そらんじ徒然草

全244段の目次

全段
つれづれなるままに日暮らし 1いでやこの世に生まれては願はしかるべきことこそ多かめれ 2いにしへのひじりの御代の政をも忘れ 3よろづにいみじくとも色好まざらん男はいとさうざうしく 4後の世のこと心に忘れず仏の道うとからぬこころにくし 5不幸に愁へに沈める人の頭おろしなど 6わが身のやんごとなからんにもまして数ならざらんにも子といふもの 7あだし野の露消ゆる時なく 8世の人の心まどはすこと色欲にはしかず 9女は髪のめでたからんこそ人の目たつべかめれ 10家居のつきづきしくあらまほしきこそ 11神無月のころ栗栖野といふ所を過ぎて 12同じ心ならん人としめやかに物語して 13一人灯のもとに文を広げて見ぬ世の人を友とするぞ 14和歌こそなほをかしきものなれ 15いづくにもあれしばし旅立ちたるこそ目覚むる心地すれ 16神楽こそなまめかしくおもしろけれ 17山寺にかきこもりて仏に仕うまつるこそ 18人はおのれをつづまやかにし奢りを退けて 19折節の移り変るこそものごとにあはれなれ 20なにがしとかやいひし世捨人の 21よろづのことは月見るにこそ慰むものなれ 22何事も古き世のみぞしたはしき 23おとろへたる末の世とはいへど 24斎王の野宮におはしますありさまこそ 25飛鳥川の淵瀬常ならぬ世にしあれば 26風も吹きあへずうつろふ人の心の花に慣れにし年月を思へば 27御国譲りの節会行はれて 28諒闇の年ばかりあはれなることはあらじ 29静かに思へばよろづに過ぎにしかたの恋しさのみぞせんかたなき 30人の亡きあとばかり悲しきはなし 31雪のおもしろう降りたりし朝人のがり言ふべきことありて 32九月二十日のころある人に誘はれ奉りて 33今の内裏作り出だされて有職の人々に見せられけるに 34甲香は法螺貝のやうなるが 35手のわろき人のはばからず文書き散らすはよし 36久しく訪れぬころいかばかり恨むらんと 37朝夕隔てなく慣れたる人の 38名利に使はれてしづかなるいとまなく一生を苦しむるこそ愚かなれ 39ある人法然上人に 40因幡国に何の入道とかやいふ者の娘 41五月五日賀茂の競馬を見侍りしに 42唐橋中将といふ人の子に行雅僧都とて教相の人の師する僧ありけり 43春の暮れつかたのどやかに艶なる空に 44あやしの竹の編戸の内よりいと若き男の 45公世の二位のせうとに良覚僧正と聞こえしは極めて腹あしき人なりけり 46柳原の辺に強盗法印と号する僧ありけり 47ある人清水へ参りけるに老いたる尼の行きつれたりけるが 48光親卿院の最勝講奉行してさぶらひけるを 49老来たりてはじめて道を行ぜんと待つことなかれ 50応長のころ伊勢国より女の鬼になりたるを率て上りたるといふことありて 51亀山殿の御池に大井川の水をまかせられんとて 52仁和寺にある法師年寄るまで石清水を拝まざりければ 53これも仁和寺の法師童の法師にならんとする名残とて 54御室にいみじき児のありけるをいかで誘ひ出だして遊ばんと 55家の作りやうは夏をむねとすべし 56久しく隔たりて会ひたる人の 57人の語り出でたる歌物語の歌の悪きこそ本意なけれ 58道心あらば住む所にしもよらじ 59大事を思ひ立たん人は 60真乗院に盛親僧都とてやんごとなき智者ありけり 61御産の時甑落すことは定まれることにはあらず 62延政門院いときなくおはしましける時院へ参る人に御ことづてとて 63後七日の阿闍梨武者を集むること 64車の五緒は必ず人によらず 65このごろの冠は昔よりははるかに高くなりたるなり 66岡本関白殿盛りなる紅梅の枝に鳥一双をそへてこの枝に付けて参らすべきよし 67賀茂の岩本橋本は業平実方なり 68筑紫になにがしの押領使などいふやうなる者のありけるが 69書写の上人は法華読誦の功積もりて六根浄にかなへる人なりけり 70元応の清暑堂の御遊に玄上は失せにしころ菊亭大臣牧馬を弾じ給ひけるに 71名を聞くよりやがて面影は推し量らるる心地するを 72賤げなるもの 73世に語り伝ふることまことはあいなきにや多くはみな虚言なり 74蟻のごとくに集まりて東西に急ぎ南北に走る 75つれづれわぶる人はいかなる心ならん 76世のおぼえ花やかなるあたりに 77世の中にそのころ人のもてあつかひぐさに言ひあへること 78今様のことどもの珍しきを言ひ広めもてなすこそまたうけられね 79何ごとも入りたたぬさましたるぞよき 80人ごとにわが身にうときことをのみぞ好める 81屏風・障子などの絵も文字もかたくななる筆やうして書きたるが 82羅の表紙はとく損ずるがわびしきと人の言ひしに 83竹林院入道左大臣殿太政大臣にあがり給はんに 84法顕三蔵の天竺に渡りて 