたらん人、ねたく、",
    "口惜しと思はざらんや。",
    "「人の国にかかる習ひあなり」と、",
    "これらになき人ごとにて伝へ聞きたらんは、あやしく、",
    "不思議〔ふしぎ〕に思えぬべし。",
    "人の上にて見たるだに心憂し。",
    "思ひ入りたるさまに、心にくしと見し人も、",
    "思ふ所なく笑ひののしり、言葉多く、烏帽子(えぼうし)ゆがみ、",
    "紐〔ひも〕はづし、脛(はぎ)高くかかげて、用意なき気色、",
    "日ごろの人とも思えず。",
    "女は、額髪晴〔ひたひがみは〕れらかにかきやり、",
    "まばゆからず顔うちささげてうち笑ひ、",
    "盃持〔さかづきも〕てる手に取付き、よからぬ人は、",
    "肴(さかな)取りて口にさし当て、みづからも食ひたる。",
    "さま悪し。",
    "声の限り出だして、おのおの歌ひ舞ひ、年老いたる法師、",
    "召し出だされて、黒く汚なき身を肩脱〔かたぬ〕ぎて、",
    "目も当てられずすぢりたるを、",
    "興じ見る人さへうとましくにくし。",
    "あるはまた、わが身いみじきことども、",
    "かたはらいたく言ひ聞かせ、あるは酔(ゑ)ひ泣きし、",
    "下ざまの人は、罵(の)りあひ諍(いさか)ひて、あさましく恐し。",
    "恥ぢがましく、心憂きことのみありて、",
    "果ては許さぬ物ども押し取りて、縁(えん)より落ち、",
    "馬・車より落ちて、あやまちしつ。",
    "物にも乗らぬきはは、大路をよろぼひ行きて、",
    "築地(ついひぢ)・門の下などに向きて、",
    "えもいはぬことどもし散らし、",
    "年老い袈裟〔けさ〕かけたる法師の、小童(こわらは)の肩をおさへて、",
    "聞こえぬことども言ひつつよろめきたる、いとかはゆし。",
    "かかることをしても、この世も後の世も、",
    "益あるべきわざならばいかがはせん、この世には、",
    "あやまち多く、財を失ひ、病をまうく。",
    "「百薬〔ひやくやく〕の長」とはいへど、",
    "よろづの病は酒よりこそおこれ。",
    "「憂へ忘る」といへど、",
    "酔ひたる人ぞ、過ぎにし憂さをも思ひ出でて泣くめる。",
    "後の世は、人の智恵を失なひ、",
    "善根〔ぜんこん〕を焼くこと火のごとくして、悪を増し、",
    "よろづの戒を破りて、地獄〔ぢごく〕に落つべし。",
    "「酒を取りて人に飲ませたる人、五百生〔ごひやくしやう〕が間、",
    "手無き者に生まる」とこそ、仏は説き給〔たま〕ふなれ。",
    "かく、「うとまし」と思ふものなれど、",
    "おのづから捨てがたき折もあるべし。",
    "月の夜、雪の朝(あした)、花のもとにても、心のどかに物語して、",
    "盃(さかづき)出だしたる。",
    "よろづの興をそふるわざなり。",
    "つれづれなる日、思ひのほかに友の入り来て、",
    "とり行ひたるも、心なぐさむ。",
    "なれなれしからぬあたりの、御簾〔みす〕の中より、",
    "御果物(おんくだもの)・御酒(みき)など、よきやうなる気配して、",
    "さし出だされたる。",
    "いとよし。",
    "冬狭(せば)き所にて、火にてもの煎〔い〕りなどして、",
    "隔てなき同士(どち)さし向ひて、多く飲みたる、いとをかし。",
    "旅の仮屋(かりや)、野山などにて、「御肴(みさかな)何がな」など言ひて、",
    "芝の上にて飲みたるもをかし。",
    "いたういたむ人の、強ひられて、少し飲みたるも、",
    "いとよし。",
    "よき人の、とりわきて、「今一つ。上少なし」など、",
    "のたまはせたるも嬉し。",
    "近付かまほしき人の、上戸〔じやうご〕にて、ひしひしと慣れぬる。",
    "また嬉し。",
    "さはいへど、上戸はをかしく、罪許さるる者なり。",
    "酔ひくたびれて、朝寝(あさい)したる所を、主(あるじ)の引き開けたるに、",
    "まどひて、ほれたる顔ながら、細き髻(もとどり)さし出だし、",
    "ものも着あへず抱(いだ)き持ち、ひきしろひて逃ぐる、",
    "かい取り姿の後手(うしろで)、毛生ひたる細脛(ほそはぎ)のほど、",
    "をかしくつきづきし。"
   ],
   "字数": 1525,
   "息数": 84
  },
  {
   "番号": 176,
   "題": "黒戸は小松御門位につかせ給ひて昔ただ人におはしましし時",
   "一言でいうと": "黒戸という名は、天皇が皇子時代の習慣を忘れず炊事を続け、薪の煙で部屋がすすけたことに由来する。",
   "現代語訳": "黒戸は、小松天皇が即位された後も、まだ皇族であった昔に炊事をなさったことをお忘れにならず、いつもその営みを続けられた部屋である。天皇のための薪の煙ですすけていたので、黒戸と呼ぶのだという。",
   "息つぎ": [
    "黒戸〔くろど〕は、小松御門〔こまつのみかど〕、位につかせ給〔たま〕ひて、昔、",
    "ただ人におはしましし時、",
    "まさなごとせさせ給ひしを忘れ給はで、",
    "常に営ませ給ひける間(ま)なり。",
    "御薪(みかまぎ)にすすけたれば、黒戸といふとぞ。"
   ],
   "字数": 84,
   "息数": 5
  },
  {
   "番号": 177,
   "題": "鎌倉中書王にて御鞠ありけるに",
   "一言でいうと": "その場しのぎの妙案より、昔からの正しい作法にかなった備えのほうが優れている。",
   "現代語訳": "鎌倉中書王の御所で蹴鞠が催された時、雨上がりで庭がまだ乾いていなかったため、「どうしたものか」と相談になった。佐々木隠岐入道が鋸くずを車に積んで大量に献上したので、庭一面に敷いたところ、泥に悩まされずに済んだ。人々は「よくも前からこれだけ取りためて用意していたものだ」と感心し合った。この話をある人が語った時、吉田中納言が「乾いた砂を用意してはいなかったのか」とおっしゃったので、こちらが恥ずかしくなった。すばらしいと思っていた鋸くずも、実は品がなく異様なものだったのである。庭の儀式を取り仕切る人が乾いた砂を用意するのは、昔からの正しい作法だという。",
   "息つぎ": [
    "鎌倉中書王〔かまくらちゆうしよわう〕にて、御鞠〔おんまり〕ありけるに、雨降りて後、",
    "いまだ庭の乾かざりければ、",
    "「いかがせん」と沙汰〔さた〕ありけるに、佐々木隠岐入道〔ささきおきのにふだう〕、",
    "鋸〔のこぎり〕のくづを車に積みて、多く奉りたりければ、",
    "一庭(ひとには)に敷かれて、泥土の煩ひなかりけり。",
    "「取り溜〔た〕めけん用意ありがたし」と、人、",
    "感じあへりけり。",
    "このことをある者の語り出でたりしに、吉田中納言〔よしだのちゆうなごん〕の、",
    "「乾き砂子(すなご)の用意やはなかりける」と、",
    "のたまひたりしかば、恥づかしかりき。",
    "「いみじ」と思ひける鋸のくづ、賤しく異様(ことやう)のことなり。",
    "庭の儀を奉行〔ぶぎやう〕する人、乾き砂子をまうくるは、",
    "故実なりとぞ。"
   ],
   "字数": 247,
   "息数": 13
  },
  {
   "番号": 178,
   "題": "ある所の侍ども内侍所の御神楽を見て人に語るとて",
   "一言でいうと": "本当に教養のある人は、知識をひけらかさず、小声の一言で誤りを正す。",
   "現代語訳": "ある所の侍たちが、内侍所（宮中で神鏡を安置した所）の御神楽を見て人に語り、「宝剣はあの方がお持ちになっていた」などと言っていた。それを聞いた奥の女房の一人が、「別殿への行幸なら、あれは昼御座（天皇が昼間お過ごしになる座）の御剣でしょう」と小声で言った。奥ゆかしく、見事であった。その人は古くから仕える典侍（内侍司の次官）だったとかいう。",
   "息つぎ": [
    "ある所の侍(さぶらひ)ども、内侍所(ないしどころ)の御神楽(みかぐら)を見て、人に語るとて、",
    "「宝剣〔はうけん〕をば、その人ぞ持ち給〔たま〕ひつる」など言ふを聞きて、",
    "内なる女房〔にょうばう〕の中に、別殿〔べつでん〕の行幸〔ぎやうかう〕には、",
    "昼御座(ひのござ)の御剣〔ぎよけん〕にてこそあれ」と、忍びやかに言ひたりし。",
    "心にくかりき。",
    "その人、古き典侍(ないしのすけ)なりけるとかや。"
   ],
   "字数": 119,
   "息数": 6
  },
  {
   "番号": 179,
   "題": "入宋の沙門道眼上人一切経を持来して六波羅のあたり",
   "一言でいうと": "権威ある人の説でも、根拠となる文献がなければ疑って確かめるべきである。",
   "現代語訳": "宋へ渡った僧の道眼上人は、一切経を持ち帰り、六波羅の近くの焼野という所に安置し、とりわけ首楞厳経を講義して、そこを那蘭陀寺と名づけた。その高僧がこう言われた。「『那蘭陀寺の大門は北向きである』と、大江匡房の説として伝えられているが、『西域伝』や『法顕伝』などにも書かれておらず、ほかにも根拠となる記述はまったく見当たらない。匡房は何を根拠にそう言われたのか、はっきりしない。中国の西明寺が北向きであることは間違いない」と。",
   "息つぎ": [
    "入宋〔につそう〕の沙門道眼上人〔しやもんだうげんしやうにん〕、一切経〔いつさいきやう〕を持来して、",
    "六波羅〔ろくはら〕のあたり、やけ野といふ所に安置〔あんぢ〕して、",
    "ことに首楞厳経(しゆりようごんきやう)を講じて、那蘭陀寺(ならんだじ)と号す。",
    "その聖の申されしは、",
    "「『那蘭陀寺は、大門北向きなり』と、",
    "江帥(がうそち)の説とて言ひ伝へたれど、西域伝〔さいゐきでん〕、",
    "法顕伝〔ほつけんでん〕などにも見えず。さらに所見なし。江帥は、",
    "いかなる才覚にてか申されけん、おぼつかなし。",
    "唐土〔もろこし〕の西明寺〔さいみやうじ〕は、北向き勿論なり」と申しき。"
   ],
   "字数": 179,
   "息数": 9
  },
  {
   "番号": 180,
   "題": "左義長は正月に打たる毬杖を真言院より神泉苑へ出だして焼き上ぐるなり",
   "一言でいうと": "左義長の囃子に出てくる「法成就の池」は、毬杖を焼く神泉苑を指している。",
   "現代語訳": "左義長とは、正月に遊んだ毬杖（木の玉を打つ遊びの杖）を真言院から神泉苑へ運び出し、焼き上げる行事である。「法成就の池でこそ」と囃す、その池とは神泉苑のことをいう。",
   "息つぎ": [
    "さぎちやうは、正月に打たる毬杖(ぎちやう)を、",
    "真言院〔しんごんゐん〕より神泉苑〔しんせんゑん〕へ出だして、焼き上ぐるなり。",
    "「法成就(ほふじやうじゆ)の池にこそ」と囃(はや)すは、神泉苑を言ふなり。"
   ],
   "字数": 65,
   "息数": 3
  },
  {
   "番号": 181,
   "題": "ふれふれこゆきたんばのこゆきといふこと",
   "一言でいうと": "昔から歌われた雪の囃子には、言葉の聞き違いから生まれたという説がある。",
   "現代語訳": "「降れ降れ粉雪、丹波の粉雪」という歌について、ある物知りがこう言った。米をついてふるう様子に似ているので「粉雪」という。「積もれ粉雪」と言うべきところを誤って「丹波の」と言うようになったのであり、「垣や木の股に」と続けて歌うのが正しい、と。これは昔から言われていたことなのだろうか。鳥羽院が幼少のころ、雪が降った時にこのようにおっしゃったことが、讃岐典侍の日記に書かれている。",
   "息つぎ": [
    "「ふれふれこゆき。たんばのこゆき」といふこと、",
    "米(よね)つき、ふるひたるに似たれば、『粉雪(こゆき)』と言ふ。",
    "『たまれ粉雪〔こゆき〕』と言ふべきを、",
    "誤りて『丹波〔たんば〕の』とは言ふなり。",
    "「垣(かき)や木のまたに」と歌ふべし」と、ある物知り申しき。",
    "昔より言ひけることにや。",
    "鳥羽院〔とばのゐん〕、幼くおはしまして、雪の降るに、",
    "かく仰せられけるよし、",
    "讃岐典侍〔さぬきのすけ〕が日記〔につき〕に書きたり。"
   ],
   "字数": 163,
   "息数": 9
  },
  {
   "番号": 182,
   "題": "四条大納言隆親卿干鮭といふものを供御に参らせられたりけるを",
   "一言でいうと": "慣例だけで食材の格を決めつけず、同じ調理法の例と照らして筋道を立てて考える。",
   "現代語訳": "四条大納言隆親卿が、干鮭というものを天皇のお食事に差し上げた。それを「このような粗末な物を御膳に出すことはないでしょう」と人が言ったのを聞き、大納言は、「鮭という魚そのものをお出ししないというならともかく、鮭を白干しにしたからといって何の問題があるのか。鮎の白干しはお出しするではないか」と言われた。",
   "息つぎ": [
    "四条大納言隆親卿〔しでうだいなごんたかちかきやう〕、",
    "干鮭(からざけ)といふものを供御(ぐご)に参らせられたりけるを、",
    "「かくあやしき物、参るやうあらじ」と、",
    "人の申しけるを聞きて、大納言、",
    "「鮭〔さけ〕といふ魚、参らぬことにてあらんにこそあれ、",
    "鮭の白干(しらぼ)し、なでふ事かあらん。",
    "鮎〔あゆ〕の白干しは参らぬかは」と申されけり。"
   ],
   "字数": 124,
   "息数": 7
  },
  {
   "番号": 183,
   "題": "人突く牛をば角を切り人食ふ馬をば耳を切りてその印とす",
   "一言でいうと": "危険な動物には印をつけて事故を防ぐ責任があり、人を襲う犬は飼ってはならない。",
   "現代語訳": "人を突く牛は角を切り、人にかみつく馬は耳を切って、その印とする。印をつけないまま人にけがをさせたなら、飼い主の罪である。人をかむ犬は養い飼ってはならない。これらはすべて違反であり、律令の禁令である。",
   "息つぎ": [
    "人突〔ひとつ〕く牛をば角を切り、人食ふ馬をば耳を切りて、",
    "その印(しるし)とす。",
    "印〔しるし〕を付けずして、人をやぶらせぬるは、主(ぬし)の咎(とが)なり。",
    "人食ふ犬をば、養ひ飼ふべからず。",
    "これ、みな咎あり。",
    "律(りつ)の禁(いましめ)なり。"
   ],
   "字数": 84,
   "息数": 6
  },
  {
   "番号": 184,
   "題": "相模守時頼の母は松下禅尼とぞ申しける",
   "一言でいうと": "倹約はただ物を惜しむことではなく、壊れた所だけ直す姿を若者に見せて教えることである。",
   "現代語訳": "相模守北条時頼の母は、松下禅尼と呼ばれていた。時頼を自邸へ招くことがあった時、すすけた明かり障子の破れた所だけを、禅尼が自ら小刀で切り整えながら張り直していた。その日の準備を取り仕切っていた兄の安達義景が、「その障子をお預けください。ある男に張らせましょう。そういう仕事に慣れた者です」と言うと、禅尼は「その男も、尼である私の細工より上手ということはありますまい」と答え、なお一間ずつ張っていた。義景が重ねて、「全部張り替えるほうが、ずっと簡単でしょう。つぎはぎに見えるのも見苦しくありませんか」と言うと、禅尼はこう答えた。「私も、後ではすっかり張り替えようと思っています。しかし今日だけは、わざとこのままにしておくのです。物は壊れた所だけを修理して使うものだと、若い人たちに実際に見せ、心に留めさせるためです」。これは実に尊い心がけであった。世を治める道は倹約を基本とする。女性ではあるが、その心は聖人に通じている。天下を治めるほどの人物を子に持ったのも、まことに並の人ではなかったからだという。",
   "息つぎ": [
    "相模守時頼〔さがみのかみときより〕の母は、松下禅尼〔まつしたぜんに〕とぞ申しける。",
    "守を入れ申さるることありけるに、",
    "煤〔すす〕けたる明り障子(さうじ)の破(やぶ)ればかりを、禅尼、",
    "手づから小刀〔こがたな〕して、切りまはしつつ張られければ、",
    "兄(せうと)の城介義景(じやうのすけよしかげ)、その日の経営(けいめい)して候ひけるが、",
    "「給〔たま〕はりて、なにがし男(をのこ)に張らせ候はん。",
    "さやうのことに心得たる者に候ふ」と申されければ、",
    "「その男、尼が細工によもまさり侍〔はべ〕らじ」とて、",
    "なほ一間〔ひとま〕づつ張られけるを、義景、",
    "「みなを張り替へ候はんは、はるかにたやすく候ふべし。",
    "まだらに候ふも見苦しくや」と、",
    "重ねて申されければ、",
    "「尼も、『後は、さはさはと張り替へん』と思へども、",
