そらんじ徒然草

人はおのれをつづまやかにし奢りを退けて

一言でいうと
欲を捨て、質素に生きて何も持たない人こそ、心の涼しい賢者である。
原文
人は、おのれをつづまやかにし、奢おごりを退けて、
財たからを持たず、
世をむさぼらざらんぞ、いみじかるべき。
昔より、賢き人の富めるはまれなり。
唐土もろこしに許由きよいうといひつる人は、
さらに身にしたがへる貯たくはへもなくて、
水をも手してささげて飲みけるを見て、
なり瓢ひさごといふ物を、人の得させたりければ、ある時、
木の枝にかけたりけるが、風に吹かれて鳴りけるを、
「かしかまし」とて捨てつ。
また、
手にむすびてぞ、水も飲みける。
いかばかり、心のうち、凉すずしかりけん。
孫晨そんしんは、冬月とうげつに衾ふすまなくて、藁わら一束ひとつかありけるを、
夕べにはこれに臥ふし、朝あしたには納めけり。
唐土もろこしの人は、
これをいみじと思へばこそ、記し留めて、
世にも伝へけめ。
これらの人は、語りも伝ふべからず。
現代語訳
人は自分の暮らしを質素にし、ぜいたくを退け、財産を持たず、この世の欲に執着しないのがすばらしいことであろう。昔から、賢い人が富んでいることはまれである。中国に許由という人がいた。身の回りには何の蓄えもなく、水も手ですくって飲んでいた。それを見た人が瓢箪という器を与えたので、ある時、木の枝に掛けておいたところ、風に吹かれて音が鳴った。許由は「うるさい」と言って捨ててしまい、それからはまた手ですくって水を飲んだ。心の中はどれほど涼やかだったことだろう。孫晨は、冬にも夜具がなく、藁を一束だけ持っていて、夜はそれに寝て、朝になると片づけた。中国の人々は、これをすばらしいと思ったからこそ書き記し、世に伝えたのだろう。わが国の人なら、こうした人々のことを語り伝えることさえしないだろう。
全244段の目次
底本: 烏丸光広本『徒然草』校訂本文(やたがらすナビ・CC BY-SA 4.0)
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