85人の心素直ならねば偽りなきにしもあらず 86惟継中納言は風月の才に富める人なり 87下部に酒飲ますることは心すべきことなり 88ある者小野道風の書ける和漢朗詠集とて持ちたりけるを 89奥山に猫またといふものありて人を食ふなると人の言ひけるに 90大納言法印の召し使ひし乙鶴丸やすら殿といふ者を知りて 91赤舌日といふこと陰陽道には沙汰なきことなり 92ある人弓射ることを習ふにもろ矢をたばさみて的に向ふ 93牛を売る者あり 94常磐井相国出仕し給ひけるに勅書を持ちたる北面あひ奉りて 95箱のくりかたに緒を付くることいづかたに付け侍るべきぞ 96めなもみといふ草あり 97その物に付きてその物を費し損ふ物数を知らずあり 98尊き聖の言ひ置けることを書き付けて一言芳談とかや名付けたる 99堀河相国は美男のたのしき人にてそのこととなく過差を好み給ひけり 100久我相国は殿上にて水を召しけるに 101ある人任大臣の節会の内弁を勤められけるに 102尹大納言光忠入道追儺の上卿を勤められけるに 103大覚寺殿にて近習の人どもなぞなぞを作りて解かれけるところへ 104荒れたる宿の人目なきに女のはばかることあるころにて 105北の屋かげに消え残りたる雪のいたう凍りたるに 106高野の証空上人京へ上りけるに 107女のもの言ひかけたる返事とりあへずよきほどにする男はありがたきものぞとて 108寸陰惜しむ人なしこれよく知れるか愚かなるか 109高名の木登りといひし男 110双六の上手といひし人にその行を問ひ侍りしかば 111囲碁双六好みて明かし暮らす人は四重五逆にもまされる悪事とぞ思ふ 112明日は遠国へ赴くべしと聞かん人に 113四十にも余りぬる人の色めきたる方 114今出川の大臣殿嵯峨へおはしけるに 115宿河原といふ所にてぼろぼろ多く集まりて九品の念仏を申しけるに 116寺院の号さらぬよろづの物にも名を付くること昔の人は少しも求めず 117友とするに悪き者七つあり 118鯉の羹食ひたる日は鬢そそけずとなん 119鎌倉の海に鰹といふ魚はかの境には双なきものにて 120唐の物は薬のほかは無くともこと欠くまじ 121養ひ飼ふものは馬牛 122人の才能は文あきらかにして聖の教へを知れるを第一とす 123無益のことをなして時を移すを愚かなる人とも僻事する人とも言ふべし 124是法法師は浄土宗に恥ぢずといへども 125人におくれて四十九日の仏事にある聖を請じ侍りしに 126博奕の負け極まりて残りなく打ち入れんとせんにあひては打つべからず 127改めて益なきことは改めぬをよしとするなり 128雅房大納言は才かしこくよき人にて 129顔回は志人に労をほどこさじとなり 130物に争はずおのれを枉げて人に従ひわが身を後にして人を先にするにはしかず 131貧しき者は財をもて礼とし老いたる者は力をもて礼とす 132鳥羽の作道は鳥羽殿建てられて後の号にはあらず 133夜の御殿は東御枕なり 134高倉院の法華堂の三昧僧なにがしの律師とかやいふ者ある時鏡を取りて 135資季大納言入道とかや聞えける人具氏宰相中将にあひて 136医師篤成故法皇の御前にさぶらひて 137花は盛りに月はくまなきをのみ見るものかは 138祭過ぎぬれば後の葵不用なりとて 139家にありたき木は松桜 140身死して財残ることは智者のせざるところなり 141悲田院の尭蓮上人は俗姓は三浦の某とかや双なき武者なり 142心なしと見ゆる者もよき一言言ふものなり 143人の終焉のありさまのいみじかりしことなど人の語るを聞くに 144栂尾の上人道を過ぎ給ひけるに 145御随身秦重躬北面の下野入道信願を 146明雲座主相者にあひ給ひておのれもし兵仗の難やあると 147灸治あまた所になりぬれば神事に穢れありといふこと 148四十以後の人身に灸を加へて三里を焼かざれば上気の事あり 149鹿茸を鼻に当てて嗅ぐべからず 150能をつかんとする人よくせざらんほどはなまじひに人に知られじ 151ある人のいはく年五十になるまで上手に至らざらん芸をば捨つべきなり 152西大寺の静然上人腰かがまり眉白くまことに徳たけたるありさまにて 153為兼大納言入道召し捕られて 154この人東寺の門に雨宿りせられたりけるに 155世にしたがはん人はまづ機嫌を知るべし 156大臣の大饗はさるべき所を申しうけて行ふ常のことなり 157筆を取ればもの書かれ楽器を取れば音を立てんと思ふ 158盃の底を捨つることはいかが心得たるとある人の尋ねさせ給ひしに 159みな結びと言ふは糸を結び重ねたるが蜷といふ貝に似たれば言ふ 160門に額かくるを打つと言ふは良からぬにや 161花の盛りは冬至より百五十日とも時正の後七日とも言へど 