徳大寺右大臣殿検非違使の別当の時中門使庁の評定行はれけるほどに
一言でいうと
怪異を騒ぎ立てず常識で片づければ、災いは起こらない。
原文
徳大寺右大臣殿、検非違使の別当の時、中門にて、
使庁の評定行はれけるほどに、官人章兼が牛放れて、
庁の内へ入りて、大理の座の浜床の上に上りて、
にれうちかみて臥したりけり。
「重き怪異なり」とて、
牛を陰陽師のもとへつかはすべきよし、
おのおの申しけるを、父の相国聞き給ひて、
「牛に分別なし。足あれば、いづくへか上らざらん。
尫弱の官人、
たまたま出仕の微牛を取らるべきやうなし」とて、
牛をば主に返して、臥したりける畳をば替へられにけり。
あへて凶事なかりけるとなん。
「怪しみを見て怪しまざる時は、怪しみかへりて破る」と言へり。
現代語訳
徳大寺右大臣殿が検非違使別当(警察・裁判を担う役所の長官)であった時、中門で役所の評議が行われている最中に、官人章兼の牛が放れて庁内へ入り、大理(検非違使別当)の席の低い台に上がり、反芻しながら寝そべった。「重大な怪異だ」として、牛を陰陽師のもとへ送るべきだと皆が申し上げた。これをお聞きになった右大臣の父である太政大臣は、「牛に分別はない。足があれば、どこへ上がらないことがあろうか(どこへでも上がる)。貧しく弱い官人が、たまたま出仕に使った粗末な牛を取り上げられる道理はない」と言い、牛は持ち主に返し、寝そべった畳だけをお取り替えになった。その後、まったく凶事は起こらなかったという。「怪しいことを見ても怪しいと思わなければ、怪異はかえって消える」といわれている。