    "今日ばかりは、わざとかくてあるべきなり。",
    "物は破れたる所ばかりを修理(しゆり)して用ゐる事ぞと、",
    "若き人に見習はせて、心つけんためなり」と申されける、",
    "いとありがたかりけり。",
    "世を治むる道、倹約〔けんやく〕をもととす。",
    "女性(によしやう)なれども聖人〔せいじん〕の心にかよへり。",
    "天下を保つほどの人を子にて持たれける、まことに、",
    "ただ人にはあらざりけるとぞ。"
   ],
   "字数": 409,
   "息数": 21
  },
  {
   "番号": 185,
   "題": "城陸奥守泰盛はさうなき馬乗りなりけり",
   "一言でいうと": "達人は、素人なら見過ごす小さな動きから危険な性質を見抜く。",
   "現代語訳": "城陸奥守泰盛は、並ぶ者のない馬術の名人だった。馬を引き出させた時、足をそろえて敷居をゆったり越えるのを見ると、「これは気の強い馬だ」と言って鞍を別の馬に置き替えさせた。また、足を伸ばして敷居に蹴り当てると、「これは鈍く、事故を起こすだろう」と言って乗らなかった。その道を知らない人に、これほど慎重に恐れることができるだろうか。",
   "息つぎ": [
    "城陸奥守泰盛(じやうのむつのかみやすもり)は、さうなき馬乗りなりけり。",
    "馬を引き出ださせけるに、",
    "足を揃〔そろ〕へて閾(しきみ)をゆらりと越ゆるを見ては、",
    "「これは勇める馬なり」とて、鞍を置き替へさせけり。",
    "また、足を伸べて閾に蹴当〔けあ〕てぬれば、",
    "「これは鈍くして、誤ちあるべし」とて、乗らざりけり。",
    "道を知らざらん人、かばかり恐れなんや。"
   ],
   "字数": 142,
   "息数": 7
  },
  {
   "番号": 186,
   "題": "吉田と申す馬乗りの申し侍りしは",
   "一言でいうと": "技術とは力で押し切ることではなく、相手と道具の危険を見抜き、無理をしない備えである。",
   "現代語訳": "吉田という馬術家がこう言った。「馬はどれも恐ろしいもので、人の力で張り合える相手ではないと知るべきだ。乗ろうとする馬は、まずよく観察し、強い所と弱い所を見極めなければならない。次に、轡や鞍の道具に危険な箇所がないか調べ、少しでも気にかかることがあれば、その馬を走らせてはならない。この用心を忘れない者を馬乗りという。これが大切な秘訣である」と。",
   "息つぎ": [
    "吉田〔よしだ〕と申す馬乗りの申し侍〔はべ〕りしは、",
    "「馬ごとにこはきものなり。人の力、",
    "争ふべからずと知るべし。乗るべき馬をば、",
    "まづよく見て、強き所、弱き所を知るべし。次に、",
    "轡(くつわ)・鞍(くら)の具に危ふき事やあると見て、",
    "心にかかることあらば、その馬を馳〔は〕すべからず。",
    "この用意を忘れざるを馬乗りとは申すなり。",
    "これ秘蔵(ひさう)のことなり」と申しき。"
   ],
   "字数": 150,
   "息数": 8
  },
  {
   "番号": 187,
   "題": "よろづの道の人たとひ不堪なりといへども堪能の非家の人に並ぶ時",
   "一言でいうと": "不器用でも本職として慎重に続ける人は、器用さに任せて勝手に振る舞う素人に勝る。",
   "現代語訳": "どの道でも、その家の専門家は、たとえ腕が未熟でも、上手な素人と並べば必ず勝るところがある。いつも油断せず、慎重で軽々しく行わない専門家と、ただ自由気ままにする素人との違いである。芸や作法だけの話ではない。ふだんの振る舞いや心づかいでも、愚かであっても慎み深いことは徳のもととなり、巧みであっても思うままに振る舞うことは失敗のもととなる。",
   "息つぎ": [
    "よろづの道の人、たとひ不堪(ふかん)なりといへども、",
    "堪能(かんのう)の非家の人に並ぶ時、必ずまさることは、",
    "たゆみなく慎〔つつ〕しみて軽々〔かるがる〕しくせぬと、",
    "ひとへに自由なるとの等しからぬなり。",
    "芸能・所作〔しよさ〕のみにあらず、おほかたの振舞〔ふるまひ〕・心づかひも、",
    "愚〔おろ〕かにして慎しめるは徳のもとなり。",
    "巧〔たく〕みにしてほしきままなるは、失のもとなり。"
   ],
   "字数": 142,
   "息数": 7
  },
  {
   "番号": 188,
   "題": "ある者子を法師になして",
   "一言でいうと": "人生で大事を成すには、脇道を捨て、今すぐ最優先の一事に取りかからなければならない。",
   "現代語訳": "ある人が息子を僧にし、「学問をして因果の道理を知り、説法などをして生計を立てよ」と言った。息子は教えに従い、説教師になるため、まず乗馬を習った。「輿や牛車を持たない身で、法会の導師に招かれ、迎えの馬が来た時、乗り方が下手で落ちたら困る」と考えたのである。次には、「仏事のあとで酒を勧められた時、僧がまったく芸を持たなければ、施主は興ざめするだろう」と考え、早歌という芸を習った。次第に上達すると、ますますうまくなりたくなって熱中し、説法を習う暇もないまま年を取ってしまった。これはこの僧だけのことではなく、世間の人には誰にでもある。若いうちは、あらゆる面で身を立て、大きな道を成し遂げ、芸を身につけ、学問もしようと、遠い将来の計画を心に抱いている。ところが先は長いとのんびり構え、怠けながら、ひとまず目の前の用事にばかり紛れて月日を送るので、何一つ成し遂げないまま老いてしまう。ついには何の名人にもなれず、思いどおりの身にもなれない。後悔しても年齢は取り戻せず、坂を走り下る車輪のように衰えていく。だから一生のうちに主として実現したいことを比べ、どれが第一かをよく考えて決め、そのほかは捨て、一つのことに励むべきだ。一日のうち、一時間のうちにも多くの用事が来たなら、少しでも利益の大きいことを行い、そのほかは捨てて、大事なことを急がなければならない。「どちらも捨てたくない」と抱え込めば、一つも成し遂げられない。碁を打つ人が一手も無駄にせず、相手より先に小さな利益を捨てて大きな利益を取るようなものだ。その場合、三つの石を捨てて十の石を取るのはやさしいが、十を捨てて十一を取るのは難しい。一つでも多いほうを取るべきなのに、十にもなると惜しくなり、それほど差のない石とは交換しにくくなる。「こちらも捨てず、あちらも取ろう」と思うため、結局あちらも取れず、こちらも失うのである。京に住む人が、急いで東山に用があってすでに到着していても、西山へ行くほうが利益が大きいと気づいたなら、門から引き返して西山へ行くべきだ。「ここまで来たのだから、この用だけは先に済ませよう。急ぐ期限もないから、西山のことは帰ってからまた考えよう」と思うため、一つの怠慢がそのまま一生の怠慢になる。これを恐れなければならない。一つのことを必ず成し遂げようと思うなら、ほかのことがだめになるのを惜しんではならず、人に笑われるのを恥じてもならない。すべてを引き換えにしなければ、一つの大事は成し遂げられない。大勢が集まる席で、ある人が「『ますほのすすき』『まそほのすすき』という言い方がある。渡辺の聖がこのことを受け継いで知っている」と話した。登蓮法師はその場で聞き、雨が降っているのに、「蓑と笠はありますか。貸してください。その薄のことを習いに、渡辺の聖のもとへ訪ねてまいります」と言った。人が「あまりに慌ただしい。雨がやんでから行けばよいでしょう」と言うと、「なんとひどいことをおっしゃるのか。人の命が雨の晴れるのを待つものですか。私も死に、聖も亡くなったなら、どうして尋ねて学べるでしょう」と言い、走って出て行って教わったという。この話は、身が引き締まるほど尊い。「素早く行う時は成功する」と『論語』にもあるそうだ。この薄のことを知りたいと思ったのと同じ切実さで、人生の一大事につながる仏道の縁を思うべきだったのである。",
   "息つぎ": [
    "ある者、子を法師になして、",
    "「学問して因果の理(ことわり)をも知り、説経などして、世渡るたつきともせよ」と言ひければ、",
    "教へのままに、説経師〔せつきやうし〕にならんために、",
    "まづ馬に乗り習ひけり。",
    "「輿・車は持たぬ身の、導師〔だうし〕に請ぜられん時、",
    "馬など迎へにおこせたらんに、",
    "桃尻〔ももじり〕にて落ちなんは心憂かるべし」と思ひけり。",
    "次に、",
    "「仏事ののち、酒など勧むることあらんに、",
    "法師の無下に能なきは、檀那〔だんな〕すさまじく思ふべし」とて、",
    "早歌(さうか)といふことを習ひけり。",
    "このわざ、やうやう境(さかひ)に入りければ、",
    "いよいよよくしたく思えて嗜(たしな)みけるほどに、",
    "説経習ふべきひまなくて、年寄りにけり。",
    "この法師のみにもあらず、世間の人、",
    "なべてこのことあり。",
    "若きほどは、諸事〔しよじ〕につけて、身を立て、",
    "大なる道をも成(じやう)じ、能をもつき、学問をもせんと、",
    "行末久しくあらますことども心にはかけながら、",
    "世をのどかに思ひて、うち怠りつつ、",
    "まづさしあたりたる目の前のことにのみまぎれて月日を送れば、",
    "ことごとなすことなくして、身は老いぬ。",
    "つひに物の上手にもならず、思ひしやうに身をも持たず、",
    "悔ゆれども取り返さるる齢(よはひ)ならねば、",
    "走りて坂を下る輪のごとくに衰へゆく。",
    "されば、一生のうち、",
    "「むねとあらまほしからんことの中に、いづれかまさる」と、",
    "よく思ひ比べて、第一〔だいいち〕のことを案じ定めて、",
    "そのほかは思ひ捨てて、一事を励むべし。",
    "一日の中(うち)、一時の中にも、",
    "あまたのことの来たらんなかに、",
    "少しも益〔やく〕のまさらんことを営みみて、",
    "そのほかをばうち捨てて、大事を急ぐべきなり。",
    "「何方(いづかた)をも捨てじ」と心にとり持ちては、",
    "一事もなるべからず。",
    "たとへば、碁〔ご〕を打つ人、一手もいたづらにせず、",
    "人に先立ちて、小を捨て大につくがごとし。",
    "それにとりて、三つの石を捨てて、",
    "十の石につくことはやすし。",
    "十を捨て、十一につくことはかたし。",
    "一つなりとも、まさらん方へこそつくべきを、",
    "十までなりぬれば、惜しく思えて、",
    "多くまさらぬ石にはかへにくし。",
    "「これをも捨てず、かれをも取らん」と思ふ心に、",
    "かれをも得ず、これをも失ふべき道なり。",
    "京に住む人、急ぎて東山〔ひがしやま〕に用ありて、",
    "すでに行き着きたりとも、",
    "西山〔にしやま〕に行てその益まさるべきことを思ひ得たらば、",
    "門(かど)より帰りて、西山へ行くべきなり。",
    "ここまで来着きぬれば、",
    "「このことをば、まづ言ひてん。日をささぬことなれば、",
    "西山のことは帰りてまたこそ思ひたため」と思ふゆゑに、",
    "一事の懈怠(けだい)、すなはち一生の懈怠となる。",
    "これを恐るべし。",
    "一事を必ずなさんと思はば、",
    "他のことの破るるをもいたむべからず。",
    "人の嘲〔あざけ〕りをも恥づべからず。",
    "万事にかへずしては、一の大事成るべからず。",
    "人のあまたありける中にて、ある者、",
    "「ますほのすすき、まそほのすすきなど言ふことあり。",
    "渡辺(わたのべ)の聖、このことを伝へ知りたり」と語りけるを。",
    "登蓮法師〔とうれんほふし〕、その座に侍〔はべ〕りけるが、聞きて、",
    "雨の降りけるに、",
    "「蓑笠やある。貸し給〔たま〕へ。かの薄(すすき)のこと習ひに、",
    "渡辺の聖のがり尋ねまからん」と言ひけるを、",
    "「あまりに物騒がし。雨やみてこそ」と、",
    "人の言ひければ、",
    "「無下(むげ)のことをも仰せらるるものかな。",
    "人の命は雨の晴れ間をも待つものかは。われも死に、",
    "聖も失せなば、尋ね聞きてんや」とて、",
    "走り出でて行きつつ、",
    "習ひ侍りにけりと申し伝へたるこそ、ゆゆしくありがたう思ゆれ。",
    "「敏(と)きときは、則ち功あり」とぞ、論語〔ろんご〕といふ文にも侍るなる。",
    "この薄をいぶかしく思ひけるやうに、",
    "一大事〔いちだいじ〕の因縁〔いんえん〕をぞ思ふべかりける。"
   ],
   "字数": 1385,
   "息数": 75
  },
  {
   "番号": 189,
   "題": "今日はそのことをなさんと思へど",
   "一言でいうと": "予定は必ず外れる。「思い通りにならない」とだけは、思い通りになる。",
   "現代語訳": "「今日はあのことをしよう」と思っても、別の急用が先に起こり、それに紛れて一日を終える。待っている相手は差し支えができて来ず、当てにしていなかった人がやって来る。頼みにしていたことは外れ、思いもよらなかったことばかりが実現する。面倒だと思っていたことは何事もなく済み、簡単なはずのことがひどくつらい。毎日が過ぎていく様子は、前もって思い描いていたものとは違う。一年の間もそうであり、一生の間もまた同じである。「前もって立てた見通しはすべて外れていくのか」と思えば、たまたま外れないこともあるので、ますます物事は決めつけられない。ただ、すべては定まらないと心得ておくことだけが真実で、外れることがない。",
   "息つぎ": [
    "「今日はそのことをなさん」と思へど、",
    "あらぬ急ぎまづ出〔い〕で来てまぎれ暮らし、",
    "待つ人はさはりありて、頼めぬ人は来たり。",
    "頼みたる方のことは違(たが)ひて、",
    "思ひよらぬ道ばかりはかなひぬ。",
    "煩(わづら)はしかりつることはことなくて、",
    "やすかるべきことはいと心苦し。",
    "日々〔ひび〕に過ぎ行くさま、かねて思ひつるには似ず。",
    "一年(ひととせ)の中(うち)もかくのごとし。",
    "一生の間もまたしかなり。",
    "「かねてのあらまし、みな違ひ行くか」と思ふに、",
    "おのづから違はぬこともあれば、",
    "いよいよ物は定めがたし。",
    "不定〔ふぢやう〕と心得ぬるのみ、まことにて違はず。"
   ],
   "字数": 232,
   "息数": 14
  },
  {
   "番号": 190,
   "題": "妻といふものこそ男の持つまじきものなれ",
   "一言でいうと": "結婚して日常を共にするより、ときどき通う距離を保つほうが、男女の仲は長く新鮮に続く。",
   "現代語訳": "妻というものは、男が持つべきではない。「いつも独り暮らしをしている」などと聞く人こそ、奥ゆかしく感じられる。「誰それの婿になった」とか、「こういう女を家に置いて一緒に暮らしている」などと聞くと、すっかり見劣りがしてしまう。平凡な女なら、「たいしたことのない女をよいと思い定めて連れ添っているのだろう」と見下して推し量られる。すぐれた女なら、「この男をかわいがり、自分の仏のように大切に見守っているのだろう。つまり男はその程度の者なのだ」と思われるに違いない。まして家の中を切り盛りする女など、実に残念である。子どもが生まれ、夫婦が大切に育ててかわいがるのも気が重い。男が死んだあと、女が尼になって年老いていく姿は、死後のことまで見苦しい。どのような女でも、朝晩ずっと一緒に顔を合わせていれば、ひどく気に入らなくなり、憎らしくなるだろう。女にとっても、どっちつかずの不安定な境遇になるはずだ。離れて暮らしながら時々通うからこそ、年月がたっても仲が絶えずに続く。たまに男が来て泊まっていくなら、新鮮に感じられるだろう。",
   "息つぎ": [
    "妻(め)といふものこそ、男(をのこ)の持つまじきものなれ。",
    "「いつも独り住みにて」など聞くこそ、心にくけれ。",
    "「誰がしが婿〔むこ〕になりぬ」とも、また、",
    "「いかなる女を取り据〔す〕ゑて、相住む」など聞きつれば、",
    "無下に心劣りせらるるわざなり。",
    "「ことなることなき女を、よしと思ひ定めてこそ添ひ居たらめ」と、",
    "いやしくも推し量られ、よき女ならば、",
    "「この男をぞらうたくして、あが仏とまもり居たらめ」、",
    "たとへば、「さばかりにこそ」と思えぬべし。",
    "まして、家のうちを行ひ治めたる女、いと口惜し。",
    "子など出で来て、かしづき愛したる、心憂し。",
    "男亡くなりて後、尼になりて年寄りたるありさま、",
    "亡き跡まであさまし。",
    "いかなる女なりとも、明け暮れ添ひ見んには、",
    "いと心づきなく、憎かりなん。",
    "女のためも、半空(なかぞら)にこそならめ、",
