そらんじ徒然草

門に額かくるを打つと言ふは良からぬにや

一言でいうと
昔から普通に使われる言葉にも、実は誤った言い方が数多く紛れ込んでいる。
原文
門にがくかくるを、「打つ」と言ふは良からぬにや。
勘解由小路二品禅門かでのこうぢにほんぜんもんは、「額かくる」とのたまひき。
「見物の桟敷打さじきうつ」も良からぬにや。
平張ひらばり打つ」などはつねのことなり。
桟敷さじきかまふる」など言ふべし。
護摩焚ごまたく」と言ふもわろし。
「修する」「護摩する」など言ふなり。
行法ぎやうぼふも、法の字を澄みて言ふ、悪し。濁りて言ふ」と、
清閑寺僧正仰せいかんじそうじやうおほせられき。
常に言ふことに、かかることのみ多し。
現代語訳
門に額を掲げることを「額を打つ」と言うのは、よくない表現なのだろう。勘解由小路二品禅門は「額を掛ける」とおっしゃった。見物用の桟敷を設けることを「桟敷を打つ」と言うのも、よくないのだろう。「平張を打つ」などは普通の言い方であるが、桟敷については「桟敷を構える」などと言うべきである。「護摩を焚く」と言うのもよくない。「護摩を修する」「護摩する」などと言う。「行法の『法』の字を濁らずに発音するのはよくない。濁って発音するものだ」と、清閑寺僧正がおっしゃった。日常使う言葉には、このような例が実に多い。
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底本: 烏丸光広本『徒然草』校訂本文(やたがらすナビ・CC BY-SA 4.0)