そらんじ徒然草

ある人法然上人に

一言でいうと
できない自分を責め尽くすより、できる時に続け、疑いながらでも一歩を重ねればよい。
原文
ある人、法然上人ほふねんしやうにんに、
「念仏の時、睡ねぶりにをかされて、行ぎやうを怠り侍はべること、
いかがして、この障さはりを止やめ侍はべらん」と申しければ、
「目の覚めたらんほど、念仏し給たまへ」と答へられたりける。
いと貴かりけり。
また、
「往生は、一定いちぢやうと思へば一定いちぢやう、不定ふぢやうと思へば不定ふぢやうなり」と言はれけり。
これも貴し。
また、
「疑ひながらも念仏すれば、往生す」とも言はれけり。
これもまた貴し。
現代語訳
ある人が法然上人に、「念仏を唱えている時、眠気に負けて修行を怠ってしまいます。どうすれば、この妨げをなくせるでしょうか」と申し上げると、上人は「目が覚めている間に念仏をなさい」と答えられた。実に尊いお答えである。また、「極楽往生できると確信すれば確実となり、できないかもしれないと思えば不確かになる」とも言われた。これも尊い。また、「疑いを持ちながらでも念仏を唱えれば、極楽往生できる」とも言われた。これもまた尊い。
全244段の目次
底本: 烏丸光広本『徒然草』校訂本文(やたがらすナビ・CC BY-SA 4.0)
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