    "よそながら時々通ひ住まんこそ、年月経ても、",
    "絶えぬながらひともならめ。",
    "あからさまに来て、泊り居などせんは、",
    "めづらしかりぬべし。"
   ],
   "字数": 390,
   "息数": 20
  },
  {
   "番号": 191,
   "題": "夜に入りて物の栄えなしと言ふ人いと口惜し",
   "一言でいうと": "人も装いも香りも音も、夜の光と暗がりの中でこそ美しさが際立つ。",
   "現代語訳": "「夜になると物は見栄えがしない」と言う人は、実に残念である。あらゆる物のきらめきも、飾りや色合いも、夜にこそ美しい。昼は簡素で落ち着いた姿でもよいだろう。夜はきらびやかで華やかな装束がとてもよい。人の様子も夜の灯火に照らされると、よいものはいっそうよく見える。話す声を暗がりで聞くのも、たしなみが感じられて奥ゆかしい。香りも音楽も、夜にこそひときわすばらしい。特別なこともない夜が更けてから参上した人が、すっきりと美しい身なりをしているのも、とてもよい。若い者同士で、心をとめて相手を見る人は、時を選ばず見ているものなので、ことに気を抜きやすい時ほど、日常と晴れの区別なく身なりを整えておきたい。立派な男が日暮れに髪を洗い、女も夜が更けるころ、そっと席を外しながら鏡を取り、顔などを整えてから出てくるのは風情がある。",
   "息つぎ": [
    "「夜に入りて、物の栄(は)えなし」と言ふ人、いと口惜し。",
    "よろづの物のきら、飾り・色ふしも、",
    "夜のみこそめでたけれ。",
    "昼は、ことそぎ、およすげたる姿にてもありなん。",
    "夜は、きららかに、花やかなる装束(さうぞく)いとよし。",
    "人の気色も、",
    "夜の火影(ほかげ)ぞ、よきはよく、",
    "もの言ひたる声も暗くて聞きたる、用意ある心にくし。",
    "匂ひも、ものの音(ね)も、",
    "ただ夜ぞ、ひときはめでたき。",
    "さしてことなることなき夜、うち更けて参れる人の、",
    "清〔きよ〕げなるさましたる、いとよし。",
    "若きどち、心とどめて見る人は、",
    "時をも分かぬものなれば、",
    "ことにうちとけぬべき折節ぞ、褻(け)・晴(はれ)なくひきつくろはまほしき。",
    "よき男の、日暮れてゆするし、女も夜更くるほどに、",
    "すべりつつ、鏡取りて、",
    "顔などつくろひて出づるこそをかしけれ。"
   ],
   "字数": 316,
   "息数": 18
  },
  {
   "番号": 192,
   "題": "神仏にも人の詣でぬ日夜参りたるよし",
   "一言でいうと": "神社や寺には、人の来ない日や夜に参詣するのがよい。",
   "現代語訳": "神社や寺へも、人が参詣しない日や、夜にお参りするのがよい。",
   "息つぎ": [
    "神・仏にも、人の詣〔まう〕でぬ日、夜参りたる、よし。"
   ],
   "字数": 22,
   "息数": 1
  },
  {
   "番号": 193,
   "題": "暗き人の人を量りてその智を知れりと思はんさらに当たるべからず",
   "一言でいうと": "自分の専門だけを物差しに、他人の知性全体を評価してはならない。",
   "現代語訳": "愚かな人が他人を推し量り、「あの人の知性はわかった」と思っても、決して当たるはずがない。未熟な人が碁だけは賢く巧みで、賢者がこの芸に疎いのを見て、「自分の知恵に及ばない」と決めつけるようなものだ。あらゆる道の専門家が、自分の道を他人が知らないのを見て「自分のほうが優れている」と思うのは、大きな誤りである。経典を学ぶ僧と、文字に頼らず禅を修める禅師とが互いを測り、「自分には及ばない」と思うのも、どちらも正しくない。自分の領分ではないことを争ってはならず、よしあしを決めてはならない。",
   "息つぎ": [
    "暗き人の、人を量りて、「その智〔ち〕を知れり」と思はん、",
    "さらに当たるべからず。",
    "つたなき人の、碁打〔ごう〕つことばかりに、さとく巧みなるは、",
    "賢き人の、この芸におろかなるを見て、",
    "「おのれが智に及ばず」と定めて、よろづの道の匠(たくみ)、",
    "わが道を人の知らざるを見て、",
    "「おのれ、すぐれたり」と思はんこと、",
    "大きなる誤りなるべし。",
    "文字の法師・暗証〔あんしよう〕の禅師、互ひに量りて、",
    "「おのれにしかず」と思へる、ともに当たらず。",
    "おのれが境界〔きやうがい〕にあらざるものをば、争ふべからず。",
    "是非〔ぜひ〕すべからず。"
   ],
   "字数": 222,
   "息数": 12
  },
  {
   "番号": 194,
   "題": "達人の人を見る眼は少しも誤る所あるべからず",
   "一言でいうと": "人の反応は千差万別だが、達人の前では、わかったふりも疑いもすべて見抜かれる。",
   "現代語訳": "道理に通じた人が人を見る目には、少しも誤りがない。たとえば、ある人がもっともらしいうそを作り、人をだまそうとしたとする。それを素直に本当だと思い、言われるままにだまされる人がいる。あまりに深く信じ込み、さらに余計な解釈までうそに付け加える人もいる。何とも思わず、気にも留めない人もいる。少し疑わしく思い、信じるでも信じないでもなく考え込む人もいる。本当らしくは思えないが、「人が言うのだから、そういうこともあるのだろう」と、そのまま済ませる人もいる。さまざまに推測して事情を理解したふりをし、賢そうにうなずいて微笑んでいながら、実はまったくわかっていない人もいる。推測で「ああ、きっとそうなのだ」と思いながらも、「それでも間違いがあるかもしれない」と疑う人もいる。「別に変わった事情などなかったのだ」と手を打って笑う人もいる。真相を理解していても、「知っている」とは言わず、疑問も抱かず、とやかく言うこともなく、知らない人と同じようにやり過ごす人もいる。また、このうその狙いを初めから理解し、少しもだまされず、うそを仕組んだ人と同じ考えになって力を貸す人もいる。愚者同士の戯れでさえ、物事のわかる人の前では、それぞれがどこまで理解しているかが、言葉にも顔にも現れ、隠し通すことはできない。まして、迷っている私たちを悟りの明らかな人が見れば、手のひらの上の物を見るように、すべて見通されるだろう。ただし、このような人間の推量を、そのまま仏法になぞらえて語ってよいわけではない。",
   "息つぎ": [
    "達人〔たつじん〕の人を見る眼(まなこ)は、少しも誤る所あるべからず。",
    "たとへば、ある人の、世に虚言(そらごと)をかまへ出だして、",
    "人を謀〔はか〕ることあらんに、素直にまことと思ひて、",
    "言ふままに謀らるる人あり。",
    "あまりに深く信をおこして、なほわづらはしく、",
    "虚言を心得添ふる人あり。",
    "また、何としも思はで、心をつけぬ人あり。",
    "また、いささかおぼつかなく思えて、頼むにもあらず、",
    "頼まずもあらで、案〔あん〕じゐたる人あり。",
    "また、まことしくは思えねども、",
    "「人の言ふことなれば、さもあらん」とて、",
    "やみぬる人もあり。",
    "また、さまざまに推(すい)し、心得たるよしして、",
    "かしこげにうちうなづき、ほほ笑みてゐたれど、",
    "つやつや知らぬ人あり。",
    "また、推し出だして、",
    "「あはれ、さるめり」と思ひながら、",
    "「なほ誤りもこそあれ」と怪〔あや〕しむ人あり。",
    "また、「異〔こと〕なるやうもなかりけり」と、",
    "手を打ちて笑ふ人あり。",
    "また、心得たれども、「知れり」とも言はず、",
    "おぼつかなからぬは、とかくのことなく、",
    "知らぬ人と同じやうにて過ぐる人あり。",
    "また、この虚言の本意〔ほい〕を始めより心得て、",
    "少しもあざむかず、",
    "かまへ出だしたる人と同じ心になりて、",
    "力を合はする人あり。",
    "愚者の中の戯(たはぶ)れだに、知りたる人の前にては、",
    "このさまざまの得たる所、言葉にても顔にても、",
    "隠れなく知られぬべし。",
    "まして、明らかならん人の、惑〔まど〕へるわれらを見んこと、",
    "掌(たなごころ)の上の物を見んがごとし。",
    "ただし、かやうの推し量りにて、",
    "仏法〔ぶつぽふ〕までをなずらへ言ふべきにはあら。"
   ],
   "字数": 591,
   "息数": 34
  },
  {
   "番号": 195,
   "題": "ある人久我縄手を通りけるに",
   "一言でいうと": "平静な時には立派な人でも、心を病めば、周囲には理解しがたい行動をすることがある。",
   "現代語訳": "ある人が久我縄手を通った時、小袖の上に大口袴を着た人が、木彫りの地蔵を田の水に浸し、丁寧に洗っていた。わけがわからず見ていると、狩衣姿の男が二、三人現れ、「こちらにいらっしゃいましたか」と言って、その人を連れて行った。その人は久我内大臣殿だったのである。平静でいらっしゃった時は、まことに立派で身分の高い方だった。",
   "息つぎ": [
    "ある人、久我縄手(こがなはて)を通りけるに、小袖〔こそで〕に大口着〔おほくちき〕たる人、",
    "木造〔きづく〕りの地蔵〔ぢざう〕を田の中の水におしひたして、",
    "ねんごろに洗ひけり。",
    "心得がたく見るほどに、狩衣〔かりぎぬ〕の男、二・三人出で来て、",
    "「ここにおはしましけり」とて、",
    "この人を具して去(い)にけり。",
    "久我内大臣殿(こがのないだいじんどの)にてぞおはしける。",
    "尋常(よのつね)におはしましける時は、",
    "神妙(しんべう)にやんごとなき人にておはしけり。"
   ],
   "字数": 157,
   "息数": 9
  },
  {
   "番号": 196,
   "題": "東大寺の神輿東寺の若宮より帰座の時源氏の公卿参られけるに",
   "一言でいうと": "儀礼の正解は表面的な作法だけでなく、その由来と目的まで知ってこそ判断できる。",
   "現代語訳": "東大寺の神輿が東寺の若宮から帰る時、源氏の公卿たちが参列された。この殿が大将として先払いをさせていたところ、土御門相国が「神前で警蹕（声を上げて先払いすること）を行うのはいかがなものでしょう」と尋ねた。この殿は、「随身の振る舞いは、武官の家が心得ていることです」とだけお答えになった。その後で、こうおっしゃった。「この相国は『北山抄』を読んでいても、西宮左大臣の説をご存じなかった。神に従う悪鬼や悪神を恐れるからこそ、神社ではことさらに先払いをする道理があるのだ」と。",
   "息つぎ": [
    "東大寺〔とうだいじ〕の神輿(しんよ)、東寺〔とうじ〕の若宮〔わかみや〕より帰座〔きざ〕の時、",
    "源氏〔げんじ〕の公卿参〔くぎやうまゐ〕られけるに、この殿、",
    "大将にて先を追はれけるを、土御門相国〔つちみかどしやうこく〕、",
    "「社頭にて警蹕〔けいひつ〕、いかが侍〔はべ〕るべからん」と申されければ、",
    "「随身〔ずいじん〕の振舞ひは、兵仗(ひやうぢやう)の家が知ることに候ふ」とばかり答へ給〔たま〕ひけり。",
    "さて、後に仰られけるは、",
    "「この相国、北山抄〔ほくざんせう〕を見て、",
    "西宮〔せいきゆう〕の説をこそ知られざりけれ。",
    "眷属〔けんぞく〕の悪鬼・悪神を恐るるゆゑに、神社にて、",
    "ことに先を追ふべきことわりあり」とぞ、仰せられける。"
   ],
   "字数": 207,
   "息数": 10
  },
  {
   "番号": 197,
   "題": "諸寺の僧のみにもあらず定額の女嬬といふこと延喜式に見えたり",
   "一言でいうと": "「定額」は寺僧だけの呼称ではなく、定員を定められた公務員全般を指す。",
   "現代語訳": "「定額」という語は諸寺の僧だけに使うものではない。「定額の女嬬（宮中で雑務を担う女性）」という語が『延喜式』にも見える。すべて、定員が決められた公務員に共通する呼び名なのだろう。",
   "息つぎ": [
    "諸寺〔しよじ〕の僧のみにもあらず、定額(ぢやうがく)の女嬬(によじゆ)といふこと、",
    "延喜式〔えんぎしき〕に見えたり。",
    "すべて数定まりたる公人(くにん)の通号〔つうがう〕にこそ。"
   ],
   "字数": 50,
   "息数": 3
  },
  {
   "番号": 198,
   "題": "揚名介に限らず揚名目といふものもあり",
   "一言でいうと": "名目だけの官職には、揚名介だけでなく揚名目というものもあった。",
   "現代語訳": "実務のない名目だけの官職には、揚名介（名目だけの国司の次官）だけでなく、揚名目（名目だけの国司の下級官）というものもあった。『政事要略』に記されている。",
   "息つぎ": [
    "揚名介(やうめいのすけ)に限らず、揚名目(やうめいのさくわん)といふものもあり。",
    "政事要略〔せいじえうりやく〕にあり。"
   ],
   "字数": 28,
   "息数": 2
  },
  {
   "番号": 199,
   "題": "横川の行宣法印が申し侍りしは唐土は呂の国なり",
   "一言でいうと": "中国と日本では、それぞれ音楽の調子に偏りがあり、備わらない音があるという。",
   "現代語訳": "横川の行宣法印が、「中国は呂旋法（明るい調子）の国で、律旋法の音がない。日本は律旋法だけの国で、呂旋法の音がない」と言われた。",
   "息つぎ": [
    "横川(よかは)の行宣法印(ぎやうせんほふいん)が申し侍〔はべ〕りしは、",
    "「唐土は呂(りよ)の国なり。律〔りつ〕の音なし。和国〔わこく〕は単律〔たんりつ〕の国にて、呂の音なし」と申しき。"
   ],
   "字数": 52,
   "息数": 2
  },
  {
   "番号": 200,
   "題": "呉竹は葉細く河竹は葉広し",
   "一言でいうと": "呉竹は葉が細く、河竹は葉が広い。植えられた場所もそれぞれ違う。",
   "現代語訳": "呉竹は葉が細く、河竹は葉が広い。御溝（宮中の排水路）の近くにあるのは河竹で、仁寿殿の方に寄せて植えられているのは呉竹である。",
   "息つぎ": [
    "呉竹(くれたけ)は葉細〔はほそ〕く、河竹(かはたけ)は葉広〔はびろ〕し。",
    "御溝(みかは)に近きは河竹、",
    "仁寿殿(じじゆうでん)の方に寄りて植ゑられたるは呉竹なり。"
   ],
   "字数": 44,
   "息数": 3
  },
  {
   "番号": 201,
   "題": "退凡下乗の卒都婆外なるは下乗内なるは退凡なり",
   "一言でいうと": "「下乗」と「退凡」の標柱は、外側が下乗、内側が退凡である。",
   "現代語訳": "「退凡」「下乗」と記した卒都婆（境を示す標柱）は、外側にあるものが下乗、内側にあるものが退凡である。",
   "息つぎ": [
    "退凡〔たいぼん〕・下乗〔げじよう〕の卒都婆〔そとば〕、外なるは下乗、内なるは退凡なり。"
   ],
   "字数": 26,
   "息数": 1
  },
  {
   "番号": 202,
   "題": "十月を神無月と言ひて神事にはばかるべきよしは記したるものなし",
   "一言でいうと": "十月を神無月と呼ぶから神事を避ける、という説には確かな根拠がない。",
   "現代語訳": "十月を神無月と呼ぶので神事を控えるべきだということは、どの書物にも記されていない。根拠となる本文も見当たらない。ただ、この月には諸社の祭りがないため、この名がついたのだろうか。「この月には、あらゆる神々が伊勢の大神宮へお集まりになる」などという説もあるが、その根拠となる説はない。もしそうなら、伊勢ではとりわけ祭りの月とするはずなのに、そうした例もない。十月に天皇が諸社へお出ましになる例は多い。ただし、その多くは不吉な先例である。",
   "息つぎ": [
    "十月(じふぐわつ)を神無月(かみなづき)と言ひて、神事にはばかるべきよしは、",
    "記したるものなし。",
    "本文(もとふみ)も見えず。",
    "ただし、当月〔たうげつ〕、諸社〔しよしや〕のまつりなきゆゑに、この名あるか。",
    "「この月、よろづの神たち、太神宮(だいじんぐう)へ集まり給〔たま〕ふ」など言ふ説あれども、",
    "その本説(ほんぜつ)なし。",
    "さることならば、伊勢〔いせ〕には、ことに祭月(さいげつ)とすべきに、",
    "その例もなし。",
    "十月、諸社の行幸〔ぎやうかう〕、その例も多し。",
    "ただし、多くは不吉〔ふきつ〕の例なり。"
   ],
   "字数": 171,
   "息数": 10
  },
  {
   "番号": 203,
   "題": "勅勘の所に靫かくる作法今は絶えて知れる人なし",
