比叡山に大師勧請の起請といふことは慈恵僧正書き始め給ひけるなり
一言でいうと
起請文による裁きは古来の法にはなく、後世に広まった慣行である。
原文
比叡山に大師勧請の起請といふことは、
慈恵僧正書き始め給ひけるなり。
起請文といふこと、法曹にはその沙汰なし。
いにしへの聖代、
すべて起請文につきてをこなはるる政はなきを、
近代このこと流布したるなり。※1
また、法令には、水火に穢れをたてず。
入れ物には穢れあるべし。
本文について
- ※1近代このこと烏丸本では「近代のこと」。ほかの諸本・注釈書の本文に従いました。
現代語訳
比叡山でいう「大師勧請の起請」、つまり大師を証人として誓う起請文は、慈恵僧正が初めて書かれたものである。起請文というものは、法律を扱う役所では取り決められていない。昔の聖明な天皇の治世には、そもそも起請文に基づいて行われる政治や裁判はなかったが、近ごろになってこのやり方が広まったのである。また、法令では、水や火そのものを穢れとはしない。それらを入れる器には穢れがあるはずである。