そらんじ徒然草

しのぶの浦の蜑の見るめも所せくくらぶの山も守る人しげからんに

一言でいうと
恋は、障害を越えて自ら通うからこそ深く、似合わないならしないほうがよい。
原文
しのぶのうらあまの見るめも所せく、
くらぶのやまる人しげからんに、
わりなく通はん心の色こそ、浅からず、
あはれと思ふふしぶしの、忘れがたきことも多からめ。
おやはらから許して、ひたぶるに迎へ据ゑたらん、
いとまばゆかりぬべし。
世にありわぶる女の、似げなき老法師、
あやしの吾妻人あづまびとなりとも、にぎははしきにつきて、
「さそふ水あらば」など言ふを、仲人なかうど
いづかたも心にくきさまに言ひなして、
知られず知らぬ人を、迎へもて来たらんあいなさよ。
何ごとをかうち出づる言の葉にせん。
年月のつらさをも、
「分け来し葉山はやまの」などもあひ語らはんこそ、尽きせぬ言の葉にてもあらめ。
すべて余所よその人の取りまかなひたらん、うたて、
心づきなきこと多かるべし。
よき女ならんにつけても、品下り、見にくく、
年もけなん男は、
「かくあやしき身のために、あたら身をいたづらになさんやは」と、
人も心劣りせられ、わが身は向ひ居たらんも、
影恥づかしく思えなん。
いとこそあいなからめ。
梅の花かうばしき夜の朧月おぼろづきにたたずみ、
御垣みかきはらの露分け出でん在明ありあけの空も、
わが身さまにしのばるべくもなからん人は、
ただ色好まざらんにはしかじ。
現代語訳
忍ぶ浦の海人が見る海松布のように人目が多く、暗部山にも見張る人が大勢いるような中を、無理を押して通っていく恋心こそ、浅くはなく、しみじみと思う折々や忘れがたいことも多いだろう。親や兄弟が公に許し、ひたすら相手の女を迎えて家に据えるような結婚は、ひどく気恥ずかしいに違いない。暮らしに困っている女が、似つかわしくない老僧や、身分の低い東国人であっても、裕福なのに引かれて「誘ってくれる人さえいるなら」などと言うのを、仲人が双方を奥ゆかしい人であるかのように言い繕い、互いに見も知らない者同士を迎え合わせる、その味気なさよ。何を最初の話題にすればよいのだろう。長い年月、つらい思いをしながらも、道なき葉山を分けて通ってきたことなどを二人で語り合ってこそ、尽きない話の種にもなるだろう。すべて他人がお膳立てした縁には、嫌で気に入らないことが多いに違いない。たとえ女がすばらしい人であっても、男の身分が低く、容姿も醜く、年まで取っていれば、女は「こんなみすぼらしい男のために、もったいないわが身を無駄にしてよいものか」と思って男を見下すだろう。男のほうも、女と向かい合って座れば、自分の姿が恥ずかしく思われるはずだ。まったくつまらないことである。梅の香る朧月夜にたたずむことや、御垣が原の露を分けて帰る明け方の空さえ、自分の身の上にふさわしい情景として思い浮かべられないような人は、いっそ色恋を好まないほうがよい。
全244段の目次
底本: 烏丸光広本『徒然草』校訂本文(やたがらすナビ・CC BY-SA 4.0)