そらんじ徒然草

書写の上人は法華読誦の功積もりて六根浄にかなへる人なりけり

一言でいうと
悟り澄んだ耳には、煮られる豆と燃やされる豆殻の嘆き合う声まで聞こえた。
原文
書写しよしやの上人は、法華読誦ほけどくじゆの功積もりて、
六根浄ろくこんじやうにかなへる人なりけり。
旅の仮屋かりやに立ち入られけるに、豆のからを焚きて、
豆を煮ける音の、つぶつぶと鳴るを聞きたまひければ、
うとからぬおのれらしも、恨めしく、われをば煮て、
からき目を見するものかな」と言ひけり。
焚かるる豆殻まめがらの、はらはらと鳴る音は、
「わが心よりすることかは。焼かるるは、
いかばかりへがたけれども、力なきことなり。
かくな恨み給ひそ」とぞ聞こえける。
現代語訳
書写山の上人は、長年『法華経』を読誦した功徳によって、六根清浄(心身の感覚が清らかになる境地)に達した人だった。旅先の仮小屋へ立ち寄った時、豆殻を燃やして豆を煮ていた。その豆がぶつぶつと鳴る音を聞くと、「ほかならぬ身近な仲間のお前たちが、恨めしいことに私を煮て、つらい目に遭わせるのだな」と言っている。燃やされている豆殻がぱらぱらと鳴る音は、「私が望んでしていることだろうか。焼かれるのはどれほど耐えがたいことか、それでもどうすることもできないのだ。このように恨まないでおくれ」と言っているように聞こえた。
全244段の目次
底本: 烏丸光広本『徒然草』校訂本文(やたがらすナビ・CC BY-SA 4.0)