医師篤成故法皇の御前にさぶらひて
一言でいうと
博識を誇った医師は、「塩」の字ひとつで無知を見抜かれた。
原文
医師篤成、故法皇の御前にさぶらひて、
供御の参りけるに、
「今、参り侍る供御の色々を、
文字も功能も尋ね下されて、そらに申し侍らば、
本草に御覧じ合はせられ侍れかし。
一つも申し誤り侍らじ」と申しける時しも、
六条故内府、参り給ひて、
「有房、ついでにもの習ひ侍らん」とて、
「まづ、『しほ』といふ文字はいづれのへんにか侍らん」と問はれたりけるに、
「土偏に候ふ」と申したりければ、
「才のほど、すでにあらはれにたり。
今はさばかりにて候へ。
ゆかしきところなし」と申されけるに、
どよみになりて、まかり出でにけり。
現代語訳
医師の篤成が亡き法皇の御前に控えていた時、御膳が運ばれてきた。篤成は、「今お出ししているさまざまな食物について、漢字も効能もお尋ねください。私が何も見ずにお答えしますので、本草書と照らし合わせてご覧ください。一つも答えを誤りません」と申し上げた。ちょうどその時、六条の亡き内大臣が参上し、「この有房も、ついでにものを習いましょう」と言って、「まず、『しお』という字は、何偏でしょうか」と尋ねた。篤成が「土偏でございます」と答えると、内大臣は「学才のほどは、もう明らかになった。今日はこれくらいにしましょう。もう知りたいところはありません」と言った。人々はどっと笑い、篤成は退出してしまった。
全244段の目次
底本: 烏丸光広本『徒然草』校訂本文(やたがらすナビ・CC BY-SA 4.0)