そらんじ徒然草

鯉の羹食ひたる日は鬢そそけずとなん

一言でいうと
高貴な食材にも、宮中での扱い方には守るべき品位と作法がある。
原文
鯉のあつもの食ひたる日は、びんそそけずとなん。
にかはにも作るものなれば粘りたるものにこそ。
鯉ばかりこそ、御前にても切らるるものなれば、
やんごとなき魚なり。
鳥にはきじさうなきものなり。
雉・松茸まつたけなどは、御湯殿みゆどのの上にかかりたるも苦しからず。
そのほかは心憂きことなり。
中宮ちゆうぐうの御方の御湯殿の上の黒御棚くろみだなに、
かりの見えつるを、北山入道殿きたやまにふだうどのの御覧じて、
帰らせたまひて、やがて御文にて、
「かやうの物、
さながらその姿にて御棚にゐて候ひしこと、見ならはず、
さま悪しきことなり。
はかばかしき人のさぶらはぬゆゑにこそ」など、
申されたりけり。
現代語訳
鯉の吸い物を食べた日は、髪の生え際がほつれないという。鯉は膠の材料にもなる魚だから、粘りがあるのだろう。魚の中で鯉だけは、天皇の御前でも料理人が切ることを許されているので、高貴な魚である。鳥では雉が比べるもののないほどすぐれている。雉や松茸などなら、御湯殿(天皇の食事を整える所)の上に掛けてあっても差し支えない。そのほかの物では不都合である。中宮のお住まいの御湯殿の上にある黒御棚に、雁が丸ごと置いてあるのを北山入道殿がご覧になった。お帰りになると、すぐ手紙で、「このような物が、そのままの姿で御棚に置かれていたのは見たことがなく、見苦しいことです。しっかりした人がそばに仕えていないからでしょう」などと申し上げられた。
全244段の目次
底本: 烏丸光広本『徒然草』校訂本文(やたがらすナビ・CC BY-SA 4.0)