そらんじ徒然草

六時礼讃は法然上人の弟子安楽といひける僧経文を集めて作りて

一言でいうと
六時礼讃と法事讃は、僧たちの工夫によって今の声明になった。
原文
六時礼讃ろくじらいさんは、法然上人ほふねんしやうにんの弟子、安楽といひける僧、
経文きやうもんを集めて作りて、勤めにしけり。
その後のち、太秦善観房うづまさのぜんくわんばうといふ僧、節博士ふしはかせを定めて、
声明しやうみやうになせり。
一念いちねんの念仏の最初なり。
後嵯峨院ごさがのゐんの御代みよより始まれり。※1
法事讃ほふじさんも、同じく善観房ぜんくわんばう始めたるなり。
本文について
  1. ※1御代烏丸本では「一代」。ほかの諸本・注釈書の本文に従いました。
現代語訳
六時礼讃は、法然上人の弟子で安楽という僧が経文を集めて作り、勤行に用いたものである。その後、太秦善観房という僧が節博士(声の高低や節を示す記号)を定め、声明に仕立てた。これが一念の念仏の始まりで、後嵯峨院の御代から始まった。法事讃も、同じく善観房が始めたものである。
全244段の目次
底本: 烏丸光広本『徒然草』校訂本文(やたがらすナビ・CC BY-SA 4.0)
出典と照合について