そらんじ徒然草

さしたることもなくて人のがり行くはよからぬことなり

一言でいうと
訪問は用が済んだら早く帰るのが基本だが、心の通う人との何気ない語らいはうれしい。
原文
さしたることなくて、※1
人のがり行くはよからぬことなり。
用ありて行きたりとも、そのこと果てなば、
とく帰るべし。
久しく居たる、いとむつかし。
人と向ひたれば、言葉多く、身もくたびれ、
心もしづかならず。
よろづのことさはりて、時を移す、互ひのため益やくなし。
いとはしげに言はんも悪わろし。
心づきなきことあらん折は、
なかなかそのよしをも言ひてん。
同じ心に向かはまほしく思はん人の、つれづれにて、
「いましばし。今日は心しづかに」など言はんは、
この限りにはあらざるべし。
阮籍げんせきが青き眼まなこ、誰たれもあるべきことなり。
そのこととなきに、人の来たりて、
のどかに物語して帰りぬる、いとよし。
また文ふみも、
「久しく聞こえさせねば」などばかり言ひおこせたる、
いとうれし。
本文について
  1. ※1さしたることなくて烏丸本では「さしたることもなくて」。ほかの諸本・注釈書の本文に従いました。
現代語訳
これといった用事もないのに人の家を訪ねるのは、よくないことである。用事があって行ったとしても、それが済んだならすぐ帰るべきだ。長居をするのはたいへんわずらわしい。人と向かい合っていると言葉が多くなり、体も疲れ、心も落ち着かない。あらゆることが妨げられて時間が過ぎ、互いのためにならない。とはいえ、迷惑そうに言うのもよくない。気に入らないことがある時は、むしろその理由を言ってしまえばよい。同じ心で向き合いたいと思う相手が、退屈していて、「もうしばらくいてください。今日はゆっくり話しましょう」などと言う場合は、話が別だろう。阮籍が好ましい人を青い目で迎えたというような親愛の情は、誰にでもあるべきものだ。これといった用事もないのに人が訪ねてきて、のんびり話をして帰っていったのは、とてもよい。また手紙も、「長らくご無沙汰しておりますので」などとだけ書いて送ってくれるのは、たいへんうれしい。
全244段の目次
底本: 烏丸光広本『徒然草』校訂本文(やたがらすナビ・CC BY-SA 4.0)
出典と照合について