同じ心ならん人としめやかに物語して
一言でいうと
本音で語れる同じ心の友がほしいが、話を合わせるだけの相手も少し考えの違う相手も心の友にはなれず、わびしい。
原文
同じ心ならん人と、しめやかに物語して、
をかしきことも、世のはかなきことも、
うらなく言ひ慰まんこそ嬉しかるべきに、
さる人あるまじければ、
「つゆ違はざらん」と向ひ居たらんは、
一人ある心地やせん。
互ひに言はんほどのことをば、
「げに」と聞くかひあるものから、
いささか違ふ所もあらん人こそ、「我はさやは思ふ」など、争ひ憎み、
「さるから、さぞ」とも、うち語らはば、
つれづれ慰まめと思へど、げには少しかこつかたも、
われと等しからざらん人は、
おほかたのよしなしごと言はんほどこそあらめ、
まめやかの心の友には、
はるかに隔たる所のありぬべきぞ、わびしきや。
現代語訳
気の合う人としみじみ語り合い、面白いことも世の中のはかないことも、隠さず話して心を慰められたらうれしいだろう。だが、そんな人はいそうにないので、何一つ意見を違えまいとして向き合って座る相手では、一人でいるような気持ちになるだろう。互いに話す程度のことなら、「本当にそうだ」と聞く値打ちがあるものの、少しは意見の違う人が、「私はそうは思わない」などと議論したり反論したり、「だから、こうなのだ」と語り合ったりすれば、退屈も慰められるだろうと思う。しかし実際には、ちょっとした愚痴をこぼす点でも自分と同じでない人とは、どうでもよい世間話をするくらいがせいぜいで、心から信頼できる友となるには、どうしても大きな隔たりがあるだろう。それがわびしい。