   "一言でいうと": "勅勘を受けた家に靫を掛ける古い作法は廃れ、今では封印に替わった。",
   "現代語訳": "天皇のとがめを受けた者の家に靫（矢を入れて背負う道具）を掛ける作法は、今ではすっかり廃れ、知る人もいない。天皇がご病気の時や、世の中が広く騒がしい時には、五条天神に靫をお掛けする。鞍馬に「靫の明神」という神があるのも、かつて靫を掛けられた神だからである。看督長（罪人を取り締まる役人の長）が背負った靫をその家に掛けると、誰も出入りしなくなる。この作法が廃れた後、今の世では封を付けるようになった。",
   "息つぎ": [
    "勅勘(ちよくかん)の所に、靫(ゆき)かくる作法、今は絶えて知れる人なし。",
    "主上の御悩(ごなう)、おほかた世の中の騒がしき時は、",
    "五条〔ごでう〕の天神〔てんじん〕に靫をかけらる。",
    "鞍馬〔くらま〕に、ゆきの明神といふも、",
    "靫かけられたりける神なり。",
    "看督長(かどのをさ)の負ひたる靫を、その家にかけられぬれば、",
    "人出で入らず。",
    "このこと絶えて後、今の世には、",
    "封〔ふう〕を付くることになりにけり。"
   ],
   "字数": 149,
   "息数": 9
  },
  {
   "番号": 204,
   "題": "犯人を笞にて打つ時は拷器に寄せて結ひ付くるなり",
   "一言でいうと": "罪人を笞で打つ拷問の道具も作法も、今では知る人がいない。",
   "現代語訳": "罪人を笞（木の枝で作ったむち）で打つ時は、拷器（拷問のための道具）に寄せて縛り付ける。その拷器がどのような形だったかも、罪人を寄せる作法も、今でははっきり知る人はいないという。",
   "息つぎ": [
    "犯人(ぼんにん)を笞(しもと)にて打つ時は、拷器(がうき)に寄せて結ひ付くるなり。",
    "拷器〔がうき〕の様(やう)も、寄する作法も、",
    "今〔いま〕はわきま知れる人なしとぞ。"
   ],
   "字数": 52,
   "息数": 3
  },
  {
   "番号": 205,
   "題": "比叡山に大師勧請の起請といふことは慈恵僧正書き始め給ひけるなり",
   "一言でいうと": "起請文による裁きは古来の法にはなく、後世に広まった慣行である。",
   "現代語訳": "比叡山でいう「大師勧請の起請」、つまり大師を証人として誓う起請文は、慈恵僧正が初めて書かれたものである。起請文というものは、法律を扱う役所では取り決められていない。昔の聖明な天皇の治世には、そもそも起請文に基づいて行われる政治や裁判はなかったが、近ごろになってこのやり方が広まったのである。また、法令では、水や火そのものを穢れとはしない。それらを入れる器には穢れがあるとするのである。",
   "息つぎ": [
    "比叡山〔ひえいざん〕に大師勧請(だいしくわんじやう)の起請(きしやう)といふことは、",
    "慈恵僧正書〔じゑそうじやうか〕き始め給〔たま〕ひけるなり。",
    "起請文〔きしやうもん〕といふこと、法曹〔はふさう〕にはその沙汰なし。",
    "いにしへの聖代、",
    "すべて起請文につきてをこなはるる政(まつりごと)はなきを、",
    "近代〔きんだい〕のこと流布〔るふ〕したるなり。",
    "また、法令(はふりやう)には、水火に穢〔けが〕れをたてず。",
    "入れ物には穢れあるべし。"
   ],
   "字数": 132,
   "息数": 8
  },
  {
   "番号": 206,
   "題": "徳大寺右大臣殿検非違使の別当の時中門使庁の評定行はれけるほどに",
   "一言でいうと": "怪異を騒ぎ立てず常識で片づければ、災いは起こらない。",
   "現代語訳": "徳大寺右大臣殿が検非違使別当（警察・裁判を担う役所の長官）であった時、中門で役所の評議が行われている最中に、官人章兼の牛が放れて庁内へ入り、大理（検非違使別当）の席の低い台に上がり、反芻しながら寝そべった。「重大な怪異だ」として、牛を陰陽師のもとへ送るべきだと皆が申し上げた。これを聞いた右大臣の父である太政大臣は、「牛に分別はない。足があれば、どこへでも上がるだろう。貧しく弱い官人が、たまたま出仕に使った粗末な牛を取り上げる道理はない」と言い、牛は持ち主に返し、寝そべった畳だけを取り替えさせた。その後、まったく凶事は起こらなかったという。「怪しいことを見ても怪しいと思わなければ、怪異はかえって消える」といわれている。",
   "息つぎ": [
    "徳大寺右大臣殿〔とくだいじのうだいじんどの〕、検非違使〔けびゐし〕の別当の時、中門(ちゆうもん)にて、",
    "使庁〔しちやう〕の評定行はれけるほどに、官人章兼〔くわんにんあきかね〕が牛放れて、",
    "庁の内へ入りて、大理〔だいり〕の座の浜床(はまゆか)の上に上りて、",
    "にれうちかみて臥したりけり。",
    "「重き怪異なり」とて、",
    "牛を陰陽師〔おんやうじ〕のもとへつかはすべきよし、",
    "おのおの申しけるを、父の相国聞き給〔たま〕ひて、",
    "「牛に分別なし。足あれば、いづくへか上らざらん。",
    "尫弱(わうじやく)の官人、",
    "たまたま出仕の微牛(びぎう)を取らるべきやうなし」とて、",
    "牛をば主(ぬし)に返して、臥したりける畳をば替へられにけり。",
    "あへて凶事〔きようじ〕なかりけるとなん。",
    "「怪しみを見て怪しまざる時は、怪しみかへりて破る」と言へり。"
   ],
   "字数": 263,
   "息数": 13
  },
  {
   "番号": 207,
   "題": "亀山殿建てられんとて地を引かれけるに",
   "一言でいうと": "根拠のない祟りを恐れず蛇の塚を崩したが、何の災いも起きなかった。",
   "現代語訳": "亀山殿を建てようとして土地を整備したところ、大きな蛇が数えきれないほど集まった塚があった。「この土地の神である」として事情を奏上すると、天皇から「どうすべきか」とお尋ねがあった。皆が「古くからこの地を占めているものなら、むやみに掘り捨てるわけにはいきません」と申し上げた中で、この大臣だけが、「天皇の治める土地にいる虫が、皇居をお建てになるのに、何の祟りを起こせるでしょう。鬼神に邪心はありません。気にかける必要はなく、すべて掘り捨てるべきです」と申し上げた。そこで塚を崩し、蛇を大井川へ流してしまったが、まったく祟りはなかった。",
   "息つぎ": [
    "亀山殿建〔かめやまどのた〕てられんとて、地を引かれけるに、大なる蛇(くちなは)、",
    "数も知らずこり集りたる塚〔つか〕ありけり。",
    "「この所の神なり」と言ひて、ことのよしを申しければ、",
    "「いかがあるべき」と勅問〔ちよくもん〕ありけるに、",
    "「古くよりこの地を占めたる物ならば、さうなく掘り捨てられがたし」と、",
    "みな人申されけるに、この大臣一人、",
    "「王土〔わうど〕にをらん虫、皇居〔くわうきよ〕を建られんに、",
    "何の祟〔たた〕りをかなすべき。鬼神はよこしまなし。",
    "とがむべからず。ただ、",
    "みな掘り捨つべし」と申されたりければ、",
    "塚を崩して、蛇をば大井河〔おほゐがは〕に流してげり。",
    "さらに祟りなかりけり。"
   ],
   "字数": 242,
   "息数": 12
  },
  {
   "番号": 208,
   "題": "経文などの紐を結ふに",
   "一言でいうと": "経巻の紐にも古来の正しい結び方があり、当世風は見苦しい。",
   "現代語訳": "経巻などの紐を結ぶ時、上下からたすき形に交差させ、二本の紐の間から輪の先を横向きに引き出すのが普通になっている。そのように結んであるものを、華厳院の弘舜僧正は解いて結び直させた。「これは近ごろ流行したやり方で、ひどく見苦しい。本来の正しい結び方は、ただくるくると巻き、輪の先を上から下へ差し挟むものだ」とおっしゃった。昔気質の人で、こうした故実を知っている方だったのである。",
   "息つぎ": [
    "経文〔きやうもん〕などの紐を結(ゆ)ふに、上下(かみしも)よりたすきにちがへて、",
    "二筋(ふたすぢ)の中より、わなの頭を横ざまに引き出だすことは、",
    "常のことなり。",
    "さやうにしたるをば、華厳院〔けごんゐん〕の弘舜僧正〔こうしゆんそうじやう〕、",
    "解きて直させけり。",
    "「これは、このごろやうのことなり。いとにくし。",
    "うるはしくは、ただ、くるくると巻きて、上より下へ、",
    "わなの先をさしはさむべし」と申されけり。",
    "古き人にて、かやうのこと知れる人になん侍〔はべ〕りける。"
   ],
   "字数": 179,
   "息数": 9
  },
  {
   "番号": 209,
   "題": "人の田を論ずるもの訴へに負けてねたさにその田を刈りて取れとて",
   "一言でいうと": "道理を捨てて悪事をすると決めた者には、悪事の範囲を守る理由さえない。",
   "現代語訳": "他人と田の所有を争っていた者が訴訟に負け、悔しさのあまり、「その田の稲を刈り取ってこい」と人を遣わした。すると、その者たちは道中にある田まで次々に刈っていった。「これは争っている田ではない。なぜこんなことをするのか」と言われると、刈る者たちは、「争いの田であっても、刈ってよい道理はない。私たちは『道に外れたことをしよう』と出かけているのだから、どこの田なら刈らないということがあろうか」と答えた。その理屈が実におもしろかった。",
   "息つぎ": [
    "人の田を論ずるもの、訴(うた)へに負けて、ねたさに、",
    "「その田を刈りて取れ」とて、人をつかはしけるに、",
    "まづ道すがらの田をさへ刈りもてゆくを、",
    "「これは論じ給〔たま〕ふ所にあらず。いかにかくは」と言ひければ、",
    "刈る者ども、",
    "「その所とても、刈るべき理(ことわり)なけれども、",
    "『僻事〔ひがごと〕せん』とてまかる者なれば、",
    "いづくをか刈らざらん」とぞ言ひける。",
    "理(ことわり)、いとをかしかりけり。"
   ],
   "字数": 165,
   "息数": 9
  },
  {
   "番号": 210,
   "題": "喚子鳥は春のものなりとばかり言ひて",
   "一言でいうと": "春の鳥とされる喚子鳥は、古い記述をたどると鵺らしい。",
   "現代語訳": "「喚子鳥は春の鳥である」とだけいわれ、どんな鳥なのかをはっきり記したものはない。ある真言宗の書物には、喚子鳥が鳴く時に招魂の法を行う手順が書かれている。この鳥は鵺である。『万葉集』の長歌でも、「霞の立つ長い春の日の」といった言葉に続けて詠まれている。鵺鳥も、喚子鳥の性質と似たものとして聞こえる。",
   "息つぎ": [
    "「喚子鳥(よぶこどり)は春のものなり」とばかり言ひて、",
    "いかなる鳥とも、定かに記せるものなし。",
    "ある真言書〔しんごんしよ〕の中に、喚子鳥鳴〔よぶこどりな〕く時、",
    "招魂〔せうこん〕の法をば行ふ次第あり。",
    "これは鵺(ぬえ)なり。",
    "万葉集〔まんえふしふ〕の長歌〔ちやうか〕に、「霞立〔かすみた〕つ長き春日の」など続けたり。",
    "鵺鳥〔ぬえどり〕も喚子鳥のことざまに通ひて聞こゆ。"
   ],
   "字数": 120,
   "息数": 7
  },
  {
   "番号": 211,
   "題": "よろづのことは頼むべからず",
   "一言でいうと": "何ものにも頼り切らず、広く柔らかな心でいれば、喜怒に振り回されない。",
   "現代語訳": "何事も当てにしてはならない。愚かな人は物事を深く当てにするため、裏切られた時に恨み、怒る。権勢があるからといって頼ってはならない。強い者は真っ先に滅びる。財産が多いからといって頼ってはならない。たちまち失いやすい。才能があるからといって頼ってはならない。孔子でさえ時運に恵まれなかった。徳があるからといって頼ってはならない。顔回も不幸だった。主君の寵愛も頼ってはならない。たちまち処刑されることがある。召使いが従っているからといって頼ってはならない。背いて逃げることがある。他人の好意も頼ってはならない。必ず変わる。約束も頼ってはならない。守られることは少ない。自分も他人も頼りにしなければ、物事がうまくいった時には喜び、うまくいかない時にも恨まない。左右が広ければ物にぶつからず、前後が遠く開いていればふさがれない。狭い所では押しつぶされる。心を働かせる範囲が狭いうえに厳しく構えていると、物とぶつかり争って壊れる。ゆったりとして柔らかであれば、毛一本さえ傷つかない。人は天地の霊妙な存在である。天地には限界がない。人の本性だけが、どうしてそれと異なるだろうか。心が広大で果てしなければ、喜びも怒りも心を妨げず、外の物事にわずらわされない。",
   "息つぎ": [
    "よろづのことは頼むべからず。",
    "愚かなる人は、深くものを頼むゆゑに、",
    "恨〔うら〕み怒(いか)ることあり。",
    "勢ひありとて、頼むべからず。",
    "こはき者、まづ滅〔ほろ〕ぶ。",
    "財(たから)多しとて、頼むべからず。",
    "時の間に失ひやすし。",
    "才ありとて、頼むべからず。",
    "孔子〔こうし〕も時にあはず。",
    "徳ありとて、頼むべからず。",
    "顔回〔がんくわい〕も不幸なりき。",
    "君の寵(ちよう)をも、頼むべからず。",
    "誅(ちゆう)を受くることすみやかなり。",
    "奴(やつこ)従へりとて、頼むべからず。",
    "そむき走ることあり。",
    "人の志をも、頼むべからず。",
    "必ず変ず。",
    "約をも、頼むべからず。",
    "信あること少なし。",
    "身をも人をも頼まざれば、是(ぜ)なる時は喜び、",
    "非(ひ)なる時は恨みず。",
    "左右(さう)広ければさはらず。",
    "前後遠ければ塞(ふさ)がらず。",
    "狭(せば)き時はひしげくだく。",
    "心を用ゐること少しきにして、厳しき時は、",
    "ものにさかひ争ひて破る。",
    "ゆるくして柔らかなる時は、一毛〔いちまう〕も損ぜず。",
    "人は天地の霊なり。",
    "天地は限る所なし。",
    "人の性(しやう)、何ぞ異ならん。",
    "寛大〔くわんだい〕にして極まらざる時は、喜怒これにさはらずして、",
    "もののために煩はず。"
   ],
   "字数": 402,
   "息数": 32
  },
  {
   "番号": 212,
   "題": "秋の月はかぎりなくめでたきものなり",
   "一言でいうと": "秋の月の格別な美しさがわからない人は、まったく情けない。",
   "現代語訳": "秋の月は、この上なくすばらしいものである。月はいつでも「月とはこういうものだ」と思い、秋の月との違いがわからないような人は、まったく情けないことである。",
   "息つぎ": [
    "秋の月は限りなくめでたきものなり。",
    "いつとても、「月はかくこそあれ」とて、",
    "思ひ分かざらん人は、無下(むげ)に心憂かるべきことなり。"
   ],
   "字数": 61,
   "息数": 3
  },
  {
   "番号": 213,
   "題": "御前の火炉に火を置く時は火箸して挟むことなし",
   "一言でいうと": "御前の火鉢へ炭を移す作法は、服装によって火箸を使う例外もある。",
   "現代語訳": "貴人の御前の火鉢に炭火を入れる時は、火箸で挟んではならない。土器から直接移すのがよい。だから、途中で転がり落ちないように考えて炭を積んでおかなければならない。八幡宮への御幸（上皇のお出まし）にお供した人が、浄衣を着て手で炭を差し入れたところ、故実に通じた人が、「白い衣を着ている日は、火箸を使っても差し支えない」とおっしゃった。",
   "息つぎ": [
    "御前(ごぜん)の火炉(くわろ)に火を置く時は、火箸して挟むことなし。",
    "土器(かはらけ)よりただちに移すべし。",
    "されば、転び落ちぬやうに心得て、炭を積むべきなり。",
    "八幡〔やはた〕の御幸〔ごかう〕に供奉(ぐぶ)の人、浄衣〔じやうえ〕を着て、",
    "手にて炭をさされければ、ある有職(いうそく)の人、",
    "「白き物を着たる日は、火箸を用ゐる、苦しからず」と申されけり。"
   ],
   "字数": 132,
   "息数": 6
  },
  {
   "番号": 214,
   "題": "想夫恋といふ楽は女男を恋ふるゆゑの名にはあらず",
   "一言でいうと": "雅楽の曲名は恋物語ではなく、異なる由来の語が同じ音に転じたものだ。",
