ある人任大臣の節会の内弁を勤められけるに
一言でいうと
取り返しのつかない忘れ物を、機転の利く役人が人知れず救った。
原文
ある人、任大臣の節会の内弁を勤められけるに、
内記の持ちたる宣命を取らずして、堂上せられにけり。
きはまりなき失礼なれども、
立ち帰り取るべきにもあらず。
思ひわづらはれけるに、六位外記康綱、
衣かづきの女房を語らひて、かの宣命を持たせて、
忍びやかに奉らせけり。
いみじかりけり。
現代語訳
ある人が、大臣任命の祝宴で内弁(儀式を取り仕切る役)を務めた時、内記が持っていた宣命(天皇のお言葉を記した文書)を受け取らないまま、殿上へ上がってしまった。これ以上ない失礼だが、今さら引き返して取りに行くこともできない。どうしたものかと思い悩んでいると、六位の外記(文書を扱う役人)である康綱が、衣を頭からかぶった女房に頼み、その宣命を持たせて、そっと本人に差し出させた。実に見事な働きであった。
全244段の目次
底本: 烏丸光広本『徒然草』校訂本文(やたがらすナビ・CC BY-SA 4.0)