よろづのことは月見るにこそ慰むものなれ
一言でいうと
月も露も風も水も、折にふれれば心を慰める。自然に勝る気晴らしはない。
原文
よろづのことは、
月見るにこそ、慰むものなれ。
ある人の、
「月ばかりおもしろきものはあらじ」と言ひしに、
また一人、
「露こそあはれなれ」と争ひしこそ、をかしけれ。
折にふれば、何かはあはれならざらん。
月・花はさらなり。
風のみこそ、人に心はつくめれ。
岩に砕けて清く流るる水の気色こそ、時をも分かずめでたけれ。
「沅・湘、日夜東に流れ去る。愁人のために留まること、
少時もせず」といへる詩を見侍りしこそ、
あはれなりしか。
嵇康も、
「山沢に遊びて、魚鳥を見れば、心楽しぶ」と言へり。
人遠く、水草清き所にさまよひ歩きたるばかり、
心慰むことはあらじ。
現代語訳
どんなことも、月を眺めれば心が慰められる。ある人が「月ほど趣深いものはないだろう」と言うと、もう一人が「いや、露こそ心にしみる」と言い争ったのが面白かった。季節や折にかなえば、何一つ心にしみないものがあるだろうか。月と花は言うまでもない。風だけは、人にもの思いをさせるようだ。岩に砕けながら清らかに流れる水の景色は、季節を問わずすばらしい。「沅水と湘水は昼も夜も東へ流れ去り、悲しむ人のために少しの間もとどまらない」という詩を見た時は、心にしみた。嵇康も、「山や沢に遊び、魚や鳥を見ると心が楽しくなる」と言っている。人里から遠く離れ、水も草も清らかな所をさまよい歩くことほど、心の慰めになるものはないだろう。
全244段の目次
底本: 烏丸光広本『徒然草』校訂本文(やたがらすナビ・CC BY-SA 4.0)