静かに思へばよろづに過ぎにしかたの恋しさのみぞせんかたなき
一言でいうと
古い手紙や道具に触れると、過ぎた日々がその時のまま立ち現れて胸を締めつける。
原文
静かに思へば、
よろづに過ぎにしかたの恋しさのみぞ、せんかたなき。
人しづまりて後、長き夜のすさびに、
何となき具足とりしたため、
「残し置かじ」と思ふ反古など、破り捨つる中に、
亡き人の手習ひ、絵描きすさびたる、
見出でたるこそ、ただその折の心地すれ。
このごろある人の文だに、久しくなりて、
「いかなる折、いつの年なりけん」と思ふは、
あはれなるぞかし。
手なれし具足なども、心もなくて、変らず久しき。
いとかなし。
現代語訳
静かに物思いをすると、何につけても過ぎ去った昔が恋しくてたまらなくなる。人が寝静まった後、長い夜の気晴らしに、何ということもない身の回りの品を整理し、「残しておくまい」と思う古い紙などを破り捨てていると、その中から亡くなった人の書きつけや、気ままに描いた絵が見つかることがある。その時は、まるでその人が生きていた当時に戻ったような気持ちになる。今も生きている人からの手紙でさえ、長くしまってあったものを見ると、「これはどんな時、何年のものだっただろう」と思い、感慨深い。使い慣れた道具なども、心を持たないまま、昔と変わらず長く残っている。それがひどく悲しい。
全244段の目次
底本: 烏丸光広本『徒然草』校訂本文(やたがらすナビ・CC BY-SA 4.0)