   "現代語訳": "「想夫恋」という雅楽の曲は、女が男を恋しく思うことからついた名ではない。もとは「相府蓮」で、同じ音の文字に置き換わったのである。晋の王倹が大臣であった時、家に蓮を植えて愛したことにちなむ曲である。これによって大臣のことを蓮府という。「廻忽」も、もとは「廻鶻」である。廻鶻国という、異民族の強大な国があった。その民が漢に服属した後、やって来て自国の音楽を演奏したのである。",
   "息つぎ": [
    "想夫恋(さうふれん)といふ楽(がく)は、女、男を恋ふるゆゑの名にはあらず。",
    "もとは相府蓮〔さうふれん〕、文字の通へるなり。",
    "晋〔しん〕の王倹〔わうけん〕、大臣として、",
    "家に蓮(はちす)を植ゑて愛せし時の楽なり。",
    "これより大臣を蓮府〔れんぷ〕といふ。",
    "廻忽〔くわいこつ〕も廻鶻〔くわいこつ〕なり。",
    "廻鶻国〔くわいこつこく〕とて、夷(えびす)のこはき国あり。",
    "その夷、漢〔かん〕に伏して後に、来たりて、",
    "おのれが国の楽を奏せしなり。"
   ],
   "字数": 140,
   "息数": 9
  },
  {
   "番号": 215,
   "題": "平宣時朝臣老いの後昔語りに",
   "一言でいうと": "権力者と家臣が、味噌だけを肴に気取らず酒を楽しんだ時代があった。",
   "現代語訳": "平宣時朝臣が年老いてから、昔話としてこう語った。「ある晩、最明寺入道に呼ばれたことがあった。『すぐに参ります』と返事をしたものの、直垂（武家の礼服）がなくて手間取っていると、また使いが来て、『直垂などをお持ちでないのか。夜なのだから、どんな格好でもよい。早く』とのことだった。そこで、よれよれの直垂を、家にいた時の格好のまま着て参上した。入道は銚子に盃を添えて持ち出し、『この酒を一人で飲むのも寂しいので、お呼びしたのだ。肴がない。人々はもう寝静まっただろうが、何か適当なものがないか、どこまでも探してくだされ』と言われた。紙燭（手に持つ明かり）を灯して隅々まで探すと、台所の棚に、小さな土器の皿へ味噌が少し付いているのを見つけた。『これを見つけました』と申し上げると、『それで十分だ』と言って、気持ちよく何杯も酒を重ね、すっかり興に乗られた。あの時代は、このようなものだった」と語られた。",
   "息つぎ": [
    "平宣時朝臣〔たひらののぶときあそん〕、老いの後(のち)、昔語りに、",
    "「最明寺入道〔さいみやうじにふだう〕、ある宵の間に呼ばるることありしに、",
    "『やがて』と申しながら、",
    "直垂(ひたたれ)のなくてとかくせしほどに、また使(つかひ)来たりて、",
    "『直垂などの候はぬにや。夜なれば、異様(ことやう)なりとも、とく』とありしかば、",
    "なえたる直垂、うちうちのままにてまかりたりしに、",
    "銚子に土器(かはらけ)取り添へて、持て出でて、",
    "『この酒を一人たうべんがさうざうしければ申しつるなり。肴こそなけれ、人は静まりぬらん、さりぬべき物やあると、いづくまでも求め給〔たま〕へ』とありしかば、",
    "紙燭(しそく)さして、くまぐまを求めしほどに、台所の棚に、",
    "小土器(こがはらけ)に味噌〔みそ〕の少し付きたるを見出でて、",
    "『これぞ求め得て候ふ』と申ししかば、",
    "『事足りなん』とて、心よく数献(すこん)に及びて、",
    "興〔きよう〕に入られ侍〔はべ〕りき。その世には、",
    "かくこそ侍りしか」と申されき。"
   ],
   "字数": 337,
   "息数": 14
  },
  {
   "番号": 216,
   "題": "最明寺入道鶴岡の社参のついでに",
   "一言でいうと": "昔の権力者のもてなしは、簡素でも気前がよく、その場で惜しみなく贈った。",
   "現代語訳": "最明寺入道が鶴岡八幡宮へ参詣した折、まず足利左馬入道のもとへ使いを送り、その邸に立ち寄った。主人のもてなしは、一杯目の酒に打ち鮑、二杯目に海老、三杯目にかいもちい（そばがきの類）を出し、それで終わりだった。その席には、主人夫婦と隆弁僧正が、主人側の人として同席していた。さて最明寺入道が、「毎年いただく足利の染物が待ち遠しくございます」と言うと、主人は「用意してございます」と答え、さまざまな染物三十反をその場で女房たちに小袖へ仕立てさせ、後で贈った。その時に目にした人が近年まで存命で、こう語ったのである。",
   "息つぎ": [
    "最明寺入道、鶴岡〔つるがをか〕の社参〔しやさん〕のついでに、",
    "足利左馬入道〔あしかがさまのにふだう〕のもとへ、まづ使を遣はして、",
    "立ち入られたりけるに、あるじまうけられたりけるやう、",
    "一献〔いつこん〕に打ち鮑(あはび)、二献に蝦(えび)、三献にかいもちひにてやみぬ。",
    "その座には、亭主夫婦〔ていしゆふうふ〕、隆弁僧正〔りゆうべんそうじやう〕、",
    "あるじ方の人にて座せられけり。",
    "さて、",
    "「年ごとに給〔たま〕はる足利の染物、心もとなく候ふ」と申されければ、",
    "「用意し候ふ」とて、色々の染物三十、前にて、",
    "女房〔にょうばう〕どもに小袖に調(てう)ぜさせて、後に遣はされけり。",
    "その時見たる人の、近くまで侍〔はべ〕りしが、語り侍りしなり。"
   ],
   "字数": 232,
   "息数": 11
  },
  {
   "番号": 217,
   "題": "ある大福長者のいはく",
   "一言でいうと": "金を使わず守り抜く蓄財術は、突き詰めれば欲を捨てる無欲と同じになる。",
   "現代語訳": "ある大金持ちがこう言った。「人は何もかも差し置いて、ひたすら富を築くべきである。貧しくては生きているかいがない。富んでいる者だけを一人前の人間という。富を得ようと思うなら、まず富者の心構えを身につけなければならない。その心構えとはほかでもない。人間はいつまでも生きると思い定め、たとえ一時でも無常を考えてはならない。これが第一の用心である。次に、あらゆる必要を満たそうとしてはならない。この世で生きる人には、自分についても他人についても、数えきれない願いがある。欲望に従ってすべてをかなえようとすれば、百万の銭があっても、ほんのしばらくさえ手元に残らない。願いには尽きる時がないが、財産には尽きる時がある。限りある財産で、限りない願いに従うことはできない。何かしたいという願いが心に芽生えたら、『自分を滅ぼす悪い考えが来た』と固く慎み恐れ、わずかな必要さえ満たしてはならない。次に、銭を召使いのように考え、使うためのものだと思えば、いつまでも貧しさから逃れられない。銭を主人のように、神のように恐れ敬って従い、使ってはならない。次に、恥をかかされても怒ったり恨んだりしてはならない。次に、正直に振る舞い、約束を固く守らなければならない。この道理を守って利益を求める人には、火が乾いた物に燃え移り、水が低い方へ流れるように、富が集まってくるだろう。銭が積もって尽きなくなれば、宴会や酒、音楽や色事に熱中せず、住まいを飾らず、願いをかなえなくても、心はいつまでも安らかで楽しい」と言った。そもそも、人は願いをかなえるために財産を求める。銭を財産とするのも、願いをかなえられるからである。願いがあってもかなえず、銭があっても使わないのなら、まったく貧しい者と同じである。何を楽しみとするのだろう。この金持ちの教えは、要するに「人間の欲望を断ち、貧しさを嘆くな」ということに聞こえる。欲望をかなえて楽しもうとするくらいなら、初めから財産などない方がましである。悪性のできものを患う者が、水で洗って一時の気持ちよさを味わうくらいなら、初めから病気にならない方がよい。ここまで来れば、貧乏と金持ちの違いはない。究極の悟りは、すべての者に仏性があるという出発点と等しい。大欲は無欲に似ているのである。",
   "息つぎ": [
    "ある大福長者〔だいふくちやうじや〕のいはく、",
    "「人はよろづをさしおきて、",
    "ひたぶるに徳をつくべきなり。",
    "貧しくては生けるかひなし。富めるのみを人とす。",
    "徳を付かんと思はば、すべからく、",
    "まづその心づかひを修行すべし。",
    "その心と言ふは他のことにあらず。",
    "人間常住〔にんげんじやうぢゆう〕の思ひに住して、",
    "仮にも無常〔むじやう〕を観ずることなかれ。これ、第一の用心なり。",
    "次に、万事の用をかなふべからず。人の世にある、",
    "自他につけて所願無量〔しよぐわんむりやう〕なり。欲にしたがひて、",
    "志を遂げんと思はば、百万の銭ありといふとも、",
    "しばらくも住すべからず。所願は止む時なし。",
    "財(たから)は尽くる期(ご)あり。限りある財を持ちて、",
    "限りなき願にしたがふこと、得べからず。",
    "所願心にきざすことあらば、",
    "『われを滅ぼすべき悪念〔あくねん〕きたれり』と、",
    "固く慎しみ恐れて、小要(せうえう)をもなすべからず。次に、",
    "銭を奴(やつこ)のごとくして、使ひ用ゐるものと知らば、",
    "長く貧苦をまぬかるべからず。君のごとく、神のごとく、",
    "恐れ尊みて、したがへ、用ゐることなかれ。次に、",
    "恥にのぞむといふとも、怒り恨むることなかれ。つぎに、",
    "正直〔しやうぢき〕にして約を固くすべし。この義を守(まぼ)りて、",
    "利を求めん人は、富の来たること、火の乾けるにつき、",
    "水の下れるにしたがふがごとくなるべし。",
    "銭積りて尽きざる時は、宴飲声色(えんいんせいしよく)をこととせず、",
    "居所を飾らず、所願を成(じやう)ぜざれども、",
    "心とこしなへに安く楽し」と申しき。",
    "そもそも、人は所願を成ぜんがために、財を求む。",
    "銭を財とすることは、願ひをかなふるがゆゑなり。",
    "所願あれどもかなへず、銭あれども用ゐざらんは、",
    "全く貧者と同じ。",
    "何をか楽しびとせん。",
    "この掟(おきて)は、ただ、",
    "「人間の望を断ちて、貧を憂ふべからず」と聞こえたり。",
    "欲を成じて楽しびとせんよりは、しかじ、",
    "財なからんには。",
    "癰疽(ようそ)を病む者、水に洗ひて楽しびとせんよりは、",
    "病まざらんにはしかじ。",
    "ここに至りては、貧富分〔ひんぷわ〕く所なし。",
    "究竟(くきやう)は理即(りそく)に等し。",
    "大欲は無欲に似たり。"
   ],
   "字数": 762,
   "息数": 42
  },
  {
   "番号": 218,
   "題": "狐は人に食ひつくものなり",
   "一言でいうと": "狐は本当に人へ襲いかかり、噛みつくことがある。",
   "現代語訳": "狐は人に噛みつくものである。堀川殿では、舎人が寝ている間に足を狐に噛まれた。仁和寺では夜、本寺の前を通っていた身分の低い法師に三匹の狐が飛びかかり、噛みついた。法師は刀を抜いて防ぎながら、二匹の狐を突いた。一匹は突き殺し、二匹は逃げた。法師は何か所も噛まれたが、別に大事には至らなかった。",
   "息つぎ": [
    "狐〔きつね〕は人に食ひつくものなり。",
    "堀川殿〔ほりかはどの〕にて、舎人〔とねり〕が寝たる足を狐に食はる。",
    "仁和寺〔にんなじ〕にて、夜、本寺の前を通る下法師(しもほふし)に、",
    "狐三つ飛びかかりて、食ひつきければ、刀を抜きて、",
    "これを防ぐ間、狐二疋を突く。",
    "一つは突き殺しぬ。",
    "二つは逃げぬ。",
    "法師はあまた所食はれながら、ことゆゑなかりけり。"
   ],
   "字数": 133,
   "息数": 8
  },
  {
   "番号": 219,
   "題": "四条黄門命ぜられていはく龍秋は道にとりてはやんごとなき者なり",
   "一言でいうと": "笛の音の良し悪しは穴の構造だけでなく、吹き手が息で整える技量による。",
   "現代語訳": "四条黄門がおっしゃった。「龍秋は、音楽の道ではたいへん優れた人物である。先日やって来て、こう言った。『浅はかな考えで、ひどくとりとめのない話ではございますが、横笛の第五の穴には、少し疑問があるようにひそかに思います。というのも、干の穴は平調、五の穴は下無調で、その間に勝絶調を隔てています。上の穴は双調で、次に鳧鐘調を置いて、夕の穴が黄鐘調です。その次に鸞鐘調を置いて、中の穴が盤渉調、中の穴と六の穴との間には神仙調があります。このように、穴と穴の間にはどれも一律ずつ音が省かれているのに、五の穴だけは上の穴との間に別の調子を持たず、それでも穴の間隔は等しいため、その音が不快になります。だから、この穴を吹く時には必ず音程を下げます。下げきれない時には曲に合いません。うまく吹ける人はめったにいません』と申した。その考察は実に興味深い。先達が後から生まれた者の才能を恐れるというのは、このことだ」とおっしゃった。別の日に景茂が申したことは、こうである。「笙はあらかじめ調律を済ませて持つので、あとはただ吹くだけです。笛は、吹きながら息の中で音程を整えていくものなので、どの穴にも、口伝に加えて吹き手の生まれつきの才能を働かせ、心を配る必要があります。それは五の穴だけではありません。一概に音程を下げればよいとも決められません。下手に吹けば、どの穴の音もよくありません。名人はどの音も調和させて吹きます。音律が曲に合わないのは人の落ち度であって、楽器の欠点ではありません」と申した。",
   "息つぎ": [
    "四条黄門〔しでうくわうもん〕、命ぜられていはく、",
    "「龍秋(たつあき)は、道にとりてはやんごとなき者なり。",
    "先日来たりていはく、",
    "『短慮の至り、極めて荒涼(くわうりやう)のことなれども、横笛の五(ご)の穴は、いささかいぶかしき所の侍〔はべ〕るかと、ひそかにこれを存ず。そのゆゑは、干(かん)の穴は。平調(ひやうでう)。五の穴は下無調(しもむでう)なり。その間に勝絶調(しようぜつでう)を隔てたり。上(しやう)の穴、双調(さうでう)。次に鳧鐘調(ふしようでう)を置きて、夕(さく)の穴、黄鐘調(わうしきでう)なり。その次に鸞鐘調(らんけいでう)を置きて、中の穴、盤渉調(ばんしきでう)、中(ちゆう)と六とのあはひに、神仙調(しんせんでう)あり。かやうに間々(まま)に、みな一律を盗めるに、五の穴のみ、上の間に調子を持たずして、しかも間をくばること等しきゆゑに、その声不快なり。されば、この穴を吹く時は、必ずのく。のけあへぬ時は、ものに合はず。吹き得る人かたし』と申しき。",
    "料簡〔れうけん〕の至り、まことに興あり。先達〔せんだつ〕、",
    "後生を恐ると言ふこと、このことなり」と侍りき。",
    "他日に景茂〔かげもち〕が申し侍りしは、",
    "「笙〔しやう〕は調べおほせて持ちたれば、ただ吹くばかりなり。",
    "笛は、吹きながら、息のうちにて、",
    "かつ調べもてゆくものなれば、穴ごとに、",
    "口伝の上に性骨(しやうこつ)を加へて心を入るること、",
    "五の穴のみに限らず。",
    "ひとへにのくとばかりも定むべからず。悪しく吹けば、",
    "いづれの穴も心よからず。上手〔じやうず〕はいづれをも吹きあはす。",
    "呂律(りよりつ)のものにかなはざるは、人の咎(とが)なり。",
    "器の失にあらず」と申しき。"
   ],
   "字数": 541,
   "息数": 16
  },
  {
   "番号": 220,
   "題": "何事も辺土は賤しくかたくななれども天王寺の舞楽のみ都に恥ぢずと言へば",
   "一言でいうと": "天王寺の舞楽は、寺の鐘を基準音にして音律を整えるから都にも劣らない。",
   "現代語訳": "「どんなことでも地方は品がなく、洗練されていないが、天王寺の舞楽だけは都に引けを取らない」と言うと、天王寺の楽人がこう申した。「当寺の音楽は、音律の基準をよく確かめて合わせるので、音が美しく整っていることでは、ほかより優れています。その理由は、聖徳太子の時代から伝わる音の基準が今もあり、それを博士（音律の手本）としているからです。それが、いわゆる六時堂の前の鐘です。その音は黄鐘調の真ん中に当たります。鐘の音は寒さや暑さによって高くなったり低くなったりするため、二月の涅槃会から聖霊会までの中間の時期の音を基準にします。これは秘伝です。この一つの調子によって、すべての音を整えるのです」と申した。そもそも鐘の音は黄鐘調であるべきだ。これは無常を表す調子で、祇園精舎の無常院の鐘の音である。西園寺の鐘は「黄鐘調に鋳造せよ」として何度も鋳直したがうまくいかず、ついに遠国から探し出された。浄金剛院の鐘の音も、また黄鐘調である。",
   "息つぎ": [
    "「何事も辺土〔へんど〕は賤しく、かたくななれども、",
    "天王寺〔てんわうじ〕の舞楽のみ、都に恥ぢず」と言へば、",
    "天王寺の伶人(れいじん)の申し侍〔はべ〕りしは、",
    "「当寺の楽は、よく図を調べあはせて、ものの音の、",
    "めでたくととのほり侍ること、ほかよりも優れたり。",
    "ゆゑは、太子〔たいし〕の御時の図、今に侍るをはかせとす。",
    "いはゆる六時堂〔ろくじだう〕の前の鐘なり。その声、",
