そらんじ徒然草

この人東寺の門に雨宿りせられたりけるに

一言でいうと
珍しい形への好奇心は長続きせず、結局は素直で自然なものに心が戻る。
原文
この人、東寺とうじの門に雨宿りせられたりけるに、
かたは者どもの集まり居たるが、手も足もねぢゆがみ、
うちかへりて、いづくも不具ふぐ異様ことやうなるを見て、
「とりどりにたぐひなき曲者くせものなり。もつとも愛するに足れり」と思ひて、
まもりたまひけるほどに、やがて、その興尽きて、
見にくくいぶせく思えければ、
ただ素直すなほにめづらしからぬものにはしかず」と思ひて、
帰りて後、
「このあひだ、植木を好み、異様に曲折きよくせつあるを求めて、
目を喜ばしめつるは、かのかたわを愛するなりけり」と、
興なく思えければ、はちに植ゑられける木ども、
みな掘り捨てられにけり。
さもありぬべきことなり。
現代語訳
この資朝卿が東寺の門で雨宿りをしていると、体の不自由な人々が集まっていた。手足がねじれたり曲がったり反り返ったりして、どこもかしこも不自由で普通とは異なる姿なのを見て、「それぞれが並ぶもののないほど変わっている。大いに心を引かれる」と思い、じっと見ていた。ところが間もなく興味が尽き、見苦しく気詰まりに思えてきたので、「やはり素直で珍しくないものに及ぶものはない」と思った。帰宅してから、「このところ植木を好み、異様に曲がりくねった木を探して目を楽しませていたのは、あの人々の姿を好んでいたのと同じだったのだ」と興ざめして、鉢に植えてあった木々をすべて掘り捨ててしまった。もっともなことである。
全244段の目次
底本: 烏丸光広本『徒然草』校訂本文(やたがらすナビ・CC BY-SA 4.0)