そらんじ徒然草

年老いたる人の一事すぐれたる才のありて

一言でいうと
本当の専門家は知識をひけらかさず、知らないことには「知らない」と言うからこそ信頼される。
原文
年老としおいたる人の、一事いちじすぐれたるざえのありて、
「この人の後には、誰にか問はん」など言はるるは、
いの方人かたうどにて、生けるもいたづらならず。
さはあれど、それもすたれたる所のなきは、
一生いつしやう、このことにて暮れにけり」と、つたなく見ゆ。
「今は忘れにけり」と言ひてありなん。
大方は知りたりとも、すずろに言ひ散らすは、
「さばかりのざえにはあらぬにや」と聞こえ、
おのづから誤りもありぬべし。
「さだかにも、わきまへ知らず」など言ひたれば、なほ、
まことに道のあるじとも思えぬべし。
まして、知らぬこと、したり顔に、おとなしく、
もどきぬべくもあらぬ人の、言ひ聞かするを、
「さもあらず」と思ひながら聞き居たる、いとわびし。
現代語訳
年老いた人が一つのことに優れた才能を持ち、「この人が亡くなった後は、いったい誰に尋ねればよいのだろう」などと言われるのは、老いの支えとなり、生きていることも無駄ではない。それでも、その才能に衰えたところが少しもないと、「一生をこのことだけで終えたのだ」と、かえってつまらなく見える。「今はもう忘れてしまった」と言っているくらいがよい。だいたいのことを知っていても、むやみにあれこれ言い散らすと、「実はそれほどの学識ではないのだろうか」と思われ、自然と誤りも出てくるだろう。「はっきりとは理解していない」などと言えば、かえって本当にその道の第一人者だと思われる。まして、自分の知らないことを、得意顔で重々しく、誰も反論できないような人が説いて聞かせるのを、「そうではない」と思いながら黙って聞いているのは、実につらいことである。
全244段の目次
底本: 烏丸光広本『徒然草』校訂本文(やたがらすナビ・CC BY-SA 4.0)