    "黄鐘調(わうしきでう)の最中(もなか)なり。寒暑にしたがひて、",
    "上り下りあるべきゆゑに、",
    "二月涅槃会〔にぐわつねはんゑ〕より聖霊会〔しやうりやうゑ〕までの中間(ちゆうげん)を指南とす。",
    "秘蔵(ひさう)のことなり。この一調子(いつでうし)をもちて、",
    "いづれの声をもととのへ侍るなり」と申しき。",
    "およそ、鐘の声は黄鐘調なるべし。",
    "これ無常の調子、祇園精舎〔ぎをんしやうじや〕の無常院〔むじやうゐん〕の声なり。",
    "西園寺〔さいをんじ〕の鐘、「黄鐘調に鋳らるべし」とて、",
    "あまた度(たび)鋳〔い〕かへられけれども、かなはざりけるを、",
    "遠国より尋ね出だされける。",
    "浄金剛院〔じやうこんがうゐん〕の鐘の声、また黄鐘調なり。"
   ],
   "字数": 344,
   "息数": 18
  },
  {
   "番号": 221,
   "題": "建治弘安のころは祭の日の放免の付け物に",
   "一言でいうと": "祭りの飾りは派手さを競いすぎ、担ぐ本人が苦しむ見苦しいものになった。",
   "現代語訳": "建治・弘安のころ、祭りの日に放免（検非違使庁に仕えた下級役人）が身につける飾りには、風変わりな紺の布五反で馬を作り、尾とたてがみには灯心を使い、蜘蛛の巣を描いた水干に付け、歌の意味になぞらえて練り歩くものがあった。「そうした姿をいつも目にしていましたが、趣向があっておもしろく作られていると感じたものです」と、年老いた道志（放免たちをまとめる役人）たちが今も語っている。近ごろの飾りは、年を追うごとに度を越して華美になり、あらゆる重い物をたくさん付け、左右の袖を人に持たせ、自分では鉾さえ持たず、息を切らして苦しんでいる。その様子はたいへん見苦しい。",
   "息つぎ": [
    "建治〔けんぢ〕・弘安〔こうあん〕のころは、祭〔まつり〕の日の放免(はうべん)の付け物に、",
    "異様(ことやう)なる紺の布の五反(たん)にて、馬をつくりて、",
    "尾髪(をかみ)には灯心(とうじみ)をして、蜘蛛〔くも〕の網(い)描きたる水干〔すいかん〕に付けて、",
    "歌の心など言ひて渡りしこと、",
    "つねに見及び侍〔はべ〕りしなども、",
    "興ありてしたる心地にてこそ侍しか」と、",
    "老いたる道志(だうし)どもの、今日も語り侍るなり。",
    "このごろは、付け物、年を送りて、",
    "過差(くわさ)ことのほかになりて、よろづの重き物を多く付けて、",
    "左右(さう)の袖を人に持たせて、みづからは鉾(ほこ)をだに持たず、",
    "息つき苦しむありさま、いと見苦し。"
   ],
   "字数": 220,
   "息数": 11
  },
  {
   "番号": 222,
   "題": "竹谷乗願房東二条院へ参られたりけるに",
   "一言でいうと": "宗派の都合より、経典に根拠がある教えを答えるのが誠実である。",
   "現代語訳": "竹谷乗願房が東二条院のもとへ参上した時、院が「亡くなった人の供養には、何をするのが最も功徳が大きいか」とお尋ねになったので、「光明真言と宝篋印陀羅尼です」と申し上げた。弟子たちが、「どうしてそのようにお答えになったのですか。『念仏に勝るものはございません』とは、なぜ申し上げなかったのですか」と尋ねると、乗願房はこう答えた。「わが宗派の教えだから、もちろんそう申し上げたかった。しかし、『仏の名を唱えることを死者の追善として行えば、大きな利益がある』と説く経文を見たことがない。『それはどこに書いてあるのか』と重ねてお尋ねになったら、何とお答えすればよいだろうと思い、根拠となる経典が確かな光明真言と宝篋印陀羅尼を申し上げたのだ」とおっしゃった。",
   "息つぎ": [
    "竹谷乗願房〔たけたにじようぐわんばう〕、東二条院(とうにでうのゐん)へ参られたりけるに、",
    "「亡者(まうじや)の追善〔ついぜん〕には、何事か勝利多き」と尋ねさせ給〔たま〕ひければ、",
    "「光明真言〔くわうみやうしんごん〕。宝篋印陀羅尼〔はうけふいんだらに〕」と申されたりけるを、",
    "弟子ども、",
    "「いかにかくは申し給ひけるぞ。",
    "『念仏にまさること候ふまじ』とは、",
    "など申し給はぬぞ」と申しければ、",
    "「家宗〔いへむね〕なれば、さこそ申さまほしかりつれども、",
    "まさしく、",
    "『称名〔しようみやう〕を追福〔ついふく〕に修して巨益(こやく)あるべし』と説ける経文を見及ばねば、",
    "『『何に見えたるぞ』と重ねて問はせ給はば、いかが申さん』と思ひて、",
    "本経〔ほんぎやう〕の確かなるにつきて、",
    "この真言・陀羅尼をば申しつるなり」とぞ申されける。"
   ],
   "字数": 255,
   "息数": 13
  },
  {
   "番号": 223,
   "題": "鶴の大臣殿は童名たづ君なり",
   "一言でいうと": "鶴大臣の呼び名は幼名の鶴君に由来し、鶴を飼ったからではない。",
   "現代語訳": "鶴大臣殿は、幼名を鶴君といった。鶴を飼っておられたからそう呼ばれたというのは、誤りである。",
   "息つぎ": [
    "鶴(たづ)の大臣殿(おほいどの)は、童名(わらはな)鶴君(たづぎみ)なり。",
    "鶴を飼ひ給〔たま〕ひけるゆゑにと申すは僻事(ひがごと)なり。"
   ],
   "字数": 36,
   "息数": 2
  },
  {
   "番号": 224,
   "題": "陰陽師有宗入道鎌倉より上りて尋ね詣で来たりしが、",
   "一言でいうと": "土地を遊ばせず、食べ物や薬になる植物を植えるのがよい。",
   "現代語訳": "陰陽師の有宗入道が鎌倉から都へ上り、私を訪ねて来た。中へ入るなり、「この庭が役にも立たず広いままなのは、あきれるほどで、あってはならないことです。道理を知る者は、植物を植えることに努めます。細い道を一本だけ残し、すべて畑になさい」と忠告した。本当に、わずかな土地でも何もせず遊ばせておくのは、役に立たないことである。食べ物や薬になる植物などを植えておくのがよい。",
   "息つぎ": [
    "陰陽師有宗入道〔おんやうじありむねにふだう〕、鎌倉〔かまくら〕より上りて、",
    "尋ね詣で来たりしが、まづさし入りて、",
    "「この庭のいたづらに広きこと、あさましく、",
    "あるべからぬことなり。道を知る者は、",
    "植うることをつとむ。細道一つ残して、",
    "みな畑に作り給〔たま〕へ」と、",
    "いさめ侍〔はべ〕りき。",
    "まことに少しの地をもいたづらに置かんことは、",
    "益(やく)なきことなり。",
    "食ふ物・薬種(やくしゆ)などを植え置くべし。"
   ],
   "字数": 158,
   "息数": 10
  },
  {
   "番号": 225,
   "題": "多久資が申しけるは",
   "一言でいうと": "白拍子は、男装の舞を受け継いだ静御前の母から始まった。",
   "現代語訳": "多久資が語ったところでは、「通憲入道は、舞の型の中から面白いものを選び、磯の禅師という女に教えて舞わせた。白い水干を着せ、鞘巻の刀を差させ、烏帽子を深くかぶらせたので、これを男舞と呼んだ。禅師の娘で静という女がこの芸を受け継いだ。これが白拍子の始まりである。仏や神の由来を歌う。その後、源光行が多くの歌を作った。後鳥羽院の作もあり、亀菊に教えてお舞わせになったという」ということだ。",
   "息つぎ": [
    "多久資(おほのひさすけ)が申しけるは、",
    "「通憲入道〔みちのりにふだう〕、舞の手の中に興あることどもを選びて、",
    "磯〔いそ〕の禅師(ぜんじ)といひける女に教へて舞はせけり。",
    "白き水干に鞘巻(さうまき)を差させ、烏帽子〔えぼし〕をひき入れたりければ、",
    "男舞(をとこまひ)とぞ言ひける。禅師が娘、静(しづか)といひける、",
    "この芸を継げり。これ白拍子(しらびやうし)の根元なり。",
    "仏神の本縁〔ほんえん〕を歌ふ。",
    "その後、源光行〔みなもとのみつゆき〕、多くのことを作れり。",
    "後鳥羽院〔ごとばのゐん〕の御作もあり。",
    "亀菊〔かめぎく〕に教へさせ給〔たま〕ひけるとぞ。"
   ],
   "字数": 179,
   "息数": 10
  },
  {
   "番号": 226,
   "題": "後鳥羽院の御時信濃前司行長稽古の誉ありけるが",
   "一言でいうと": "『平家物語』は、行長が作り、盲僧の生仏に教えて語らせたという。",
   "現代語訳": "後鳥羽院の時代、信濃前司行長は学識が高いと評判だったが、『新楽府』（白楽天の漢詩集）についての御前の論議に呼ばれた際、七徳の舞のうち二つを忘れたため、「五徳の冠者」というあだ名をつけられた。それをつらく思い、学問を捨てて出家した。慈鎮和尚は、一つでも芸のある者なら身分の低い者までそばに置いて世話をなさったので、この信濃入道も養っておられた。この行長入道が『平家物語』を作り、生仏という盲人に教えて語らせたのである。そのため比叡山延暦寺のことは、とりわけ立派に書かれている。九郎判官義経のことは詳しく知っていて書き載せたが、蒲冠者範頼のことはよく知らなかったのか、多くを書き漏らしている。武士や弓馬の技については、生仏が東国出身だったので、武士に尋ねて聞き、その内容を書かせた。今の琵琶法師は、この生仏が生まれつき持っていた語り声をまねているのである。",
   "息つぎ": [
    "後鳥羽院〔ごとばのゐん〕の御時、信濃前司行長〔しなののぜんじゆきなが〕、",
    "稽古の誉(ほまれ)ありけるが、楽府(がふ)の御論議(みろんぎ)の番に召されて、",
    "七徳〔しちとく〕の舞を二つ忘れたりければ、",
    "「五徳〔ごとく〕の冠者〔くわんじや〕」と異名を付きにけるを、",
    "心憂きことにして、学問を捨てて遁世〔とんせい〕したりけるを、",
    "慈鎮和尚〔じちんくわしやう〕、一芸ある者をば下部(しもべ)までも召し置きて、",
    "不便にせさせ給〔たま〕ひければ、",
    "この信濃入道を扶持(ふち)し給ひけり。",
    "この行長入道、平家物語〔へいけものがたり〕を作りて、",
    "生仏(しやうぶつ)といひける盲目〔めくら〕に教へて、語らせけり。",
    "さて、山門〔さんもん〕のことを、ことにゆゆしく書けり。",
    "九郎判官のことは詳しく知して書き載せたり。",
    "蒲冠者(かばのくわんじゃ)のことは、よく知らざりけるにや、",
    "多くのことども記しもらせり。",
    "武士のこと、弓馬のわざは、生仏、東国〔とうごく〕の者にて、",
    "武士に問ひ聞きて書かせけり。",
    "かの生仏が生まれつきの声を、",
    "今の琵琶法師〔びはほふし〕は学びたるなり。"
   ],
   "字数": 334,
   "息数": 18
  },
  {
   "番号": 227,
   "題": "六時礼讃は法然上人の弟子安楽といひける僧経文を集めて作りて",
   "一言でいうと": "六時礼讃と法事讃は、僧たちの工夫によって今の声明になった。",
   "現代語訳": "六時礼讃は、法然上人の弟子で安楽という僧が経文を集めて作り、勤行に用いたものである。その後、太秦善観房という僧が節博士（声の高低や節を示す記号）を定め、声明に仕立てた。これが一念の念仏の始まりで、後嵯峨院の御代から始まった。法事讃も、同じく善観房が始めたものである。",
   "息つぎ": [
    "六時礼讃(ろくじらいさん)は、法然上人の弟子、安楽といひける僧、",
    "経文〔きやうもん〕を集めて作りて、勤めにしけり。",
    "その後、太秦善観房(うづまさのぜんくわんばう)といふ僧、節博士(ふしはかせ)を定めて、",
    "声明になせり。",
    "一念〔いちねん〕の念仏の最初なり。",
    "後嵯峨院〔ごさがのゐん〕の一代より始まれり。",
    "法事讃〔ほふじさん〕も、同じく善観房始〔ぜんくわんばうはじ〕めたるなり。"
   ],
   "字数": 115,
   "息数": 7
  },
  {
   "番号": 228,
   "題": "千本の釈迦念仏は文永のころ如輪上人これを始められけり",
   "一言でいうと": "千本の釈迦念仏は、文永年間に如輪上人が始めた。",
   "現代語訳": "千本の地で行われる釈迦念仏は、文永年間に如輪上人が始められたものである。",
   "息つぎ": [
    "千本〔せんぼん〕の釈迦念仏〔しやかねんぶつ〕は、文永〔ぶんえい〕のころ、如輪上人〔によりんしやうにん〕、",
    "これを始められけり。"
   ],
   "字数": 34,
   "息数": 2
  },
  {
   "番号": 229,
   "題": "よき細工は少し鈍き刀を使ふと言ふ",
   "一言でいうと": "名人は、切れすぎない道具を使う。",
   "現代語訳": "腕のよい細工師は、少し鈍い小刀を使うという。名工・妙観の小刀も、それほど鋭くはなかった。",
   "息つぎ": [
    "よき細工は、少し鈍〔にぶ〕き刀を使ふと言ふ。",
    "妙観(めうくわん)が刀は、いたく立たず。"
   ],
   "字数": 31,
   "息数": 2
  },
  {
   "番号": 230,
   "題": "五条内裏には妖物ありけり",
   "一言でいうと": "五条内裏の狐は、人に化けきれないまま見つかって逃げた。",
   "現代語訳": "五条内裏には化け物がいたという。藤大納言殿が語られた話では、殿上人たちが黒戸の間で碁を打っていた時、御簾を持ち上げて中をのぞくものがいた。「誰だ」と振り向くと、狐が人のようにちょこんと座り、のぞき込んでいた。「あれは狐だ」と皆に騒がれ、慌てふためいて逃げていった。未熟な狐が、人に化け損ねたのだろう。",
   "息つぎ": [
    "五条内裏〔ごでうだいり〕には妖物(ばけもの)ありけり。",
    "藤大納言殿〔とうのだいなごんどの〕、語られ侍〔はべ〕りしは、殿上人〔てんじやうびと〕ども、",
    "黒戸〔くろど〕にて碁を打ちけるに、御簾〔みす〕をかかげて見る物あり。",
    "「誰(た)そ」と見向きたれば、狐、人のやうについゐて、",
    "さしのぞきたるを、「あれ、狐よ」とどよまれて、",
    "まどひ逃げにけり。",
    "未練〔みれん〕の狐、化け損じけるにこそ。"
   ],
   "字数": 133,
   "息数": 7
  },
  {
   "番号": 231,
   "題": "園の別当入道はさうなき庖丁者なり",
   "一言でいうと": "気の利いた演出より、何気なく率直にふるまうほうが上品である。",
   "現代語訳": "園の別当入道は、並ぶ者のないほどの包丁の名人だった。ある人の家で見事な鯉が出された時、皆は「別当入道の包丁さばきを見たい」と思ったが、気軽に頼むのもどうかとためらっていた。すると別当入道は心得た人で、「このところ百日続けて鯉を切っております。今日だけ休むわけにはまいりません。ぜひ私に切らせていただきたい」と言って、鯉を切った。ある人が北山太政入道殿に「たいそう場にふさわしく、趣のあるふるまいだと皆が感心しました」と話すと、殿は「私はそういうことを実にわずらわしく思う。『切れる人がいないなら、こちらへよこしなさい。私が切ろう』と言ったほうが、まだよかっただろう。何が百日続けて鯉を切った、だ」とおっしゃった。それを面白く思った、と人が語られた話も、実におかしい。だいたい、趣向を凝らして面白くふるまうより、面白みを狙わず自然でいるほうが優れている。客をもてなす時も、何かのついでらしく趣向を整えるのは確かによいが、特別な理由もなく、さっと出すのがとてもよい。人に物を贈る時も、何かにかこつけず「これを差し上げよう」と言うのが本当の厚意である。惜しそうにして相手が欲しがるのを待ったり、勝負に負けたせいにして渡したりするのは、うっとうしい。",
   "息つぎ": [
    "園(その)の別当入道は、さうなき庖丁者(はうちやうじゃ)なり。",
    "ある人のもとにて、いみじき鯉〔こひ〕を出だしたりければ、",
    "みな人、「別当入道の庖丁を見ばや」と思へども、",
    "「たやすくうち出でんもいかが」とためらひけるを、",
    "別当入道さる人にて、",
    "「このほど、百日の鯉を切り侍〔はべ〕るを、",
    "今日欠き侍るべきにあらず。まげて申し請けん」とて、",
    "切られける。",
    "「いみじく、つきづきしく、興ありて、人ども思へりける」と、",
    "ある人、北山太政入道殿〔きたやまだいじやうにふだうどの〕に語り申されたりければ、",
    "「かやうのこと、おのれはよにうるさく思ゆるなり。",
    "『切りぬべき人なくば給〔たま〕べ。切らん」と言ひたらんは、なほよかりなん。なでふ、百日の鯉を切らんぞ」とのたまひたりし、",
    "をかしく思えしと、人の語り給ひける、いとをかし。",
