そらんじ徒然草

同じ心ならん人としめやかに物語して

一言でいうと
本音で語れる友がほしいが、同じすぎても違いすぎても、心の友にはなれない。
原文
同じ心ならん人と、しめやかに物語して、
をかしきことも、世のはかなきことも、
うらなく言ひ慰まんこそうれしかるべきに、
さる人あるまじければ、
「つゆたがはざらん」と向ひ居たらんは、
一人ある心地やせん。
互ひに言はんほどのことをば、
「げに」と聞くかひあるものから、
いささか違ふ所もあらん人こそ、「我はさやは思ふ」など、争ひ憎み、
「さるから、さぞ」とも、うち語らはば、
つれづれ慰まめと思へど、げには少しかこつかたも、
われと等しからざらん人は、
おほかたのよしなしごと言はんほどこそあらめ、
まめやかの心の友には、
はるかに隔たる所のありぬべきぞ、わびしきや。
現代語訳
気の合う人としみじみ語り合い、面白いことも世の中のはかないことも、隠さず話して心を慰められたらうれしいだろう。だが、そんな人はいそうにないので、何一つ意見を違えまいとして向き合って座る相手では、一人でいるような気持ちになるだろう。互いに話す程度のことなら、「本当にそうだ」と手応えのある相づちを打ちながらも、少しは意見の違う人が、「私はそうは思わない」などと議論したり反論したり、「だから、こうなのだろう」と語り合ったりすれば、退屈も慰められると思う。しかし実際には、ちょっとした愚痴をこぼす点でも自分と同じでない人とは、どうでもよい世間話をするくらいがせいぜいで、心から信頼できる友となるには、どうしても大きな隔たりがあるだろう。それがわびしい。
全244段の目次
底本: 烏丸光広本『徒然草』校訂本文(やたがらすナビ・CC BY-SA 4.0)