多久資が申しけるは
一言でいうと
白拍子は、男装の舞を受け継いだ静御前の母から始まった。
原文
多久資が申しけるは、
「通憲入道、舞の手の中に興あることどもを選びて、
磯の禅師といひける女に教へて舞はせけり。
白き水干に鞘巻を差させ、烏帽子をひき入れたりければ、
男舞とぞ言ひける。禅師が娘、静といひける、
この芸を継げり。これ白拍子の根元なり。
仏神の本縁を歌ふ。
その後、源光行、多くのことを作れり。
後鳥羽院の御作もあり。
亀菊に教へさせ給ひけるとぞ。
現代語訳
多久資が語ったところでは、「通憲入道は、舞の型の中から面白いものを選び、磯の禅師という女に教えて舞わせた。白い水干を着せ、鞘巻の刀を差させ、烏帽子を深くかぶらせたので、これを男舞と呼んだ。禅師の娘で静という女がこの芸を受け継いだ。これが白拍子の始まりである。仏や神の由来を歌う。その後、源光行が多くの歌を作った。後鳥羽院の作もあり、亀菊に教えてお舞わせになったという」ということだ。
全244段の目次
底本: 烏丸光広本『徒然草』校訂本文(やたがらすナビ・CC BY-SA 4.0)