    "おほかた、振舞ひて興あるよりも、",
    "興なくてやすらかなるが、まさりたることなり。",
    "客人(まれびと)の饗応(きやうおう)なども、",
    "ついでをかしきやうにとりなしたるも、",
    "まことによけれども、",
    "ただそのこととなくて取り出でたる、いとよし。",
    "人に物を取らせたるも、ついでなくて、",
    "「これを奉らん」と言ひたる、まことの志なり。",
    "惜しむよしして請はれんと思ひ、",
    "勝負の負けわざにことつけなどしたる、むつかし。"
   ],
   "字数": 485,
   "息数": 23
  },
  {
   "番号": 232,
   "題": "すべて人は無智無能なるべきものなり",
   "一言でいうと": "知識や腕前は、見せる場を誤るとたちまち嫌味になる。",
   "現代語訳": "人は何事にも、知らない、できないという顔をしているのがよい。ある人の息子で、見た目も悪くない若者が、父親の前で人と話す時に史書の一節を引用した。賢そうには聞こえたが、目上の父の前では、そこまでしなくてもよいのにと思った。また、ある人の家で「琵琶法師の語りを聞こう」と琵琶を取り寄せたところ、柱（弦を支える部品）が一つ取れていたので、「作って付けなさい」と言った。居合わせた男のうち、感じの悪くなさそうな者が「古い柄杓の柄はありませんか」などと言う。見ると爪を伸ばしており、琵琶を弾く者らしかった。しかし、盲目の法師が使う琵琶なのだから、そこまで口を出す必要はない。「自分がその道に通じていると示したいのか」と、見ていて気恥ずかしかった。「柄杓の柄は檜物木という粗末な材で、琵琶には向かないものだ」と、ある人がおっしゃった。若い人は、ほんの少しのふるまいでも、よくも悪くも目立つものである。",
   "息つぎ": [
    "すべて人は無智無能〔むちむのう〕なるべきものなり。",
    "ある人の子の、見ざまなど悪しからぬが、父の前にて、",
    "人と物言ふとて、史書〔ししよ〕の文を引きたりし。",
    "「さかしくは聞こえしかども、尊者〔そんじや〕の前にては、さらずとも」と思えしなり。",
    "また、ある人のもとにて、",
    "「琵琶法師〔びはほふし〕の物語を聞かん」とて。",
    "琵琶を召し寄せたるに、柱(ぢゆう)の一つ落ちたりしかば、",
    "「作りて付けよ」と言ふに、ある男の中に、",
    "あしからずと見ゆるが、",
    "「古き柄杓(ひさく)の柄ありや」など言ふを見れば、",
    "爪〔つめ〕を生(お)ふしたり。",
    "琵琶など弾くにこそ。",
    "盲法師(めくらほふし)の琵琶、その沙汰にも及ばぬことなり。",
    "「道に心得たるよしにや」と、かたはらいたかりき。",
    "「柄杓の柄は、檜物木(ひものぎ)とかや言ひて、よからぬ物に」とぞ、ある人仰せられし。",
    "若き人は、少しのことも、よく見え、悪(わろ)く見ゆるなり。"
   ],
   "字数": 326,
   "息数": 16
  },
  {
   "番号": 233,
   "題": "よろづの咎あらじと思はば",
   "一言でいうと": "誠実で礼儀正しく、言葉少なにしていれば、人の過ちは少なくなる。",
   "現代語訳": "「どんな過ちも犯したくない」と思うなら、何事にも誠実で、人によって態度を変えず、礼儀正しく、言葉を少なくするのがいちばんである。男でも女でも、老人でも若者でも、皆そのような人がよい。なかでも若く容姿のよい人が、言葉遣いまで端正だと、忘れがたく、心を引かれるものだ。あらゆる過ちは、物慣れた様子で上手ぶり、自分はその場を心得ているという顔をして、人を軽く扱うところから生まれる。",
   "息つぎ": [
    "「よろづの咎(とが)あらじ」と思はば、何事にもまことありて、",
    "人を分かず、うやうやしく、言葉少なからんにはしかじ。",
    "男女・老少〔らうせう〕、みなさる人こそよけれども、",
    "ことに若く形よき人の、言(こと)うるはしきは、忘れがたく、",
    "思ひつかるるものなり。",
    "よろづの咎は、馴れたるさまに上手めき、",
    "所得〔ところえ〕たる気色として、人をないがしろにするにあり。"
   ],
   "字数": 151,
   "息数": 7
  },
  {
   "番号": 234,
   "題": "人の物を問ひたるに",
   "一言でいうと": "知っていることを、相手に聞き返させるような言い方で出し惜しみしてはいけない。",
   "現代語訳": "人から何かを尋ねられた時、「相手も知らないはずはあるまい。ありのまま答えるのはばかげている」とでも思うのか、相手を戸惑わせるような返事をするのはよくない。相手は知っていることでも、さらに確かめたいと思って尋ねたのかもしれないし、本当に知らない人だっているだろう。明るくはっきり教えてあげれば、落ち着いた立派な人だと思われるはずだ。まだ聞いていない話を、こちらが知っているからといって、「それにしても、あの人のしたことのひどさといったら」などとだけ言って送ると、相手は「いったい何があったのか」と、もう一度尋ね返さなければならない。それが感じ悪い。世間ではもう古い話でも、たまたま聞き漏らしている人もいるのだから、疑問が残らないように話してやって、何が悪いだろう。このような言い方は、世慣れない人がするものである。",
   "息つぎ": [
    "人の、物を問ひたるに、",
    "「知らずしもあらじ。ありのままに言〔い〕はんは、をこがまし」とにや、",
    "心惑はすやうに返事(かへりごと)したる、よからぬことなり。",
    "知りたることも、「なほさだかに」と思ひてや問ふらん、",
    "また、まことに知らぬ人もなどかなからん。",
    "うららかに言ひ聞かせたらんは、",
    "おとなしく聞こえなまし。",
    "人は、いまだ聞き及ばぬことを、わが知りたるままに、",
    "「さても、その人のことのあさましさ」などばかり言ひやりたれば、",
    "「いかなることのあるにか」と、",
    "おし返し問〔と〕ひにやるこそ、心づきなけれ。",
    "世に古りぬることをも、",
    "おのづから聞き漏らすあたりもあれば、",
    "おぼつかなからぬやうに告げやりたらん、",
    "悪しかるべきことかは。",
    "かやうのことは、もの馴れぬ人のあることなり。"
   ],
   "字数": 311,
   "息数": 16
  },
  {
   "番号": 235,
   "題": "主ある家にはすずろなる人心のままに入り来ることなし",
   "一言でいうと": "心に主人がいないから、思いは次々と勝手に入り込んでくる。",
   "現代語訳": "主人のいる家には、関係のない人が勝手気ままに入ってくることはない。主人のいない所には、通りすがりの人がむやみに立ち入り、狐やふくろうのようなものも人の気配に妨げられないため、わが物顔で住みつく。木霊などという怪しい姿まで現れるものだ。また、鏡にはそれ自体の色や形がないから、あらゆるものの姿がやって来て映る。もし鏡に固有の色や形があれば、ほかの姿は映らないだろう。何もない空間は、よく物を受け入れる。私たちの心にも、一瞬一瞬の思いが気ままにやって来て浮かぶ。それは、心という確かなものが本当はないからだろうか。もし心に主人がいるなら、胸の内にこれほど多くの思いが入り込むことはないだろう。",
   "息つぎ": [
    "主(ぬし)ある家には、すずろなる人、",
    "心のままに入り来ることなし。",
    "主(あるじ)なき所には、道行人(みちゆきびと)、みだりに立ち入り、",
    "狐〔きつね〕・ふくろうやうの物も、人気(ひとげ)に塞(せ)かれねば、",
    "所得顔(ところえがほ)に入り住み、木霊(こたま)などいふ、けしからぬ形も、",
    "あらはるるものなり。",
    "また、鏡には、色・形なきゆゑに、",
    "よろづの影来〔かげき〕たりて映る。",
    "鏡に色・形あらましかば、映らざらまし。",
    "虚空〔こくう〕よく物を入る。",
    "われらが心に、念々〔ねんねん〕の、ほしきままに来たり浮ぶも、",
    "心といふもののなきにやあらん。",
    "心に主(ぬし)あらましかば、胸の内に、若干(そこばく)のことは、",
    "入り来たらざらまし。"
   ],
   "字数": 232,
   "息数": 14
  },
  {
   "番号": 236,
   "題": "丹波に出雲といふ所あり",
   "一言でいうと": "深い由緒に見えた狛犬の向きは、子どものいたずらだった。",
   "現代語訳": "丹波に出雲という所がある。出雲大社の神を移して、立派に社を造ってある。そこは、しだの何某という人の領地だったので、秋のころ、聖海上人がほかにも大勢を誘い、「さあ、出雲へお参りにいらっしゃい。ぼた餅をごちそうしよう」と言って連れていった。皆がそれぞれ拝み、深く信仰心を起こした。社前の獅子と狛犬が互いに背を向け、後ろ向きに立っていたので、上人はひどく感激して、「ああ、なんと尊い。この獅子の立ち方は実に珍しい。きっと深い由来があるのだろう」と涙ぐみ、「皆さん、この尊いことにお気づきにならないのか。情けないことだ」と言った。そこで皆も不思議がり、「本当にほかとは違う。都への土産話にしよう」などと言った。上人はますます由来を知りたくなり、年配で物知りそうな顔をした神官を呼んで、「この社の獅子の立て方には、きっと古くからの決まりがあるのでしょう。少しお聞きしたい」と尋ねた。すると神官は、「そのことですか。いたずらな子どもたちがしたことです。けしからぬことです」と言い、そばへ寄って元どおりに据え直し、立ち去った。上人の感涙は、すっかり無駄になってしまった。",
   "息つぎ": [
    "丹波〔たんば〕に出雲〔いづも〕といふ所あり。",
    "大社〔おほやしろ〕を移して、めでたく造れり。",
    "しだの某(なにがし)とかや知る所なれば、秋のころ、聖海上人〔しやうかいしやうにん〕、",
    "そのほかも人あまた誘ひて、",
    "「いざ給〔たま〕へ。出雲拝みに。かいもちひ召させん」とて、",
    "具しもて行きたるに、おのおの拝みて、",
    "ゆゆしく信おこしたり。",
    "御前なる獅子〔しし〕・狛犬〔こまいぬ〕、",
    "そむきて後ろざまに立ちたりければ、上人、",
    "いみじく感じて、",
    "「あなめでたや。この獅子の立ちやう、いとめづらし。深きゆゑあらん」と涙ぐみて、",
    "「いかに殿ばら、殊勝〔しゆしよう〕の事は、御覧じとがめずや。無下なり」といへば、",
    "おのおの怪しみて、",
    "「まことに、ほかに異なりけり。都のつとに語らん」など言ふに、",
    "上人、なほゆかしがりて、おとなしく、",
    "物知りぬべき顔したる神官(じんぐわん)を呼びて、",
    "「この御社の獅子の立てられやう、",
    "定めて習ひあることに侍〔はべ〕らん。",
    "ちと承はらばや」と言はれければ、",
    "「そのことに候ふ。さがなき童(わらはべ)どもの仕りける。奇怪〔きくわい〕に候ふことなり」とて、",
    "さし寄りて、据ゑ直して去にければ、",
    "上人の感涙いたづらになりにけり。"
   ],
   "字数": 419,
   "息数": 22
  },
  {
   "番号": 237,
   "題": "柳筥に据ゆる物は縦さま横さま物によるべきにや",
   "一言でいうと": "物を縦に置くか横に置くかは、名家の作法でも意見が分かれる。",
   "現代語訳": "柳筥（柳の枝を編んだ箱）に物を載せる時、縦向きか横向きかは、載せる物によって変えるべきなのだろうか。三条右大臣殿は、「巻物などは縦向きに置き、箱の木の隙間から紙ひもを通して結び付ける。硯も縦向きに置く。そうすれば筆が転がらず、よい」とおっしゃった。一方、勘解由小路家の能書家たちは、たとえ一時的にも縦向きに置くことはなかった。必ず横向きに置いておられた。",
   "息つぎ": [
    "柳筥(やないばこ)に据ゆる物は、縦さま、横さま、物によるべきにや。",
    "「巻物などは、縦さまに置きて、木のあはひより、",
    "紙ひねりを通して結ひ付く。硯〔すずり〕も縦さまに置きたる。",
    "筆転ばず、よし」と、",
    "三条右大臣殿〔さんでうのうだいじんどの〕、仰せられき。",
    "勘解由小路〔かでのこうぢ〕の家の能書〔のうしよ〕の人々は、",
    "かりにも縦さまに置かるることなし。",
    "必ず横さまに据ゑられ侍〔はべ〕りき。"
   ],
   "字数": 144,
   "息数": 8
  },
  {
   "番号": 238,
   "題": "御随身近友が自讃とて、七箇条書き留めたることあり",
   "一言でいうと": "昔の人は、今なら小さく見える手柄も堂々と自慢として書き残した。",
   "現代語訳": "近衛の随身だった近友が自慢話として七か条を書き残したものがある。どれも馬術についての、たいしたことのない話である。それを思い出し、私にも自慢できることが七つある。第一。大勢を連れて花見に歩いていた時、最勝光院のあたりで、男が馬を走らせているのを見て、「もう一度走らせたら、馬が倒れて落馬するだろう。しばらく見ていなさい」と言って立ち止まった。男がまた馬を走らせると、止めようとした場所で馬を引き倒し、乗り手は泥の中へ転げ落ちた。予言が外れなかったことに、皆が感心した。第二。今の帝がまだ皇太子で、万里小路殿を御所にしておられたころ、堀川大納言殿がお仕えになる部屋へ用事があって参った。殿は『論語』の四・五・六巻を次々に広げ、「ただ今、御所で『紫が朱の色を奪うのを憎む』という文をご覧になりたいとのことだが、御本を探しても見つからない。『もっとよく調べよ』との仰せなので探している」とおっしゃった。そこで「九巻の、これこれのあたりにございます」と申し上げると、「ああ、うれしい」と言って御所へ持っていかれた。この程度は子どもでも普段からすることだが、昔の人はほんのわずかなことでも、大いに自慢したものなのである。後鳥羽院が御歌について、「一首の中に『袖』と『袂』を重ねるのは悪くないだろうか」と定家卿にお尋ねになった時、定家卿が「『秋の野の草の袂か花すすき、穂に出て招く袖と見えるのだろうか』という歌がありますから、何の問題がございましょう」と答えたことも、定家卿は「その場ですぐ本歌を思い出せた。歌道の神仏の恵みであり、大きな幸運である」などと、仰々しく書き残している。九条相国伊通公の申文にも、格別でない事柄まで並べて自慢してある。第三。常在光院の鐘の銘文は在兼卿の草稿で、行房朝臣が清書し、鋳型へ移そうとしていた。担当の入道がその草稿を取り出して私に見せたところ、「花の外に夕べを送れば、声は百里に聞こえる」という句があった。「陽唐という韻に見えるが、『百里』は誤りではないか」と指摘すると、入道は「よくお見せしたものだ。私の手柄だ」と言って筆者へ知らせた。すると「誤りでした。『数行』と直してください」と返事が来た。しかし『数行』もどういう意味だろう。『数歩』という意味なのか、よくわからない。第四。大勢で比叡山の三塔を巡礼した時、横川の常行堂の中に「龍華院」と書かれた古い額があった。堂の僧が「藤原佐理と藤原行成のどちらの筆か疑いがあり、まだ決着していないと伝わっています」と、もったいぶって説明したので、「行成なら裏書きがあるはずで、佐理ならないはずだ」と言った。裏はほこりが積もり虫の巣もあって汚かったが、よく掃き清めて皆で見ると、行成の官位、署名、年号がはっきり見え、皆が面白がった。第五。那蘭陀寺で道眼聖が説法した時、『八災』の内容を忘れ、「これを覚えておられますか」と尋ねた。弟子たちは皆覚えていなかったが、私が局の中から「これこれではありませんか」と言うと、たいそう感心された。第六。賢助僧正に付き従って加持香水の儀式を見た時、まだ終わらないうちに僧正が帰られたが、僧都の姿が陣の外まで出ても見えなかった。法師たちを引き返させて捜させると、「同じ姿の大衆が多く、見つけられません」と言い、ひどく長くかかって戻ってきた。僧正が「ああ、困った。そなたが捜して来なさい」とおっしゃったので、私が中へ戻ると、すぐに僧都を連れて出てきた。第七。二月十五日の月明かりの夜、夜が更けてから千本の寺へ参り、後ろから入って一人で顔を深く隠し、説法を聞いていた。すると、姿も香りも人並み以上に優美な女が人をかき分けて来て、膝が触れるほどそばに座った。香りまで移りそうだったので「具合が悪い」と思って少し離れたが、女はなおも同じように寄ってくるので、私は立ち去った。その後、ある高貴な方に仕える年配の女房が、雑談のついでに「『まるで情趣を解さない方だと、お見限り申し上げたことがありました。つれない方です』と、あなたを恨んでいる人がいます」と言い出したので、「まったく心当たりがありません」と答えて、それきりにした。後で聞いたところでは、あの説法の夜、御局の中から私だと気づいた方が、仕えている女房を美しく装わせて送り出し、「都合がよければ言葉くらいかけるだろう。その様子を戻って報告しなさい。面白いだろう」と、私を試されたのだという。",