162遍照寺の承仕法師池の鳥を日ごろ飼ひつけて 163太衝の太の字点打つ打たずといふこと陰陽のともがら相論のことありけり 164世の人あひ会ふ時暫くも黙止することなし 165吾妻の人の都の人に交はり 166人間の営みあへるわざを見るに 167一道にたづさはる人あらぬ道の筵にのぞみて 168年老いたる人の一事すぐれたる才のありて 169何事の式といふことは後嵯峨の御代までは言はざりけるを 170さしたることもなくて人のがり行くはよからぬことなり 171貝を覆ふ人の我が前なるをばおきて余所を見渡して 172若き時は血気内に余り心物に動きて情欲多し 173小野小町がこときはめて定かならず 174小鷹に良き犬大鷹に使ひぬれば小鷹に悪くなると言ふ 175世には心得ぬことの多きなり 176黒戸は小松御門位につかせ給ひて昔ただ人におはしましし時 177鎌倉中書王にて御鞠ありけるに 178ある所の侍ども内侍所の御神楽を見て人に語るとて 179入宋の沙門道眼上人一切経を持来して六波羅のあたり 180左義長は正月に打たる毬杖を真言院より神泉苑へ出だして焼き上ぐるなり 181ふれふれこゆきたんばのこゆきといふこと 182四条大納言隆親卿干鮭といふものを供御に参らせられたりけるを 183人突く牛をば角を切り人食ふ馬をば耳を切りてその印とす 184相模守時頼の母は松下禅尼とぞ申しける 185城陸奥守泰盛はさうなき馬乗りなりけり 186吉田と申す馬乗りの申し侍りしは 187よろづの道の人たとひ不堪なりといへども堪能の非家の人に並ぶ時 188ある者子を法師になして 189今日はそのことをなさんと思へど 190妻といふものこそ男の持つまじきものなれ 191夜に入りて物の栄えなしと言ふ人いと口惜し 192神仏にも人の詣でぬ日夜参りたるよし 193暗き人の人を量りてその智を知れりと思はんさらに当たるべからず 194達人の人を見る眼は少しも誤る所あるべからず 195ある人久我縄手を通りけるに 196東大寺の神輿東寺の若宮より帰座の時源氏の公卿参られけるに 197諸寺の僧のみにもあらず定額の女嬬といふこと延喜式に見えたり 198揚名介に限らず揚名目といふものもあり 199横川の行宣法印が申し侍りしは唐土は呂の国なり 200呉竹は葉細く河竹は葉広し 201退凡下乗の卒都婆外なるは下乗内なるは退凡なり 202十月を神無月と言ひて神事にはばかるべきよしは記したるものなし 203勅勘の所に靫かくる作法今は絶えて知れる人なし 204犯人を笞にて打つ時は拷器に寄せて結ひ付くるなり 205比叡山に大師勧請の起請といふことは慈恵僧正書き始め給ひけるなり 206徳大寺右大臣殿検非違使の別当の時中門使庁の評定行はれけるほどに 207亀山殿建てられんとて地を引かれけるに 208経文などの紐を結ふに 209人の田を論ずるもの訴へに負けてねたさにその田を刈りて取れとて 210喚子鳥は春のものなりとばかり言ひて 211よろづのことは頼むべからず 212秋の月はかぎりなくめでたきものなり 213御前の火炉に火を置く時は火箸して挟むことなし 214想夫恋といふ楽は女男を恋ふるゆゑの名にはあらず 215平宣時朝臣老いの後昔語りに 216最明寺入道鶴岡の社参のついでに 217ある大福長者のいはく 218狐は人に食ひつくものなり 219四条黄門命ぜられていはく龍秋は道にとりてはやんごとなき者なり 220何事も辺土は賤しくかたくななれども天王寺の舞楽のみ都に恥ぢずと言へば 221建治弘安のころは祭の日の放免の付け物に 222竹谷乗願房東二条院へ参られたりけるに 223鶴の大臣殿は童名たづ君なり 224陰陽師有宗入道鎌倉より上りて尋ね詣で来たりしが、 225多久資が申しけるは 226後鳥羽院の御時信濃前司行長稽古の誉ありけるが 227六時礼讃は法然上人の弟子安楽といひける僧経文を集めて作りて 228千本の釈迦念仏は文永のころ如輪上人これを始められけり 229よき細工は少し鈍き刀を使ふと言ふ 230五条内裏には妖物ありけり 231園の別当入道はさうなき庖丁者なり 232すべて人は無智無能なるべきものなり 233よろづの咎あらじと思はば 234人の物を問ひたるに 235主ある家にはすずろなる人心のままに入り来ることなし 236丹波に出雲といふ所あり 237柳筥に据ゆる物は縦さま横さま物によるべきにや 238御随身近友が自讃とて、七箇条書き留めたることあり 239八月十五日九月十三日は婁宿なり 240しのぶの浦の蜑の見るめも所せくくらぶの山も守る人しげからんに 241望月の円かなることはしばらくも住せずやがて欠けぬ 242とこしなへに違順に使はるることはひとへに苦楽のためなり 243八つになりし年父に問ひていはく