そらんじ徒然草

小野小町がこときはめて定かならず

一言でいうと
小野小町の晩年を語る文には年代の矛盾があり、作者も伝承もはっきりしない。
原文
小野小町をののこまちがこと、きはめて定かならず。
衰へたるさまは、玉造たまつくりといふ文ふみに見えたり。
この文ふみ、清行きよゆきが書けりといふ説あれど、
高野大師かうやだいしの御作ごさくの目録に入いれり。
大師は、承和じようわの始めに隠かくれ給たまへり。
小町が盛りなること、その後のちのことにや。
なほおぼつかなし。
現代語訳
小野小町については、まったくはっきりしない。彼女が落ちぶれた姿は『玉造』という文章に書かれている。この文章は三善清行が書いたという説もあるが、弘法大師の著作目録にも入っている。ところが大師は承和年間の初めに亡くなられている。小町が美しさの盛りを迎えたのは、その後のことではないだろうか。やはり疑わしい。
全244段の目次
底本: 烏丸光広本『徒然草』校訂本文(やたがらすナビ・CC BY-SA 4.0)
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