   "息つぎ": [
    "御随身近友〔みずいじんちかとも〕が自讃〔じさん〕とて、七箇条書き留めたることあり。",
    "みな馬芸、させることなきことどもなり。",
    "そのためしを思ひて、自讃のこと、七つあり。",
    "一、人あまた連れて、花見歩(あり)きしに、最勝光院〔さいしようくわうゐん〕の辺にて、",
    "をのこの、馬を走らしむるを見て、",
    "「今一度馬を馳するものならば、馬倒(たふ)れて落つべし。しばし見給へ」とて、",
    "立ち止まりたるに、また馬を馳す。",
    "とどむる所にて、馬を引き倒して、乗る人、",
    "泥土(でいど)の中に転び入る。",
    "その言葉の誤らざることを、人、みな感ず。",
    "一、当代〔たうだい〕、いまだ坊におはしまししころ、",
    "万里小路殿御所〔までのこうぢどのごしよ〕なりしに、堀川大納言殿〔ほりかはのだいなごんどの〕、",
    "伺候(しこう)し給〔たま〕ひし御曹司(みざうし)へ、用ありて参りたりしに、",
    "論語の四・五・六の巻をくり広げ給ひて、",
    "「ただ今、御所にて、",
    "『紫の朱うばふことを悪(にく)む』といふ文を御覧ぜられたきことありて、",
    "御本(ごほん)を御覧ずれども、御覧じ出だされぬなり。",
    "『なほよく引き見よ』と仰せごとにて、",
    "求むるなり」と仰せらるるに、",
    "「九の巻の、そこそこのほどに侍〔はべ〕る」と申したりしかば、",
    "「あなうれし」とて、持て参らせ給ひき。",
    "かほどのことは、児どもも常のことなれど、昔の人は、",
    "いささかのことをも、いみじく自讃したるなり。",
    "後鳥羽院〔ごとばのゐん〕の御歌に、",
    "「袖と袂と、一首のうちに悪しかりなんや」と定家卿〔ていかきやう〕に尋ね仰せられたるに、",
    "秋の野の草のたもとか花すすき穂に出でて招く袖と見ゆらん",
    "と侍れば。",
    "何事か候ふべき」と申されたることも、",
    "「時にあたりて。本歌を覚悟す。道の冥加なり。高運なり」など、",
    "ことことしく記し置かれ侍るなり。",
    "九条相国伊通公〔くでうしやうこくこれみちこう〕の款状(くわんじやう)にも、",
    "ことなることなき題目をも書き載せて、自讃せられたり。",
    "一、常在光院〔じやうざいくわうゐん〕の撞〔つ〕き鐘の銘は、在兼卿〔ありかねきやう〕の草なり。",
    "行房朝臣清書〔ゆきふさあそんせいしよ〕して、鋳型(いかた)に移させんとせしに、",
    "奉行の入道、かの草を取り出でて見せ侍りしに、",
    "「花の外(ほか)に夕(ゆふべ)を送れば、声百里に聞こゆ」といふ句あり。",
    "「陽唐〔やうたう〕の韻と見ゆるに、百里誤りか」と申したりしを、",
    "「よくぞ見せ奉りける。おのれが高名なり」とて、",
    "筆者のもとへ言ひやりたるに、",
    "「誤り侍りけり。数行(すかう)と直さるべし」と返事(かへりごと)侍りき。",
    "数行もいかなるべきにか。",
    "もし数歩の心か。",
    "おぼつかなし",
    "一、人あまたともなひて、三塔巡礼〔さんたふじゆんれい〕のこと侍りしに、",
    "横川〔よかは〕の常行堂〔じやうぎやうだう〕のうち、龍華院〔りゆうげゐん〕と書ける古き額あり。",
    "「佐理〔すけまさ〕・行成〔ゆきなり〕のあひだ疑ひありて、いまだ決せずと申し伝へたり」と、",
    "堂僧、ことごとしく申し侍りしを、",
    "「行成ならば裏書あるべし。佐理ならば裏書あるべからず」と言ひたりしに、",
    "裏は塵積もり、虫の巣にていぶせげなるを、",
    "よく掃きのごひて、おのおの見侍りしに、",
    "行成の位署〔ゐしよ〕・名字・年号、さだかに見え侍りしかば、人、",
    "みな興に入る。",
    "一、那蘭陀寺〔ならんだじ〕にて、道眼聖〔だうげんひじり〕、談議せしに、",
    "八災〔はつさい〕といふことを忘れて、",
    "「これや覚え給ふ」と言ひしを、所化(しよけ)みな覚えざりしに、",
    "局(つぼね)の内より、「これこれにや」と言ひ出だしたれば、",
    "いみじく感じ侍りき。",
    "一、賢助僧正〔けんじよそうじやう〕にともなひて、加持香水(かぢかうずい)を見侍りしに、",
    "いまだ果てぬほどに、僧正帰りて侍りしに、",
    "陣の外まで僧都見〔そうづみ〕えず。",
    "法師どもを返して、求めさするに、",
    "「同じさまなる大衆多〔だいしゆおほ〕くて、え求めあはず」と言ひて、",
    "いと久しくて出でたりしを、",
    "「あなわびし。それ、求めておはせよ」と言はれしに、",
    "帰り入りて、やがて具して出でぬ。",
    "一、二月十五日〔にぐわつじふごにち〕、月明かき夜、うち更けて、",
    "千本〔せんぼん〕の寺に詣でて、後ろより入りて、一人、",
    "顔深く隠して、聴聞〔ちやうもん〕し侍りしに、優(いう)なる女の、姿・匂ひ、",
    "人よりことなるが、分け入りて膝にゐかかれば、",
    "匂ひなども移るばかりなれば、「便悪(びんあ)し」と思ひて、",
    "すりのきたるに、なほゐ寄りて、同じさまなれば、",
    "立ちぬ。",
    "その後、ある御所(ごしよ)さまの古き女房〔にょうばう〕の、",
    "そぞろごと言はれしついでに、",
    "「『無下に色なき人におはしけりと、",
    "見おとし奉ることなんありし。",
    "情けなし』と恨み奉る人なんある」と、",
    "のたまひ出だしたるに、",
    "「さらにこそ心得侍らね」と申してやみぬ。",
    "このこと後に聞き侍りしは、かの聴聞の夜、",
    "御局(みつぼね)の内より、人の御覧じ知りて、",
    "さぶらふ女房を作り立てて出だし給ひて、",
    "「便よくは、言葉などかけんものぞ。そのありさま、参りて申せ。興あらん」とて、",
    "謀り給ひけるとぞ。"
   ],
   "字数": 1680,
   "息数": 84
  },
  {
   "番号": 239,
   "題": "八月十五日九月十三日は婁宿なり",
   "一言でいうと": "旧暦八月十五日と九月十三日は、星回りも月見にふさわしい夜である。",
   "現代語訳": "八月十五日と九月十三日は、二十八宿でいう婁宿にあたる。この星宿は清く明るい性質なので、月を眺めて楽しむのにふさわしい夜とされる。",
   "息つぎ": [
    "八月十五日・九月十三日は婁宿(ろうしゆく)なり。",
    "この宿(しゆく)、清明なるゆゑに、月をもてあそぶに良夜(りやうや)とす。"
   ],
   "字数": 42,
   "息数": 2
  },
  {
   "番号": 240,
   "題": "しのぶの浦の蜑の見るめも所せくくらぶの山も守る人しげからんに",
   "一言でいうと": "恋は、障害を越えて自ら通うからこそ深く、似合わないならしないほうがよい。",
   "現代語訳": "忍ぶ浦の海人が見る海松布のように人目が多く、暗部山にも見張る人が大勢いるような中を、無理を押して通っていく恋心こそ、浅くはなく、しみじみと思う折々や忘れがたいことも多いだろう。親や兄弟が公に許し、ひたすら相手の女を迎えて家に据えるような結婚は、ひどく気恥ずかしいに違いない。暮らしに困っている女が、似つかわしくない老僧や、身分の低い東国人であっても、裕福なのに引かれて「誘ってくれる人さえいるなら」などと言うのを、仲人が双方を奥ゆかしい人であるかのように言い繕い、互いに見も知らない者同士を迎え合わせる、その味気なさよ。何を最初の話題にすればよいのだろう。長い年月、つらい思いをしながらも、道なき葉山を分けて通ってきたことなどを二人で語り合ってこそ、尽きない話の種にもなるだろう。すべて他人がお膳立てした縁には、嫌で気に入らないことが多いに違いない。たとえ女がすばらしい人であっても、男の身分が低く、容姿も醜く、年まで取っていれば、女は「こんなみすぼらしい男のために、もったいないわが身を無駄にしてよいものか」と思って男を見下すだろう。男のほうも、女と向かい合って座れば、自分の姿が恥ずかしく思われるはずだ。まったくつまらないことである。梅の香る朧月夜にたたずむことや、御垣が原の露を分けて帰る明け方の空さえ、自分の身の上にふさわしい情景として思い浮かべられないような人は、いっそ色恋を好まないほうがよい。",
   "息つぎ": [
    "しのぶの浦〔うら〕の蜑(あま)の見るめも所せく、",
    "くらぶの山〔やま〕も守(も)る人しげからんに、",
    "わりなく通はん心の色こそ、浅からず、",
    "あはれと思ふふしぶしの、忘れがたきことも多からめ。",
    "親〔おや〕はらから許して、ひたぶるに迎へ据ゑたらん、",
    "いとまばゆかりぬべし。",
    "世にありわぶる女の、似げなき老法師、",
    "あやしの吾妻人〔あづまびと〕なりとも、にぎははしきにつきて、",
    "「さそふ水あらば」など言ふを、仲人(なかうど)、",
    "いづかたも心にくきさまに言ひなして、",
    "知られず知らぬ人を、迎へもて来たらんあいなさよ。",
    "何ごとをかうち出づる言の葉にせん。",
    "年月のつらさをも、",
    "「分け来し葉山〔はやま〕の」などもあひ語らはんこそ、尽きせぬ言の葉にてもあらめ。",
    "すべて余所〔よそ〕の人の取りまかなひたらん、うたて、",
    "心づきなきこと多かるべし。",
    "よき女ならんにつけても、品下り、見にくく、",
    "年も長(た)けなん男は、",
    "「かくあやしき身のために、あたら身をいたづらになさんやは」と、",
    "人も心劣りせられ、わが身は向ひ居たらんも、",
    "影恥づかしく思えなん。",
    "いとこそあいなからめ。",
    "梅の花かうばしき夜の朧月(おぼろづき)にたたずみ、",
    "御垣(みかき)が原〔はら〕の露分け出でん在明〔ありあけ〕の空も、",
    "わが身さまにしのばるべくもなからん人は、",
    "ただ色好まざらんにはしかじ。"
   ],
   "字数": 482,
   "息数": 26
  },
  {
   "番号": 241,
   "題": "望月の円かなることはしばらくも住せずやがて欠けぬ",
   "一言でいうと": "やるべきことを終えてから修行しようとしても、その日は永遠に来ない。",
   "現代語訳": "満月がまん丸でいる時間は少しもとどまらず、すぐに欠け始める。注意して見ない人には、一晩のうちにそれほど変わったようにも見えないのだろう。病気が重くなる時も、一瞬もとどまることなく進み、死期はすでに近づいている。それでも病状がまだ急変せず、死に向かっていない間は、いつまでも平穏な日常が続くという思いに慣れ、「生きているうちに多くの用事を成し遂げ、その後で静かに仏道を修めよう」と考えている。そうして病を得て死に臨む時には、願っていたことを一つも果たせていない。どうしようもなく、長年怠けてきたことを悔やみ、「今度、病が持ち直して命が助かったなら、昼夜を問わず、あれもこれも怠らず成し遂げよう」と願うのだろうが、病はたちまち重くなり、正気も失って取り乱したまま死んでしまう。世の人は、ただこのような例ばかりだろう。このことを、何より急いで心に刻まなければならない。願いを果たした後、暇ができてから仏道へ向かおうとしても、願いは尽きることがない。幻のようにはかない人生で、いったい何を成し遂げられるだろう。そもそも願いはすべて妄想である。「願いが心に浮かべば、迷いの心が乱れる」と知り、何一つしてはならない。ただちに万事を手放して仏道に向かう時、妨げるものはなく、なすべき用事もなくなり、心身はいつまでも静かになる。",
   "息つぎ": [
    "望月(もちづき)の円(まど)かなることは、しばらくも住せず、",
    "やがて欠けぬ。",
    "心とどめぬ人は、一夜〔ひとよ〕の中(うち)に、",
    "さまで変〔かは〕るさまも見えぬにやあらん。",
    "病の重(おも)るも、住(ぢゆう)するひまなくして、死期(しご)すでに近し。",
    "されども、いまだ病急ならず、死におもむかざるほどは、",
    "常住平生(じやうぢゆうへいぜい)の念に習ひて、",
    "「生(しやう)の中に多くのことを成(じやう)じて後、閑かに道を修せん」と思ふほどに、",
    "病を受けて死門〔しもん〕にのぞむ時、所願一事も成ぜず。",
    "いふかひなくて、年月の懈怠(けだい)を悔いて、",
    "「このたび、もち立ちなほりて命を全(また)くせば、",
    "夜を日につぎて、このこと、かのこと、",
    "怠らず成じてん」と願ひをおこすらめど、",
    "やがて重りぬれば、われにもあらず、取り乱して果てぬ。",
    "このたぐひのみこそあらめ。",
    "このこと、まづ人々急ぎ心に置くべし。",
    "所願を成じて後、暇(いとま)ありて、道に向はんとせば、",
    "所願尽くべからず。",
    "如幻(によげん)の生の中に、何事をかなさん。",
    "すべて、所願みな妄想(まうざう)なり。",
    "「所願心に来たらば、妄心迷乱(まうしんめいらん)す」と知りて、",
    "一事をもなすべからず。",
    "ただちに万事を放下(はうげ)して道に向ふ時、さはりなく、",
    "所作なくて、心身ながく閑かなり。"
   ],
   "字数": 439,
   "息数": 24
  },
  {
   "番号": 242,
   "題": "とこしなへに違順に使はるることはひとへに苦楽のためなり",
   "一言でいうと": "人を振り回す欲は、名誉・色欲・味覚の三つに集約される。",
   "現代語訳": "いつまでも、嫌なものを避け、好ましいものへ従う心に振り回されるのは、ひとえに苦しみと楽しみのためである。楽しみとは、何かを好み愛することであり、それを求める心が止まる時はない。人が楽しみとして欲しがるものの第一は名誉である。名誉には二種類あり、行いや功績への評判と、学問や芸への評判である。第二は色欲、第三は味覚の楽しみである。あらゆる願いも、この三つに勝るものはない。これらは、ものを逆さまに見る迷いから生じ、多くのわずらいをもたらす。求めないのがいちばんである。",
   "息つぎ": [
    "とこしなへに違順(ゐじゆん)に使はるることは、",
    "ひとへに苦楽(くらく)のためなり。",
    "楽といふは、好み愛することなり。",
    "これを求むること、止む時なし。",
    "楽欲(げうよく)する所、一つには名なり。",
    "名に二種〔にしゆ〕あり。",
    "行跡〔ぎやうせき〕と才芸〔さいげい〕との誉れなり。",
    "二つには色欲、三つには味はひなり。",
    "よろづの願ひ、この三つにはしかず。",
    "これ、顛倒(てんだう)の相よりおこりて、そこばくの煩ひあり。",
    "求めざらんにはしかじ。"
   ],
   "字数": 164,
   "息数": 11
  },
  {
   "番号": 243,
   "題": "八つになりし年父に問ひていはく",
   "一言でいうと": "八歳の兼好が「最初の仏は誰が教えたの」と父を問い詰め、父は笑って降参した。",
   "現代語訳": "私が八歳だった年、父に「仏とは、どのようなものなのでしょう」と尋ねた。父は「仏は、人がなったものだ」と答えた。さらに「人はどうして仏になるのですか」と尋ねると、父は「仏の教えによって仏になるのだ」と答えた。また「その教えを説いた仏は、誰に教わったのですか」と尋ねた。父はまた「その仏も、前の仏の教えによって仏になられたのだ」と答えた。そこでまた、「では、その教えを最初に始めた第一の仏は、どのような仏だったのですか」と尋ねると、父は「空から降ってきたのだろうか。土から湧いてきたのだろうか」と言って笑った。父は「問い詰められて、答えられなくなってしまった」と人々に語って面白がった。",
   "息つぎ": [
    "八つになりし年、父に問ひていはく、",
    "「仏はいかなるものにか候ふらん」と言ふ。",
    "父がいはく、「仏には、人の成りたるなり」と。",
    "また問ふ、「人は何として仏には成り候ふやらん」と。",
    "父、また、「仏の教へによりて成るなり」と答ふ。",
    "また問ふ、",
    "「教へ候ひける仏をば、何が教へ候ひける」と。",
    "また答ふ、",
    "「それもまた、先の仏の教へによりて成り給〔たま〕ふなり」と。",
    "また問ふ、",
    "「その教へ始め候ひける第一の仏は、いかなる仏にか候ひける」と言ふ時、",
    "父、",
    "「空よりや降りけん。土よりや湧〔わ〕きけん」と言ひて笑ふ。",
    "「問ひつめられて、え答へずなり侍〔はべ〕りつ」と、",
    "諸人〔しよにん〕に語りて興じき。"
   ],
   "字数": 264,
   "息数": 15
  }
 ]
}