六時礼讃は法然上人の弟子安楽といひける僧経文を集めて作りて
一言でいうと
六時礼讃と法事讃は、僧たちの工夫によって今の声明になった。
原文
六時礼讃は、法然上人の弟子、安楽といひける僧、
経文を集めて作りて、勤めにしけり。
その後、太秦善観房といふ僧、節博士を定めて、
声明になせり。
一念の念仏の最初なり。
後嵯峨院の御代より始まれり。※1
法事讃も、同じく善観房始めたるなり。
本文について
- ※1御代烏丸本では「一代」。ほかの諸本・注釈書の本文に従いました。
現代語訳
六時礼讃は、法然上人の弟子で安楽という僧が経文を集めて作り、勤行に用いたものである。その後、太秦善観房という僧が節博士(声の高低や節を示す記号)を定め、声明に仕立てた。これが一念の念仏の始まりで、後嵯峨院の御代から始まった。法事讃も、同じく善観房が始めたものである。